ニコニコ大百科モバイル

7/2(月)よりスマホまたはPCでアクセスした場合、各デバイス向けのサイトへ自動で転送致します


木村義雄(将棋棋士)


ヨミ: キムラヨシオ
掲示板をミル!
4カキコ!

木村義雄(将棋棋士)(明治38年(1905年)2月21日-昭和61年11月17日)とは、将棋棋士である。棋士番号は2。十四世名人、初の実名人、初の永世名人である。日本将棋連盟会長も経験した。

関根次郎門下。プロになった子に、北楯修哉、高清吉、清野静男、四郎、花村元司木村嘉孝がいる。また三男の木村義徳もプロ棋士である(加藤治郎門下)。


概要


戦前戦中に活躍した棋士であり、若くから活躍した。22歳で八段は当時としては異例である。更に、全ての上位棋士相手に勝利、八段全てに半香の手合いに差し込むなど凄まじい強さを誇った。1937年に始まった名人戦においても5期連続で名人位を獲得しており、この時代を「木村時代」と称する。戦後は、年齢から精を欠き、当時台頭していた関西の若手である升田幸三大山康晴らに活躍を譲ることとなる。特に、大山康晴名人戦敗北したのを機に引退しており、大山に対して「よき後継者を得た」との言葉を残している。この言葉通り、大山は数年後、「大山時代」を築くこととなる。


関連動画



■sm6698928[ニコ動]

■sm6699125[ニコ動]

■sm25034202[ニコ動]
■sm33686264[ニコ動]


関連静画


木村義雄(将棋棋士)に関するニコニコ静画イラストマンガを紹介してください。(特にない場合はこの部分を削除してください)


関連項目



最終更新日: 19/06/05 13:13
タグ検索 パソコン版を見る


[0]TOP
ニコニコ動画モバイル
運営元:ドワンゴ