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木沢長政


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木沢長政(?~1542)とは、戦国時代に活躍した武将であり、三好長慶以前に細川氏、畠山氏の被官の立場でありながら、ある意味第三勢として畿内に統一政権を打ち立てかけた人物である(あくまでもかけたなので人気と知名度が…)


概要


木沢とは、畠山の守護代層である遊佐や誉田より格の劣る奉行人の出身で、長政はさらにその庶流の出身であった。

長政のは、畠山氏の分裂では畠山義就の総州に属す。この時期、幕府と管領が疎遠になる中、管領が権の再編を図る一連の動きで、畠山中でもともと高めの格に設定されていた奉行人は、守護代と奉行人を一体化させた五人奉行方を成立させたのである(ただし守護代と同じ格になったわけではない)。そして長政の父親である木沢浮泛の代に、細川政元護していた畠山義英と行動を共にしたり、接近した遊佐就盛が中で最大勢になったりと、長政が活躍する素地が築かれたようである。

そしていよいよこの男、木沢長政が登場する。長政はここまで見てきたように、先代の時点ではあくまでも畠山氏の総州にのみ仕えるの出身であった。しかし、遊佐某を殺した後、彼は細川高国の被官となり、細川氏の臣にもなったのである。とはいえ1530年ごろ、長政は細川晴元のもとへ転身し、高大物崩れへの巻き添えを回避したようだ。このころになるともう一人の君である畠山義堯と関係が悪化し、彼のである飯盛を二度ほど攻められている。

そして細川晴元方についた木沢長政は1532年に、三好長慶である三好元長と対立の末に、細川晴元三好政長とともに元長を一向宗に滅ぼさせたのだ。しかし長政の戦いはそれで終わらなかった。元と敵対し、三好元長方についた君、畠山義堯にまたまた攻められたのである。しかしこれを見事に打ち破り、義堯を自させたのであった。そしてその跡畠山在氏をつける。がどう見ても傀儡君であった。

細川晴元臣としては木沢長政は本願寺との窓口になっていたようだ。その結果幕府へのつながりを増し、このつながりを利用して大和へ進出し、信貴山を築いて「大和守護」を自称していったのである。一方畠山在氏臣としては、ほぼ畠山中を握。さらに当時同じように下克上ともいうべき握を果たして、君を傀儡化させていた遊佐長教、つまり畠山尾州と連携することになる。つまり傀儡である畠山在氏畠山河内を半ずつ治めさせ、それを長政と長教が陰から支配したのだ。

こうした山河内大和にある程度統一的な権を有した木沢長政であったが、その最期はあっけないものであった。1541年に細川晴元や、当時台頭甚だしかった三好長慶と対立。謀反を起こすのである。彼は将軍を味方につけようとへ進撃したが、足利義晴細川晴元逃げられ、幕府への逆賊の名だけが残ってしまう。そして1542年3月三好長慶らに攻められて、河内大平寺で戦死した。その最期は敵のと組み打ちし、朝倉宗滴から称賛された潔いものであったそうだ。

こうして木沢長政はあっけなく討ち死にしてしまった。畠山尾州は木沢を贔屓した斎藤子が遊佐長教に殺され、畠山が追われて畠山稙長が復権する。そして総州畠山在氏は稙長、長教に追われ没落。また、空白地帯となった大和では筒井順昭が台頭し、三好方から派遣された松永久秀との闘争が始まっていく。そして長政の跡はかき消されていき、三好長慶の新たな統一政権が打ち立てられていくのである。


補足


信長の野望」(PCシリーズにおける木沢長政の力一覧。

創造で久々に登場し、大志で大幅にアップした。

軍事 内政
戦国群雄伝(S1) 戦闘 政治 野望
武将風雲録(S1) 戦闘 政治 野望 教養
覇王 采配 58 戦闘 59 智謀 71 政治 54 野望 84
天翔記 戦才 128 智才 140 政才 118 48 野望 84
将星 戦闘 智謀 政治
烈風 采配 戦闘 智謀 政治
世記 采配 25 智謀 59 政治 73 野望 76
蒼天 統率 17 知略 67 政治 68
下創世 統率 知略 政治 教養
革新 統率 武勇 知略 政治
統率 武勇 知略 政治
創造 統率 22 武勇 47 知略 67 政治 78
大志 統率 60 武勇 64 知略 85 内政 76 外政 80

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最終更新日: 19/07/05 23:39
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