ニコニコ大百科モバイル

7/2(月)よりスマホまたはPCでアクセスした場合、各デバイス向けのサイトへ自動で転送致します


林家彦六


ヨミ: ハヤシヤヒコロク

林家彦六とは大正から昭和にかけて活躍した落語家である(1895年~1982年)

本名は岡本という。旧名より俗に「六の正蔵」や「トンガリの正蔵」と言われる。

以降の文中では便宜上、特記事項以外は六で統一をする。


概要


林家彦六という名前は最晩年の一年程度しか名乗っておらず、それまでは8代林家正蔵を長らく名乗っていた。その為林家正蔵と言えばこの「六の正蔵」を思い浮かべる人もいる。

直接六を知らない人は笑点林家木久扇(元・初代林家木久蔵)がたまに見せるヘナヘナおじいさんを思い浮かべてもらいたい。その元ネタこそがこの林家彦六である。

怪談噺や人情噺を得意とする正蔵の名の通り、彼もまたこうした噺を得意とした。

晩年こそヘナヘナであるが、それでもハッキリとした発音であり、これは三遊亭一底的に教え込まれた賜物である。江戸っ子であり、高座以外でも江戸ことばを話している。


エピソード(本題)


wikiなどで紹介されるように昭和を代表する名人の1人として知られる六であるが、彼の名前が今なお広く知れているのは山の数ほどに存在するエピソードの数々である。下手すれば六の存在そのものが落語であるといっても過言ではない…というかなっている(ex.六伝)。彼に関するエピソード一つとってもまさに落語世界である。

あまりに多くあるので、各々各自で調べていただきたい。


性格・行動にまつわるもの


彼の性格を一言でいえば「The 江戸っ子」というべきものである。短気でせっかちであるが同時に人情なところがあったとされる。独自の美学を持っており、曲がったことが嫌いで何事にも筋を通す事が多かった。こうした性格もあって、「トンガリ」の二つ名を持っていた。


趣味嗜好にまつわるもの



政治や思想にまつわるもの



人間関係にまつわるもの



その他もろもろ



「林家正蔵」について


六は1950年代の段階で4代柳家小さんの内輪子であり、六自身は師匠と同じく楽を名乗った為、慣例的に5代目柳家小さんになるであろうとされていたが、実際は子である小三冶が名乗る事となった。これは小三冶が落語界の重鎮や4代小さんの遺族を味方につけた事、六自身が4代小さんの直系の子でない事が要因とされる。

ところでここで一つの問題が発生する。名跡上では小さん>楽であっても、香盤という名跡とは別に存在する落語界における序列からすれば楽(六)>小三冶(小さん)であり、これは一種のねじれ現で色々と差し支えがあった。小三冶もそれを気にかけており、その時、たまたま林家正蔵名前き名となっていた為に楽は海老名の了承を得て1代限りと言う事で8代林家正蔵を名乗る事となった。

先述のとおり、六は筋を通す性格である為にいずれはこの名前海老名に返上するつもりでいた。実際、彼は子に「」を名乗らせる事はあまりかった。

その後7代正蔵の息子である初代林家三平真打に昇進し、三の為に海老名からも名跡を返上せよと言われ、機が熟した為に「林家正蔵」を譲ろうとしたところ、林家三平は「師匠のよろしい時までお名乗り下さい」と言った。つまり、六の存命中はずっと名乗ってくれと言う事を意味していた。しかし林家三平六が存命中に1980年病没した為、三が正蔵を名乗る事がわなかった。

そして海老名より再び名跡の返還をめられた為、林家正蔵を返上し、林家彦六を名乗る事となった。


関連動画



■sm3099375[ニコ動]

子のモノマネもあわせてご覧いただくと面さが倍増する(多分)。

■sm2393906[ニコ動]


関連商品


■azB00005GVWM


関連項目



最終更新日: 19/03/17 17:27
タグ検索 パソコン版を見る


[0]TOP
ニコニコ動画モバイル
運営元:ドワンゴ