ニコニコ大百科モバイル

7/2(月)よりスマホまたはPCでアクセスした場合、各デバイス向けのサイトへ自動で転送致します


横浜DeNAベイスターズ


ヨミ: ヨコハマディーエヌエーベイスターズ
掲示板をミル!
3972カキコ!

横浜DeNAベイスターズ(よこはまディーエヌエーベイスターズ)とは、日本プロ野球セントラル・リーグの一球団である。

本拠地は横浜スタジアム現在監督アレックス・ラミレス2016年~)。

概要

セントラル・リーグ
横浜DeNAベイスターズ
基本情報
創設 1950年
本拠地 横浜スタジアム
一般略称 DeNA
アルファベット DB
優勝回数
リーグ優勝 2回
日本一 2回
セ・パ交流戦 0回
アジアチャンピオン 0回
経歴
球団組織
オーナー 南場智子
運営 DeNA
プロ野球球団テンプレート

2リーグ制の開始と共に創設されセ・リーグに加入。初年度(1950年)の名前は大洋ホエールズ。創設時のフランチャイズ山口県下関市、本拠地は下関市球場であった。

当時7球団で日程の組みにくかったセ・リーグ側の要望もあり、1953年松竹ロビンスと合併して大洋松竹ロビンス(翌年には洋松ロビンスに称)となる。大阪に移転し、大阪球場南海ホークス近鉄パールスと共用した。

1954年オフ松竹が球団経営から撤退したため、球団名を再び大洋ホエールズに戻し、本拠地を神奈川県川崎市現在の同市川崎区)の川崎球場へ移転した。
1956年までは高橋ユニオンズ球場を共用していたが、1957年の開幕前に高橋が大映スターズと合併されたため、以降は大洋が単独で球場使用する。

1978年、同県横浜市中区工した横浜スタジアムへ本拠地を移転し、球団名を横浜大洋ホエールズ称。1992年、親会社・マルハの社名称およびCIに伴って横浜ベイスターズ称。2002年、球団の筆頭がマルハからTBSグループとなったが、この際には球団名の変更等はかった。そして2011年、筆頭DeNAとなり、翌年2012年シーズンから現在横浜DeNAベイスターズとなった。略称横浜からDeNAに変更。アルファベットはDだと中日ドラゴンズと被るため、DBとなっている。

大洋ホエールズ時代から数えても、優勝回数はたったの2回(三原監督時の1960年権藤博監督時の1998年)。でも、日本一の回数も2回。日本シリーズには強い。2002年から本格的な低迷が始まり、21世紀になってから2015年までの15年間でBクラス13回、うち最下位10回というどん底の暗期に突入していた。2018年シーズン終了時の通算4966敗は12球団最多の負け数である。2019年6月15日の敗戦でプロ野球史上初の5000敗を記録。

基本的に打高投底のチームであり、1998年の優勝時にはマシンガン打線として怖れられた。その一方、常に投手不足に悩まされ続けており、低迷の原因になっていた。生え抜き投手で2桁勝利を達成した投手が、2002年吉見祐治から2014年井納翔一までの間、10年以上にわたって三浦大輔しかいなかったというあたりからお察しいただきたい。2008年から2012年までの5年連続最下位の頃には打撃成績も地の底を這い、脱出口の見えない暗が続いていた。

TBS時代には、選手がFAやトレードで移籍する度に球団のあり方について苦言を呈す、あるいは批判することも多かった。
特に2010年オフFAソフトバンクに移籍した内川聖一横浜チーム体質を痛批判。さらにはソフトバンク内川からベイスターズの現状を聞き、チーム体質の善に使うと球団自らが表明した。余談だがその体質についてはDeNA初代監督中畑清いわく「小学生みたいなルールを作らないといけなかった」、三浦大輔いわく「他球団の関係者から心配された」惨状だったという。

しかし、DeNAへの球団譲渡をきっかけに本格的なチーム再建が始まり、球団経営の革も行われ観客動員数も大きく増加した。そして2016年に11年ぶりにAクラスに復帰。2017年には3位ながらクライマックスシリーズ広島東洋カープを破り、19年ぶりの日本シリーズ進出を果たした(2勝4敗で福岡ソフトバンクホークスに敗れ日本一はならず)。まだまだ発展途上ではあるが、長年の暗とりあえず脱したと言っていいだろう。

2012年から、セ・リーグの球団としては初めてニコニコ生放送ホームゲーム全試合の無料配信を行っている。
DeNAニコ生中継では、映像TBSと球団が制作した共同映像TBSグループの中継映像と、各局に配信する映像として使用。中継用の各種テロップTBSグループの中継映像で使用しているものを一部使用)を使用するが、音ニコニコ独自制作で、フリースポーツアナウンサー実況を担当している(石原敬士節丸裕一加藤暁大前一樹ら)。
ニコ生でのホームゲーム中継無料配信はDeNAに先駆けて東北楽天ゴールデンイーグルス2009年途中から行っており、一時期は福岡ソフトバンクホークスオリックス・バファローズも行っていたが、楽天戦の中継も2017年で終了し、現在ニコ生プロ野球中継を行っているのはDeNAのみ。
また、Abema TVでも2017年からホームゲーム中継の無料配信を行っていたが、2018年終了後に撤退。

親会社の変遷

親会社は、球団創設の1950年から1992年までは大洋漁業で、球団名の「大洋ホエールズ」および「横浜大洋ホエールズ」は、かつて大洋漁業の基幹事業だった捕鯨に因むものだった。大洋漁業1993年の商号変更に伴ってマルハとなり、この際に球団名も前述の「横浜ベイスターズ」に称した。市民球団化という側面も若干あったとはいえ、実際のところはマルハの社名称とCIによるところが大きかった。蛇足だが、当時マルハ社内では単に社名をいた「横浜エールズ」を補としていたものの、1980年代半ばに商業捕鯨事実上禁止された背景もあって、結局球団名も全面的に称されるに至った。

かつて大洋ホエールズには、当時西武グループの中核企業だったコクド45出資していたが、1978年に全式をニッポン放送東京放送TBS)に売却している。これは、同年にコクドクラウンライターライオンズを買収するにあたって、野球協約で定められている「球団式の二重保有の禁止」に抵触するのを回避するための措置であった。同年開場した横浜スタジアムの建設事業にはコクドも深く関わっており、ホエールズの横浜移転にコクドの強い影があったことは想像に難くない。

しかしマルハはバブル経済崩壊以降、深刻な経営不振に陥り、合理化策の一環として球団経営から撤退。保有する全式が2002年TBSBS-i現在BS-TBS)に譲渡され、2009年TBSグループの持ち制移行により、TBS保有の球団式は、TBSの商号変更により発足した放送持株会社東京放送ホールディングスTBSHD)が継続保有することになった。

このマルハからTBSグループへの球団譲渡の際、マルハは全式を第2位ニッポン放送に売却する方向で一度は話がまとまったものの、当時ニッポン放送子会社であったフジテレビヤクルトスワローズの大でもあり、フジサンケイグループ下の2社が複数球団の経営に関わる可性が生じることから、球団式の二重保有に抵触することが問題となり、結局第3位TBSグループに売却されることとなった。

また2005年には楽天TBS式を大量に取得して筆頭となり、TBS側に経営統合を申し入れた。だが楽天は同年シーズンから東北楽天ゴールデンイーグルスを保有してNPBに新規参入しており、これも球団式の二重保有に抵触する可性が生じた。のちに楽天側は経営統合提案を撤回して業務提携の申し入れに切り替えたものの、その後もから賛同を得られなかったのに加え、TBSグループの持ち制移行などもあって、楽天側はTBSグループへの出資を断念し、この問題は収束を見ている。

そんなTBSグループ2000年代後半から業績が悪化、2010年オフには住生活グループ現在LIXILグループ)と球団式の売却交渉を行うも、他都市への本拠地移転をする住生活G側との溝が埋まらず、交渉は決裂。加えて本拠地である横浜スタジアム2010年契約が切れたにも関わらず契約更新せずに違法に使用を続けるという始末。

結局2年越しのすったもんだの末、2011年DeNAへの球団式譲渡が決定。12月1日オーナー会議及び実行委員会の承認を経て、12月2日DeNATBSグループから式を取得し「横浜DeNAベイスターズ」が発足した。同時に横浜スタジアム使用契約晴れ更新した。ちなみにDeNA2015年横浜スタジアム運営会社を買収して横浜DeNAベイスターズの子会社とすることに成功したほか、横浜DeNAベイスターズ単体での黒字化も達成している。

関係者

首脳陣

一軍 二軍・育成

所属選手

※トレード、自由契約などの異動については、NPB公示[外部]があるまで編集しないでください。


次へ»
最終更新日: 19/10/08 22:55
タグ検索 パソコン版を見る


[0]TOP
ニコニコ動画モバイル
運営元:ドワンゴ