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武邦彦


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武邦彦とは、日本の元騎手・調教師である。

騎手としても調教師としても、としても競馬界に大きな足跡を残した。


概要


1938年、函館生まれ。実家は大牧場で、祖とも競馬と深いかかわりのある競馬一家に生まれた。しかし牧場は戦後の農地解放で接収されている。

中学2年生で調教師である叔父の下で騎手見習いとなるが騎手試験には落第し続け、やっと合格したのは19歳。この間に邦高校卒業しており、今でもしい「高卒ジョッキー」である(ジョッキーは今も昔もたいてい中学卒業高校に行かずに騎手のに入る)。

騎手になってからもすぐにトップジョッキーになったわけではなかったが徐々に実をつけ、約10年をかけてリーディング10傑の常連となる。八大競走にも長く恵まれなかったが、1972年桜花賞ダービーを制覇。翌年にはタケホープ菊花賞の制覇を果たした。その後もトウショウボーイキタノカチドキで大レース勝利し、最終的には八大競走で8勝を挙げた。40歳を過ぎても実は衰えず、関西所属騎手では初の通算1000勝も達成。1985年に騎手を引退した。引退後は調教師に転身し1987年に開業。バンブーメモリーでGⅠ2勝を挙げるなど、23年で375勝の成績を残した。

美しいフォームと繊細な手綱さばきで「ターフの魔術師」と称され、その騎乗は「糸一本でを御せる」とも言われた。理に適った確実な騎乗は、奇想外な策で勝利を重ねた「天才福永洋一とよく対され、ライバルに擬せられることも多かった。実際、邦の全盛期が洋一の全盛期と重なり、邦は全どころか関西リーディングすら1度も獲得していない。しかし二人は非常に仲が良く、若い頃は二人で高速道路暴走したりしたのだとか。
また、邦は当時としてはしく、関西所属でありながら関東にもよく騎乗した(トウショウボーイ関東である)。今でいうフリーランスの先駆けともいえ、その功績を称えるも多い。また172cmという騎手としては稀な長身と端正な顔立ち、スマートなイメージからファン人気も非常に高かったという。

そして邦の三男・の成績をはるかえる稀代の天才騎手となり、四男・幸四郎は武邦彦厩舎に所属しデビュー2日で重賞を勝つなどGⅠ6勝。邦としても競馬界に偉大な騎手を送り出したのである。もっとも邦は子育てに関しては放任義だったようで、も「普段はなんにも言わない人」とっていた。ちなみに幸四郎が生まれた直後、菊花賞3勝を挙げた邦息子の名前を「菊三」にしようかと提案したが、夫人に「落語家みたいだからダメ」と却下され「幸四郎」になったらしい。

調教引退後は競馬解説者として活動。2016年病気のため世を去った。77歳。

が晩年在籍した武田作十郎厩舎で子だった河内洋は邦から大きな影を受け、騎手として大成。後に武田厩舎に所属した武豊河内を手本として大騎手に成長した。邦の技は今も天才の技術として競馬界に残っている。

ちなみに170cm幸四郎177cm息子たちもかなりの長身身長も確実に遺伝している。


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最終更新日: 18/07/19 10:09
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