ニコニコ大百科モバイル

7/2(月)よりスマホまたはPCでアクセスした場合、各デバイス向けのサイトへ自動で転送致します


民主党


ヨミ: ミンシュトウ
掲示板をミル!
10065カキコ!
曖昧さ回避 この記事では1998年結党の日本の「民主党」を扱っています。その他の「民主党」については民主党(曖昧さ回避)をご覧ください。また、1998年民主党の後継政党については民進党をご覧ください。

[画像を見る] ほんわかレス推奨です!
この掲示板では、最近の政治情勢によってしい論争が起きています。
コメント投稿の際はスレレス熟読の上、ほんわかレスに努めるようお願い致します。
[画像を見る]

この記事はルーピーではない方々のを取り扱った記事です。
ニコニコ大百科および未来検索ブラジル政治的見解・ではないことに一応はご留意ください。

民主党(みんしゅとう)は1996年結党の旧「民主党」を前身とし、他3つの政党が合流して1998年平成10年)4月27日に結成された政党である。


概要


民主党
みんしゅとう - 
Democratic Party of Japan
基本情報
公用語名称 民主党
・地域 日本
本部所在 東京都千代田区
成立年 1998年4月27日
解散年 2016年3月27日
機関 レス民主
際組織 民主主義者連盟
シンボル 赤色円2つのロゴ
公式サイト dpj.or.jp[外部]
政党・政治団体テンプレートボックス

旧「民主党」は当時野党第一党であった新進党人気に対抗するため、新党さきがけ及び社会民主党メンバーを中心として結成。その後新進党が分裂し新進党議員の多くが民主党に合流し現在の形となった。2003年平成15年9月26日には 小沢一郎代表の自由党と合併。

2009年に悲願であった政権交代を実現し鳩山内閣が成立。与党となったが、民の期待を裏切り続ける失態を重ねて民の支持を急速に失い、鳩山内閣は総辞職。内閣をもって新しく政にあたるも、発足後1か後の2010年参議院選挙で大敗。2012年11月16日野田内閣が解散した後は離党者が相次ぎ政党の乱立を招く事になる。12月16日衆議院選挙では議席数が1/4以下に減少するという記録的な大敗を喫し、勢を失い再び野党に転落した。

2013年の都議会選挙ではまさかの共産党をも下回る第四党に転落、参議院選挙でも再び大敗し衰退の一途を辿っていたが、2014年衆議院選挙では海江田万里党代表が例復活もできず落選するという前代未聞の醜態はすこととなったものの、得票率と議席数共に増えたことで党勢はゆっくりとだが回復基調にある。

2015年平成27年1月18日第18回民主党代表選挙長妻昭細野豪志岡田克也が立補。投票の結果、岡田克也が第11代民主党代表に選出された。岡田2005年小泉純一郎の郵政解散時)以来10年ぶり2度の代表。

2016年には維新の党を吸収し、同一法人でありながら新党であるとして「民進党」と名。前身政党から20年間使用した「民主党」の党名に幕を下ろした。


ロゴマーク


[画像を見る]


■sm21282034[ニコ動]

この動画の最後に出てくるのが旧ロゴマークである。現行のロゴマークとは日の丸を破壊したようなデザインという共通点があるが、たぶん気のせいであろう。

現在ロゴマークは二つの丸を重ねたようなもので、上は円だが下はすこしな円となっている。これは結党された当時、成長途中でこれから政権を取るという気概を表した意だとのこと。ちなみにこのロゴデザインした浅葉己氏は、2020年東京オリンピックのエンブレムの審員の一人で佐野研二郎の例のエンブレムを選出している。


党内勢力


前述のような経緯で結党された党である為、所属議員の出身政党も旧社会党新党さきがけ新進党自由民主党日本新党民社党)などさまざまある。

社会党出身の赤松広隆などの議員が多数いる一方、菅直人のように旧社会党出身以外の左政党出身者もいることから、民主中道を掲げつつもその革新政党そのものである例も少なくなかった。保守も党内には一定数存在するのだが、常に中道でありつづけているのが現状である。

かつての内閣においても、前原誠司外相のように海上自衛隊を対テロ作戦給油支援だけでなく、ソマリア海賊対策にも活用すべし、という意見がある一方、「憲法9条」を自衛隊作戦行動(というより自衛隊そのもの)すべてを否定する千葉前法相のような所属議員もいた。こうした状況は野党となった現在でも続いており、防に関する極端な党内の温度差をいかに解消するかが、民の側から民党にめられている課題の一つでもある。


支持母体


党の支持体としては、各職種の労働組合を取りまとめる「連合」(日本労働組合総連合会)、地方公務員を中心とした組織の自治労(全日本自治団体労働組合)、教職員を中心とした日教組日本教職員組合)といった左団体が中心となっており、近年では小泉革により「抵抗勢」とされ、自民党支持から離反した郵政関連等の団体も加わっていると見られる。
このうち特に「自治労」「日教組」に関して、まず前者の支持を受けることで民主党による「公務員革」「税駄をなくす」革への実行性・透明性に対する疑問を、後者の支持を受けることで教育革への不底と思想の偏向を想起させられることとなった(実際、輿石東参院議員会長により「教育政治的中立性はありえない」という発言があった)。
とくに日教組の一部には北朝鮮との深い関係を持ち、体思想(チュチェしそう)を研究するグループが存在する。実際、民主党政権時には拉致被害者奪還の交渉は停滞、そればかりか「大韓航空機爆破事件」に関与したキム・ヒョンヒ元死刑囚を、入に関する法的手続きをねじ曲げた上で招聘、いわば「準国賓待遇」で迎え、費による遊覧飛行をさせるなど下にも置かぬ歓迎ぶりであった。

その他に、松本龍のような組織内の人員を議員としている部落解放同盟、対公明党のために民主党と手を組んだ立正佼成会、在日参政権の実現の為に支援している在日本大韓民国民団などがな支持体として挙げられる。


民主党の与党時代


民主党(与党時代)も参照。


沿革


2009平成21)年5月11日小沢一郎党首の辞任を受け、5月16日の民主党代表選挙鳩山由紀夫氏が過半数を獲得し、新代表に選出された。その後同年8月30日衆議院選挙歴史的な大勝利を収め、9月16日鳩山政権が発足。
しかし普天間基地移設をめぐる側とのトラブル経済政策の策、「政治とカネの問題」など失政・失策策が相次ぎ、大きな成果を上げられぬどころか混乱をきたし、支持率は急降下。普天間移設問題での側との合意(ほぼ自民党政権時代の合意案を継承)が、社民党の反発を招き連立政権離脱。連立の危機を招いた責任を取る形で2010(平成22)年6月2日鳩山首相退となった。

そして党代表選で勝利し後任となった菅直人総理は、就任直後の支持は高かったものの、期待された鳩山小沢銭問題の追及も、党の分裂を恐れるあまり及びとなり、支持率は鳩山える規模で急降下。
かさねて自身の消費税に関する発言が逆を強め、2010年参院選では大敗。小沢議員らからは総理消費税発言「だけ」が原因であるとの批判が出た。直後に、韓国側への文化財「返還」を盛り込んだ管談話を発表。これは皇室財産の一部にも手をつけることになる上(もともと皇室財産のうちの朝鮮半島由来の品も、合法的に獲得された資産である)、国会での審議・了承を経ない、民主党の議会軽視・独占を徴する出来事となった。

2011年(平成23年)3月11日東北地方太平洋沖地震が発生。戦後始まって以来の未曽有の危機に対し内閣の支持率が際で回復するも、何ら有効な対策を打てなかったことで支持率は10台まで低下。民主党内からのおろしのが吹き荒れる中、とうとう党執行部の要に屈し8月27日に退を表明することとなった。

2011年(平成23年)8月29日菅直人に代わり野田佳彦が党代表に就任。9月2日総理大臣に就任し野田内閣が成立。散財した鳩山拭いをする形で財政再建のために消費税増税を行おうとするも、小沢の反発を招き集団離党が発生する結果となってしまう。

第46回衆院選では消費税増税が決定的なダメージとなり、歴史的な大敗へとつながることとなった。これにより単に民主党は下野しただけではなく、辛うじて野党第一党は守ったものの日本維新の会やみんなの党が大躍進したことで、政における民主党の影は一気に低下することとなった。

民主党の政における影の低下と与党の一強の状態が続く中、民主党は野党結集が必要であると判断。維新の党との合併を計画する。両党の解党も検討されたが、維新の党が民主党に吸収される形での合併を両党が決定し、民主党と同一団体でありながら名をする形で「民進党」を結党した。これにより1996年結党の旧民主党から20年程続いた民主党の名称は消えることとなった。⇒以降、「民進党」を参照。


国内政策


2009年衆院選勝利した時の民主党の約は、大別すると以下に要約される。

しかしながらこれらの政策を行う上で必要な財を財政支出削減だけでは確保することができず、いわゆる埋蔵金を充てたり、また財政支出削減のパフォーマンスの一環として事業仕分けが行われるも、結果として平成22年度予算案では過去最大の44兆円もの赤字国債を発行することとなってしまった。また、財政的に実現不可能なものがマニュフェストに書かれていたことで、民主党の約の実現そのものに疑問符がつく結果となってしまい、このことが2010年参院選々に敗北するきっかけとなった。さらにここで世界的な不況による円高安が重なり、円高是正への対応が消極的だったことも相まって気が急速に悪化、税収の減少により赤字国債の発行しでは身動きが取れない・・・という自縄自縛の状況に陥ってしまう。

また口蹄疫東北地方太平洋沖地震といった突発的な事に対して危機対応さを露呈。特に福島第一原子力発電所事故では後手後手に回りながら対応に追われることとなり、またも政権与党としての資質が問われることとなってしまう。

一方でマニュフェストにない朝鮮学校の授業料償化や外国人参政権の推進などが玉にあげられ、特に約破りである財政健全化の為の消費税増税を行ってしまったことが致命傷となり、2012年衆院選の大敗へと繋がることとなった。


外交・安全保障


鳩山由紀夫東アジア共同体構想に見られるように、民主主義政体を持たないともその政体を尊重し共存共栄をしていこう、というのが基本的な方針であった。だがそれまでの自民党価値観外交(民主主義人権を尊重すると仲良くしようという外交方針)から転換する動きは、特にアメリカからは反米的な政権とみなされ、普天間基地移設問題に至っては「ルーピー」と呼ばれるに至ってしまった。防上米軍基地沖縄県外への移設などは不可能であるのだが、これらのことが野党時代には理解できなかったようである。

鳩山の後を継いだ菅直人はこれらの点を反し、鳩山較してアメリカを重視する方向に外交方針を修正した。が、親中・親韓の方針は引き継いでおり、悪名高い村山談話を踏襲した談話を発表。しかし


次へ»
最終更新日: 18/04/10 00:06
タグ検索 パソコン版を見る


[0]TOP
ニコニコ動画モバイル
運営元:大百科ニュース社