ニコニコ大百科モバイル

7/2(月)よりスマホまたはPCでアクセスした場合、各デバイス向けのサイトへ自動で転送致します


百人一首


ヨミ: ヒャクニンイッシュ
掲示板をミル!
18カキコ!

百人一首とは、大和鎌倉時代ヒットソングベスト100である。


概要


基本的に「百人一首」といえば、藤原定家が私撰した『小倉百人一首』す。

本来は100人の歌人の和歌を、それぞれ1首ずつ100首集めたもの、それらすべてが「百人一首」なのだが、
小倉百人一首以外のものは「異種百人一首」という、また別の括りにされてしまうことが多い。


『小倉百人一首』


撰者は藤原定家。 「有心」という新コンセプト音楽シーン(歌壇)を席巻した気鋭のソングライター歌人)にして評論家(歌論書著者)であり、またディレクター(撰者)を務めたアルバム(歌集)もプロデュース(勅撰)含め多数。アーティストとしては々しい彼だったが、生業(官職)にはとことん恵まれなかった。

1235年頃、末期鎌倉初期の歌壇の第一人者だった定も既に齢80の手前。政争渦巻く官吏の世界を離れ、々自適の生活を送っていたそんなある日。息子・為に、「小倉山の別荘の障子、歌したためたジャケ(色)貼ったらクール)じゃね? ちょっくら選んでくれYO!」
・・・・・・というノリかどうかは知らないが、ともかくグラフィックデザイナー(書)としては一部のコアファン人気のある彼が依頼を受けて書き上げた『古来人の歌各一首、天智天皇自り以来経に及ぶ』の色、これが小倉百人一首の原と言われている。『小倉百人一首』という名称は後世の人が名付けたもので、定が付けたものではない。

歌はすべて『古今集』以降の勅撰和歌集10種、10,000首以上の歌の中から年代順に撰出されている。
天智天皇から順徳院まで、その年は実に600年もの長きに及ぶ。

100首の歌

男性の歌が79首、女性の歌が21首、選ばれている。元歌の出展としては『古今集』が最も多く(24首)、『続後撰集』が最も少ない(2首)。八代集(『古今集』~『新古今集』)から94首選ばれていることから、ほぼ八代集のアンソロジーともいえる。

内容的には歌が43首と最も多く、季節を詠ったものが32首(6・4・16・6)、その他(雑の歌)が25首である。なお、歌のほぼ全てがの辛さをいた「悲歌」である。

歌の撰出については、定の好みがあったり、いは勅撰集ではない『万葉集』が撰出対から外れていることもあり、ここで選ばれた歌がその歌人の代表作とは一概には言い切れない場合もある。

それぞれの歌の内容については、こちらを参照のこと。 → 百人一首の一覧

100人の歌人

天皇貴族・農民・僧侶・女房・武士・・・・・と、歌人の階層は多岐に渡る。

天皇・親王の撰出に関しては、不遇な生涯を遂げた人物が何故か多い。一方、女性歌人においては、かなりネームバリューが優先されている節がある。勅撰集からの撰出ということもあり、総じて歌の質より歌人の地位、といった作用が働きがちな傾向が見られる。たとえば河原左大臣(融)や三条右大臣(藤原定方)のように残した歌も決して多くなく、当時から歌人の名が高かった訳でもない人物が選ばれている一面もある。

また、優れた武歌人として知られる三位頼政については頼政が残した歌には総じて低評価を与えていた定の私情による露ハブである(?)。

なお、巻頭と巻末では智・持統と後羽・順徳子との首尾照応が成されている。

『百人秀歌』

『小倉百人一首』の関連書としては、同じ定の撰による『人秀歌』が挙げられる。小倉百人一首で選ばれている歌人・歌とは9897首が一致しており、歌の数は合計101首と、1首多い。

  →代わりに、一条皇后宮・権中納言信・権中納言長方の3人の歌が収められている。
  →「山ざくらさきそめしよりひさかたのくもゐにみゆるたきの糸」・・・・・・という歌が挙がっている。
  →基本的に人秀歌は「二首一対」の、わば歌合的な構成によって成されている。

(又、同じ歌であっても細部が異なるものもあり、どが小倉百人一首より古い表現になっている)

人秀歌は小倉百人一首に先立って成立した「案」である、という見解が一般的だが、異説もある。


遊戯としての『百人一首』


現在では『百人一首』はそれぞれ100枚ずつの読み札・取り札を用いた「カルタ」の一種という認識が強い。
読み札には、歌と詠んだ歌人大和絵・名前が書かれ、取り札には歌の下の句が平仮名のみで書かれている。

最も一般的な遊び方は「散らし取り」と呼ばれるもので、まぁ、いろはカルタを少し難しくしたような感じ。
取り札をバラバラに散らして置いて、読み手が読み上げた歌の取り札を取る、というもの。
取り札には下の句しか書いていないが、読み上げは上の句から読み始める。
つまり、歌を覚えていれば、下の句の読み上げを待たずに素く取り札を取ることが出来る。
・・・・・・そしてそれこそが、必勝条件であるともいえる。

その他、よくある遊び方には次のようなものがある。


源平合戦



坊主めくり



競技かるた



北海道ルール


北海道では、他の地域と百人一首のルールが大きく異なる。

いわゆる「下の句かるた」と言われるもので、元々会津で広まった遊びが、明治北海道開拓によって広まったと言われている。


関連商品


■azB000CNF0AA
■azB000KN69HA
■azB000KQGV0C
■azB000RE61IO
■az4816344020
■azB0016FYCW0
■az4063648796


関連項目



記事のある百人一首歌人


1~20 2140 4160 6180 81~100

最終更新日: 19/05/28 04:15
タグ検索 パソコン版を見る


[0]TOP
ニコニコ動画モバイル
運営元:ドワンゴ