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百人一首の一覧


ヨミ: ヒャクニンイッシュノイチラン
掲示板をミル!
38カキコ!

このページには百人一首とその口訳、解説を掲載する。

百人一首の詳細は百人一首の記事に掲載。



拾壱~ 弐拾壱~ 参拾壱~ 四拾壱~ 五拾壱~ 六拾壱~ 七拾壱~ 八拾壱~ 九拾壱~


の田の かりほのの をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ

天智天皇

出 典:後撰集

訳:の田のほとりに立てられた仮小屋は屋根の網のがとても荒く、私の袖は露で濡れてしまうばかりだ。

解 説:田畑にて収穫に勤しむ農民の情を詠んだ歌。露に濡れる農民の立場になってその厳しさを思いやり涙を流した(わが衣手は露に濡れつつ)とも考えられる。



すぎて 来にけらし 妙の 衣ほすてふ の香具山

持統天皇

出 典:新古今集

訳:どうやらは過ぎ去り、がやって来たらしい。香久山の周りに純着物が干してあるというから。

解 説:奈良県柏原にある香具山は大和三山の一つで昔から視されており、からへの変わりには衣替えとしてい衣を干す習があったと考えられている。一方ではい衣は卯の花喩であるともされている。この歌も山部人(四)のものと同様に万葉集からの変が見られ、万葉集では「過ぎて 来たるらし(ぞ来ぬらし) 妙の 衣したり(衣かす) の香具山(訳: は過ぎ去り、がやって来たようだ。純着物が干してあるから。そう、香久山の周りに)」。つまり、新古今の時代には戸外の様子の確認を直接行うのは高な身分の人間らしからぬ行為だと見なされるようになったからだと考えられる。



あしびきの 山の尾の しだり尾の ながながしを ひとりかも寝む

本人麻呂

出 典:拾遺集

訳:独りを明かすという雄の山、その山の垂れた尾の様に長い長いを私は人と離れ一人寂しく眠るのだろうか。

解 説:山の雄と雌はになると別々に離れて眠るといわれている。その山を自身と照らし合わせ長く垂れた尾から長いを連想し、しい人を想いながら長い長いをただ一人寂しく寝て過ごす切なさを詠んだ歌。リア充爆発しろ



田子のに うち出でてみれば 妙の ふじのたかねに はふりつつ

山部

出 典:新古今集

訳:田子のに出て仰ぎ見ると、純富士山辺に今もが降り続いている。

解 説:駿河の(静岡県)の田子のから富士山を仰ぎ見て、その美しさと壮大さを詠んだ歌。万葉集では「田子のゆ うち出でてみれば にぞ 富士の高嶺に は降りける(訳: 田子のを通って出て来て見ると、真っ白なるほど富士山辺に、あぁが降ったんだなあ。)」とされているが、これは選者である藤原定家が収録する際に手を加えた為と言われている(変については諸説ある。例えばに出して詠む時の切れが万葉の時代は「五七/五七/七」だったのが新古今の時代は「五/七五/七七」になったので、「」を引き出す詞「妙の」などの効果的かつ優な言葉選びになった々。いずれの説も時代の変化に合わせたものだという点では概ね一致している)。



奥山に 紅葉みわけ なく鹿の こゑきく時ぞ はかなしき

丸大夫

出 典:古今集

訳:奥山にて、紅葉した落ち葉を踏み分けながらを歩いていると鹿の鳴くが聞こえる。そんな時、は悲しい季節だと感じる。

解 説:の歌。「奥山紅葉を踏み分けているのは私なのか鹿なのか」がはっきりとしていない。故にとりあえず人も鹿も踏み歩くほどに紅葉が敷き詰められた山のであると考えるのが良い。ちなみに丸大夫は実在したかどうかも疑わしい人物。



かささぎの わたせるに おく霜の しろきをみれば ぞふけにける

中納言

出 典:新古今集

訳:七夕になると天の川にかささぎが掛け渡すという。そののように見える宮中の階段にる霜が降りているのを見るともすっかり更けてしまったのだなと実感する。

解 説:かささぎのわたせるとは、七夕にかささぎがを並べて天の川を架け、織女を渡すとわれる伝説からの由来。しかし「おく霜の」とあるので一見ややこしいがの歌である。



の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に 出でしかも

安倍麿

出 典:古今集

訳:広い大を仰ぎ見ればが出ている。かつて春日にある三笠山で昇るのを見たあのと同じなのだなあ。

解 説:作者安倍麿は若くして中国(唐)への留学をした。長い留学生活を終えて帰しようとした際に唐で見たが美しかった事からこの歌を詠む。しかし悪に阻まれ二度と日本の地を踏むことはかったため、望郷を思う悲しい歌とされている。



わがは 都のたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と 人はいふなり

喜撰法師

出 典:古今集

訳:私の住まいは都の東南(辰巳)で鹿の住むような宇治の山にあり、心静かに過ごしている。しかしそんな私を世間は「世を憂して山に篭った」と噂するようだ。

解 説:「お前の勝手なイメージを押し付けるな!」の一言。「しかぞすむ」は「然り(このように)」と「鹿が住むような」を掛けており、「うぢ」は「憂し(つらく苦しい)」と「宇治」を掛けている。



の色は 移りにけりな いたづらに 身世にふる ながめせしまに

小野小町

出 典:古今集

訳:あの美しかったは色あせてしまったようです…。何もしないまま…。この世に降っている長を眺めていた間に…。

解 説:美女として名高い小野小町が、ふらふらしているうちに年とってしまったことに気づき、orzとなっている自身を自虐的に詠んだ歌。技法としては、有名な掛詞「ながめ」(眺め・長)の他に、「ふる」(降る・経る・古る・歴る)の掛詞、「降る→」の縁の使用がある。「花」はもちろんを表す。二句切れ。倒置法。作が小野小町であることの悲哀、掛詞縁の技巧、などにより、小倉百人一首の中でも最も有名な歌の一つとなっている。



これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも あふ坂の関

出 典:後撰集

訳:これが、都へ行く人、帰る人がしもそれぞれのを別れ別れて行き、知った人も知らない人もここで出会うと言われている逢坂の関なのだなあ。

解 説:掻い摘んで言えば「逢坂の関なう!」ということである。々は別れと出会いを繰り返す、そんな人生を辿っている。諸行無常一期一会理を端的に表現した歌と言われている。ちなみに丸は坊主めくりの際に一許された最強坊主である。


拾壱


拾壱 拾弐 拾参 拾四 拾五 拾六 拾七 拾八 拾九 弐拾
壱~ 弐拾壱~ 参拾壱~ 四拾壱~ 五拾壱~ 六拾壱~ 七拾壱~ 八拾壱~ 九拾壱~

拾壱


わたの原 八十かけて 漕き出でぬと 人には告げよ あまのつりぶ

参議篁

出 典:古今集

訳:大海原を沢山の々へと向けて漕ぎ出して言ったと、知り合いに伝えておくれ。漁夫の乗る船よ。

解 説:参議篁とは、小野篁のこと。小野小町の祖とも言われる。隠岐に流罪の憂きにあった際に詠まれた歌とされる。「わたの原」で始まる上の句はもう一つ(七十六)あるため、百人一首の際は注意が必要である。


拾弐


 のかよひ路 吹きとぢよ 乙女の姿 しばしとどめむ

僧正遍昭

出 典:古今集

訳:に吹くよ。の中の通りを吹いて隠してくれ。女が舞う姿をもう少し見ていたいから。

解 説:ゆっくりしていってね! というわけで僧正遍昭が出する前、5人の乙女女に見立てて踊るという宮廷行事を見た時に詠んだ歌。「よ。の中の通りを隠して女を地上にとどめてくれ」ということである。女の子が踊る姿っていいよね!


拾参


波嶺の みねより落つる みなの ぞつもりて 淵となりぬる

陽成院

出 典:後撰集

訳:筑波山の峰から落ちるみなのに深い淵が出来るように、私のも大変深いものとなった

解 説:陽成天皇を詠んだ歌である。「みなの」はの名。茨城県に存在する「男女(みなのがわ)」のこと。妃の綏子内親王に宛てた歌と言われる。


拾四


陸奥の しのぶもぢずり ゆゑに 乱れそめにし ならなくに

河原左大臣

出 典:古今集

訳:州(東北)の信夫捩じ摺りのように私の心は乱れている。一体のために乱れているのでしょう。私のせいではないのに。

解 説:河原左大臣とは融のこと。「あなたのために心が乱れてしまっていますよ?」というを詠んだ歌。信夫捩じ摺りは陸奥信夫(現福島県信夫地方)の特産品の染め布。


拾五


君がため の野にいでて 若菜摘む わが衣手に は降りつつ

光孝天皇

出 典:古今集

訳:あなたのためにの野に出て若菜を積んでいると、私の袖にが降りかかりました。

解 説:若菜七草すと考えられている。地味だが、献身的な心を詠んだ歌。「君がため」で始まる上の句はもう一つ(五拾)あるため注意が必要。


拾六


立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む

中納言行平

出 典:古今集

訳:あなたと別れて因幡へと向かうけれども、稲葉の山に生えるのようにあなたが帰りを待っていると聞いたならば、すぐにでも帰ってきましょう。

解 説:在原行平の歌。「いなばの山」は因幡にある山の名とされるが、単に因幡の山とする説もある。「去なば」と「いなば」、「」と「待つ」をかけている別離の歌。


拾七


ちはやぶる 代もきかず 田川 からくれなゐに くくるとは

在原業平朝臣

出 典:古今集

訳:不思議なことが数々起こったという代の時代の話でも聞いたことがない。田川をこんなにも鮮やかなに染め上げてしまうなんて。

解 説:「紅葉に浮かんでだよ。綺麗だねえ」ということを詠んだ歌。「くくる」は「くくり染め(纐纈染め)」と「(を)潜る」がかかっている。詞「ちはやぶる→」、3句切れの倒置法などの技巧が含まれている。この歌を詠んだのが在原業平伊勢物語主人公とされる。なおこの歌は落語の「千早振る」の元ネタになっている。


拾八


住の江の に寄る波 よるさへや 夢のかよひ路 人よくらむ

藤原敏行

出 典:古今集

訳:住の江のに波は寄ると言うのに、あなたはの夢の中でさえも来てくれない。どうして夢の中の通いでも人を避けているのだろうか。

解 説:どう解釈するかは諸説ある。一般には用心深い人に対するじれったさを詠んだ歌とされる。百人一首において上の句が「す」で始まるのはこれだけなので覚えやすく取りやすい。


拾九


難波潟 短かきの 節の間も はでこの世を 過ぐしてよとや

伊勢

出 典:新古今集

訳:難波潟に生えているの節と節の間のような短い時間もわないで、この世を過ごしてしまえと仰るのですか。


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最終更新日: 13/01/19 23:10
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