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神戸市


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曖昧さ回避この項では兵庫県県庁所在地について記述しています。その他の用法については神戸をご覧ください。

日本 > 兵庫県 > 神戸市

神戸市とは、兵庫県の南東に位置し、港町として知られるである。 県庁所在地政令指定都市旧五大都市)。

概要

神戸市
こうべし
[画像]日本
地方 近畿地方
都道府県 兵庫県 神戸県民局
団体コード 28100-0
面積 552.83km2
未定部分あり
総人口 1,540,512
(推計人口、2013年12月1日
人口密度 2,790人/km2
隣接自治体 芦屋市明石淡路市、稲美町、
三田宝塚西宮市三木市
の木 サザン
アジサイ
外部リンク 神戸市:トップページ[外部]
特記事項
[画像]
神戸市章(ニコニコテレビ

と山の迫る東西に長い地を持ち、特定重要港湾の神戸港を有する代表的な港町である。1858年に神戸港が開港。欧米からたくさんの人が訪れるようになり、神戸に洋文化が定着した。

古くから生田神社経済を支えた住民の集落(神戸「かんべ」)が現在三宮・元町周辺に存在し、神戸という地名はそれに由来している。

上記とは起が異なるものの神戸(かんべ)という苗字は全に存在し愛知県神奈川県東京都群馬県に多い。また神戸(こうべ)と読ませる苗字は現地では極めて例が少ない。

現在は法的根拠がないものの、「五大都市行政監督特例」が止されたと同時に政令指定都市になった名残から、「五大都市」または「六大都市」の一つに数えられるなぜ六大都市と呼ばれるかというと、五大都市にはもともと「六大都市行政監督ニ関スル法律」によって呼称された六大都市東京市大阪市京都市、神戸市、名古屋市横浜市)から、東京市政令指定都市の対にならない都制に移行したため、五大都市と呼ぶ場合は東京特別区を含まない場合が多い。それゆえ、五大都市東京を加え「六大都市」と呼ぶことが多い。

都会ながらと山を手軽に楽しめる点は他にあまりない特徴。

余談だが神戸市の面積スペインガルシア州オウレンセ県にあるコマルカ・デ・カルバジーニョと全く同じである。

フォーブスの「世界でもっとも綺麗な都市トップ25」で25位に選ばれた世界の最もきれいな都市トップ25[外部]2008年10月22日名古屋市と同時に、アジア初のユネスコデザイン都市」に認定されたと発表「神戸市、アジア初のユネスコ「デザイン都市」に認定」:イザ![外部]

また、2012年にはスイスのECAインターナショナルが発表した「世界で最も理想的な居住地」で5位に選ばれ(アジアではシンガポールに次ぐ2位)、日本都市ではトップ10に入った「世界で最も理想的な居住地」はシンガポール、5位に神戸、中国本土はトップ10圏外―スイス機関[外部]

デザイン都市神戸 (City of Design Kobe)」を掲げ神戸市:デザイン都市推進室 「デザイン都市 神戸」とは?[外部]都市としてのさらなる発展をしている。

地理

[画像][外部]
神戸ポートタワー

南は瀬戸内大阪湾と面し、世界でも有数の港が広がっている。また、明石峡に架かる明石海峡大橋を介して淡路島にも通じる。

域中心部の六甲山地がの近くに迫っているために、地が南北に細く東西に長い。しかし、このような帯状の地よりも、北区西区などに見られる農村地のほうがはるか面積は広い。

こうした特異な地形から、で移動する際、国道2号線国道43号線・有馬街道の位置関係が理解できればどの場所に移動できる。例外として北区西区等の山手側には小規模ながら次元歪みが生じている地区があるため、気付かないうちに三田三木市宝塚加古に抜け出る怪現が起きるため注意が必要である。


気候


神戸市は六甲山系および北区の一部を除いて年間1200~1400ミリメートルで、日本の全面積1600ミリメートルより少なく、特に期の燥(期の降150ミリメートル以下)が著しく、いわゆる瀬戸内に属する。

均気温は六甲山を除いて摂氏14~15度前後。以上の気から内の大部分は照葉帯に属することがわかるが、燥によって植生にかなりの影を与えている。

北区期の最低気温が低く、霜日数が多いという内陸性気を示し、六甲山では均気温摂氏10度前後の温帯性の気を示す。


隣接する自治体


歴史

[画像][外部]
ヴィーナスブリッジ

地名は現在中央区生田神社神戸(社領)であったことに由来する。

瀬戸内に面する神戸は昔から港があったが、平清盛により福原現在の新開地・福原)とともに整備された港が「大輪田泊(おおわだのとまり)」と呼ばれ始めた奈良時代からが発展の始まりとされる。その後戦乱により神戸は荒し、一時は上交易の中心の座を大阪に譲る。江戸時代になると鎖国により全に交易が途絶える。しかし、豊臣秀吉の商人を大阪に移し、神戸は大都市の外港として再び発展し始める。1868年には兵庫港が開港し、神戸近代化が進み、人口も当初は2万人だったのが、制施行時になると約14万人まで増加した。さらに発展と周辺自治体との合併をし、後の1939年には都市になる。

順調に発展を続けてきた神戸だが、1938年の阪神1945年神戸襲により甚大な被害を受け、人口は3分の1までに減少する。しかし、戦後は貿易の再開や特需、昭和30年代の高度経済成長、さらに神戸の特徴として知られる人工ウォータフロントの開発により高速な復を成し遂げた。ポートアイランド一期工時には、地方ブームの先駆けとなる「神戸ポートアイランド博覧会」を成功させ、自治体経営の見本とされ、神戸市は「株式会社神戸市」と称される。

戦後ハイカラの最先端を行くだけでなく、東洋一の港町としても発展したが、1995年には阪神・淡路大震災が発生し、大規模の被害を受ける。港町としての地位は大幅に低下し、震災前の人口を回復した今でも相対的な地位は震災前にべると幾分か低い。しかし神戸市は新たな事業、神戸空港開港、医療産業都市構想、ポート・六甲アイランド2期などを積極的に進め、120周年を迎え、新たな局面に入る。


沿革



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最終更新日: 18/12/23 18:56
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