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虞翻


ヨミ: グホン
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は、ほほ笑みながら、青空へ溶け入る小禽の影を見送っていた──これから生きる自分のすがたと同じものにそれが見えたからであろう。

吉川英治『三国志』)


己を貫き通した狂直


虞翻とは、三時代に登場する人物である。字は仲、揚州会稽余姚県(浙江寧波余姚)の出身。


王朗、孫策の配下として


虞翻の一族は代々易学の研究をしており、虞翻も学問に励んでいた。若い頃、を訪れた客が虞翻の所には見えなかったためそのことを責める手紙を送ったが、客はその内容に感心したため虞翻の名が世に知られることになったという。

虞翻は最初、会稽太守の王朗に仕えた。江東で勢を広げていた孫策が会稽を攻めると、虞翻はの喪中にも関わらず王朗との面会をめ抵抗せず避難するよう進言した。王朗はこれを聞かず一戦を挑んで敗れ逃亡すると虞翻も一緒に随行し、王朗の身の安全に尽くした。王朗は虞翻に、会稽に残したの身を案じて会稽に戻るよう薦め虞翻はこれに従った。

孫策は虞翻を友人として遇することを申し出てこれを召し出し、会稽事務を行わせた。狩猟が趣味だった孫策に対し虞翻は暗殺の危険性を訴え、ある時は山越討伐で一人きりになった孫策の警護を申し出たりしている。また章太守だった歆の元に使者として面会し、これを戦うことく降している。
孫策が不慮の死を遂げた時は富県長をしていたが、山越が不穏な動きをしていることを理由に配下達を留め富孫策追悼し、孫暠(孫策従弟孫堅孫静長男)が会稽を占拠しようとするのを防いでいる。


孫権の時代


孫策孫権の勢を継ぐと、虞翻は曹操からの招聘を断り、騎都尉として孫権に仕えた。
虞翻は孔融や張紘から易学の研究の業績を評価され、陸績(陸遜の同族)と親しく付き合った。しかし虞翻は率直に物言いをするだけでなく他人との協調性に欠く性格であり、孫権は虞翻を疎んじて一時丹陽に左遷する。

呂蒙は虞翻の才を評価していたので荊州の関羽を攻める時にこれを従軍させた。虞翻は呂蒙の命公安を守っていた士仁(傅士仁)に降伏するよう説かせる。一度は断れられるも虞翻は懇々と士仁を説得し、その間に呂蒙の手勢が公安を包囲したためついに士仁は涙を流して降伏する。虞翻は続いて南を守っていた糜芳をも降伏させた(元々糜芳孫権と内通していたため士仁の姿を見ただけで降伏したと『呂蒙伝』にはある)。
また虞翻は孫権関羽の命運を占うよう言われ「二日以内に関羽の首が断たれるでしょう」と言って的中させた。

このように大功を立てた虞翻だが、関羽の捕虜となっていた于禁を辱めたり(後述)、の上での失敗も多く、孫権からは煙たがられていた。王になった孫権が宴会で臣下に自らを次いで回ると、虞翻は酔い潰れた真似をして床に倒れ、孫権が通り過ぎるとまた然と起き上がった。頭に血が上った孫権を取って虞翻をりつけようとすると基(揚州牧だった劉繇の子)が孫権を抱き止めてこれを防いだ。孫権が「曹操は孔融を殺したのになぜが虞翻を殺してはならんのだ」と言ったが基は曹操は孔融を殺して下の非難を浴びたからそんな事をしないよう懸命に説得、やがて正気に戻った孫権は配下に「自分にが入った時は、殺すと言っても決して殺さぬように」と命している。

孫権張昭仙の話題をしていた時、虞翻が張昭さして「死人達が仙についてっております、(不死の)仙など居ないでしょうに」と発言したことを孫権は問題視し、虞翻を交州に強制移住させた。

虞翻が交州に向かう時の小役人だった聶友という人物が見送りに来た。虞翻は章太守に手紙を送り聶友を登用するよう勧めた。後に聶友は丹陽太守まで出世した(『諸葛恪伝』に彼の記載がある)。
虞翻は交州で数人の門下生を相手に学問を教えていた。孫権東の公孫淵討伐に失敗して多大な損を被った時、虞翻のことを思い出し交州に消息を問わせた所、既に虞翻は逝去していたためその子らを呼び戻した。亡くなった時は七十歳だったという。

陳寿は虞翻の評として「虞翻は古の『狂直』(どこまでも正しいことを貫こうとする)とも言うべき人物だったため、このような末世の時代に禍を避ける事ができなかった。彼を受け入れられなかった孫権の度量の大きさもに欠ける所があったともいえよう」と記している。


家族


虞翻には十一人子があり、そのうち四人が名を知られている。


逸話



各メディアにおける虞翻



三国志演義


初登場は、孫策軍が攻め寄せてきた時の会稽。
大まかな動向は正史と同じだが、王朗の逃亡に協した描写はなく、王朗が敗れた後はすぐ孫策に仕えている。
また佗と知り合いという設定が追加され、彼を孫策に紹介するのが最初の仕事であった。
その後は孔明と舌戦(やられ役)したり、傅士仁を説き伏せたりするのがな出番。(他に出番はあったかな?)
性格が悪いとか、交州送りになったとかそこら辺の描写はされていない。(たぶん)

なお、虞翻が王朗に、「あなたも次の時代に用のないお方だ」と言うのは吉川英治氏の創作である。(演義ではため息をついて去るだけ)
しかも王朗は後半で再登場し、ちょいちょい出番もある(正史でも演義でも吉川三国志でも)。むしろ虞翻の方が出番少ないような気もするのだが…

張郃張コウ)が3度死ぬ現と同じで、後で出るとは知らずに退場シーンオーバーに脚色しようとした結果、このセリフが創られたのだろうか?
結果的に虞翻の黒歴史みたいな台詞になってしまっているが…


コーエー三國志


初期のシナリオ王朗に仕えているが、大抵君が先に逝って跡を継いだりしている。
正史のように君に忠実であると信じたいが…


横山三国志


吉川版とだいたい同じ
アニメ版ではなぜかオカマ口調で話す。


ニコニコ動画における虞翻



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最終更新日: 17/10/15 21:13
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