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郡上おどり


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今週のおすすめ この記事は第587回の今週のオススメ記事に選ばれました!
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[画像を見る] 新型コロナウイルスによるで、2020年度開催は全面中止となりました。
詳しくは、「令和2年度郡上おどり・白鳥おどり・白鳥の拝殿踊りの全日程の開催見合わせについて(郡上市公式サイト)[外部]」をご覧ください。

郡上おどりとは、岐阜県郡上市で行われる盆踊り、および一連の祭りの呼称である。日本三大盆踊りの一で、の重要形民俗文化財定。


郡上おどりの特徴


徳島県の「阿波踊り(あわおどり)」、秋田県の「西音内盆踊り(にしもないぼんおどり)」と合わせて日本三大盆踊り(または日本三大民謡踊りとも)に数えられ、白鳥おどりとともに岐阜県盆踊り祭りとして知られている。さらに、の重要形民俗文化財にも定されており、全的にも有名なお祭りでもある。

郡上市内で開催される盆踊りは、大きく分けて2つある。1つは郡上市の北部に位置し、平成の大合併以前では白鳥町だった白鳥地区の地で開催される「白鳥おどり(しろとりおどり)」と、本記事の「郡上おどり(ぐじょうおどり)」の2種類あり、「郡上おどり」はもっぱら郡上八幡(旧八幡町)の地で踊られている盆踊りとその一連の祭りのことをしている。

郡上おどりが踊られるお祭りの日程は、7月13日の郡上おどり発祥祭を皮切りに、全31日間にわたって行われる。その中でも特にメインイベントとされるのは、旧の時期にあたる8月13日~16日の4日間開催される「盂蘭盆会(うらぼんえ)」で、この期間は午後8時から翌4時または5時までの8~9時間休憩一切なしのぶっ通しで歌い踊り続ける「徹夜踊り」が実施され、全的にも類を見ない大規模の盆踊り祭りとなっている。(ちなみに、白鳥おどりでもこの徹夜踊りが実施されている。)
そして、おどり祭り最終日に当たる「おどり納め」(9月7日開催)では、深夜23時から屋形送りと提行列が開催されている。
なお、開催時間帯は全て間~深夜または翌日明朝までとなる。また、台風が直撃しようとも洪水警報が発されても命の危険がない限りは必ず雨天決行となる。そのため、中止になった前例はほとんどない。

しかし、全面中止になってしまった年が1度だけあり、その年が2020年開催の郡上おどりである。中止理由としては、全で猛威をふるっていた新型コロナウイルス拡散に懸念したためである。この全面中止は、催する郡上おどり運営委員会及び郡上おどり保存会設立以降史上初となった。ちなみに並行して開催される白鳥おどりも中止が決まった。令和2年度郡上おどり・白鳥おどり・白鳥の拝殿踊りの全日程の開催見合わせについて(郡上市公式サイト)[外部]

郡上おどりは全10種類のおどりと唄があり、これらを約20分間隔で複数組み合わせて踊り続けられている。ちなみにおどり最後の演は必ず「まつさか」と決まっており、これを踊りきってお祭りの日程は終了となる。


郡上おどりの歴史


郡上八幡博覧館[外部]の展示資料および、郡上八幡観光協会公式サイト[外部]掲載の「郡上おどり大百科(郡上おどり保存会監修)[外部]」によると、郡上おどりの起こりは現在もあきらかになっていないが、一説によると今から400年以上前の戦国時代の末には、念仏おどりや流おどりが郡上に伝わり、庶民の間で郡上おどりの原となる盆踊りが踊られていたとされている。

江戸時代のはじめ、徳川家光将軍だった時代には、初代郡上 遠藤(えんどうよしたか)が郡上領民の融和と心の安定、平和を楽しむことを図るために、庶民に盆踊りを踊ることを奨励した。そして、郡上八幡城下町の整備を推進するとともに、郡上領内でバラバラに行われていた盆踊り祭りを全て郡上八幡城下町に会場を集結させ、一元化させた。これが現在の郡上踊りの一連の祭りの原形態になったとされる。当時の庶民は娯楽が少なかったため、これをきっかけとして一楽しめる娯楽として郡上おどりが急速に発展していった。その後、郡上八幡城青山氏に代わってからは、第10代青山(あおやまよしみち)が踊りをさらに奨励したため、ますます発展を遂げていったのであった。
江戸時代当時の郡上おどりの人気は庶民のみならず、武士にも人気の娯楽として親しまれていた。そのあまりの人気ぶりの為か、「臣およびその家族はおどりに行くことを禁ずる」という内容が書かれたお触書「番年中行事」(1820年)が出されるほどであった。また、当時の郡上おどりは若い者たちにひやかされ、混ぜられるということが然と行われていたされている。さらに、瀬の認の場として女性にも人気の娯楽でもあった。

また、郡上八幡には芸人も多く訪れ、数々の口説き唄や芸が伝えられ、郡上おどりの中にも取り入れられていった。これが郡上おどりの種類の多さのルーツとされている。

幕末には、郡上おどりの七大縁日が制定され、7月16日開催の「八坂神社王祭」、8月1日開催の「大乗寺三十番祭」、8月7日開催の「洞泉寺弁天七夕祭」、8月14日~16日開催(現在は13日~16日)の「盂蘭盆会」、8月24日開催の「桝形地蔵祭」とされた。

明治時代に入ると、欧化政策ので郡上おどりの禁止が一時出されてしまうが、1922年(大正11年)に「郡上おどり保存会」が発足し、郡上おどりの良さを今に伝承し続けている。また第二次世界大戦中は、戦没者慰霊の的で踊ることが例外的に認められ、玉音放送のあった数時間でさえ、憔悴しきった人たちの中から郡上おどりの囃子唄を唄い始める者が現れ、自然とおどりの輪が形成されていったとされている。

そして1973年(昭和48年)、の選択芸(形文化財)に選定され、1996年(平成8年)に重要形民俗文化財定され、今日まで踊り続けられている。


郡上おどりの演目と歌詞


郡上おどりの演歌詞は「郡上節」という郡上に伝わる民謡をもとにして作られている。全10種類の演があり、さらに一部の演特定の縁日限定で唄われる歌詞バージョンもある。郡上おどりはこれらの演を約10分~20分の間隔で組み合わせて、ノンストップでおどり続ける。
唄い手は常時2人以上おり、お囃子は下記掲載の歌詞の中から一部を抜き出して唄う。唄う方法は、1人が唄って続いてあとからもう1人が復唱するように唄う。そしてさらに、楽器の弾き手や踊り手が掛けをかけて場を盛り立て、盆踊り祭りらしさを演出している。

記事では歌詞全編を掲載するが、お祭り本番では上から順番通りに全て唄うことはほとんどないので要注意である。


古調かわさき


郡上おどりの全演の中で最も歴史のある演。全演の中で較的序盤の時間帯におどることが多い。後述の「かわさき」の元となった演で、博覧館の展示資料によると、農作業の動きをイメージした振り付けとなっている。また、「かわさき」と違ってやかな音楽を一切使わず、「アッーソーレンセッ!」という掛けとともに下駄の音と手拍子一拍のみで踊っているため、おどりのリズムも素で哀調を帯びている。歌詞も庶民の生活や仕事に根差したものが取り入れられ、郡上の純な人情と風俗に似つかわしい踊りとなっている。

実際のおどりの様子→郡上おどり「古調かわさき」[外部]

歌詞

郡上八幡出て行く時は 三度見かやす枡形を

のお様かか盗まれて のあいからかかァかかァと

若いと新木の舟は 人が見たがるのりたがる

どんなことにもよう別れんと 様も一口ゃうておくれ

わしの殿まはこの川上の流れを見て暮らす

にゃおいでよ初い孫つれて 郡上おどりも見るように

向かい小山に日はさいたれど 寝は起こしゃせぬ

とりでも初音はよいに様と 初寝はなおよかろ

踊りつかれてはやが明けた 何の話もできなんだ

思う様ならどよかけて で便リがしてみた

の良い衆はその身の徳じゃ 諸諸人に思われる

おらが若いときゃ五尺の袖で 路の小もなびかせた

の十四日にやの葉となリて 一夜もまれて捨てられた

咲いて口惜しや千本桜 もかよわぬ奥山

昔しゃいま世に落ちて 小まざリのを刈る

何がなんでもお前さでなけりゃ 東しゃ切れてもは明けぬ

ほどづまはあれど と守るは一人

高い山にはがかかる 若いにゃ気がかかる

郡上はよいとこ良いができる やりたやお茶摘みに

植えておくれよ畔(あぜ)にも 田にも畔はかかまのしんがいに

今日田植え三月桜花かよちらちらと

泥で咲かしたのかきつばた 活けて根じめを見て欲しい

気立て良けリゃとうたこたうたが されどご器量が気にかかる

人を泣かせリやまた泣かされる 共に泣いたり泣かせたり

わしと青田刈る山に 薮や茨がなけりゃよい

藪や茨がありゃこそよかれ 薮の小陰ものや殿

歌は歌やれ話はおきゃれ 話ゃ仕事の邪魔になる

天の川原は西東でも 今宵一夜明けまで

(歌詞の出典:郡上の映像(Gujo.com)[外部])


かわさき


郡上おどりの演の中で、もっともメジャーポピュラーなおどり。テレビなどでよく紹介されるおどりがこの「かわさき」で、郡上おどりの看メニューのような存在となっている。
「古調かわさき」と違って、と太鼓を基調としたやかな音楽歌詞、振り付けが組み込まれており、10種類の演の中でもっともエレガント盆踊りらしい雰囲気のおどりである。

郡上おどり大百科[外部]や博覧館展示資料によると、1914年(大正4年)に共進会(現在の万博博覧会にあたる)が開催され、その中で郡上おどりが披露された。この時に「古調かわさき」を元に新しいおどりを発明する動きが広まり、歌詞を一般募集したり、メロディを新しくしたり、振り付けを現代アレンジした。そこで生まれたのがこの「かわさき」である。こちらも較的序盤~中盤の時間帯におどることが多い。また本番のおどりでは、「ほい~!」や古調かわさきと同じく「アーソーレンセー!」と掛けがかけられ場を盛り立てる。

歌詞

郡上八幡出て行く時は も降らぬに袖しぼる

のお様ツン丸コテ丸て丸て のてそいよかろ

郡上殿様自慢のものは 標に七家老

心中したげな惣門で 小駄良才兵衛

が出る出る佐の山で がねと

向小駄良のの子見やれ 親がけりゃ子も

愛宕三月でくもる くもるに人が酔う

忘れまいぞえ愛宕 縁を結んだじゃもの

祭り見るなら祖師野の宮よ 人を見るなら九頭の宮

音頭とる可愛いも踊りも冴えてくる

自慢にゃ肩身が広い 郡上おどりに

の降るは来ないでおくれ 隠しきれない下駄の跡

咲いたになぜ駒つなぐ 駒が勇めばが散る

秋葉三尺おのふもと 今日も鳴る鳴る時の鐘

安久田こんにゃく名皿部ごぼう 五町だいこに小野なすび

をおくれよ薬師 小駄良三里に

見たか聞いたかの高さとあの音を

いましょ宮が瀬の出るころ上るころ

泣いて別れていついましょか 愛しいあなたはのかた

愛宕秋葉もみじ がのぞくか吉田

歌も続くが踊りもつづく の明るいもつづく

踊らまいかよ祖師野の宮で 四本柱を中にして

愛宕山から吉田の流れ ながめ見あかぬ宮瀬

鐘がなるのか撞木がなるか 鐘と撞木と合うてなる

郡上はよいとこ住みよいところ もよければ人もよい

めでためでたの青山様は 菊の御紋に葉も茂る

郡上八幡葉菊の御紋 四万余石の下町

わかれわかれて歩いておれど いつか重なる法師

散ると心に合点はしても の色香につい迷う

島田蝶々がとまる とまるはずじゃよじゃもの

わしが出しても合わまいけれど 合わぬ所はごめなさリょ

山に抱かれて流れに沿うて 踊る絵の町歌の町

わしの心と向かいの山は ほかに気はないばかり

三月あやめ五月 菊は九月の末に咲く

が咲いたと都の便り 郡上じゃと返す文

しやさしや駄の音は はどなたか知らねども

遠く離れて会いたい時は になればよい

うたいなされよ向いのお方 歌でご器量は下がりゃせぬ

歌でご器量がもしいち下がリゃ 時の相場で上げてやる

もはや川崎ゃやめてもよかろ 天の川原は西東

(歌詞の出典:郡上の映像(Gujo.com)[外部])


春駒


こちらも郡上おどりでメジャーな演の1つ。リズミカルでテンポのある振り付けと音楽が特徴的で、初心者でも覚えやすいおどりとなっている。博覧館の展示資料によると、春駒越前からのサバ売りのお囃子からきた「さばおどり」が前身だと考えられている。また、郡上ではの飼育が奨励され、良を集めた「土用の毛付」は当時としてはかなりの賑わいを見せていた。お囃子とともにかけられる「七両三分の春駒」の掛けは、良を誉められた喜びを表している。

歌詞


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最終更新日: 20/07/09 20:55
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