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鈴木敏弘


ヨミ: スズキトシヒロ
掲示板をミル!
18カキコ!

鈴木敏弘とは、アーバンテサンバインである。また、テレビ静岡核弾頭アナウンサーでもある。


概要となるわけであります


1960年4月27日生まれ、静岡県浜松市出身。駒澤大学卒。1984年ラジオ福島に入社、1992年テレビ静岡に移籍。この頃、全日F3000(後のフォーミュラ・ニッポン)中継でモータースポーツ界に姿を現す。F1中継には1995年ポルトガルGPでデビュー。このレース実況は、後に全世界に衝撃を与えたという。また、アーバンテサンバイン(1997年F1ハンガリーGP)、片右京、ゲ・ベルガー、ゲルハルト・コチラハ・ベルガー、ハーバートが行ってくる、フッフッフレンツェン(1995年F1ポルトガルGP)などの名言(迷言?)や、視聴者からたくさんの苦情が来るほどの大絶叫に定評のあるアナウンサーである。そのため、ニコニコでは、鈴木アナが登場する動画には必ずと言っていいほど「鈴木爆発」「面実況シリーズ」のタグがつけられている。


特徴なんですねぇー!


とにかく、どのレースでも、どの試合でも大奮、大絶叫。エキゾーストよりやかましい実況として有名。その絶叫は、視聴者から苦情が来たり、テレビの音量を下げられるか消されたりする程度の能力最初からクライマックスと評されることもあり、終盤には喉や帯が潰れ、が枯れることもしくない。その実況スタイルは、50歳を過ぎた現在でも相変わらずである。

また、滑舌が悪く、よく言葉を噛むほか、聞き取りにくいときもある。セーフティカーをセフティカーと発音するが、実際のところ、セーフティカーもセフティカー英語の発音としては正しくない。正しい発音はセーフティカーである。また、ミハエル・シューマッハミハイル・シューマッカに聞こえることがあるが、これについては、「ミハイルは許容範囲」「シューマッカも間違いではない」「英語ではシューマッカになる」などのコメントが示すように、特に問題はないようだ。ただし、英語での正しい発音はマイケル・シューマッカに近いので厳密には正しくない。

また、鈴木敏弘アナが実況したレースはなぜかレースにならないというジンクスがある。(具体例:95F1ポルトガルGPは片山右京の大クラッシュクルサード先生の初優勝95全日F3000選手権第8戦富士では星野一義高木虎之介の死闘、96F1ヨーロッパGPはジャックヴィルヌーヴの初優勝96フォーミュラ・ニッポン終戦富士ではスタート直後に多重クラッシュ旗・再スタート後は大になりタイトル争いに絡むドライバーがことごとくリタイア、97F1アルゼンチンGPはミハエル・シューマッハが0周リタイア・終盤にはヴィルヌーヴとアーバインの死闘、97フォーミュラ・ニッポン第9戦富士ではペドロ・デ・ラ・ロサの猛追とノルベルト・フォンタナの大立ち回り、97F1フランスGPと98F1アルゼンチンGPは終盤に97F1ハンガリーGPはトップ快走中のアロウズヤマハデーモン・ヒルラスト2周でスローダウンして優勝を逃す、98F1カナダGPはスタート直後の多重クラッシュ旗再スタート・再スタート後もアクシデントオンパレード、2000年フォーミュラ・ニッポン第8戦富士では石勝智が大クラッシュ旗・再開後高木虎之介が大逆転優勝2004年フォーミュラ・ニッポン第3戦MINEではファイナルラップトップ争いのブノワ・トレルイエとリチャードライアンが接触しライアンが1回転クラッシュ、など。)


静岡県では・・・


鈴木アナがテレビ静岡所属で、静岡ローカル清水エスパルスジュビロ磐田(実際のところ、テレビ静岡での中継実績はあまりないが…)の試合中継があるためか、鈴木アナの大奮、大絶叫の実況は、静岡県ではいつものことである。最初のうちは、「うるさい」「やかましい」などの苦情が多かったが、聞いているうちに慣れていったのか、静岡県民はいつものことだと思うようになった。ただ、静岡県外の人(特にテレビ静岡を受信してない人)にとってはうるさい実況であるのは確かである。 


ニコニコでの反応


前述の通り、静岡県外の一般の視聴者からの評価はあまり芳しくない鈴木アナであるが、現在(特にニコニコ)では、最近のアナウンサーが、知識が乏しく、かつ中途半端で締まりがない実況スタイル批判されているせいもあってか、鈴木アナの絶叫調を貫く実況が見直されるようになってきた。ただ、一部のユーザーからは批判の意見もあり、全体的にみれば賛否両論である。コメントには、「うるさいwwwww音量llllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllうるさいが嫌いではない」深夜の眠気覚ましにはちょうどいいテンションだな」「(F1地上波中継も)昔みたいに解説と実況で盛り上げるスタイルに戻してほしい」などがある。


実況したレースでは…


【1995年F1第13戦ポルトガルGP】

趣味・特技がパチンコである鈴木敏弘の実況伝説が始まったレースと言えばエストリルサーキッ㌧エストリルサーキットで開催されたこのポルトガルGPであろう。スタート時からF1エンジン音すら勝る絶叫で彼の喉はレッドゾーンに達した。しかし次の片山右京ドライブするティレル023が別のマシンと接触、そのまま横転し右京を乗せたティレルは粉々に破壊された。その間、彼は「片山右京だ!」と言う所を「片右京だ!」と口走ってしまう。これが鈴木アナ最初の名言だ。その後、レース自体は何事もく再スタートを切ったが彼の才は留まることを知らない。次々とゲルハルト・コチラハ・ベルガー」「フッフッフレンツェン」などの後世にり継がれる名言を生み出し、現在ペヤング先生としてされるクルサードの初優勝と共に彼の喉はブローした。F1実況ながらもいきなり伝説級の放送をお茶の間に届けた鈴木アナは、更に伝説を作っていくことになる…。


■sm137857[ニコ動]

【1996年フォーミュラニッポン最終戦】

鈴木敏弘の所属するテレビ静岡と同県に存在する”富士スピードウェイ”。F1ではないモータースポーツでも世界爆笑されるり継がれる実況が繰り広げられる。シリーズチャンピオンのかかったフォーミュラニッポン終戦、なんと今シーズンフォーミュラレース引退することを決意表明していた当時49歳の星野一義ポールをもぎ取る。それだけでも十分な注されるレースであるが、実況は荒れることでおなじみ鈴木アナ。グリーンフラッグが振られ彼の喉から奏でられるエキゾーストノートが高まる。レッドシグナルから…今グリッ…変わりましたスタートォ!思えばこれが混乱の始まりだったのかもしれない。ワラワラとスタートしていくマシンが1コーナーに入ったとき、ペドロ=デ・ラ・ロサが後続のマシンに追突されクラッシュ。次の間別のカメラが捉えた映像には、地獄絵図といわんばかりの大混乱だった。多数のマシンクラッシュに巻き込まれるなどして旗による中断となった。更に再スタート後、が悪化しコースが出来るほどの大に。次々にタイトルへの権利者が脱落していく中、服部がデ・ラ・ロサに接触しコースアウト。その「あ接触!!!服部イイイイィィィ!!!!」と、まるで親友が殺されたかの様な絶叫をかました(総集編ではコンプがかかるほどの大)。その他にも、星野一義「怒りのステアリング投げ捨て」(その後ヘルメット叩きつけ、一時問題になった)など惨憺たる有様で、その中タイトルを取ったのはなんと、中盤リタイヤした”ラルフシューマッカシューマッハだった。鈴木アナの伝説F1のみならず内でも築き上げられ、彼が者ではいということが理解された…。

■sm5185822[ニコ動]

【1997年F1第11戦ハンガリーGP】

やはり、鈴木敏弘をる上でこのレースは外せないだろう。ただでさえドライバーにとってもマシンにとっても厳しいサーキットハンガルリンクハンガロリンク。なんと開幕戦では予選落ちスレスレアロウズに乗るデイモン・ヒルミハエル・シューマッハジャックヴィルヌーヴに続き予選3位に。決勝当日、フォーメーションラップピットレポーターの川井一仁倍速再生かと思わせるほどの口っぷりを披露し、その後全グリッドに付く。シグナルが消奇数シューマッハヒルアーバインスタート伸びる。その隊列で1コーナーに飛び込んだとき、鈴木アナ最大の伝説名言が生まれた。「さぁ、シューマッカ。そしてヴィルヌーヴ。ああっと!?デイモン・ヒルが良いスタート!デイモン・ル、ミハエル・シューマッカ、さぁアーバインが三番手に行った!アーバンテサンバイン!!!もはや説明は不要であろう。彼の放った2万回転オーバーの絶叫はそのボキャブラリーを存分に発揮しながらハンガリー、そしてフジテレビ関係の放送局を通じ日本を駆け回った。ちなみに、1997年F1総集編ではこのアーバンテサンバインの部分が何故か無慈悲にもカットされてしまった。その後のレース展開は、シューマッハの後退、ヒルアロウズヤマハの躍進、ラスト2周のドラマチックな展開などなど、見所満載であり、このアーバンテサンバインかったとしても、記憶に残るレースとなっていたであろう。

■sm2516742[ニコ動]


名言



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最終更新日: 17/01/30 18:09
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