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駆逐艦(艦これ)


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【1】 [画像を見る] 吹雪(艦これ) 【5】 [画像を見る] 叢雲(艦これ) 【9】 [画像を見る] 磯波(艦これ)
【2】 [画像を見る] 白雪(艦これ) 【6】 [画像を見る] 東雲 (特1
【3】 [画像を見る] 初雪(艦これ) 【7】 [画像を見る] 【10】 [画像を見る] 浦波(艦これ)
【4】 [画像を見る] 深雪(艦これ) 【8】 [画像を見る]

<特2綾波)> (参照)[画像を見る] 綾波型姉妹

【11】 [画像を見る] 綾波(艦これ) 【15】 [画像を見る] 天霧(艦これ) 【18】 [画像を見る] 曙(艦これ)
【12】 [画像を見る] 敷波(艦これ) 【16】 [画像を見る] 狭霧(艦これ) 【19】 [画像を見る] 漣(艦これ)
【13】 [画像を見る] 朝霧 17 [画像を見る] 朧(艦これ) 20 [画像を見る] 潮(艦これ)
【14】 [画像を見る]

<特3)> (参照)( [画像を見る] 第六駆逐隊

21 [画像を見る] 暁(艦これ) 23 [画像を見る] 雷(艦これ)
22 [画像を見る] 響(艦これ) 【24】 [画像を見る] 電(艦これ)
■im3976729(静画)

ワシントン軍縮条約によって戦艦の増強を断念させられ、巡洋艦駆逐艦の高火力化で戦の拡充を図った日本海軍が生み出したもので、夕張軽巡古鷹重巡に続く本の登場がアメリカイギリスの警心を招き、昭和5年ロンドン軍縮会議開催の要因のひとつになったともいわれる。
ロンドン会議アメリカ海軍の軍人が、特50隻と米国駆逐艦300隻を交換して欲しいと言ったとか)

必ずしも余裕があるとは言い難い大きさの船体に、駆逐艦では初となる12.7cmを搭載し、61cm魚雷を装備。その重量に対して睦月型を上回る38ノットの高速を発揮する特は、日本海軍史上の傑作に数えられる。
また、駆逐艦では初めて冷蔵庫を持ち、これによって長期間の外洋での活動が可となった。

八八艦隊計画では100隻以上の駆逐艦建造が予定され、艦名のネタ切れを考慮して計画の駆逐艦は番号のみで呼称されており、特綾波までの11隻は建造当初はこの名残で番号制だったが、昭和3年に固有の艦名が付与された。敷波以降は固有の艦名が付与されるようになってから起工したために番号名は付与されていない。

の24隻は上の一覧のように、建造期間中に種々の訂が取り入れられたため、大きく3パターンに分けられる。『艦これ』ではこの点を踏まえて、各パターンごとに絵師声優を振り分けている(「叢雲」は太平洋戦争時に所属駆逐隊を変更された戦歴があり、特1の中でも更に絵師を変更)。
見分ける特徴としては、

太平洋戦争開戦時 所属艦隊・戦隊駆逐隊

艦隊 戦隊 駆逐隊 駆逐艦
第一艦隊 第一水雷戦隊阿武隈 第六駆逐隊 」 「」 「」 「電」
第三水雷戦隊川内 第十一駆逐隊 吹雪」 「白雪」 「初雪
深雪」(昭和9年、事故により喪失)
第十二駆逐隊 叢雲」 「東雲」 「
「薄」(昭和15年、事故修理のため離脱の後、舞防備隊へ転出)
第十九駆逐隊 磯波」 「綾波」 「敷波」 「浦波
第二十駆逐隊 」 「朝霧」 「夕」 「狭
第一航空艦隊 第一航空戦隊 第七駆逐隊 」 「」 「潮」
第五航空戦隊 トンボ釣り
秋雲」(陽炎型
■im3308128(静画)

太平洋戦争開戦時、特型駆逐艦のほとんどは第三水雷戦隊に所属して東南アジア方面の攻略作戦に参加。第六駆逐隊南方攻略部隊に加わっている。
一方第七駆逐隊は編成上、第一航空艦隊(南雲機動部隊)所属となっているが、航続可距離不足の懸念から真珠湾攻撃部隊への参加を外され、開戦後は第四艦隊の揮下で中部太平洋方面作戦珊瑚戦を戦う。

ガダルカナルをめぐる攻防戦が始まると、特の各艦は高速性と夜戦を活かした同域への突入戦・強行物資輸送(輸送/東京急行)に駆り出される。大乱戦となった第三次ソロモン海戦での「」「綾波」の闘が名高い。

■im4194828(静画)

最後の決戦となったマリア戦・レイテ沖海戦のとき、特は既に6隻(「薄」「浦波」「敷波」「」「潮」「」)を残すのみとなっていた。
※「薄」はマリア戦後北方域で、「敷波」は本土回航護衛任務中戦没。

権・制権を失っての苦闘の中で更に4隻(マリア戦後から)を失い、大戦を生き残ったのは「潮」と「」の2隻。軍の一時代を築いた特型駆逐艦、最後の行動可艦「」は終戦後、賠償艦としてソ連へ引き渡され、航行不能状態の「潮」はひっそりと解体された。

初春型

(参照) [画像を見る] 初春型姉妹 [画像を見る] 初春型駆逐艦

【1】 [画像を見る] 初春(艦これ) 【3】 [画像を見る] 若葉(艦これ) 【5】 [画像を見る] 有明
【2】 [画像を見る] 子日(艦これ) 【4】 [画像を見る] 初霜(艦これ) 【6】 [画像を見る] 夕暮
■im4371635(静画)

の後継として計画された駆逐艦ロンドン軍縮条約の結果、駆逐艦についても制限を受けるようになったことから、特よりさらに小の船体へ特並みの重武装を持たせて、戦の維持・拡を図ろうとするものだった。

しかしその武装詰め込みは、一番艦「初春」が試において、艦の重心上昇により少しの傾斜すら回復できないという重大な欠陥を露呈。加えて友事件や第四艦隊事件の発生でトップヘビーが問題視されたことから、初春型は武装削減・船体補強を余儀なくされる。
艦これ』ではこの点を踏まえて、建造修された「初春」「子日」と、建造修となった「若葉」「初霜」で、絵師を変えている(「有明」「夕暮」は設計段階から変更されているので、実装された場合は更に絵師声優が変えられるのだろうか?)。

この結果、戦闘艦としての性が低下魚雷9門から6門へ減数。速37ノットから33ノットに減速。ただしB型連装2基とA型単装1基で変わらず、また魚雷の次発装填装置を初めて装備した艦である)軍からは見切りをつけられ、建造数も予定の半数で打ち切られてしまい、後世の評論では“失敗作”の烙印を押される。

初春”である次級・白露型とともに、就役して最初の編成が第二水雷戦隊ではかった艦である。

太平洋戦争開戦時 所属艦隊・戦隊駆逐隊

艦隊 戦隊 駆逐隊 駆逐艦
第一艦隊 第一水雷戦隊阿武隈 第二十一駆逐隊 初春」 「子日」 「若葉」 「初霜
第二十七駆逐隊 有明」 「夕暮」
白露」 「時雨」 (白露型
■im3510530(静画)

に対する不安視からか、開戦直後は前線に出されず内地待機。その後も二十七駆が珊瑚戦に参加した以外は、もっぱら輸送護衛や副次的方面での活動となるが、しかしそのあまり表に出ない部分の戦いこそ、日本海軍がもっと重視すべきだった戦いであり、これの苦闘を続けた初春型諸艦の戦功は小さくない。

昭和20年初春型最後の残存艦「初霜」は、戦艦大和」の水上特攻に従う。米軍の猛攻を奇跡的にくぐり抜けた「初霜」は、撃沈された軽巡矢矧」から第二水雷戦隊の首を救助する。
このため同艦が一時的に二戦の旗艦となり、その後行われた二戦の解隊式は、かつて“欠陥品”として戦隊編入を見送られた初春型駆逐艦において行われたのだった。

白露型

(参照) [画像を見る] 白露型姉妹 [画像を見る] 白露型駆逐艦

【1】 [画像を見る] 白露(艦これ) 【5】 [画像を見る] 春雨(艦これ) 【8】 [画像を見る] 山風(艦これ)
【2】 [画像を見る] 時雨(艦これ) 【6】 [画像を見る] 五月雨(艦これ) 【9】 [画像を見る] 江風(艦これ)
【3】 [画像を見る] 村雨(艦これ) 【7】 [画像を見る] 海風(艦これ) 【10】 [画像を見る] 涼風(艦これ)
【4】 [画像を見る] 夕立(艦これ)

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最終更新日: 19/09/13 20:07
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