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龍波しゅういち


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龍波しゅういち(現在の活動名:だんなマン、)とは、カレイドスコープに所属する俳優声優であり、たつなみ嫁(むっこ)の夫であり、不正おじさんである。


本項ではニコニコ動画での活動および、彼の過去の経歴や過去に起こした騒動などについて記述する。
ニコニコ以外での声優などのプロ活動経歴はWikiを参照→ 龍波しゅういち - Wikipedia[外部]
称は「旦那マン」。
本職である声優としてのスキルを活かしている動画に『本職の人』とのタグがついたが、仕事よりもニコニコ生放送で遊んでいる時間が長い時点で本職と呼べるかは微妙な所である。

なお本人によりタグロックされたので削除する事はできない。
  
ニコニコ動画では『実況生主』を自称しているらしい→ 【オワタP】オセロ 実況プレイ【vs.07】[動]より
この時点で声優としてのやる気いことが見受けられる。
ゲーム実況については概要の『家族とマインクラフト』を参照。


概要


青森県弘前市出身。
COOL&CREATEビートまりおとは同郷の仲で、東京で開催されるライブ北海道から遊びに行く程ハマっている。

普段は長いを結って「ちょんまげ」にし、常に着物姿。
部分的に金髪に染めている理由は「役者としての個性を出すため」。
着物姿は先祖が武士だった為に、「武士の心」を受け継ぐために毎日着ているらしい。
妻のむっこ台風で交通機関遅延する可性があるからめにを出るように会社から連絡がきた際、むっこの会社をブラック企業認定し、全武装でり込み、全撤退に追い込みし上げるという旨の発言[外部]をしている。

離婚があり、前妻に経済DVを行っていた。また、その事を当時の関係者らしき人物に苦言を呈されている。

pixiv大百科から龍波しゅういちのアカウント開示されている。その際に2015年5月29日から大量のエロ絵をブックマークに入れていた事が判明する。
pixiv大百科を編集したのは「だしお」というユーザーであり、2011年に龍波しゅういちが出したCDイラストを担当している。現在も関係があるかは不明であり、内容は当時のニコニコ大百科の記事のほぼ丸写しである。(後にイオシス時代のプロフィール転載であることが判明)

2012年青野武さんが亡くなった時のお悔やみコメント集では業界関係者のコメントとして扱われず一般人からのお悔やみのとして扱われた。

職業俳優声優のトーンが非常に低い。

ボカロPとの交流が深く、アニメゲーム音楽プロデューサーとしてボカロPをまとめている。
ゆうP稲井ゆう)や囚人PムスカP狐夢想)、オワタPなどとは非常に仲がよいとされているが、
2015年6月現在囚人PおよびオワタPを除いてツイッターアンフォローされている模様。
すでに2014年頃にはツイッター上でのやりとりがほぼ途絶えていることも伺える。 

イベントでは「DJ.Shyu」の名前でDJプレイを披露することもあり、その際は洋装である。
だが、本人いわく、DJ.Shyuは「龍波しゅういちの、生き別れの」である。

ゲームソフトどこでもいっしょ」のキャラクター井上トロ」が大好きで、グッズのコレクションは400~500近いという。
トロ踊ってみた動画アップロードしている。

1976年8月
青森県弘前市にて旧の19代として生を受ける。中学3年当時、古典の教諭に「お前の低音のは魅がある」と言われたのをきっかけにして仕事を 志す。高校在学中には勉学に努める傍ら、部活動では演劇空手軽音楽・美術等、趣味居合パソコン旅行等、様々な事をしていた様子

1996年札幌へ移住。同年11月専門学校在学中にコズミックボウリングの専属DJとしてプロデビュー

1997年北海道ローカルラジオHBCにて深夜番組のメインパーソナリティを勤める・・・とpixiv科に記述されているが、これは間違いで、波が出演していたとされる「DDT偽者でいこう!」という番組は北氏がメインパーソナリティを勤めており、実際には専門学生として曜日担当として出演していた可性が高い。これは北氏の経歴から確認できるほか、素人絡みで進行できる(フォロー出来る)腕前がいとメインパーソナリティ不可能であるため、信憑性が高いと言える。削除されたwikipediaの版にも同様の間違いが見られる。後にこれらの情報イオシス時代のプロフィール転載であることが確認されており、波はイオシス時代から既にをついていたことになる。

ラジオではオタク市場に詳しかった事もありサブカルチャーコーナーに担当した。

2006年に「Studioどらごんめいる」という劇団(ほぼ同人サークル)を立ち上げた。
 同じICCに入居していたという縁もあって、現在IOSYSに吸収されている。
 「Studioどらごんめいる」がIOSYSに吸収されるちょっと前の2007年12月2008年9月までは、「FM白石」で「どらごんめいるダイナモ!」のメインパーソナリティを務めていた。
この番組は毎週月曜日から金曜日午後5時から7時までの2時間生放送されており、複数の「どらごんめいる」団員をアシスタントに起用し、金曜日には各曜日のアシスタントが勢いしていた。

IOSYS三十路コンビの一人。
 相方はかせと「三十路ーズ」として活動し、はいてない.comで「イオシス三十路放送局R」を放送。
2009年9月最終回を迎えたが、11月に再開予定となっていた。…しかし、再開はされてない。

IOSYSが発売したCD、「三国志NOWだ!」では、呂布司馬懿の役で出演していた。

はいてない.comで「ラジオ将軍波のラジ!!」のパーソナリティを務めた。

 相方声優の「ゆん(こうのゆん)」嬢。番組の特徴として、リスナーは「臣」、
 波氏は「将軍」、ゆん嬢は「女中頭」と呼ばれた。
 惜しまれつつも、番組は2010年3月で終了。

2008年イオシスに正式加入 同じ頃ボーカリストとしても活動。

2009年に「歌ってみたデビューをした。
本職の声優だけに「歌っていただいたタグが付くなどマニアに受けている。詳細は関連動画にて。

2010年ソロサークル一龍」発足 

2010年3月12日~18日 ドワンゴ催「ニコミュ(ニコニコミュージカル)」のワークショップ(プロ向け)に参加。

2010年4月 活動拠点を北海道から東京へ移す。

2010年8月 一龍及び波初の東方ソロアレンジCD黒猫」をプロデュース 

2011年5月声優事務所RMEプロダクションに所属。イオシスを抜ける前後と思われる時期に
「自分が支えていた」と自意識過剰なきを行っている。また、その際に子供がいることを示唆している。
離脱した経緯についても当時の関係者らしき人物に批判されている。

2012年からゆうP稲井ゆう)と2人でC-S-Tというユニットオリジナル音楽を作る活動をしており
ニコニコインディーズカテゴリランキング1位を獲得している。
プロデューサーとして作ったCD情報Wikiを参照→ 龍波しゅういち - Wikipedia[外部]

Twitterでの発言からゆうP稲井ゆう)と共に平沢進のファンであることが判明[外部]している。
平沢進についてのツイート[外部]は多数あり、平沢サウンドヘビロテ。( ゚Д゚)ドー![外部]等、かなり影を受けているご様子。

 
2012年 映画「マージンコール」の吹き替えや、アニメ人類は衰退しました」等に出演
映画吹き替えでは、ジャン・レノも担当したことがあり、「オーディションの時に監督に外見が似ているから
選ばれたらしい」という逸話も本人のニコ生で裏話として話された。

2012年4月 本人のリアルたつなみ嫁」と共に「家族とマインクラフト」というゲーム実況動画
上げ始める。動画内にはたつなみ嫁リアル(通称・ゾンビーフ王子)も出演している。

2013年2月フリーとなる。

2013年11月声優事務所カレイドスコープに所属。


アークス広報隊不正問題



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最終更新日: 18/09/10 19:54
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