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103系


ヨミ: ヒャクサンケイ
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122カキコ!

103系とは、旧日本国有鉄道通勤電車である。


概要


103系
国鉄 103系電車
JNR 103 Series

高度経済成長中の1960年代の通勤需要に答えるため、東京大阪都心部での輸送増強用として登場。101系良した国鉄標準通勤電車として、約20年の長きにわたって製造が続けられた。

1963年1984年にかけて3,447両が新製されたほか、101系の付随・制御や旧72系更新の編入があり、総両数は3,503両に上る。この両数は鉄道車両の1形式あたりの両数としては日本一である。


性能


先に投入されていた101系の全電動構想の断念を受け、電動:付随が1:1での運用が可な性となった。


各地の状況



■JR東日本


1963年山手線(使用期間:1963~1988。以下同じ)を皮切りに、首都圏通勤路線を中心に大量導入された。1987年国鉄分割民営化でJR東日本が全体の7割にあたる2418両を継承したことからも、その両数の膨大さが伺えよう。

民営化後は国鉄末期に登場した205系の追加製造、そして新系列電車209系E231系の増備によって置き換えが進められた。2006年3月常磐線1967~2006)から撤退したことで、首都圏の103系はすべて姿を消した。

京葉線(1986~2005では開業以来スカイブルー車両が走っており、分散冷房で固められた4連と、ATC対応を据えた6連による分割併合運用、良増備や試作冷房も、そして末期にはE993系「ACトレイン」で採用されたDDMモーターの試験も存在した。埼京線(1985~1990へも開業時に投入されたものの、騒音がひどいため々と205系に置き換えられて撤収している。

横浜線(1972~1989)の103系はその多くが関東各地のお古の寄せ集めであり、塗装もばらばらであった。誤乗対策で設置された「横浜線」のヘッドマークが特徴的であったが、205系の投入で1989年に撤退している。

南武線(1979~2004)では、制御電動を組み込んだ低運転台車から高運転台ATCまで多な顔ぶれがっていたが、末期には高運転台車に統一されている。青梅五日市線(1978~2002)でもほぼ同様の傾向であった。鶴見線19902005には101系に代わって民営化後に元南武線の低運転台車が転属している。

東北地方一の直流路線である仙石線(1979~2009でも103系が活躍しており、こちらも205系への置換えが進行。一度は全編成が撤退したものの、多賀の高架化工事で予備が必要になったため、1編成(R-235編成)がトイレ設置等の改造を受けて復活した。その後205系の追加投入により2009年に撤退、JR東日本から103系が消滅した。


■JR東海


0番台の初期1976年首都圏から中央西線名古屋口)(1976~2001)へ転属し、スカイブルー塗装をまとって名古屋近郊での活躍を開始している。JR東海70両を継承した。

民営化後は大きく手が加えられ、非冷房の冷房化、211系5000番台に近づけるための内の更新工事、JR東海カラーへの塗替えなどが実施された。後に関西本線名古屋駅亀山駅間にも活躍の場を広げたが、313系の投入により2001年までに姿を消した。1両が美濃太田駅近くの車両基地に保管されている。


■JR西日本


阪和線1968~2018)大阪環状線(1970~2017)をはじめとした大阪近郊の路線に数多く投入され、JR西日本には794両が引き継がれた。関西南部に運用されるほか、岡山広島近郊でも使用されているが、勢は縮小しつつある。105系への改造も継承されており、一部は103系同様に更新工事を受けている。

簡易的な冷房改造(この改造関西では全滅)・で非冷房を整理しつつ、大規模な延命工事を施行しており、ほとんどが何らかの更新工事を受けている。また、かなりの車両の戸袋が埋め込まれていることが特徴。

2010年代半ばまで多数現存していた車両は、中間こそ量産冷房が大勢を占めるが(集中で冷房化された初期量産良増備も、数を減らしつつ依然として健在)、ATC対応と試作冷房・最終増備を除く全ての0番台グループが存在している。先頭白熱灯改造の初期を含め、多な様相を呈していた。

ローカル線区へも進出しており、ワンマン対応の2両編成が1998年播但線へ、2004年には加古川線に投入されている。また、2001年に電化された和田岬線2001~)には、専用の6両編成1本が配備された。2008年に部分開業したおおさか東線20082018)においても、大和路線との共通運用で201系とともに活躍していた。
関西圏では225系323系の投入により2016年度から急速に淘汰が始まり、2017年10月大阪環状線2018年1月大和路線おおさか東線3月阪和線2017年7月以降は羽衣線のみ運用)から撤退した。残る奈良線阪和線から転出した205系の投入により、2018年度中に運用を終了する見込みである。

一部の仲間関西を離れ、冷房化促進と通勤輸送対策で1994年より岡山広島・下関の各地へと進出した。しかし近郊と互の運用には理があるのか、最近は減少傾向が強い。

岡山支社管内ではマスカット色の塗装をまとい山陽本線宇野線赤穂線2003年まで活躍、その後は関西車両がそのままの塗装でやってきたが、2009年までに全に姿を消した。

広島支社管内では瀬戸内色に塗られて山陽本線呉線可部線を中心に投入された(下関からは期に撤退)。4両編成は113系の投入で2011年までに姿を消した。3両編成はトイレの設置を行った上で呉線快速「安芸路ライナー」の運用に就いていたが、2015年227系の投入により運用を終了。


■JR九州


1983年筑肥線(1983~)の電化と福岡市地下鉄への乗り入れに対応した1500番台54両配備され、その全JR九州に引き継がれた。

1995年頃よりを基調とした手な塗装に変更されたほか、運転台の増設やトイレの設置といった改造を受けている。災害で脱線・大破する事故もあったが、後継となる305系が導入されるまでは全健在だった。


■KRL JABOTABEK


JR東日本武蔵野線で活躍していた16両が、インドネシアはジャカルタ近郊の通勤輸送を担うKRLジャボタベックに譲渡された。現地にて様々なオリジナル塗装に塗り替えられている。


塗装


101系に続いて路線ごとのラインカラーが採用されており、カラフル塗装が各地で見られた。その色分けは現在でも路線のイメージカラー車両の色として受け継がれている。地下鉄乗り入れには独自の塗装がなされたほか、JR化後は各地域のイメージを取り入れた地域カラーも誕生している。

以下の表に基本5色とな採用路線を列挙した。この5種類はすべて単色で塗装されている。

色名の通称 国鉄色 な路線
スカイブルー 22 京浜東北線 京葉線 京阪神緩行線(東海道本線山陽本線阪和線
オレンジバーミリオン 朱色1号 中央快速線 青梅線 五日市線 武蔵野線 大阪環状線 片町線
ウグイス 黄緑6号 山手線 横浜線 埼京線 川越線 関西本線大和路線奈良線
カナリアイエロー 5号 中央・総武緩行線 南武線 鶴見線 福知山線JR宝塚線
エメラルドグリーン 1号 常磐線 成田線

バリエーション


形式の中核を占める0番台は長きにわたって増備されたことから、数多くのマイナーチェンジが行われている。


初期車


該当車両クモハ103-1~155、モハ103-1~281901~902、モハ102-1~436・901~902、クハ103-1~179・501638・901~904、サハ103-1~307

1963年に試作が登場。部分的に101系の要素を残す形態で、体の裾が長いのが特徴。まで関東を離れることはなく、冷房改造も施行されることはなかった。

1964年より本格的な量産が始まり(初期量産I)、山手線京浜東北線1965~1998に投入された。1967年の増備からは制御・付随台車が高速運転対応のものに変更されており(初期量産II)、編成単位では常磐線阪和線京阪神区間(東海道山陽線)(1969~1994大阪環状線に投入された。

1967年に登場した910番台は、加減速性の向上を狙って新制御機を搭載した試作である。システムは後述の地下鉄乗り入れ対応に採用された。モハユニット3本が作られて山手線で活躍していたが、特殊性が強いこともあって、最終的に冷房化されたモハ102の2両を除いて付随改造されている。

1970年には冷房装置を試験搭載した試作冷房が登場。冷房装置自体や電確保の面で、量産冷房や冷房改造と大きく異なり(その後他同様に改造)、クハ103に専用の電装置を搭載した。ユニットが採用された最初のグループでもある。前後する番号が関西に集中投入される中で、山手線で使用されていたが、結局関東を離れることはなく(運用離脱後に、仙石線の試運転用に貸し出されただけ)、最終的には別編成に散っていった上でとなっている。


中期車


該当車両:モハ103-282330373~382、モハ102-437486・529~538、クハ103-180212、サハ103-308323

1971~1973年製造。座席の良や客室ユニットサッシ化、前照1000番台同様のシールドビームを採用するなど、設計変更が立つグループ。通常は1次と呼ばれることが多い。製造期間が短く、京阪神区間(東海道山陽線への投入がほとんどだったこともあって、関東への投入は少数に留まっている。

既存の非冷房編成に組み込む都合上、後述の後期と並行して非冷房として落成した車両も一部存在する(モハ103-373~382・モハ103-529~538がこれに該当。後に冷房改造された)。


後期車


該当車両:モハ103-331372・383793、モハ102-487~528・539~899・2001~2050、クハ103-213499701~850・サハ103-360503

1973年からは新製量産冷房の増備が始まった(量産冷房I)。試作冷房からは冷房装置への給電方法をめ、冷房駆動対応の電装置をモハ102の床下に搭載している。側面の方向幕もこのグループから。山手線中央線東京口)(1972~1983)大阪環状線へ投入された。翌1973年までこの形態で作られた。


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最終更新日: 19/01/12 06:38
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