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BMW


ヨミ: ビーエムダブリュー
掲示板をミル!
84カキコ!

BMWドイツ二輪車及び自動車メーカー


概要


BMW Logo正式名称Bayerische Motoren Werke AGバイエリッシェ・モトレンヴェルケ・アーゲー)バイエルンエンジン製造工場はドイツバイエルン州ミュンヘンを拠点とし、高級メーカーとしては世界最大規模を誇る。

元々航空機向けエンジンの製造メーカーだったが第一次世界大戦後、これらが規制され、航空機エンジンをそのまま2輪に応用するような形でオートバイ製造に転向。4輪はBMW Dixi(英国オースチンセブンライセンス生産)が最初。

エンブレムの円と十字は2つの説がある。1つはかつて航空機エンジンメーカーであった事に由来し、飛行機の回転するプロペラを表しているというもので、これが公式の見解とされている。一方でロゴマークの成立と飛行機事業の時系列からこの説に懐疑的な人々は多く、バイエルン王ヴィッテルスバッハの紋章に起を持つ旧バイエルン現在バイエルン州)旗のデザインの観点からこのように配列したにすぎない、とする説もある。

発音はドイツ語で「ベー・エム・ヴェー」であるが一般的に日本では「ビー・エム・ダブリュー」と英語読みで呼ばれる。

下のブランドに、イギリスロールス・ロイスMINIがある。

自動車バイク共に新なかつ新しい機構・機、新機軸を良く取り入れる傾向がある。


自動車部門


デザインは例外を除き全てキドニー腎臓グリルと呼ばれる独特な形状のグリルとそれを中心とした新なデザインが特徴。バイクほどではないが先進的な機構を多く取り入れる傾向もあり、デザイナーのワルノリを感じさせるコンセプトカーも多数製作されている。多くの他社がスペースで有利なV6に転換する中で直列6気筒エンジンに強いこだわりを持つことでも知られ、その性サウンドは「シルキシックス」と呼ばれ数多くのが存在する。高級として世界的な人気は高く、20052015年まで11年連続で高級販売台数首位を守っていた。

傾向は全体的にスポーティであり、駆動方式もどがFRもしくは4WDハッチバックでさえもFRというこだわりっぷり。
しかし調の結果「エントリーモデルであるF20・1シリーズを購入しているオーナー80は自分のFFと思い込んでいた」という衝撃の結果が明らかになり、FFの研究開発も行われるようになった。2シリーズアクティブアラー(F45)及びグランアラー(F46)、MINI等にその技術は生かされている。

BMWのスポーツモデルはM社、エム・有限責任会社(M GmbH )が開発、同社が開発したモデルには必ず「M」と付く(例:M3,X5M)。なお、Mスポーツといったグレードもあるがこちらは通常モデルMシリーズの中間の立ち位置とのこと。M3M5完成度は非常に高く、世界中のメーカーが同クラススポーツセダンベンチマークとしている。

レースでも耐久ツーリングカーGTで幅広く活躍している。ル・マンでは1999年に総合優勝を達成、WTCCでは3回のダブルタイトルを獲得。2012年からはDTM(ドイツツーリングカー選手権)に18年ぶりに復帰し、2016年までで各3回のドライバータイトルとマニュファクチャラータイトルを獲得した。F1では1980~1987年20002005年までエンジン供給し19勝、2006年2009年にはBMWザウバーとしてワークス参戦して1勝を挙げている。

2018年にはWECのLM-GTEプロクラスフォーミュラEワークス参戦することが決定している。


自動二輪車部門


他社のバイクべテレレバーやデュオレバー、パラレバー等の独特な機構を採用することが多く、また四輪ではもはや当たり前となったABSくから量産に装着するなど安全性に対するこだわりも強い。ちなみにABSABSABS2→I-ABS→I-ABS2と年々進歩を続けている。I-ABSは油圧サーボがウゼェと思ったやつは後で体育館裏な。

1917年6月2日バイエルンに本社を移転し、社名をRMWから名したBMWはドイツ第一次世界大戦の敗戦により当時生産していた航空機の製造が規制され。その技術をバイクに生かし、オートバイの製造にを向け、着手することになった。
BMWとしての自動二輪1号は1923年12月に生産が開始されたR32であり、今日まで受け継がれることとなる水平対向エンジンボクサーツイン)はこの第1号より採用されている。そのためBMW=ボクサーツインという意識がユーザーの間では根強く(特に日本市場)、並列2気筒エンジンのFシリーズや直4のKシリーズがなかなか売れないよママンとディーラー中の人が毎を濡らしているとかいないとか。

2000年に乗ヘルメットなしでの安全性を確立させた画期的なスクーターC1日本市場未導入)を爆誕させたり、2011年には四輪譲りの直6エンジン搭載のK1600GTLK1600GTデビューさせたり、2012年にはまさかのビッグスクーターC600SPORTとC650GTを投入したり、意外にチャレンジフルモデル展開をする。そして90周年の節を迎える2013年には今まで冷一筋だった伝統のボクサーエンジンがついに冷化! ちなみにR1200GS日本市場導入は・・・すまん、まだ発表できないんだお

MotoGPには参戦したことはく、車両改造するWSBKやWSSでもタイトルを獲ったことはいが、ほぼ改造スーパーストックだと強さを発揮していることから、の素性はいいようだ。


航空機部門


BMWは元々、RMW(Rapp Motoren Werke)ラップエンジン製造会社という航空機・船舶用エンジンの製造会社にBFW(Bayerische Flugzeug Werke)バイエルン航空機製造会社が合併、航空機用のエンジン提供・製造してきた。

1926年BFW社として分離(後のメッサーシュミット)するがその後、第二次世界大戦時も航空機向けエンジンを作り続け、そのエンジンは「フォッケウルフFw190」に搭載された。世界初のジェット戦闘機メッサーシュミットMe262」向けのジェットエンジンの開発なども手がけるが、こちらは採用されず「ハインケルHe162」に積まれる。


歴史


ここで、BMWの歴史について書いてみよう。
と言っても、同社は非常に複雑な紆余曲折を経た会社である。いくつかの企業を買収して事業の手を広げたかと思えば、第二次世界大戦敗戦のあおりで工場が東側の手にわたってしまい、ど一からやり直す羽になったりしている。
編集者の拙い文ではとても全貌は伝えきれないと思うので、興味をもった読者は是非とも専門書を紐解いて欲しい。


創業期


1913年にミュンヘン郊外航空機や船舶のエンジンを作る会社、ラップモトレンヴェルケが設立された。当初は近所の航空機メーカーエンジンを卸していたが、やがて大手航空機メーカーのアウストロダイムラー社の下請けをすることになり、急速に成長していくことになる。この頃にBMWに名がまり、例のエンブレムが作られたという。
エンジニアの一人、マックスエルンスト・フリッツは、タイプIIIaと言うエンジンを開発する。これは、直列6気筒、シリンダーヘッド上の1本のカムシャフトバルブを駆動する、つまりSOHCエンジンであった。当時としては極めて先進的なメカニズムだったのである。
しかし、ドイツ第一次世界大戦敗北飛行機を作れなくってしまった。やむなくトラック用のエンジンを作ったりして食いつなぎ、やがてフリッツ水平対向2気筒のエンジンを作り上げる。これは最初は他の会社のモーターサイクルに搭載されたが、エンジンを横に積んだ(チェーン駆動なら当然であるが)ため、バランスや冷却性が劣悪であり、全然売れなかった。そこで逆に考えるんだとばかりにエンジンを縦積みし、シャフト輪に対して垂直になるのは歯車で方向を変えることで解決。こうして、上記のR32モーターサイクルが誕生。今日まで続くフラットインのBMWモーターサイクルの基礎となった。

今度は四輪世界に踏み込もうとしたBMW。そこへ渡りに船とばかりにディクシーアウトモビル・ディルケという会社の身売り話が持ち上がった。ディクシーは大衆オースチンセブンライセンス生産を行っており、アイゼナハという町に工場があった。BMWはこれをそのまま受け継いで、いよいよ1928年に四輪市場に打って出た。やがて初のオリジナルモデル303を開発。このから伝統のキドニーグリルがはじまった。そして直列6気筒、FRというレイアウトもである。
1936年、突如BMWは一台のプロトタイプスポーツカーを作り、ニュルブルクリンクサーキットレースデビューさせた。ブッチギリで勝利を収めたその話題沸騰となり、やがて328として翌年に販されることになる。その直列6気筒エンジンは、バルブ駆動こそOHVながら、バルブ配置をクロスフローとして非常に高性であった。

一方で、二輪車の方でもR32に続くモデルを次々と生み出していった。1926年にはR32の8.5psから12psに大幅パワアーップしたR42が作られ、さらなる好評を得る。これらをベースエンジンサイドバルブからOHVチューンした初のレーシングバイクR37、R47も作られた。1928年には750ccモデルのR62、翌年にはR16、R11を販売した。当時、世界経済恐慌のただ中にあったが、性能面で定評を得たBMWのモーターサイクルは堅実に売れ続けた。

そして、1935年にはR12が登場。これはモーターサイクル世界に画期的な変革をもたらしたモデルであった。それというのも、前輪を支えるサスペンションに、スプリングを内蔵したテレスピックフォークを初めて採用したのである。それまでの軸をリンクで釣って、前輪の上に取り付けたバネを逆Uのアームで駆動するという旧式なサスペンションべて、格段に軽量化と路面追従性と操縦性の向上を両立してみせたこの機構は、現代に至るもモーターサイクルの前輪サスペンションの大半で採用され続けている。このモデルは、他の部分はR11の発展であったため安価ですみ、1942年までに36,000台も売れるベストセラーとなった。

しかし、軍拡に突き進むドイツ内情勢はすでに、スポーツバイクの生産を許さない方向に傾きつつあった。航空機エンジンの生産にも復帰していたBMWはやがて戦争の暗が垂れこめる中、軍需車両航空機エンジンを作り続ける。中でも、1941年に作られた軍用サイドカーのR75は、側側の輪にも駆動を与える機構によって悪路の走破性に優れ、3輪ともタイヤサイズを統一したり、砂漠での耐久性を高めるためにエアクリーナーをタンクの上に配置、バッテリーもなくして戦地での運用に適する機構にするなど、極めて実用性と整備性に優れた設計になっていた。

だが、やがて第二次世界大戦が起こり、御存知の通りドイツはまたも敗北したのである。


戦後復興



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最終更新日: 19/03/09 17:52
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