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F1世界選手権


ヨミ: エフワンセカイセンシュケン
掲示板をミル!
318カキコ!

F1世界選手権FIAフォーミュラワンワールドチャンピオンシップ、FIA Formula One World ChampionshipF1)とは、自動車連盟(FIA)が催する世界最高峰のオープンホイールカレースシリーズである。

カテゴリニコ動タグとして表す場合、F1フォーミュラ1略称で表記されることが多い。


概要


1950年世界自動車連盟(FIA)のもとで規格化されたフォーミュラカーオープンホイールカー)のトップカテゴリーレースとして産を上げる。フォーミュラ」とは「車両規定」を意味し、参加チームタイヤ・シャシーエンジン、その他あらゆるパーツがFIAの定めるルール(以下、レギレーションと称する)に従って製造されたパーツを使用しなければならない。

そしてもうひとつの特徴は、チームが必ずオリジナルマシンを開発し、持ち込まなければいけない点である。他のカテゴリーワンメイク、もしくは販売されているマシンの使用が認められている中で、一のカテゴリーとなっている。
そのため、参戦チームは製造者を意味する「コンストラクター」 とも呼ばれる。

レースは3セッションに分かれたノックダウン方式の予選と、300kmに相当する(モナコGPでは2時間以内にレース終了できる)周回数で競われる決勝が行われる。

シーズンによって開催レース数は異なり、2018年は全21戦開催。ヨーロッパを中心に、日本をはじめとするアジア、南北アメリカなど世界各地を転戦するため、グランリサカスとも呼ばれる。世界中での観戦者も多く、セレブも集まる高級感を持つ特別な選手権となっている。


車体規格


前述の通り、F1マシンの規格はFIAが定める技術規則(レギレーション)で細かく規定され、毎年のように正される。参加チームがこのレギレーションの範囲内で、知恵を絞って生み出す新技術の開発競争もF1の見どころの一つである。

が、レギレーションを突いたアイディアを持ち込んで大きな性向上を果たすチームが現れる→FIAレギレーション正して禁止する、と言った不毛ないたちごっこが繰り返されている問題もある。行上やむを得ないことではあるが。

また、近年ではCADやスーパーコンピューターによるシミュレーション結果を反映させているために、見たにも醜悪なデザインになりやすく、レギレーション規定も美感に配慮した内容がめられつつある。 

近年は「エンジン」の開発競争がヒートアップしている。2014年より「パワーユニット」と呼ばれ、1.6L V6 直噴ターボエンジンに、排気熱を電気エネルギーに変える「MGU-H」と、ブレーキ時にホイールの回転電気エネルギーに変換、蓄積して、モーターを回す「MGU-K」という2つの装置が組み込まれている。いわゆるハイブリッド車ユニットαを加速メインで動かしているといってもいいだろう。
さらにこのパワーユニットも、一度登録されてからは大幅な変更、良を施せないようになっている。例外として、信頼性向上のための良を条件付きで認めている。 


忙しい人のためのF1の歴史


ここではF1世界選手権の歴史を追っていく。毎年ドラマが起きるF1だが、ここではマシンの変遷を軸にざっくりと紹介したい。ドライバータイトル行方や、様々な事件については是非皆さんで調べてみて欲しい。山ほど積み重ねられたF1エピソードを楽しめるはず。

以上のように、F1歴史は常に技術的ブレイクスルーで優位に立とうとする各チームコンストラクターと、そうはさせじと制限を加えようとする催者とのイタチごっこ歴史でもあった。
あまりにも技術的優位を許すとチャンピオンシップが大味でつまらなくなり、かと言って規則で統制しようとすると、観客からすればインディカーのような他のワンメイクフォーミュラとどこが違うんだという事になり、シリーズ全体の人気く。そのバランスを取るのは非常に難しい。F1世界一モータースポーツくてはならないという、その存在に宿命付けられたものがF1そのものを苦しめているといえるだろう。
特に2014年パワーユニット採用以来、そのジレンマが顕著になってきている。果たして、今後のF1グランプリはどこへ向かうのだろうか。


日本におけるF1


1962年本田技研工業が4輪開発の研究的を兼ねて参戦した。当時のホンダは4輪を販売していなかった。
しかし、1968年までに2勝を挙げ、一定の成果を上げた。低公害エンジンCVCC)開発のため、撤退した。

1970年代には幾人もの日本人ドライバーF1レギュラーシート獲得のためにヨーロッパで活動するが、レギュラードライバーは輩出できなかった。

一方で1976年富士スピードウェイで初めてのF1が開催され、スーパーカーブームに乗って多くの観客を集めた。
しかし翌年、1977年の第2回開催で、立ち入り禁止区域にいた観衆にフェラーリジル・ヴィルヌーヴの乗るマシンがロニー・ピーターソンの乗るマシン6輪で当時話題ティレルP34に接触して飛び込み、カメラマンと警備員の2名が死亡した。これによってその後の開催は白紙にされ、マスコミ報道も相まって内ではモータースポーツ暴走行為というレッテルがさらに鮮明になってしまった。


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最終更新日: 19/03/08 21:54
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