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PCエンジン


ヨミ: ピーシーエンジン
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PCエンジンとは、1987年NEC-HE(日本電気ホームエレクトロニクス)が発売した家庭用ゲームハードである。1988年前後から1994年前後にかけて一時代を築いた。ハードエアの設計には多くの部分でハドソンが関わっている。そのため、本体の搭載チップにはハドソントレードマークである「マーク」がプリントされている。
ファミコン全盛期の当時、圧倒的なグラフィックの高さや高性サウンドなども相まって「PCエンジンユーザー=おそらく持ちの庭」という奇妙な図式が成り立っていた。

ちなみによく「PC-Engine」とハイフンを入れて書く人がいるが、PC-EngineとはPC-88VAに搭載されたOSのことであり、区別が必要である。 


ハードウェア構成


PCエンジンのプラットフォームは「HE-SYSTEM」(ホームエンターテインメントシステム略称)と呼ばれ、本体、周辺機器、ソフトウェアロゴが付与された。

CPUHuC6280Aで、MOSテクノロジー社の6502の互換チップである。ファミコンに採用されたRP2A03も6502互換で、両者の違いは一部の命をオミットしている、追加されたサウンドが異なる、クロック周波数が異なる(HuC6280Aでは4倍クロックモードを備えた)という点にある。

メモリーメイン8KB、ビデオメモリー64KB。これらメモリは全て、高価ではあるか非常に高速なSRAMが採用された。

サウンドCPUに内蔵されている。1周期32アドレス波形メモリ方式の波形メモリ音源が6音搭載されているが、モードにより、波形メモリ音源4音+ノイズ2音、波形メモリ音源4音+ノイズ1音+サンプリング1音の選択が可。ただしサンプリングを使用するモードは処理の負担が大きい。波形メモリ音源はリソース割くほど音質が良くなるため、それらを管理可な優秀なプログラマーが扱うと素晴らしいが可であった。また、スーパースターソルジャーの頃からはサンプリング音をソフトエア再現することが可になり、表現の幅が広がった。ただしシンバルのような音はハードウェアに頼らざるを得ないという弱点もあった。

グラフィックチップHuC6270を採用、データバスが16ビット化されている。
発色は最大で512色(背景スプライトでは限られた範囲で16色に制限される)、最大画面サイズ51240ピクセル、使用できるスプライトの数は64個(1個あたり最大32×64ピクセル)である。
使用できる背景の画面は1面のみであったが、上記のスプライトを生かして2重、3重スクロールを実現するゲームもあった。 

後述するスーパーグラフィックスでは、HuC6270を2個搭載、使用できるスプライト背景を2倍にしている。また、メモリーメイン32KB、ビデオメモリー128KBに増量しているが、それらをシーレスに使用できる設計ではなかった。具体的には、一つのHuC6270からの出信号はあくまで従来のPCエンジンと同様の表示をすることしかできないため、スプライトオーバーさせないためには横方向に二つのHuC6270の信号を工夫して出系に送る必要がある。わかりやすく表記すると、

[HuC6270:1][HuC6270:2][HuC6270:1][HuC6270:2][HuC6270:1][HuC6270:2]

のようなスプライト配置をしなければならない。しかもこれをハードウェア最適化する機い。つまり一つの画面を生成するのに二つのチップソフトウェア的に複雑に制御する必要があり、単純に倍増したとは言えない仕様であったため非常に高度なプログラミング技術が必要。またCPUサウンドは従来通りだった。

初代PCエンジンおよびコアグラフィックス、スーパーグラフィックスでは拡バスを背面に備えており、これを活用した拡性がPCエンジンの特徴であった。天の声2というセーブデータ保存機器のほか、イラスト作成用のタブレットプリンタカラオケ機器なども接続することが出来た。

この本体後部のEXTバスSCSI規格なのだが、一部の信号を除いてHuカードスロットも同じ信号を扱うことが可。この仕様公式活用されることはかったが、個人ユーザにより携帯機であるGTにHuカードスロット経由でCD-ROMシステムを接続することが実現されている。

CPUこそ後に登場するメガドライブスーパーファミコンべて総合性で劣っていたものの、単純な処理速度ではそれらを上回っていた上、16ビット化されていたグラフィックチップと、高速なSRAMCD-ROM2システムなどによるシステムの拡、大容量とCDによるリアルな音を生かしたゲームの採用によって、PCエンジンはハードウェア競争を続けることができた。またCD-ROMシステムに内蔵されたADPCMにより、前述の高周波音のサンプリング音に弱いという点も解消された。


HuCARD


PCエンジンでは当初、HuCARD(ヒューカード)と呼ばれるICカード(接触式)のゲームカートリッジにてソフトが供給されていた。

もともとは三菱脂が開発したICカードで、セガSG-1000用のマイカード、MSX用のBEE CARDがもとになっている。
従来のROMカートリッジよりもはるかに小さくできたことで、持ち運びに便利になり、のちに登場するポータブルゲーム機、PCエンジンGTにもそのまま利用することができた(一部動作しないゲームは存在)。 

当時、家庭用ゲーム機購入のモチベーションの一つとなったのが「アーケードゲーム移植」であった。初期のPCエンジンのウリは、ファミコンより再現度の高い移植ソフトが楽しめることであった。
PCEFCと同じCPU(ただし大幅に高速化されている)を搭載し、FCの開発ノウハウがほぼそのまま使えたため、当時の開発者には敷居が低かった。また大サイズスプライトを多数表示することが出来たため、同時期のアーケードゲーム移植にも対応することが出来た。

[画像を見る]この点で、キラーソフトとなったのが「R-TYPE I」である。R-TYPEは、HuCARDの容量上の問題で「R-TYPE I」と「R-TYPE II」の前後編に分けての発売となった。オリジナルに引けを取らない美麗グラフィック移植クオリティーの高さは、初期の良作として名高い。

 後述するように、PCエンジンはHuCARDからCD-ROMへとゲーム供給メディアを変えてゆくが、中期まではクオリティの高いシューティングゲームが数多く発売された。その中には、質の高い移植だけでなく、「マジカルチェイス」「精霊戦士スプリガン」といったオリジナルタイトルも存在する。またハドソンキャラバンの影もあり、PCエンジンはシューティングマシンとして名を馳せた。これには前述のCPU処理速度と実質16bitグラフィックチップ高速なSRAMが貢献していたのは言うまでもない。

なお、内蔵音の拡が最後まで行われなかった当ハードではあるが、Huカードスロットの信号にはモノラルながらラインがあり、これを利用することでファミリーコンピュータの拡と同様のことが可である。(FM音源等の搭載も本来は可であった)


世界初のCD-ROM媒体のゲームハード発売


[画像を見る]1988年、専用CD-ROMドライブ(商品名表記:CD-ROM2/商品名読みシーディーロムロム)が発売された。HuCARDの容量不足に悩まされることはなくなり、「当時としては限にも等しい」データを扱うゲームが可となった。
(ただし当時の税制度のため、ハードは大変高額な商品となってしまった)

 

媒体がCD-ROMになったことにより、「ビジュアルシーン」と呼ばれたアニメーションの展開や、声優による高音質BGMCDトラックをそのまま流すことが可)の使用が可となった。ゲームにおける映画的演出のはしりとも言える傾向がCD-ROM2システムで見られるようになる。一方で、これまでにない大容量をいかに使うかということに開発側は悩まされることになる。

[画像を見る]天外魔境ZIRIA」は、CD-ROM媒体で発売された初のRPGである。当時としては桁違いのボリューム、数多く登場する敵・味方が音で喋ることや要所要所で挿入されるアニメーションシーン坂本龍一が担当したメインテーマなどが話題を呼んだ。

 

[画像を見る]イースI・II」は、イースシリーズ移植の中でも、今でも人気の高い一作である。
CDで収録された米光亮によるアレンジBGMキャラクター立ち絵声優による音収録といった「CD-ROMでしかできない」演出がふんだんに盛り込まれた。本作でプログラミング・演出を担当した岩崎は、その後もPCエンジンソフト開発でいかんなくその手腕を発揮した。

このCD-ROMシステムに搭載されたADPCMサンプリングの使用はもちろん、64KB用意されたPCM用のバッファメモリをあたかもメインメモリのように扱うことが可な設計となっていたため、ノーマルCD-ROMシステムでも実質128KBのバッファRAMを使用することが可である。この運用法を発見したのは前述の岩崎でありイースI・II完成度に大きく貢献した。もちろんSUPERCD-ROMシステムでは320KB使用可である。ただしADPCMメモリメインメモリ的に扱うためにはごく一プログラム停止が伴ったため、使用するタイミングを工夫する必要がある。

またこのADPCMは当初、サンプリングレートの低さから音質が良いとは言えないものであったが、周波数成分を調整するためのホワイトノイズを意図的に加えるテクニックが開発されたことで、よりクリアな音の出が可となった。


SUPER CD-ROM2システム登場


[画像を見る] CD-ROM2システムの登場により、PCエンジンのソフト市場はHuCARDからCD-ROM2へと徐々に移行していった。1991年SUPER CD-ROM2システムの登場ならびにHuCARDスロットCD-ROMドライブの一体であるPCエンジンDuoが発売されるに至ってこの流れは全に決定的なものになり、「PCエンジンはCD-ROMゲーム機」となった。
この時代はPCエンジン市場における円熟期であり、数々の移植タイトルオリジナルタイトルを輩出した。

[画像を見る]天外魔境ZIRIA」の続編である「天外魔境IIMARU」は、ハドソン自身も総をあげて開発しただけあり、Super CD-ROM2初期の大作タイトルとして評価されている。前作を上回るボリュームのあるシナリオ(当時、クリア最低50時間を要するRPGなどほとんど存在しなかった)、ビジュアルサウンド面ともに強化された演出は、多くのユーザーを驚かせた。

 

[画像を見る] 「スナッチャー」は、PC-88SRMSX2で発表されたアドベンチャーゲーム移植作である。メタルギアシリーズで有名な小島秀夫の作品。移植元に存在しなかったAct.3を追加して完全版として発表された。サイバーパンク世界を緻密に描いたビジュアルベテラン声優による音小島作品らしいお遊び要素も満載の魅的な作品。やはり塩沢兼人シナリオ上重要なキャラクターをあてている。

 

[画像を見る]また、PCエンジンならではの個性的なタイトルも存在する。「超兄貴」は、ゲームシステムとしてはな横スクロールシューティングでありながら、ボディビルを前面に押し出した独特の世界観と、CD音質で聴ける葉山宏治の熱く奇妙なBGMが印深く、固定ファンがついた。葉山宏治はこの作品が出世作となり、ゲーム音楽作曲者として評価されるようになる。ちなみに、超兄貴ゲームサントラCDは、ゲームソフトよりも売れている。


「ギャルゲー」の誕生


当時からある評価の一つに「PCエンジンはギャルゲーハード」というものがある。ただし、今日で言うところの「ギャルゲー」いわゆる「恋愛シミュレーションゲーム」や「恋愛アドベンチャーゲーム」は、ジャンルとしてもゲームシステムとしても確立していなかった。
実際のところ、PCエンジンで発売されたゲームの多くは「ギャルゲー」というよりは「普通ゲーム」である。


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最終更新日: 19/06/13 10:25
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