大公について語るスレ

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1ななしのよっしん :2009/07/03(金) 21:25:24 ID: FLFt1EwfdP
ベルカ

2ななしのよっしん :2009/12/19(土) 10:49:18 ID: 37s+qMCMv0
>その王の中から皇帝が選ばれるという仕組み

これだとまるで王位を持つ複数の人間の中から皇帝が選ばれるみたいに取られる。
王が皇帝に任じられる、のほうが正確じゃないか。

3ななしのよっしん :2010/07/15(木) 00:42:43 ID: PPkrxaByaM
FF11

4ななしのよっしん :2011/07/23(土) 12:47:39 ID: d/MxIRqCIo
大公に、ナイトウィザードベール=ゼファーの追加を希望します。

5ななしのよっしん :2011/10/23(日) 09:29:01 ID: eA4bYmFRXE
以下の文は記事編集者独自研究で定訳の慣例に反する。公爵>>9も参照。
>他にも日本語において、特にフランスでは公爵と訳すべきプリンス英:Prince)の格が高いため、
モナコ公国などの独立・準独立プリンス大公と訳したり、
中世初期のドイツフランスのデューク(英:Duke)を大公と訳す人もいるが、
欧州では元々区別されていないし、ややこしいのでやめた方がいい。
一般にPrince大公と訳すのはちゃんと歴史的な理由があるんだよ。

6ななしのよっしん :2012/02/23(木) 11:32:34 ID: p5vHSnnZvD
何かの創作で徳と一緒に大公にしてるのがあったな…
如きが近衛の上なんてありえん

7ななしのよっしん :2012/10/12(金) 15:15:45 ID: nkeBfWWmWY
記事の文章 
そのため現在でもオーストリアドイツに対して独立を保っている。

として独立している意味なのか?何でそんな理由になるん。
ドイツ統一から仲間外れにされる⇒第一次世界大戦ドイツオーストリアを合併⇒オーストリアドイツを嫌い独立するだった気がする。

8ななしのよっしん :2013/05/20(月) 01:24:10 ID: X6O+FVks6c
>>7
プロイセンによるドイツ統一でオーストリア仲間はずれ(オーストリア民族ドイツ人なのだが、オーストリア皇帝ハプスブルクの所領にはハンガリーボヘミアも含まれていたのでプロイセン導の「ドイツ人の」には入れなかった)

オーストリア、第1次世界対戦で敗北。「民族自決ブームの世相で、多民族国家オーストリアは悪の帝国扱いされ、ハプスブルクは終焉を迎える。

ヒトラーによるオーストリア併合(侵略以外の何物でもないのだが、当時のオーストリアにはやっと仲間に入れてもらえたと喜ぶ一もいた)

第2次世界対戦でドイツ敗北。その属領、オーストリアも敗戦国扱いになるが、永久ドイツと合併しないという条件のもと独立を回復。

々はオーストリア人であるという意識が芽生える。

9ななしのよっしん :2013/12/05(木) 08:10:09 ID: DZFFmz8o7c
皇帝』『大帝』とはまた違うカッコ良いきのある役職名だよなぁ
妙に品性を感じる、というか(皇帝大帝が下品ってわけじゃないよ)

10ななしのよっしん :2014/02/25(火) 00:33:01 ID: Mjt+tsNEnb
ロマノフ下のロシア帝国だと、大公皇帝の親族の称号だと聞いたことがあるが、その辺りどうなっているんだろう……?

11ななしのよっしん :2016/02/10(水) 00:25:29 ID: Yc1ccbVYVQ
The Elder Scrollsシリーズの「デイドラ大公デイドラロード)」はprince
まあ、「デイドラ王子」とも書かれるけど

12ななしのよっしん :2016/02/10(水) 00:37:56 ID: b3Dyso0XC7
>ロマノフ下のロシア帝国だと、大公皇帝の親族の称号だと聞いたことがあるが、その辺りどうなっているんだろう……?

そもそもヨーロッパに「大公」なんて称号が存在しないのでなんとも
大公」ってのは翻訳時に他の「」と区別するために作った造

その称号大公と訳せば大公になるしと訳せばになるし王と訳せば王になる

13260 :2017/05/15(月) 21:01:43 ID: J4EpPDQ5EX
皇帝の親族がヴェリキ・クニャージ(大公)を名乗ることを許されると言った感じですね

ヴェリキ・クニャージはもともとキエフルーシ系の独立の君が名乗っていた称号で、諸の上の存在といったニュアンスなんだけど、ルー世界では事実が最高位の貴族階級なのですから意味合いとしては大王という訳が適しているのかな?

ロシアの君号のツァーリを皇帝と訳すか王と訳すかは中世のころから外交上の問題であったようですけれでも、ヴェリキ・クニャージも同じように中世のころから問題があったと推測されるので、その辺の混乱を反映して「大公」という訳を生み出したのではないかなぁと思います。
基本的に王号は職者(ローマ教皇)によって与えられるものなので正教圏のルーシ諸に訳の上でも王の称号を当てはめるのに抵抗があったのかもしれません。

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