概要
知る人ぞ知る枠とは、その名の通り、知る人ぞ知る枠につけられるタグである。その枠の中身は、知る人ぞ知る。
諸君、枠とは何であろうか。それは30分という時間に切り離された、刹那の人の姿、言葉のやりとり、映像、声、肉体、股間(BAN)そして、慟哭である。そこに我々は何を見るのか、生々しい人の香り、気配である。我々は画面越しに、PCの回線を通じて、我々の視神経が我々を生かしていると実感する。生きていたいと、感じることができるのだ。
そう、知る人ぞ知る枠とは、決してコミュニティの大きさや、アクティブ人数の多さ、ランキングの順位の高さ、視聴者数、話題性、そんな数値的なものでは測れない、どこかにいるのかもしれない、どこかの誰かが放送し、あなたが見ていた、その枠のことである。それは、知る人ぞ知る枠と言ってよいであろう。タイムシフト、ミラー放送、動画職人による録画技術が発達しても、それは詰まるところ、副次的な情報に過ぎない、本当の意味でその枠に起きたことは、その枠に偶然にも居合わせた、たかだか2000人以下の(即ち有限の)当事者しか知りえなかったのだ。
そして、これら事実をもってあなたは、目の前の枠の存在に知らずのうちに命をかけた。なぜならその枠で起きたことは、永久に元には戻らないからだ。
あなたの見た一生でただ一つのその枠で、一体何が起きただろう。
- 開始20分、来場者数は1桁、コメントは0、ゲーム放送と書いてあるが、動画を流していると言われてもわからないほど静かで、ただただレベルをあげている。完全な過疎放送。ところがラスト5分でたった1つのコメントがついたら、放送者が突然興奮し、気持ち悪いほど饒舌に(「いっぇーい♪」とか言い出す)なった。
- お気に入りのJD顔出し放送で、いつもコテハンを残している。向こうは大して気にしていないとわかっていても、待ってくれているような気がして、携帯アラートが鳴ると急いでPCをつける。自分の名前が呼ばれて「いらっしゃい」と呼ばれるだけで、同じ空間にいるような気がする。今日もただそれだけのために枠に来たつもりだったが、今日の彼女は違った。「生理なんだよ!」と大声をあげ、ウェブカメラの前でコップを割り始めたのだ。
- 完全に時間の無駄だった。ビッグニュースというから何かと思ったら、彼女ができただけだった。腹が立ったから184でグッチャグチャに悪口を書いてやった。寒い、つまんない、引退しろ。それだけ。二度と見てやるもんか。
- いつも開始数分で満員になってしまう超人気放送。今日は運よくアリーナに入れた。自分では結構面白いことを書いているつもりだが、滅多にコメントが読まれない。自分なんか石ころ同然なんだと、少しむなしい気分になってくる。…と、つい書いたら、それが読まれてしまった。読まれたら読まれたで恥ずかしい。
- 話によると、かつてはちょっとした人気者だったが、色々あって疲れてしまい、前のコミュニティを解散したらしい。まだ若いのに、もう自分は背伸びはしないとか、あんな風にはならないとか、老け込んだことばかり言っている。せっかくついたコメントにも皮肉たっぷりに毒づいてしまうので、常連ができない。そんな主がめずらしく企画枠を行った。ネギトロ丼の早食いという、しょうもない企画だ。しょうもなかったが、暇だから見てやった。最後までやりきったら、何故か主が泣いた。涙枠だったのか。
あなたは一人で電車に乗り、何を考えるだろう。もしかしたら、今あなたの前に座った機嫌の悪そうな背広の中年男性は、昨日のその知る人ぞ知る枠を放送していた誰かだったのではないか?あなたが電車を下りたときにすれ違った、眉間に皺の寄った神経質そうな女性は、あなたが昨夜に熱心にコメントを打ち、夜通しかけて悩みを聞いて元気づけていた誰かだったのではないか?あなたが改札を出た後に電車に乗り込むのは、昨日の夜素顔はおろか全裸体を曝け出し、永久追放の危機に見舞われた配信界きっての問題児だったのではないか?だからなんだ、ということではある、だが全ての枠は、人間が作っている。
それでも我々は、何も知らずに今日も生きている。どんな枠で起きたことも、私たちは永久に知らない。なぜならそれは、知る人ぞ知る枠だからだ。
知る人ぞ知る関連コミュニティ
それは、知る人ぞ知る。
知る人ぞ知る関連動画
それは、知る人ぞ知る。
知る人ぞ知る関連商品
それは、知る人ぞ知る。
知る人ぞ知る関連項目
それは、知る人ぞ知る。
- 0
- 0pt