ネクロモーフとは、植民星Aegis7(イージス7)で採掘作業を行っていた惑星採掘艦USG Ishimura(USG石村)で確認された正体不明の敵である。ここからさきの閲覧は、忌々しいユニども以外のみ許可する。
こいつらを見たらだれだって思うだろう。「エイリアン?」と。ちがうんだ。そうじゃない。エイリアンってのは外国人や地球外生命体を指すわけだが、ようするに「われわれの外の世界にいる知的生命体」ってことだ。そうさ、人間に寄生していきなり胸を食い破って生まれてくる飛び出すアゴつきトカゲとか、強敵を求めて銀河を彷徨する狩人とか、三本足のロボットに乗って地球侵略に来たタコとか、ああいったやつらをエイリアンっていうんだ。
ネクロモーフは違う。やつらは知的生命体じゃない。そもそも生きてすらいないんだ。
信じられないかい? ああ、そうだろうな。その反応はもう見飽きたよ。みんなきみのように鼻で笑って取り合わなかった。クリンゴンを見つけたときだけ教えてくれとからかったやつもいた。彼らがいまどうなってるか知りたいかい? やつらになっちまったよ! みんな! ひとり残らずだ!
やつらにはぼくたちの常識は通用しないんだ。だから、ここから生きて還るにはやつらのことを理解しておく必要がある。好むと好まざるとにかかわらず。
まず注意しておくべきことは、やつらは生きている生物、そう、ぼくらのような人間を見つけると、さながらティンダロスの猟犬のごとくわき目もふらずに襲い掛かってきて殺しに来るということだ。逃げても無駄だ。やつらは通気孔を通り抜けてでもぼくらを追跡してくる。どこまでも、どこまでもだ。やつらはコンパスで、ぼくらは北ってことさ。逃げる方法はふたつ。ぼくらが死ぬか、やつらを殺すか。死にたくはないよな。なら方法はひとつだ。
けれども問題がある。さっきも言ったように、やつらは生きていないってことだ。生きていないんじゃ殺せない。当然だよな。やつらとはじめて遭遇したとき……ああ、くそ、思い出したくもない。救難信号をたどって発信源の艦がいると思われる宙域にショック・イン(編注:星間航法で、現在の空間から離脱することをショック・アウト、ある空間に入ることをショック・インという)したまでは順調だったんだ……そこで第一種接近遭遇ってやつさ。ありえないことにやつらは生身のままで艦に接近し、エアロックもぶち破って船内に侵入してきたんだ。真空で、恒星の光が当たれば摂氏200℃、当たらなければ零下150℃の宇宙空間をだぞ。信じられるか? やつらは一気圧の空間中はおろか、殺人的な宇宙線の降り注ぐ宇宙空間だろうが酸素がなかろうが遜色なく活動できるってことだ。ぼくらが行けないところでもやつらは自由に行き来できるってことでもある。
やつらはぼくらを見つけるなり襲ってきた。同乗していた海兵隊員は口汚くて、荒っぽくて、彼らの卑俗なジョークの応酬には心底うんざりさせられていたが、このときほど彼らが頼もしく思えたことはない。海兵隊員たちははじめて目にする異形の怪物どもにもパニックを起こさず、見違えるような機敏な動作で臨戦態勢に移った。パルス・ライフルの銃口が並べられる。つぎの瞬間、すさまじい銃火の嵐が吹き荒れた。まさに水平の暴風雨さ。敵がなんであれ、生物であるならこの圧倒的な火力の前に生命活動を停止せざるをえない。一斉射が終わったときだれもがそう確信したはずだ。
だがやつは止まらなかった。全身を風穴だらけにされても、まったく意に介さずに突っ込んできたんだ。
海兵隊のひとりがライフルで頭を狙った。やつは脳味噌をぶちまけるどころか、首から上が独立記念日の花火みたいにド派手に弾けたよ。でもやつは首がなくなっても走ってきていた。まだ襲ってくるんだ。ああ、これは悪夢だ。夢なら覚めてくれ……そう願ってもパルス・ライフルの銃声は鼓膜を家賃の督促に来た大家のノックより強烈に叩いてくるし、なによりぼくは目を開けている。ぼくのすぐ近くで悲鳴があがった。だれかと思えばその悲鳴はぼくの口からほとばしってた。情けなくもぼくは、内心で小馬鹿にしてた海兵隊員たちが勇敢に戦ってるそばで、ライトを当てられた鹿みたいに怯えながら、処女を奪われた女の子のように泣き叫んでたのさ。笑ってくれ。
けっきょく何人かの尊い犠牲と、何百発か、もしかしたら4桁近い銃弾を受け、両腕がちぎれ飛んだところで、そいつは死んだ。まあ、生命器官にあたるものがないから死んだって表現は不適切かもしれないが、とにかく活動を停止した。
ジョージ・A・ロメロの世界だって、ゾンビは頭をぶち抜いたらくたばるって決まりごとがある。なのにやつらときたら、頭や心臓を撃ってもピンピンしてやがるんだ。ヘッドショットは狙うだけ無意味ってことだ。調べてみてわかったが、どうもこいつらは脳や心臓といった臓器が機能しておらず、かぎりなく死体に近い状態であるらしい。なのに生きてる人間より運動能力は上ときた。反則だ。イエローどころじゃない。
やつらは死体から生まれ、ぼくらを仲間にしようとしてる。なにが死体をやつらにしてしまうのかはわからない。わかってるのは、やつらはすべての死体(Necro)を変質(Morph)させることだけがその存在理由だってことだ。ネクロモーフ。……Kyne博士はそう呼んでいたよ。
ネクロモーフにはいくつもの種類がある。それぞれ行動パターンや対処法が異なるから、よく覚えておくんだ、やつらになりたくないのなら。
ぼくらが最初に遭遇したネクロモーフで、もっとも個体数が多いネクロモーフだ。おそらくきみもこいつがはじめてのネクロモーフになるはずだ。本当にやつらはどこにでもいるんだ。
外見は人間に似ていて、直立歩行する点も人間同様だが、両腕が鎌のように鋭利な形状に変異している。こちらを見つけると、狂ったように疾走してきて、この鎌で切り刻むってのが、こいつの行動パターンのアルファでオメガだ。単純だが、逃げ場のない船内でこいつらに囲まれたところを想像してみてほしい。どんな不感症でも括約筋が引き締まるってもんだ。
さっきも言ったが頭をふっ飛ばしても止められない。こいつの弱点は腕だ。両腕を切断すると絶息する。理由はわからない。とにかく、最大の武器である腕が弱点でもあるってことだ。問題は、海兵隊が標準装備しているパルス・ライフルは、弾丸を撃ち込む遥か昔の火薬式の銃砲と同じで、対象に穴を開ける「点」の攻撃しかできないことだな。猛スピードで突撃してくる敵の、それも細い腕をライフル弾で切断するなんて芸当、クリス・カイルでも不可能だ。なにか離れたところからでも連中の腕を切り落とせる「線」の攻撃ができる武器があれば、確実に優位に立てるんだが。
スラッシャーに限らず、多数のネクロモーフを相手にするときはステイシスを惜しむことなく使用するべきだ。敵の動きが速いなら遅くしてしまえばいい。敵をスローモーションにしてしまえば腕も狙いやすくなるだろう。
元となった人間により個体差があることが確認されている。女性の死体をベースにしたものは口から酸を飛ばしてくる。人前でゲロを吐くような女性は生きてても死んでてもお断りだ。すくなくともぼくはね。
胎児、もしくは新生児のような外見と大きさのネクロモーフだ。とにかくすばしっこい。しかもゴキブリみたいに壁でも天井でもお構いなく登って三次元的に追い詰めてくる。
やっかいなのは飛び道具をつかってくる点だ。背中から3本の触手を伸ばしたら注意しろ。矢を発射してくるぞ。
ただしこの触手を切断されると死体に戻るので、絶好の攻撃のチャンスでもある。
小さいからって甘く見てはいけない。弾薬を節約するという対ネクロモーフ戦ではご法度な考えでこいつを踏みつけて殺そうとした海兵隊員は、反対に跳びかかられて、触手で首を刎ねられてしまった。胴体に別れを告げたくないなら、よほど近接戦闘に自信がないかぎりは火器で倒すべきだろう。
ベージュ色のエイのような形状をしたネクロモーフ。こいつを発見したらなにをおいても優先的に排除しなければならない。なぜならこいつは、近くにある死体をネクロモーフに変えてしまう恐るべき能力をもっているからだ。しかもこいつにはスラッシャーやラーカーのような明確な弱点がない。撃って撃って撃ちまくるのが正解だろう。
思考ルーチンとしては、生きている人間より死体をネクロモーフにするほうが優先順位が高いようだ。僕の目の前を素通りして一目散に死体に駆け寄ってむしゃぶりついたこともある。もちろん死体がなかったり、すべての死体をネクロモーフに変異させたあとは、ほかの連中と同じように、生者をネクロモーフの素体、別名死体にするべく襲いかかってくる。ぼくの見ている前で同僚がインフェクターに生きたままネクロモーフにされたことがある。肩から……新たな腕が生えて……顔が……縦に真っ二つに割れて……あの金切り声が耳から離れない。……すまない。そのあとのことはよく覚えていないんだ。
対処法としては、たとえその場にインフェクターがいなくとも、死体があればとりあえず破壊しておくことが挙げられる。人間の死体はスラッシャーに変質させられるが、これは両腕がなくなると死ぬ。では最初から両腕がない死体はどうなるのかというと、インフェクターはそれをネクロモーフ化させず、無視するのだ。やつらなりにお好みの死体ってのがあるらしい。だから、船内で発見した死体はあらかじめ四肢をもぎとっておくことをおすすめする。たとえそれが仲間の亡骸でも、恋人のものであっても。感傷はきみを殺す刃となって帰ってくる。やつらに戦力をあたえる必要はない。
こいつがすべての元凶だと主張する仲間もいた。こいつがネクロモーフを生み、増殖させているのだと。けれど、ぼくにはそうは思えない。インフェクターがネクロモーフの元凶ならこいつの起源はなんだ? 進化は必要に迫られなければ起こらない。浅い海での生存競争に負けて、淡水の河川に移住する必要に迫られて淡水魚が生まれた。そこでも競争に負けて、陸に新天地を求める必要に迫られて両生類が生まれた。また競争に負けて水辺を離れる必要に迫られて爬虫類となった。楽園の森で負けた猿が地上に降り立ち、平地で生きるため、遠くを見通せるように後ろ足だけで立つようになり、ヒトが生まれた。どんな進化の過程で、死体をネクロモーフ化する能力を獲得しなければならない状況に追い込まれたんだ?
おそらくこいつは、ネクロモーフの因子を運ぶための乗り物、運び屋にすぎないのではないか。なぜならこいつ以外に直接的にネクロモーフを誕生させる存在が確認されていないからだ。繁殖はつねに自己を生産するものだ。だがスラッシャーがスラッシャーを産むことはない。インフェクターは死体を感染(インフェクション)させスラッシャーに変えるだけで、インフェクターを産みはしない。インフェクターはクラゲのように繁殖のみを目的としたロボットにすぎないのか? 姿形が違えども、すべてのネクロモーフをひっくるめてひとつの存在ということなのか? 謎は深まるばかりだ。
ああ、きみは気にしなくていい。ようは、殺せばいいだけだ。
大型の四足獣といった趣きの非常にパワフルなネクロモーフだ。ゴリラのナックルウォークを彷彿させる移動法を駆使することで、巨体に見合わぬ機動力を発揮する。その体躯から繰り出される破壊力と敏捷性は脅威のひとことだ。かなりの難敵だぞ。きみがモハメド・アリの生まれ変わりでもなければ接近戦は考え直したほうがいい。かならず距離をとって戦うんだ。
外皮が外骨格といってよいほど硬質化していて、銃火器でも有効打は与えられない。だがよく見れば関節の隙間に黄色い、いかにも柔らかそうな部分があるのがわかるはずだ。そうだ。そこが弱点だ。弱点は背中にもある。やつお得意の突進のあとや、ステイシスで鈍くなっている隙に回りこみ、ありったけの火力を集中させよう。
四肢を落とされると、移動できなくなるかわりに、腹部から爆弾を飛ばす遠距離攻撃に切り替えてくる。きみのRIGにもキネシスの機能があるな? 爆弾をキネシスで捕らえ、投げ返すことで、大打撃を与えることができるぞ。
見た目はヒルや巨大なアメーバで、非力な存在だが、かならず大群で行動している。群れに襲われると数の暴力で全身にまとわりつかれて瞬殺されてしまう。見つけたら爆発物や火炎で一網打尽にしてしまうのが手っ取り早い。
最初から見えていれば対処できるんだが、こいつらは物陰に隠れる習性がある。無造作に置かれた箱を開けるときは注意しろ。スウォームのコロニーと化している可能性がある。びっくり箱どころじゃない。魂消るというより命が消える。
スラッシャーのなかでも妊婦のように腹が大きく膨満した個体をプレグナント(妊婦)と呼んでいる。スラッシャーと違って走ることはできないが、体重が重いぶん打撃は強くなっている。
いいか、絶対にこいつの腹は撃つな。腹が破れると、破水し、胎内に宿していたネクロモーフが目覚め、さらに敵が増えることになる。プレグナントの胎内にいるネクロモーフは、確認がとれたものだけでいいなら、ラーカー、ディバイダー、大量のスウォームのいずれか。通常のスラッシャー同様、両腕を切断する手が定石となる。
移動速度が遅いから、べつのネクロモーフと同時に出くわしたときは、走り回って距離をあけるといい。足の速いネクロモーフがさきに追いついてくるので、一対一とまではいかないにしてもそれに近い状況をつくることができる。ステイシスのパワーが心もとないときの次善の策として覚えておけば役にたつこともあるかもしれない。
両足がまとめられて1本になり、尾のような形状に変異した、地球でいうサソリに近いフォルムのネクロモーフだ。
やはり腕が弱点だが、動きが俊敏で捉えにくい。ラーカーと同じく壁や天井に自由自在に張り付いたり飛び移ったりできるし、尾を使った跳躍力もかなりのものだ。
その尻尾には十分な注意を払わなければならない。スラッシャーの武器が腕ならリーパーのそれは尾だ。こちらが後退して間合いをとろうとしたら縦に振り下ろし、横に逃げようとするとなぎ払うという、2パターンとはいえ状況に応じて攻撃方法を使い分ける程度の知能がある。威力も申し分ない。1週間前のポーカーの賭け金をうやむやにして払おうとしなかったある同僚は、こいつの尻尾に上半身と下半身をたやすく分断させられてしまった。まさに死神(リーパー)の大鎌が振るわれた瞬間だった。
ラーカーとこいつは、無重力空間でもなんら問題なく通常どおり活発に行動できる。人類が泳ぎで魚類に勝てないのと同様、無重力下での活動はやつらに一日の長がある。船倉など広大な場所では敵の発見が遅れ、予想外な方向から奇襲を受けることもある。とくに頭上には気をつけよう。
まるで門番のように行く手を阻むのがこのネクロモーフだ。やつの6本の触手には近づくな! こいつの横を走って抜けようとしたぼくの仲間は、一閃された触手に頭をスマッシュヒットされた。彼は首の断面から心拍に合わせて噴水のように血を噴かせながら、「首は? おれの首は?」とでもいうように両手で頭があった場所をしばらく探っていたが、やがて糸の切れた人形みたいにくずおれた。そうなりたくないなら、絶対に近寄ってはだめだ。
もうわかっていると思うが、こいつの弱点もやはり6本の触手だ。すべて切断すれば活動停止する。離れたところから銃で攻撃すればいい。可燃物があれば、それをキネシスで投げつけて爆発させるという手もある。
移動できないという自身の欠点を理解しているのか、こいつは敵を認識するや否や幼生のようなものを出産して、それに攻撃させることで身を守ろうとする。幼生も移動はできないが、ラーカーのように飛び道具を発射できるので、多数を産み落とされると手がつけられなくなる。しかも幼生は敵に接近されると自爆しやがるときた。
近くに爆発物があれば、幼生を出産される前にケリがつけられるんだが……。
足元に通気孔がある通路は気をつけろ。こいつが息を潜めているかもしれないからな。
直径が女の胴回りほどもある太い触手で、これが本体なのか、人間でいう腕や足にすぎないのかは不明だが、突然現れては人間を穴へと引きずりこむ。仲間は3人やられた。彼らがどうなったかは想像しようと思えばできるが、考えたくもないというのが本音だ。
触手にある黄色いコブが弱点らしい。仲間のひとりがこいつに足をつかまれたとき、みんなで無我夢中になって撃った弾の1発が偶然にもコブに命中したが、そのとたんに触手は彼を解放し、逃げるように穴へ戻っていった。
……つぎに現れるテンタクルスにコブがなかったらどうするんだって? 古代の地球のある国では、空が落ちてくることを本気で心配していた男がいたそうだよ。きみの憂いは、未来では故事になっているかもしれないな。
左腕が爆発性の器官に変異していて、敵に近づくと自分もろとも爆発させるクレイジーな野郎だ。いったん接近されるとこいつのスーサイド・アタックを防ぐ方法はない。人間なんて簡単に吹っ飛ぶぞ。遠距離にいるうちに倒すんだ。左手の爆弾を狙ってもいい。左腕を切断すると、キネシスで投擲できる手榴弾としても使える。
近づかれそうな場合はステイシスだ。遅くなっているうちに横を通り抜けてしまおう。ステイシスで鈍くさせて近づき、また離れることで、安全に自爆を誘発させることもできる。
こいつの奇声は特徴的だ。宇宙の果てまで届きそうな甲高い奇怪な叫び声が響いたら、まずは周囲の確認を。
背中に大きく発達した肺をもつネクロモーフ。土下座したままその場を動かず、ひたすら毒ガスを排出しつづけている。ネクロモーフに代謝という概念があるのなら、人間が酸素を吸って二酸化炭素を呼気するように、ウィーザーもまた空気中のなにかしらの気体を吸気して、老廃物として毒ガスを吐いているということになる。だが、ほかのネクロモーフが真空中でも問題なく生存している点から鑑みて、ウィーザーの毒ガスが生命活動の副産物であるとは考えにくい。むしろ、毒ガスの生産こそがウィーザーの存在意義なのではないか?
スラッシャーやリーパーは物理的に人間を殺害して死体をつくる。ウィーザーは、毒ガスによって化学的に人間を殺して死体にする。手段は違うが目的は同じだ。ネクロモーフは死体から生まれる。ネクロモーフにとって死体を作るということは仲間を増やすことにほかならない。やつらは生物を殺すことで繁殖していやがるんだ。
もし、生物を殺害する目的で毒ガスを生成しているのだとしたら、有機生命体に致命傷を与える物質をやつらは知っているということになる。連中はぼくらの予想以上に高度な、かつ的確な知性と知能を有しているってことだ。やつらが自然に発生した生命体であればだが。
一見すると長身の人間みたいなネクロモーフ。だが実際は死体に5体のネクロモーフが連結した集合体だ。それぞれが頭と四肢に擬態し、あたかも1体のネクロモーフに見せかけているというわけだ。攻撃を加えると偽装が解け、頭の個体と手足だった虫状の4体、計5体に分裂(ディバイド)する。
分裂すると5体がバラバラに攻撃してくるため、かえって厄介かもしれないな。1体にまとまっているときにステイシスをかけて逃げてしまうのも手なんじゃないか?
頭部に擬態する個体は、人間の顔のような造形もあり、首からは何本も触手が生えているから、ぼくはタコ頭って呼んでる。この、まるで南極基地に根を張った宇宙生物みたいなタコ頭は、つねに寄生する対象を探している。あいつ……クリンゴンが見つかったら教えてくれとぼくを笑ったあいつは運が悪かったんだ。ディバイダーは最初から5体に分裂した状態で徘徊していることもあるんだ。あいつは死角から飛びかかってきたタコ頭に反応できなかった。触手で喉を締め上げられたかと思うと、一瞬あとには、あいつの首はぼくのあしもとに転がってたよ。
それだけなら……まだましだった。ただ死ねるだけがどんなに幸福か、多くの人間は知らないんだ。そのときまでぼくだって知らなかったんだから。
タコ頭は、首がもげて血しぶきを上げる頸部の断面に、触手を刺し込み、ねじ込んで、まるで最初から自分がその体の持ち主だったかのように、新たな頭部として居座ったんだ。手で頭の位置を調節さえしていた。ふとした拍子にぼくのほうへふりむいたときの、あのおぞましい光景は死ぬまで忘れられない。いまでも目を閉じるとまぶたの裏に浮かぶんだ。タコ頭に乗っ取られたあいつの体は、機械みたいにぎこちないながらも歩いてどこかへ行ってしまったよ。ネクロモーフの乗り物となったあいつの体は、いまでもどこかをさまよってるんだろうな。
なあ。そうはなりたくないよな?
海兵隊が例のくそったれインフェクターによって変異させられたとき、あきらかに通常のスラッシャーとは違う現象が起きていた。あらゆる動作が異常に高速なのだ。まるで映像を早回ししているかのようだった。おそらくは隊員が装備していたステイシス・モジュールが、ネクロモーフ化に際し暴走し、本来の鈍足化とは逆の効果、すなわち超高速化を誘発してしまったものと思われる。痙攣(Twitch)さえも速いので生理的嫌悪感のオマケつきだ。
その速さはほとんど神速と言ってもいい。こいつに胴を上下に両断された仲間の脚は、斬られて上半身がなくなっていることに気づかず、何歩か歩いてからようやく倒れたほどだ。こいつからすれば、ぼくらはそれこそステイシスをつねにかけられているかのごとくノロマなのだろう。
異常に速い以外はスラッシャーと変わりがなく、両腕の切断で倒せるのだが、あまりに素早いので狙いをつけるどころか安全な間合いをとることさえ難しい。ステイシスをかけても、高速化の原因のせいか、通常より効果時間が短いときた。とはいえ接近されたら終わりなので、どんどん使って近づかれる前に対処してしまったほうがいいだろうね。
人間が神から賜ったありがたい贈り物、つまり「慣れ」のおかげですでにネクロモーフに慣れてしまっていた海兵隊員たちは、やつらをただ無力化するのに飽きていて、いろいろな方法を試していたんだ。こんな殺し方はどうだろう、いいね、おまえの料理よりユニークだ。そんな調子さ。
そんなときに現れたのがこいつだった。ぼくらは最初、こいつをただのスラッシャーだと思っていた。体格こそ大きいが、個体差の範疇だと片付けてしまった。
ぼくたちはやつらに慣れていたはずだった。だがぼくらはなんにもわかっちゃいなかったんだ。なんにも。
このスラッシャーもどきが歩いてくるあいだに、だれがこいつを攻撃するか、海兵隊員たちはのんびりと決めた。退屈な仕事を仰せつかった一人の隊員がめんどうくさそうにライフルを構えた。彼らはスラッシャーに嫌気が差していたんだ。どうせ戦うならもっと倒し甲斐のある相手――ツウィッチャーやブルート――が欲しかったのさ。
ともかくも彼はパルス・ライフルでやつの両腕を狙い撃って、難なく切断した。やつはその場にうずくまった。終わりだとだれもが思った。中断されていた雑談に戻ろうとした。
でもつぎの瞬間、みんな目を疑った。やつはみるみるうちに両腕を生やして、なにごともなかったかのようにまた歩いてきたんだ。
今度はその場にいた隊員全員がライフルを向けた。そしてはじめてネクロモーフに出くわしたときのように一斉射した。
容赦なんて素粒子ほどもない猛攻に、やつの腕も足もちぎれ飛んだ。そのたびにやつは四肢を再生させて元通りになった。
ぼくにはテレパシーはない。でもあのとき、みんながおなじことを思ったと断言できる。つまりこういうことだ。「こいつは不死身なんじゃないか――」。
そしてぼくらは、神さまからの贈り物をためらうことなく捨てて、両親からのかけがえのない贈り物である2本の足を使って逃げ出した。こいつはいまもぼくらを狩人のごとく狙っているんだろう。この難敵をほかのスラッシャーと区別するため、だれからともなくハンターと呼ぶようになったよ。特別な素体がネクロモーフ化するとハンターへ変異するのか、スラッシャーが成長するとハンターになるのか、それはわからない。……だれかがスラッシャーを品種改良した? なるほど、おもしろい推論だ。ネクロモーフを兵器として運用するなら、スラッシャーの最大の弱点である腕をいくらでも再生できるよう改良すれば、むかうところ敵なしになる。やつの有用性をいままさにぼくらが証明しているってわけだ。
実際、ぼくにはハンターを倒す具体的な方法は思いつかない。遭遇したら、とりあえず四肢を切断してステイシスをかけ、やつが再生に専念しているうちに逃げてしまうのが最上の策だ。「超強力なジェットエンジンの排気口の前にでもやつを立たせて、フルスロットルで焼きつくしてしまえばいいじゃないか」とは、例のユニークな料理を作る海兵隊員の言だ。最高のプランだと思うよ。ハンター以外の敵にも対処しつつ、やつを排気口まで誘導して、そこで四肢を破壊し、ステイシスをかけ、その効力が切れる前に安全な場所にまで退避する、そんな大仕事ができるのならね。
ぼくらの船の管制システムが、あるとき貨物室に尋常でない大質量の異物を検知した。ああ、こいつだ。こいつに寄生されたせいで船は離陸すらできなくなった。貨物室で「食糧」を無節操に摂取した結果、無際限に肥大した肉塊のようなこのネクロモーフは、あまりの巨大さからリヴァイアサンと仮称された。
質量保存の法則に従えば、もしリヴァイアサンが船の食糧を暴食して巨大化したのなら、成長した質量は積載されてあった食糧のぶんを超えるはずはない。質量は食糧からこの忌々しい醜いネクロモーフに変換されただけで、船が飛べなくなるほど重くなるわけがないんだ。その重量の貨物を積んで第二宇宙速度を超えて重力を振り切ってきたんだから。
だから、こいつは備蓄されてあった食糧だけでジャバ・ザ・ハットになったんじゃない。こいつからはあの触手野郎……テンタクルスが何本も生えていたんだ。きっと、ぼくらの仲間ばかりか、船外にまで触手を伸ばして、数えきれないほどの人々を「食糧」にしてきたんだろう。
海兵隊が駆除に当たったのだけれど、圧倒的な威容と膨大な質量にたがわず、とんでもない耐久力を有していて、ハンターとはまた別の理由で倒しきれなかった。行動パターンそのものは単純で、どうやら触手を3本ほど切られると本体が口から爆弾を飛ばしてくるみたいだ。爆弾はかならず5発連射してくることも判明した。だから4発めまでは回避して、5発めをキネシスでとらえて投げ返せば勝機はある。前回は残念ながら弾薬が尽きて撤退を余儀なくされたが、物資さえ揃えれば船を取り戻せるだろう。ペイバックだ。
ネクロモーフの耐久力や戦闘力は脅威だ。軍隊でさえ全滅してしまった……そして少なくない数がやつらとなって、ぼくらを自分たちと同じようにネクロモーフにしようと付け狙っている。
みたところネクロモーフどうしで殺しあっている様子はない。たぶんだけれど、スラッシャーとかラーカーとかいった個体たちは、個体であって個体じゃない。ネクロモーフという大きな存在の手足というべきなんじゃないだろうか。右手と左手が喧嘩するようなことがあるかい? それと同じなんだよ。ネクロモーフたちは、すべてが同じ目的に向かって互いを補完しあいながら進む透徹したひとつの意志なんだ。そこには人間のような同種間の奪い合いや殺し合いはない。戦争も。
もしもすべての人類がネクロモーフになってしまったら。
飢餓や貧困、戦争といった、有史以来ずっと人類を悩ませ続けたあらゆる問題が一気に解決する。もう争うことはない。理想の世界が実現できるだろう。みんながひとつになれるんだ。ネクロモーフという形で、みんなが群居する精神(Hive Mind)となれば、みんなが自分になる。自分とは争わないし、よって戦争の根源たる憎しみも生まれない。
だが、そんな世界を受け入れるかと問われれば、答えは否だ。断じて否だ。
人間はみんな違う。違うからこそ歴史を紡いでこられた。たしかに人類は愚かだ。こうして宇宙に進出したのも、地球の資源を食いつぶし、みずから住めない星にしてしまったからだ。
だからこそ、人類が人類の手で、ひとつひとつ問題を解決していくことが重要なのだ。その姿勢そのものにかけがえのない価値があるとぼくは思う。人類は、人類みずからの手で未来を切り拓かねばならないんだ。安易にネクロモーフなんかに委ねていいもんじゃない。
ぼくは最後まで戦う。たとえその結果死ぬことになったとしても、おまえたちに膝など折らないと、あがききってみせる。
さあ行こう! 人類の新たな夜明けのために!
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以上をもって第 号の調査は終了するものとする。
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最終更新:2024/03/29(金) 20:00
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