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ハマノパレード

ハマノパレードとは、日本の元競走である。

テューダーペリオッド、イカゼ、ソロナウェー
通算成績20戦8勝 な勝ち宝塚記念阪神大賞典、京都記念(

齢表記は当時のものに合わせて旧表記で記載しています。

概要

ハマノパレードは小柄ながらも調教の動きの良さはデビュー前から評判で、翌年のクラシック補の一頭とされていた。
だが同時に気性が悪かったうえにデビュー直前に膜炎を患うなど順調さを欠き、毎日杯や京都4歳特別には出走したものの、クラシックレースには参戦することなく4歳を終える。
(もっとも同世代である1972年クラシック世代は最強世代の一つとしてられており、タニノチカラロングエースランドプリンス、イシノヒカルタイテエム等の強がひしめいていたため、まだ未完成だったハマノパレードが出走したところで勝てた可性はかなり低いが)

そんなハマノパレードだったが、完成させるための休養を挟むとそのを見せつけ始める。3連勝で阪神大賞典(当時は年末開催)を勝利し重賞初制覇(2着は天皇賞ヤマニンウェーブ)を達成すると、日経杯6着を挟んで京都記念()も勝利(こちらの2着は菊花賞ニホンピロムーテー)
大阪杯オープン戦を連続2着、天皇賞タイテエムの6着と敗れてしまうが、続く宝塚記念ではそのタイテエムを封じ、2200mの日本レコードで逃げ切り勝ち。グランプリホースにき、絶頂期を迎える。

だが好事魔多し。ハマノパレードは次走の高松宮杯で、直線で天皇賞・ベルワイドを突き放しにかかったところで転倒(コースモグラいており、そこに足を引っ掛けたと言われている)
左第一関脱臼および左第一節種子粉砕折という重度の折により、予後不良安楽死処分の診断が下った。
(勝ちはベルワイドではなく「魔性の」、「死神」と呼ばれたタケデンバード) 

……と、これだけで終わっていれば、ハマノパレードは「突然の死を迎えた悲劇の名」の一頭として後の世にられたのだろうが、ファンの届かないところで、後の競馬界に多大な影を与えるとんでもない事件が起こっていたのだ。

ハマノパレード事件

ハマノパレード死亡した(と言われていた)翌日、高松宮杯が行われた中京競馬場所在地である愛知県のと食市場に、一つの"商品"が入荷された。

さくら『本日絞め』400キログラム

市場に並んでいても特に不思議ではない商品だったが、食業者の間で不穏な噂が流れ始める。

「あれは高松宮杯で予後不良と診断されたハマノパレードだ」と。

安楽死処分を執行された物の影により食に転用することは不可能なはずなのに、なぜそんな噂が流れたのか。
この噂を聞きつけたスポーツニッポンの記事により事件が明るみに出て、ハマノパレードの身に降りかかった悲劇が判明する。

にわかったことだが、実はこの当時は予後不良の診断が下った安楽死処分と発表されつつ屠殺されるというのはしいことではなかったらしい。
しかし、グランプリホースの末路とは思えないほどのハマノパレードの扱いに、ファン動物愛護団体から批難が殺到。
日本中央競馬会も動き、「競走中に重度の故障を発症した競走の屠殺を原則禁止」「安楽死の処置は手続きが済み次第即刻行う」という現在安楽システムが導入されるきっかけとなった。

関連動画

ハマノパレード動画ではないが、競走中の故障によって安楽死処分を受けたたち(テンポイントサクラスターオーを除く)

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