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正当防衛

正当防衛とは、やむを得ない事情があれば人を殺しても罪になる法制度である。ここでは過剰防衛緊急避難についても述べる。

概要

犯罪の不成立および減免となる状況を定義した刑法第一編第七章にはこうある。

第三六条 急迫不正の侵に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
2 防衛の限度をえた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。

どういう意味だろうか。噛み砕いて解釈していこう。

不正の侵害って?

不正とは正しくないこと、つまり違法行為である。不正の侵は、相手の行為が違法性のある権利侵行為である、という意味。つまり、

といった加行為が不正の侵となる。

急迫って?

急迫とは、先述した不正の侵現在進行形で行われているということである。過去でも未来でもなく、いままさにの前で発生している、これが法的に急迫性が認められる状況である。

だから、

というのは、不正の侵が行われているのが現在ではないので急迫性は認められない。

突き詰めると、たとえばあなたがコンビニで買い物をしているときに強盗が発生して、勇気を振り絞って取り押さえ、結束バンドで後ろ手に拘束したとする。ここからさらに犯人に暴行を加えることは、急迫性が認められないことになる。なぜなら、拘束して犯人から抵抗を奪った時点で、その犯人からの不正の侵は決着がつき、事態が過去のものとなるからである。

また、あなたが殴られて、その場を立ち去ろうとしている犯人を追いかけて殴り返すことも、やはり急迫性の否定になる。

権利の防衛って?

「自己又は他人の権利を防衛するため」とあるが、ここでの権利とは、われわれが人間らしく生活を営むうえで法的に保護されるべき利益であり、一般的には生命、身体、財産すと考えられている。ちなみに、この3つの権利は等価値ではなく、生命>身体>財産と順位をつけるのが一般的であるようだ。

正当防衛の適用には、防衛の意思があったかどうかも重要な争点となる。不正の侵から権利を守ろうとするだけでなく、厄介ごとに自ら突っ込んでいく姿勢は、この防衛の姿勢が認められない要因になる。

防衛の意思の有は口でなんとでも言えるので、基本的には客観視点から判断されることになる。たとえば、あなたが酔っ払いに絡まれたとする。因縁をつけられたのでちょっとイラッとして、

「おう、やるんか? そんなら殴ってみぃや。手ぇ出したら正当防衛で殺すぞ」

と挑発し返したら、キレた酔っ払いに殴打された。それに反撃して病院送りにしたら、これは防衛の意思が否定され、暴行または傷、あるいは殺人未遂が疑われる可性が非常に高い。

なぜか?

客観的に見て、酔っ払いに挑発したら殴られるという事態は容易に想像できるし、そもそも絡まれたとしても、付き合わずに逃げればいいだけの話である。反撃以外に適当な手段があるわけだ。攻撃以外になんら手段が残されていない状況でのみ正当防衛が成立するのであって、相手に第一撃を引かせるよう積極的に働きかけ、もって反撃したのであれば、たとえ身を守るためであっても防衛の意思が認められない可性が高いのである。

やむを得ずにした行為って?

必要性と相当性がある行為が、やむを得ずにした行為である。

必要性とは、それ以外に適当な手段がなかったという意味である。上述のように、実行使以外に手段を講じることができたのに反撃に転じた場合は、必要性が否定されることになる。

相当性とは、防衛のためにとった手段が必要最小限度であったかどうかが判断基準となる。端的に言えば「やりすぎじゃなかったか」ということである。

たとえば、素手で殴ってきた相手を物で滅多刺しにして殺するのは、相当性が認められにくくなる。また、財布を掏られたのに感づいてその場で犯人を殴打し怪を負わせることも、「財産を守るためにしては過剰」と判断される可性がある。生命>身体>財産だからである。

正当防衛と認められるには

総括すると、正当防衛が成立するには、

  1. 急迫不正の侵があったのかどうか
  2. 防衛の意思があったかどうか
  3. 手段に相当性があったかどうか

この3つの条件をすべて満たしたときに限られるということである。

「いままさに殴りかかられていて、逃げ場もなくて、警察を呼ぶひまもなくて、どうしようもないので素手で反撃した」

という状況くらいでしか正当防衛が認められないことになる。けっこう厳しいような気がするが、正当防衛とは、究極的には殺人をも罪にする法律であり、本来は違法である行為の刑罰を免除するのであるから、ハードルが高いのは当たり前と言えば当たり前なのだろう。

では、具体的に正当防衛を争点にしたケースを見ていこう。

ケース1

会社からの帰路、を歩いていたら、痴漢にわいせつ行為を受けたので、常日頃から携行していた催涙スプレーで撃退した。この場合は正当防衛が認められるだろうか。

催涙スプレーを携行していたのは、痴漢被害に遭う不正の侵に備えていたわけである。しかし、催涙スプレーをバッグにび込ませた時点では、痴漢には遭遇していない。痴漢に遭うかもしれない未来を予期していたのである。これは急迫性が否定されるのではないだろうか。

最高裁判所ではこんな判決が出ている。

 最決昭和52年7月21日(刑集314号747

刑法36条が正当防衛について侵の急迫性を要件としているのは,予期された侵を避けるべき義務を課する趣旨ではないから,当然又はほとんど確実に侵が予期されたとしても,そのことからただちに侵の急迫性が失われるわけではないと解するのが相当であり,これと異なる原判断は,その限度において違法というほかはない。しかし,同条が侵の急迫性を要件としている趣旨から考えて,単に予期された侵を避けなかったというにとどまらず,その機会を利用し積極的に相手に対して加行為をする意思で侵に臨んだときは,もはや侵の急迫性の要件を充たさないものと解するのが相当である。そうして,原判決によると,被告人は,相手の攻撃を当然に予想しながら,単なる防衛の意図ではなく,積極的攻撃,闘争,加の意図をもって臨んだというのであるから,これを前提とする限り,侵の急迫性の要件を充たさないものというべきであって,その旨の原判断は,結論において正当である。」

まわりくどい文章だが、つまり、予期して催涙スプレーを持ち歩いていた程度なら、急迫性は失われないので、正当防衛と認められるだろうという旨である、とも読める。行為前の段階の意思ではなく、を受けたときに防衛の意思があったかどうかが重要なのである。またこの判例では、正当防衛を利用して積極的に加するのはダメだとも述べられている。

ケース2

警察官がパトロール中、リードなしで散歩しているドーベルマンに噛まれ、拳銃を1発、発射し、そのを射殺した。この場合は正当防衛が認められるのだろうか。

飼い犬法律上、モノとして扱われる。だから飼い犬を殺した場合は器物損壊罪で起訴されることになる。

しかし、リードなしでを散歩させた場合、飼いは、が他者に危を加える可性はじゅうぶん予期できたはずである。ドーベルマンはもともとドイツの税徴収官カールフリードリヒルイス・ドーベルマン氏が現を持ち歩く自身の用心棒として作出したとされる種である。現代では優秀な軍用・警備として世界に広まっているだけあって、その出自から、飼い家族外の人間への攻撃性が高く、体格もよいので、素手の人間ではとてもではないが太刀打ちできる相手ではない。

そんなに襲われて、反撃の結果殺してしまって、器物損壊の罪を着せられる、というのは社会通念上、好ましい事例とは言えない、よって正当防衛が成立すると裁判官が判断する可性が高い(絶対ではない)。

ケース3

海上自衛隊のこんごうイージスシステム搭載護衛艦1番艦〈こんごう〉が、単艦での訓練を終了し、帰港の途についていたところ、尖閣諸島付近を通りかかったとき、外の船舶がに領土侵犯し施設建設に必要な資材を搬入しているっ最中だった。さらに、護衛らしき別の武装船舶が、こちらに向かって搭載兵器の12・7mm重機関銃を発。何発か船体に命中し損傷を受けた。

〈こんごう〉艦長は正当防衛として武器を使用し、上陸している外工作員もろとも武装船舶を攻撃することはできるのだろうか。

正当防衛の成立する条件を思い出していただきたい。急迫不正の侵があり、防衛の意思があり、相当性がなければ正当防衛は否定されるのである。

急迫不正の侵は、いままさに重機関銃の連射を受けているので、クリアできていると考えられる。

防衛の意思と相当性の有はどうだろうか。

反撃に用いる手段は必要最小限度に抑えることが相当性の判断基準とされている。素手の相手にナイフを使ってはいけないわけだ。

〈こんごう〉の武装は、127mm単装速射ハープーン対艦ミサイル324mm3連装魚雷発射管、近接防20mm多機関である。

武装船舶は12・7mm重機関銃しか使っていない。機関銃の相手に大砲ミサイルで反撃するのは過剰防衛と判断される可性が高い。また、〈こんごう〉のもっとも小さい武器である20mm多機関も、12・7mm機関銃より口径がだいぶ大きい。よって、〈こんごう〉の武装ではいかなる火器であっても相当性が否定されると考えられる。

なにより、こんごう30ノットで走れるのだから、機関がやられでもしないかぎり、反撃以外に「逃走」という手段があるので、「ほかに適当な手段がない」とも言えない。

また、揚陸中工作員らがこちらに攻撃してきていないのであれば、そもそも不正の侵がないので、上陸した者らへの正当防衛は絶対に認められない(領土領の侵犯があったからといって現場の自衛官の判断で勝手に攻撃できるわけではない)。

よって、当ケースで〈こんごう〉が可な行動は、「退去勧告を出す」「とっとと撤退する」ことだけである。揚陸作業中の工作員らびに武装船舶への攻撃は、政府が上警備行動または防衛出動を発令してからになるだろう。

過剰防衛

冒頭にあるとおり、正当防衛を定義した刑法第三六条2項には、

防衛の程度をえた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。

とある。これは一般に過剰防衛と呼ばれている。

たびたび出てきた、素手の相手にナイフで反撃したケースなどが過剰防衛と見なされる一例である。

過剰防衛には2種類ある。質的過剰と、量的過剰である。

素手の相手に器を使う、機関銃の相手にミサイルを使うことなどが質的過剰。

相手が化したあともさらに攻撃を加え続けることを量的過剰という。

つまり、相当性が認められれば正当防衛、認められなければ(やりすぎたら)過剰防衛である。

正当防衛について勘違いされがちなこと

過剰防衛と見なされると通常どおりの刑罰が科される?

NOである。条文を見るとわかるが、過剰防衛と見なされても、情状酌量されれば通常よりは減刑されることとなっている。過剰防衛正当防衛の一種なのだ。過剰防衛と見なされた、というより、行為が過剰防衛であると認めてもらった、といったほうが正しいだろう。

「反撃しなかったら死んでただろうけど、それはちょっとやりすぎだよね」というのが過剰防衛である。正当防衛とまでは認められないが、反撃以外に手段がなかったことは確かだし、非はあちらにあるのだから、抵抗もせずに殺されておけ、というのはあまりにひどすぎる。なぜなら正当防衛過剰防衛を行使されて負傷・死亡した側はそもそも犯罪者だからである。あくまで「やりすぎではあるけど、身を守るための防衛行為だった」のだ。

よって、正当防衛が認められない=全有罪ではないのである。

暴力を数値化するのはむずかしいが、たとえば、暴があなたに100暴力を振るったとしよう(暴力の数字が大きいほど刑が重くなると考えてほしい)。命の危険を感じたあなたはやむを得ず150暴力を以て相手を殺してしまった。裁判の結果、正当防衛にしては過剰ということで過剰防衛が適用されることになった。

これがただの殺人事件ならあなたは150暴力について罪を問われるのだが、今回は過剰防衛だった。あなたになんの落ち度もないのに相手が100暴力先制攻撃してきたのだから、100暴力で反撃することは正当防衛が成立する。しかし150はやりすぎだった。ということで、オーバーした50暴力ぶんについてのみ刑が科されるということになる。刑が減軽されるということのイメージはこれでだいたいあってる

正当防衛を主張する側はそれを証明しなければならない?

仮に、あなたが路上で見知らぬ男性レイプされかけて、抵抗して突き飛ばしたら、男性が縁石に後頭部を強打して死んでしまったとする。警察にあなたは事情を説明し正当防衛だとした。すると刑事がこう言った。

正当防衛だというのならそれを明してみろ」

ドラマなどでよく聞く台詞である。では責任正当防衛する側にあるのだろうか。

答えはNO。

正確に言うと、「あなたが正当防衛でなかったことを明できないかぎり、検察はあなたを有罪にはできない」である。

というわけであなたに自身の正当防衛明する義務はないのだ。なぜなら、あなたが最初から殺意を持って男性を殺したのか、それとも本当にレイプされかけての正当防衛だったのか、都合よく監視カメラで撮影でもされていないかぎりは立不可能だからである。

こう書くと正当防衛だとをついて罪を逃れるやつがいるのでは」と疑問が浮かぶが、現代の法の基本は「疑わしきは罰せず」である。100人の犯罪者罪になってしまおうとも1人の罪の者を罰しないことを優先すべきだし、実の拠がない者を罰するのではなく有罪の拠がある者のみを罰するのが大原則なのである。

すなわち、有罪の者を罪にしてしまうことは許されるが、実の者を有罪にしてしまうことは絶対に許されないわけである。

この法の精に則り、正当防衛でないと明されないかぎりは、あなたが罰せられることはないし、あってはならない。

緊急避難

刑法第三七条にはこうある。

 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じたが避けようとしたの程度をえなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度をえた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。

なんだか正当防衛の条文と似ている。ではどんなときに緊急避難が適用されるのだろうか?

あなたの住む町に津波が迫っている。すぐに避難しなければならない。だが走って逃げていては到底間に合わない。波濤がすぐそこまで押し寄せている。

そんなとき、あなたは自転車に乗って逃げている人を見つけた。あなたは彼から自転車を強奪し、それに乗って避難し、一命をとりとめた。しかし、あなたに自転車を奪われた人は津波み込まれて死んでしまった。

この場合は緊急避難が適用され、あなたは罪になる可性が高い。なぜならほかに手段がなかったし、自転車を奪わなければ死んでいたことは明だからだ。

ただし、自転車を強奪するさいに相手を殺までしていた場合は、まったくの罪とはならない可性がある。

また、正当防衛が「不正の侵をしてきた相手からの防衛」であり、あくまでも相手に非があるのに対し、緊急避難は、「なんの落ち度もない第三者に不利益を押し付ける」行為にほかならないので、正当性が認められるための要件は正当防衛よりとても厳しくなる。

最たるものは、法益の権衡であろう。条文にあるとおり、があなたと相手とで均衡を保っていなければならないのだ。

正当防衛なら、そもそも相手が悪いのだから、法益の権衡は「ある程度の均衡があること」とちょっと幅を持たせている。やりすぎたら過剰防衛だが、ちょっとくらいなら受けた損を上回るを与えていてもかまわないと解釈されるのが普通である。

しかし緊急避難では、法益は全に均衡が取れていなければならない。かならず、自転車を奪わなかったときのあなたのより、奪われた相手ののほうが小さくなくてはいけない。あなたが自転車を奪わなくても避難できていたと明されたら、緊急避難は認められないということになるだろう。

民法における正当防衛

正当防衛といえば、とくに注釈がなければ、一般的には刑法第三六条をすが、民法にも正当防衛の条文が存在する。

第七二十条  他人の不法行為に対し、自己又は第三者の権利又は法律上保護される利益を防衛するため、やむを得ず加行為をした者は、損賠償の責任を負わない。ただし、被害者から不法行為をした者に対する損賠償の請を妨げない。
2  前項の規定は、他人の物から生じた急迫の危難を避けるためその物を損傷した場合について準用する。

だいたい似たような文面だが、損賠償が々というくだりが、刑法正当防衛との相違点であることに気づくだろう。

例えば、あなたが加者に暴行を受け続け、身を守るため殴り返したら、自慢の右クロスが相手の眼球に命中し、網膜剥離を起こさせてしまったとしよう。刑法では正当防衛が認められたが、相手が民事訴訟を起こし、その裁判において、民法上の正当防衛が認められなかったら、あなたが敗訴する(=損賠償を支払う)ことになる、というわけである。

一般論としては、刑法での正当防衛が認められれば、民事裁判でもおなじ判断がなされる蓋然性が高い。しかし刑法民法では裁判官が違うし、観点も手続きも異なる。よって、刑事責任は負わずにすんでも、民事責任を負わされることになる状況もありうるのである。

具体的なケースとしては、

自動車の運転席に乗っていた被害者に、加者が執拗に暴行を繰り返したため、被害者は自動車を急発進させた。加者が民事訴訟を提訴。被害者側の正当防衛成立しないとの判決が出された(甲府地裁昭和55年11月11日

ちなみに、上記の網膜剥離の例え話も、実際にあったケースである。

者が暴行を加えてきた。被害者は素手で反撃。加者は網膜剥離を起こした。加者は損賠償をめて提訴した。反撃が強であるとして、正当防衛成立しないという判決が下された。(東京地裁平成3年12月25日

刑法正当防衛民法のそれとの違いをより明確にするために、先述したケース2「ドーベルマンに襲われた警官が拳銃で射殺した」例で考えてみよう。

警察官側になんら落ち度がなかったにも関わらず、職務中に暴な猛に襲われ、素手ではとうてい抵抗できず、人間よりのほうが足も速いため逃げようにも逃げられない切迫した状況に追い込まれ、やむなく携帯していた拳銃でドーベルマンを射殺。ドーベルマンは飼いの所有物であるため、それを殺した警察官は本来なら器物損壊で起訴されるところだが、生命の危機という不正の侵があったこと、素手では身を守れない、すなわち相当性があったこと、反撃以外に適当な手段がないので必要性もあったこと、以上、3つの要件を満たしているとして、刑法が定めるところの正当防衛が認められ、警察官は不起訴(もしくは罪判決)となった。

ところが、本件の発生時くだんのドーベルマンを放し飼いにしていたのは飼い本人ではなく、飼いにドーベルマンの散歩を頼まれた知人だった。飼いは、リードなしで散歩させた結果、警察官にが襲い掛かり、射殺される事態にいたってしまった。ちゃんとリードを着けておけば今回のような悲劇は起こらなかった」として、知人に損賠償をめて民事裁判を起こした。を殺したのは警察官だが、その事態を招来したのは知人であるから、間接的に知人がドーベルマンを殺したも同然だ、だから賠償責任がある、という理屈である。

なんじゃそりゃと思われるかもしれない。ここでもういちど、民法720条の2項を確認してみよう。

2 前項の規定は、他人の物から生じた急迫の危難を避けるためその物を損傷した場合について準用する。

ドーベルマンは他人には暴な一面を見せる種だ。殺傷もある。そのようなを、不特定多数の人間と遭遇するであろう屋外において、リードなしで散歩させた場合、第三者に危を加える危険性があることはじゅうぶん予見できる。さらに突き詰めて、パトロール中の警察官に牙をむき出しにして襲い掛かり、反撃として射殺されることもあるかもしれない。この事態を予測できた(あるいは予測しておくべきだった)のであれば、間接的とはいえドーベルマンを死に追いやる原因を作ったのは知人である、と裁判所が判断する可性がある。

こうなるとドーベルマンを損傷したのは知人だと認定されるのである。しかし、知人本人は急迫の危難など受けていない。だから、急迫の危難を受けていないにも関わらずその物を損傷したということになり、知人に飼いへの賠償命令の判決が下されることもありうる、というわけである(これはあくまで例え話であって個々のケースによって判決は異なることをご了承いただきたい)。

最後に

世の中は物騒になったと言うが、実際、ただ通勤途中に事件に巻き込まれる可性は0ではない。しかしそのときになって、

「この状況は不正の侵だし、急迫性も認められるはず、また手段の相当性は……」

などと考えているひまはないだろう。また、最終的に正当防衛だと認められても、警察に事情を聞かれ、留置場に放り込まれ、調書をとられ、場合によっては地検に出頭と、面倒な手続きが待っているのは必至である。警察とか検察はわりと気で平日に呼び出したりするので仕事にも支障がきたすだろう。正当防衛を勝ち取ってもそれで経済的に得するわけではない。罪になったというだけである。

したがって、身の危険を感じたら、正当防衛を錦の御旗に立ち向かうのではなく、とりあえずは「逃げる」ことを強くお勧めする。逃げてもなお反撃せざるを得ない状況に追い込まれ、逮捕されてしまったら、正当防衛である旨を説明し、早急弁護士を呼ぼう。そのプロである警察に向こうのホームである警察署に連行されたら、全アウェーの素人がたったひとりでできることは少ないのである。

最後に、先人の含蓄に富んだ俚諺を引用して筆を置きたい。

君子危うきに近寄らず

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