ビッカース VC-10(Vickers VC-10)とは、イギリス・ビッカース社が開発したジェット旅客機である。
米ボーイングのB707、ダグラスのDC-8と並ぶ第一世代ジェット旅客機の代表格といえる機体。
当時世界各国、特に旧植民地方面への路線を多数運航していたBOACの要望に応えて設計された機体であり、B707やDC-8と違い悪条件でも安定した運航・離着陸ができる性能を重視した設計となっている。
かつてイギリスと言えばドイツと並ぶ航空産業のリーダーであり、特にエンジンに関しては他国の追随を許さないものがあった。
世界初の実用ターボプロップエンジン、ロールス・ロイス ダートを製品化し、さらにはこれも世界初のジェット旅客機、デ・ハビランド DH.106「コメット」を就航させるなど、航空機の発展で主導的な立場となっていた。
しかし、旅客機市場で遅れを取りまくっていたアメリカ・ボーイングが一発逆転の切り札として文字通り突如としてジェット輸送機、B367-80を発表。(もっと正確に言えば「新しい輸送機・モデル367-80っての作るよ!」って公表自体はしていたけど、それがプロペラ機じゃなくてジェット機だってことを隠すために今までのレシプロ機のモデルの続きで"367"というナンバーを付けていた)
当初は「軍用輸送機」として登場したものの、この機体が民間向けの旅客機としてデビューするのは時間の問題であった。
一方、当時のイギリス民間機業界のフラッグシップ機であるコメットは空中分解事故を連発したお陰で飛行停止状態。
事実上ライバルがいない状態となったモデル367-80ことB707は順調に受注を伸ばしていった。
やむを得ずBOACもB367-80の民間向けモデルである、B707を国際線用の機材として発注するに至る。もちろんエンジンまで新大陸のモノだなんて紳士のプライドが許すわけには行かないので、ロールス・ロイス製のエンジン(RRコンウェイ)に変更してやったさ!
…しかし、このB707。調べてみると実はBOACの運航する路線ではちょっと使いづらい…いやもう素直に言おう。はっきり言って「不向き」な面が多数あることが判明した。
まず滑走距離の長さ。
B707はジェット機対応の長大な滑走路が整備された、先進国の大型空港から発着するのが前提の機体である。
どういうことかといえば、長い滑走距離を必要とするため、特にBOACにおいては空港整備の進んでいない旧植民地の空港では危なっかしい、あるいはそもそも離着陸できないというケースも多数あった。
次に悪路への対応。
これもB707は滑走路がしっかり整備された先進国の空港で発着するのが前提であり、滑走路が整備されていない「ダートコース」の空港ではちょっと離着陸が難しいことも判明した。
もひとつおまけにクソ暑い環境や、空気の薄い高地の空港だとエンジンのパワーが全然出なくて露骨にパワー不足になる。
要するに、(当時の)B707はいわば「オンロード専用機」だったのである。
泣く泣く買ってみたB707は旧植民地の空港では危なっかしいし何より親を見限った新大陸の機体など変態紳士としてのプライドが許さない。
だが機体の規模の小ささから来ているとはいえ、旧植民地の空港でも安全に離着陸できるコメットは飛行停止中。たとえ復帰したとしても旧式化したコメットでは運航コストがかかりすぎて採算取れない。改良型コメットは出遅れている。
さてどうすればいい。
???「落ち着け、落ち着くのよイギリス…
使える飛行機がないのなら…飛行機を作っちゃえばいいのよ!」
そう、ないなら作ってしまえばいい。(ンフフーン♪)
「悪条件でも安定して離着陸できるジェット旅客機」を作ってしまえばいいのだ。
うまく行ったら「滑走路短くても使えるジェット機だよ!ローカル線のジェット化に是非!」と他国にも売り込めるかもしれないし。
そういうわけでBOACは国内の航空機メーカー各社に「旧植民地の空港でも発着できる新型ジェット機がほしいの!」と打診。
その中から選ばれたのが、戦艦金剛で日本でもお馴染みのビッカースが出してきた「VC-10」だったのだ。
VC-10は当時の他のジェット旅客機と比べると非常に独特な外見をしている。
エンジンは当時最新鋭のターボファンエンジン、R.R.コンウェイを4発使用し悪条件下でも大推力を保証する。
それらは胴体後方に集約され、主翼は何もついていないクリーンな状態となった。
クリーンになった主翼にはこれでもかというほどに高揚力装置を詰め込み、当時世界最強とも言われたSTOL性能を実現(この辺りはB727にも似ている)。ビッカースのぉぉぉ、STOLはぁぁぁ、世界一ぃぃぃぃぃーーーー!
一方で「そんな重装備は必要ねえ、その代わりもっといっぱい乗れるのない?」という声にも応えて、「旧植民地向け装備」を省略する代わりに胴体延長をして収容力を強化した「スーパーVC-10」もラインナップに加える。
ダメ押しで当時のアメリカ製旅客機には採用さえされていなかった自動操縦装置まで完備。これ以上何を望むというのだ、超音速か?それとも二階建てか?
ふー、みんなVC-10を発注したくなるわ。他のどんな機体よりもね!
しかし、全てが遅きに失した。
VC-10が就航したその時、ライバルたちはとっくに定期旅客輸送に入っていた。
(B707→1958年就航、DC-8→1957年就航、CV880→1959年就航 VC-10→1962年初飛行。初飛行の時点でボーイングもダグラスもコンベアも客乗せて飛んでるじゃないか!)
もちろんその頃にはB707もDC-8も滑走距離の長さの問題を改善済みであり、BOACの要求に合わせた特殊装備満載で価格が高くなったVC-10の入り込む余地などなくなっていた。
さらにVC-10の特殊なエンジン配置も後に響いた。
VC-10はリアエンジン方式(機体後方にエンジンを取り付ける。B727やDC-9、あるいはビジネスジェットなどで見られる配置)の上、その数も2~3発ではなく4発である。
これは後年、燃費と静粛性に優れる高バイパス比ターボファンエンジンへの換装が非常に難しいということを意味していた。
エンジン2発くらいならDC-9→MD-90みたいに何も考えずに最新型高バイパス比ターボファンにすげ替えてしまうのもできなくはないが、4発ではかなり難しい。というかぶっちゃけ不可能。
(余談でありが、ただでさえ特性がターボジェットに近い低バイパス比ターボファン、それもターボファンの中でも黎明期のモデルであるコンウェイを搭載したVC-10の騒音はかなりのものであり、遠くからでも「あ、VC-10が来た」とわかるほどであったと言われている。それでもまあ、超音速の排気100%で推力を生み出すターボジェットに比べりゃ幾分マシだが)
ただでさえ燃料大食らい(その上爆音)の低バイパス比エンジンをどどんと4発も搭載したVC-10の燃費がどのようなものであったかは、本機が民間航路から退役した後に生まれたしかも素人の編集者でも容易に想像が付くものがある。
それにオイルショックが追い打ちをかけたお陰でVC-10は短命に終わり、通常型のVC-10は1970年代に大西洋路線を引退、比較的収益性のいいスーパーVC-10も1980年代初頭に定期旅客輸送を引退している。
その後は軍用タイプ(空中給油機として使用されていた)がRAFで活躍していたが、2013年9月のフライトを最後に軍用タイプもA330ベースの空中給油機に役目を譲り、退役した。
生産数こそノーマルタイプ・スーパー合わせて64機と旅客機としては少数しか生産されなかったVC-10であるが、我が国においてはBOACが日本路線で使用していたこと、そして何よりイギリス王室専用機としても活躍し、日本にも少なからず飛来した事により案外馴染み深い機体である。
で、このVC-10だが、実は旧ソ連(現ロシア)にパク…もとい「腹違いの兄弟」がいることをご存知だろうか。
その名はイリューシン Il-62である。
本機はソ連のスパイがビッカースからVC-10の設計図を盗み出したことにより誕生した、いわば「盗作」であるといわれている。
(まあ実際、ソ連崩壊後に元スパイが「あれはイギリスの飛行機の盗作だ。俺が情報を盗んだ結果がこれだよ!!!」と発言しているわけですが。ついでに言うならビッカースの工場を見学に来た旧ソ連の関係者が特性の靴を履いており、そこで入手した金属くず(工場の床に落ちていたのを靴の裏にくっつけてお持ち帰りした)も解析したこともわかったそうですが…おや、誰か来たようだ)
とまあ、生誕に関して黒い噂だらけのIl-62であるが。
実は「元ネタ」のVC-10含めて、当時のソ連の国情に非常にマッチした機体だったのだ。
まず思い起こしてほしい。そもそもVC-10は「悪条件だらけの旧植民地の空港でも安定して離着陸ができる機体」として設計された機体である。このため滑走路が短いとか、不整地だったりとか、高知で空気薄くてパワー出ないとかの悪条件だらけの飛行場にはめっぽう強い。
一方で当時のソ連の空港はそりゃあもうひどいもんである。今はどうかは知らないが。
なにしろ、
こんなのがそこかしこにあったのだ。
こんなハチャメチャな空港だらけのソ連に、強力なSTOL性能を持ちなおかつ不整地着陸にもめっぽう強いIl-62と、その「元ネタ」であるVC-10がマッチしていたのは言うまでもない。
なんだかんだで210機以上が製造され(VC-10の3倍以上!)、共産圏の空の足として現在でも活躍している。
まあその後継機であるIl-86が微妙だったから、仕方なく未だにIl-86を使っているという側面もあるらしいが。
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最終更新:2024/04/20(土) 09:00
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