この動画の元はFlash動画「慟哭」である。初出は2002年末あたりだっただろうか。どなたかご存じの方がいらっしゃるようなら補追願いたい。
この元ネタFlashは、Square制作のMMORPG「Final Fantasy XI」(以後「FF11」)において、漂白時代の黒魔道士(以後「黒」)メインだったプレイヤーの心情を見事にまとめあげたことで当時の多くのプレイヤーの共感を得た、珠玉の傑作Flashである。
純粋に空耳として聞くと、非常に苦しく、こじつけにもなっていない部分が多々見受けられるのだが、この動画では、それを尋常でない勢いでたたみかけることによって「そのマイナスをとり返す」のではなく、タイトルである「慟哭」を表現するための糧とすることに成功している、希有な例である。
前提知識なしに見てもそれなりに凄さが分かる動画ではあるが、この動画の凄さを真に理解するには、当時のFF11での黒の立場を知る必要がある。下記に超長文にてまとめておく。
○時代背景
初期のFF11では、ある程度以上にレベルが上がってくると、1人で経験値をもらえる敵を倒すことがだんだん困難になり、6人程度のレベルが近い者同士でパーティを組んで、倒せる限りの強い敵を倒し続けてゆく方が、一人で勝てる経験値をもらえる敵を倒し続けるよりもかなり効率が良くなるバランスとなっていた。
FF11のサービス開始直後には、戦士、モンク、シーフ、白魔道士、赤魔道士、黒魔道士の6つのジョブがあったが、それぞれ物理攻撃&盾、物理攻撃、戦利品の入手率改善、回復、魔法補助、魔法攻撃というように役割分担をすることにより、複数名でパーティを組めば、ただ同じジョブを6人揃えるよりも機能が高まるように設定されていた。
しかし、レベル上げでは戦利品よりも経験値が欲しいものであり、金策はソロで行った方が効率がよい関係もあってシーフは不要であるだとか、性能的に回復役としても魔法攻撃力としても半端な赤を入れるくらいならそれぞれの専門職である白か黒の方がいい、というような、目論見と現実のズレが大きく、なかなか綺麗にこの6ジョブが揃うようなバランスにはならず、Squareはなんとか理想的なパーティがジョブがばらけたものになるようにとたびたびバランス調整を行っていた。
このバランス調整ではさまざまな問題が起きては調整され解決(?)されていったのだが、ある日、黒にとって非常に致命的な調整が行われたことが、この動画にあるような慟哭を生むきっかけとなったのだ。
発端は、強敵相手に多くの黒で順に精霊魔法を当てていくことにより、黒Aの精霊魔法が当たる→敵が黒Aを殴りに向かう→黒Aが殴られる前に黒Bの精霊魔法が当たる→敵が黒Bを殴りに向かう→黒Bが殴られる前に黒Cの・・・というように、敵に殴られることなく延々と攻撃だけ当て続けて倒せてしまうという戦術(精霊ピンポンと俗称される戦術)の存在が広く露見したことであった。
当時、精霊魔法にはレジストという概念がなく、敵のレベルに関係なくほぼ同じダメージを当てることができていたため、上記の戦術をうまく使うと、本来なら倒せないようなレベルの敵でも(全員のMPが尽きない限り)倒せてしまうため、通常なら自分たちのレベルが上がることで狩場の変更が必要になって、そこで狩場移動などの手間を払う必要があるところが、より長時間に渡って同じところで同じ作業を繰り返すだけでレベルを大きく上げることが可能だったのである。
この問題への対策として、Squareは精霊魔法にレジストという概念を導入した。強敵相手だと精霊魔法は高い確率でレジストされてしまい、精霊魔法では通常の1/2、あるいは1/4のダメージしか与えられなかったり、場合によっては全くダメージを与えられなくなったりするようになったのである。
この修正手法自体は非常にまっとうなものだったが、問題はバランスだった。
前述の通り、当時のFF11では、6人で倒せる「可能な限り強い敵」を倒すことで1匹当たりの経験値を高めて、単位時間あたりでもらえる経験値(=時給)を高める手法が主流だった。
つまり、6人で戦う場合、敵のレベルはプレイヤーのレベルより大きく高かったのである。しかしSquareは、レベル差による補正を、自分より少しだけレベルが高い敵が相手でも、ほぼまともに精霊魔法が入らないように設定してしまったため、パーティ戦闘という条件の下では、黒は魔法による攻撃力という要素で機能を担うことができなくなってしまったのである。
しかし不幸中の幸いにして、黒には上記6ジョブ中で最も多いMPがあった。このため、メインジョブの半分のレベルではあるとはいえ、キャラが習得している他のジョブの能力を1ジョブだけ同時に得ることが可能なサポートジョブシステムを利用することで、サポートジョブを白とし、回復役として生き残る道が残されたのである。
当時、赤はまだ中途半端で使えないジョブであった(弱体魔法やMP回復手段等での強みが出て来るのはまだ後の話)こともあり、後衛ジョブである白黒赤の3種のジョブから誘うなら、白がいない場合にはMPが多い黒でも、という風潮となったのである。
この結果、精霊魔法で敵に大ダメージを与えることを好んで黒というジョブを選んでキャラクターを育ててきたにも関わらず、パーティに入ると回復魔法であるケアル以外を求められずに終わることを余儀なくされることとなり、ジョブは黒であるはずなのにやっていることは白と同じ、まるで漂白されてしまったようだ等と自嘲する者が現れ、この逆境の時勢を表す言葉として、「漂白時代」という言葉が生まれた。
この漂白時代(2002/7/9~)は、2003/10にクリアマインドの実装によるMPの確保と、レジスト状況を大幅に改善できる属性杖の登場によって改善されるまでの、実に1年以上にわたり続いたのである。
作品中で「二ヶ月ぶりのファイアー」というくだりがあるが、これは決して大げさに言っているのではない。当時黒をメインジョブとして使っていた筆者は、実際に半年以上精霊魔法をネタやソロ以外で唱えたことがなかった。
そんな状況の中、この作品に出会った筆者が何をしたかは想像にお任せする。とりあえず同志は多かったとだけ書いておく。
○黙れ寝釜:
寝釜とは読んだ通りネカマ。つまり「ネット上でのオカマ」を意味する。ネット越しでは文字情報からしか相手の素性を量ることができないため、性別すら騙ることはたやすいことから、ゲーム中では性別・性格を偽り、異性の歓心を買いたい、特に哀れな大多数の男性から優遇を受けようとする者のことを指す。基本的にネカマはそのような背景を前提とした蔑称であるので注意されたい。
もちろん、単純にキャラクターの役を演じて(ロールプレイ)楽しみたいために女性を装った言動を行う者ももちろんいるのだが、この動画の場合は、上記のような汚い魂胆のもとそうしていることを見抜けてしまえていたことも黒がブチ切れた原因の一つだと思われるので、そのようなレアケースを考慮する必要はない。
○黒魔はそういうJOBだ:
黒は元々精霊魔法を撃つジョブなんだという主張。
○多段WSと比べれば~:
WSとは、ウェポンスキルの略である。このWSとは、殴るなりするごとに貯まるTP値が100以上になった時に放つことが可能になる特殊な攻撃技である。漂白修正により精霊魔法というダメージソースを失ったPTは、それに変わるダメージソースとして、ほぼ同時期に各武器に追加実装された多段攻撃WSに移行した。
従来WSは、基本的にはTPを上限の300近くまで溜めるなどするか、短時間の間に特定の順番でWSを撃つことで生み出される連携ダメージを得ない限り、通常攻撃1回と大差ないダメージしか与えられなかったが、多段WSは1回の発動で複数回HITすることで、TP100付近で発動してもその回数倍のダメージを期待できるのだ。
このため、連携のためにTPを無駄に100を越えて溜めるよりも、100貯まった時点ですぐ撃ってしまう方が効率がよくなり、座ってMPを回復する必要がある精霊魔法よりも効率よく与ダメを稼げるようになっていたのである。
○補助ケアルもするし:
ケアルは回復魔法のことであり、本来白の仕事である。仮に黒が精霊を撃つとしても、別に回復の手伝い=補助までしなくなるつもりはないのだからいいでしょ?という話である。
しかし現実的には、高位回復魔法を持たないがMPが多い黒が低位回復魔法を連発し、それでも回復しきれないような場合に白が高位回復魔法で回復するというスタイルの方が安定していたため、まわりはそれを許してくれないものであった。
○MBくらい~:
MBとはマジックバーストの略であり、上述の連携ダメージが発生した後、一定時間内に特定の属性(土水風火氷雷闇光の8種・精霊魔法は闇光を除いた6種が存在)の魔法を当てることで、通常よりもレジストされづらくなり、MBしない場合と比較して高い威力のダメージを与えることが可能となるという要素である。
漂白前には連携+MBを軸に戦闘計画を組み立てるほどだったのだが、漂白時代に入り、多段WSの項でも挙げたように、連携すること自体の価値が下がり、またMBしてすらレジられることもあるなどしたため、これも実際にはあまり受け入れられなかった提案である。
○脳筋!お前がサポ白にして~:
脳筋とは、脳まで筋肉でできている者、つまり考えずに動いている前衛のことを指す蔑称。ちゃんと対応すれば避けられたダメージを無駄に食らう者に対してよく使われる。そもそも黒は黒であるだけでは回復魔法を持っておらず、サポートジョブを白にすることで初めて、回復魔法を利用できるのである。つまり、前衛でもレベルが同じ者がサポートジョブを白にすれば、黒サポ白が使えるのと同じ回復魔法を全て利用可能になるのだ。
だからこそ、そんなに回復して欲しいならお前がサポ白にして自分でやれと黒は主張しているのである。
実際には、元々MPのない前衛がサポ白にしたところで、回復魔法2回分程度しかMPがないので現実的ではない選択である。
○ナイトはサポシかい!:
当時のPTにおけるナイトの仕事は、PTが受ける攻撃を、防御力が高い自らに集めることで、PT全体として食らうダメージを減らすことであり、サポートジョブとしては、敵の注意をひきつけることができるアビリティ「挑発」を使えるようになる戦士一択であった(現在では他のサポートジョブでもよい状況が多く見いだされている)。
しかし、金策などの一人での活動を行う場合、戦利品が増え、足が速くなり敵を振り切ることが可能なアビリティ「とんずら」で逃げることもできる上、「盗む」で敵からアイテムを直接盗むこともできる、またナイトはナイトであるというだけで自己回復ができることなどから、サポートジョブにシーフを付けて活動する者が多かった。
ここで黒が怒っているのは、PTのためにと自分は黒であるにも関わらず精霊魔法を我慢してケアルだけしか唱えていないのに、なぜナイトはPTのためには役に立たないサポシで来ているのか、という点にある。このあたりから黒が自分勝手なPTメンバーにキレ始めていることがわかる。
○リンク:
リンクとは、敵Aと戦闘すると、それを感知した敵Bも戦闘に参加してくることである。
通常はこうならないような位置取りで戦闘するものであり、そうした上で、なおまわりの敵の動向には注意するものである。後衛は基本的に魔法詠唱中には移動できないこともあって、移動せずともよい場所に立つものであるため、このような場合、感知されたのはほぼ例外なく前衛であり、前衛が周りの警戒を怠ったことが原因である。
○詩人寝てんナ!:
敵がリンクした場合には、基本的にリンクした敵を寝かしてしまうことで、その間に今戦っている敵を倒してしまい、敵が1体の状況を維持するのが一般的である。
ことに当時のPTプレイでは基本的に一人ではとても相手できない敵が戦闘相手であるため、それ以外の方法はほぼないと言える。
そして、寝かし手段は後衛が持っているのだが、後衛が白黒詩であった場合、即座に寝かしに行ける見込みが高いのは詩であることから、リンクの対処(特に初動)は詩人がやるのが一般的であった。
黒は低位回復魔法を連射しているため、大抵は気づいた時には何らかの魔法を詠唱中であり、とっさには寝かしをする余裕がないし、白もリンクした敵と元々やっていた敵の両方から殴られる前衛のために回復に参加しているだろうからである。
そのような事情で真っ先に動くべき詩人が対応していないため、詩人(の中の人)は寝ているものと決めつけることで、早急な対処を促そうとしたわけである。
○/p <call1> ~:
パーティーメンバー全員のPCでアラーム音を鳴らさせるコマンドである。callの後の数字で音が異なる。
戦闘中も含め普段は鳴らない音であるため、画面から目を離しているプレイヤーの注意を引きやすい。ここでは黒が詩人を呼び戻そうとしている。
○顔文字UZEEEEEEEE!!!:
緊急時に顔文字込みで人に対処依頼してる暇があったら自分でなんとかしろ、そもそも詩人の仕事なんだから詩人に頼めよ!という話である。このことが、黒がブチ切れるとどめとなったと言ってよい。
○えすけぷして~(><):
えすけぷ=エスケプ。黒が使える魔法であり、一定範囲内にいるパーティメンバー全員ごとダンジョンから脱出することができる。主にこのような状況から脱出するために使われていた。が、この黒は・・・時既に時間切れであったと言わざるを得ない。
○鯖板に晒しますね:
FF11は多くのプレイヤーを1つの世界に同居させるタイプのゲームであるとはいえ、一つの世界に全プレイヤーを同居させてしまうと、システム的な処理能力的な問題はともかくとしても、全員が同様な行動を取ることによる混雑も尋常ではなくなってしまうため、機能的には同じ世界を複数作って振り分ける形で運営されている。
この世界群にはそれぞれ「○○サーバ」と名前が付けられているのだが(この場合で言う○○サーバとは物理的なサーバ1つで構成されているわけではなく、正確にはサーバ群と呼ぶべきものである)、プレイヤー側ではこれを「○○鯖」とさらに略記して呼称していた。
さて、この鯖はそれぞれ機能的には同じものではあるが、中で活動している者が異なるため、2ch他の掲示板では、鯖別にスレッドを立てて、その中でローカルな情報のやりとりを行うようになっていたが、このローカルな情報の中に、他PCの妨害行為や詐欺行為を働くような酷い行動を取るプレイヤーのキャラクター名が注意喚起として取り上げられるようになるのには時間はかからなかった。
特に酷い者という意味で名前を書き込む行為は「晒し」と呼ばれ、晒されたキャラクターは、LSやPTのメンバー募集等に応募しても、晒されているからという理由で断られたりする場合が出て来るなどの不利益を被るようになることで、プレイに支障が出る場合があり、協調性がないプレイヤーへの最後通告として使われるようになっていった。
ここまで読んでいただいた方には、ぜひともこの背景状況を想像した上で再度この動画を見直していただきたい。そこにはきっと新たな発見があることだろう。
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