カタルーニャサーキットとは、スペイン北東部・カタルーニャ州バルセロナにあるサーキットである。
F1のスペインGPや、MotoGPのカタルーニャGPが開催される。
名称
正式名称はカタルーニャ語表記でCircuit de Barcelona-Catalunyaというものである。TwitterなどのSNSではその表記を前面に書いている(Twitter、Facebook)。ちなみにこれをカタルーニャ語読みするとシルクィート・デ・バルセロナ・カタルーニャとなる。
F1やMotoGPは、カタルーニャ語表記を尊重してCircuit de Barcelona-Catalunyaと表記し、「サーキット・バルセロナ・カタルーニャ」と英語風に発音する(F1公式動画、MotoGP公式動画)。
英語圏の人はCatalonia Circuit(カタロニアサーキット)と呼ぶことが多い。カタルーニャ州を英語で呼ぶとCatalonia(カタロニア)になるからである。
日本語圏ではカタルーニャサーキットと呼ぶ例と、カタロニアサーキットと呼ぶ例がある。前者はカタルーニャ語と英語が混じっていて、後者は英語で統一している。
日本でMotoGPのテレビ中継をするG+はカタルーニャサーキットという呼称を採用している。日本語版Wikipediaではカタロニア・サーキットという表記で記事を立てている。
サーキットがある自治体の名前はMontmeló(モントメロ、モンメロ、ムンマロ)であり、これをこのサーキットの愛称とすることがある。
略歴
サーキット建設とバルセロナオリンピック
1986年10月3日に、カタルーニャ州議会が全会一致で「新しいサーキットを建設するために行政機関が協力することを要求する決議」を行った。
1986年10月17日に、1992年の夏季オリンピックをバルセロナで開催することがIOCの総会で決定した。
バルセロナオリンピックに向けてサーキット建設計画が進み、1989年2月24日に工事が始まって1991年9月10日に開業した。
開業直後の1991年9月29日にはF1スペインGPが行われた。1992年7月のバルセロナオリンピックには本サーキットと高速道路C-33で102.8kmを走る自転車競技が行われた(記事)。
サーキット建設に関わった人たち
このサーキット建設に関わったのがバーニー・エクレストン(F1界のボス)、カルメロ・エスペレータ(ドルナCEO)、マネル・アロヨ(後のドルナ重役)である。この縁でカルメロはバーニーと友人になり、レース運営を深く学習した。
1992年からカルメロ率いるドルナは国際モーターサイクリズム連盟(FIM)からMotoGP運営を託されることになった[1]。
F1
カタルーニャサーキットにおいてF1のスペインGPが1991年から2020年の時点まで開催され続けている。開催時期は5月で定着している。
F1は開幕から数戦をアジアやオセアニアで行い、5月のヨーロッパラウンド初戦をカタルーニャサーキットで行う事が多い。
温暖な気候なのでF1各チームが本サーキットをテストコースとして多用している。このため各チームは本サーキットの走行データを豊富に持っている。
MotoGP
本サーキットにおいて1992年から2020年の時点までMotoGPが開催され続けている。1992年から1995年はヨーロッパGPという名称で開催され、1996年以降はカタルーニャGPという名称で開催されている。開催時期は6月で定着している。
舗装
財政難が恒常化しているサーキットなので舗装の頻度が少ない。2004年12月に舗装して(記事)、それから13年も同じ舗装を使い回していた。MotoGPの運営やライダーたちから散々批判されたあと(記事1、記事2)、2018年1月になってやっと全面再舗装した(記事)。
所有者
カタルーニャ州政府(Generalitat de Catalunya)が本サーキットを所有する企業の過半数の株を持っている。また、モンメロ市議会とRACC(王立カタルーニャ自動車クラブ)も経営に参加している。
高額のお金を払わねばならないF1を開催し続けたからか、負債が膨らんでいて、2020年2月28日の時点での累積負債は3260万ユーロであり、その当時のレートで39億1200万円となっている。このためカタルーニャ州政府からの財政支援を受け続けている。
財政難のため常にF1開催が危ぶまれている。2020年にF1を開催するための交渉も2019年8月までずれ込んでいた。
※この項の資料・・・記事1、記事2、記事3、記事4、記事5
立地
本サーキットは、スペイン北東部・カタルーニャ州バルセロナ郊外のこの場所に位置している。
盆地の中にある
海岸線から山を隔てて11km離れており(航空写真)、潮風の影響は少ない。
サーキットは盆地の真ん中に位置しているので(地形図)、サーキットの中に極端な高低差があるわけではない。
気候
F1が開催される5月の平均降水量は59mmで、MotoGPの開催される6月の降水量は42mmとかなり少ない(資料)。ちなみに東京でもっとも雨が降らず乾燥している1月の降水量は55.2mmである(資料)。非常に晴れやすい時期にF1やMotoGPが開催されることになる。
こちらやこちらやこちらが現地の天気予報となっている。
バルセロナは海に面しているので冬になっても滅多に降雪しない。ところが2018年2月26日~28日のF1テストの際、珍しいことに雪が降ってしまった(画像1、画像2、画像3)。
街の中にあるサーキット
サーキットというのは、広大な用地を必要とするため山奥とか海岸沿いとか田園地帯の真ん中といった土地代の安い田舎に建設するものだが、このサーキットはわりと都会の中に位置している。
バルセロナは大都市なのでホテルが多い。ゆえにサーキット周辺にキャンプカーを留めて寝泊まりする人が非常に少ない。夕方になって予選走行が終わると観客はホテルに帰るのでサーキットが静かになる。夜になってもキャンプカーでやってきた観客たちがうるさく騒ぐムジェロサーキットとは正反対である。
バルセロナの玄関であるバルセロナ・サンツ駅から直線距離で北東へ23km離れている。バルセロナ・サンツ駅からRodalies de Catalunyaという国営鉄道のR2という路線に乗り、35分程度たつと8つ目の駅のMontmeló駅に到着するので、そこで降りる。駅から北西に2kmほど歩くとカタルーニャサーキットに辿り着く。人の歩行速度を時速4kmとすると30分歩くことになる。
バルセロナ・サンツ駅からタクシーに乗ると30分程度である(資料)。
最寄りの病院
サーキットで事故が起こった場合、ドクターヘリを飛ばして、サーキットから南西に20km離れたこの場所にあるカタルーニャ総合大学病院に負傷者を送り込む。
サハラ砂漠に近く、砂が飛んでくることがある
本サーキットはアフリカ大陸のサハラ砂漠に近い。サハラ砂漠で砂嵐が起こった場合、本サーキットにまで砂が飛んできて、コースを汚すことがある。
2019年カタルーニャGPではコースが非常に汚れていて、多くのライダーが滑っていた。その中で、ダニロ・ペトルッチはヘルメットのバイザーに砂埃が多く付着していたことに気付いたという(記事)。
ミシュランの技術者は「レースの前に雨が降り、大気中に舞い上がっている砂埃を路面に落下させ、砂埃が路面に残ったのだろう」と分析している(記事)。
名物記者のデヴィッド・エメットやサイモン・パターソンは、「サハラ砂漠の砂埃が空中に舞い上がっていて、雨によって路面に落下した」と指摘している(記事1、記事2、ツィート)。
ちなみに、このことは本サーキットに限ったことではなく、スペインやイタリアなど南ヨーロッパの各地で見られることである。それどころかサハラ砂漠の砂がイギリスやドイツにまで飛ぶこともある(検索例、記事)。
サーキットの施設など
「つ」の字型メインスタンド
巨大な「つ」の字型メインスタンドは本サーキットの名物で、観客の歓声やマシンのエンジン音が良く響く。
MotoGPが開催されるとき、Moto3クラス決勝開始は現地時間11時で、メインスタンドの影がメインストレートを覆っている(画像)。メインスタンドは北東から南西に伸びる形で建設されているので(画像)、南東に太陽が位置する11時はメインストレートに影が差す。
Moto2クラス決勝開始は現地時間12時頃で、メインストレートは全面的に日が差している(画像)。
この前方車載動画は、メインストレートの影が大きいので朝9~10時頃の画像と思われる。
タイミングタワー
メインストレートの終わり頃にタイミングタワーが建てられている(画像)。
この画像に映っているタイミングタワーの広告は青いヒトデのようなマークだが、バレンシアに本拠を持ちカタルーニャ州を基盤とするカイシャバンクの広告である。
この画像に映っているタイミングタワーの広告は黄色い地に赤い×だが、カタルーニャ州政府観光局の公費広告である。
この画像に映っているタイミングタワーの広告はロレックスである。同社は2013年からF1の公式スポンサーなので、F1開催時はロレックスの広告に切り替わる。
茶色い建物
7コーナー(Würth)の向こうのこの場所には茶色い建物がある。オンボード動画にいつも映り込む(動画)。
ルイス・サロムの壁
Europcarコーナーの先にはグラベル(砂)が広がっている。グラベル(砂)から外に位置するこの場所に、ルイス・サロムの壁がある。2016年6月3日にこのコーナー付近で他界した同選手を讃えるものとして2018年に作られた。
描いた人はAxe Colorsと名乗るストリート・ペイントの画家である。バルセロナを拠点としており、公式ウェブサイト、Twitter、Instagramなどを開設して活動している。ルイス・サロムの絵もスプレー型ペンキで描き上げている(動画)。
アレックス・リンスとルイス・サロムは同世代のライバルであり、2013年のMoto3クラスにおいてチャンピオンを争っていた。2020年カタルーニャGPのアレックスは、レース後にEuropcarコーナーで停車し、ルイスを弔っていた(画像1、画像2)。
この壁の近くにルイス・サロムの記念碑がある。2019年に建てられた(記事1、記事2)。
トンネル2ヶ所と歩道橋2ヶ所
メインストレート中頃のこの場所に地下道があり、ピットに物資を運ぶトラックが出入りできる。ただし、レースが行われていないときは閉鎖されている(画像)。
バックストレートのこの場所に地下道があり、ピットに物資を運ぶトラックが出入りできる。こちらは常時開放されている(画像)。
この場所がサーキットの正門となっていて、トラックが許可を受けて通行する。
4コーナー手前のこの場所や、5コーナーを超えた直後のこの場所に歩道橋がある。
スタジアムセクション
コース後半のこのあたりはスタジアムセクションと言われる場所で、観客席がコースをぐるりと囲んでいる。レース開催時には大歓声がとどろき、爆竹が鳴らされる。当然のように観客席で爆竹が鳴るのはスペインらしい光景である。
走行中のライダーにとっては、このスタジアムセクションの手前にある10コーナー(La Caixa)のあたりで大歓声が聞こえてくるという。
コーナー名
カタルーニャサーキットの各コーナーには別名が付いている。
ほとんどのコーナー名が企業名となっていて、命名権を企業に売却してお金を稼いでいることがうかがえる。財政難のサーキットらしい現象と言える。
2007年以降にF1が開催されるときのレイアウトにおけるコーナー名の異名は次の通りとなる。
名称 | 由来 | |
1コーナー | エルフ(Elf) | フランスの石油企業トタル(Total)の潤滑油ブランド |
2コーナー | ||
3コーナー | ルノー(Renault) | フランスの自動車企業 |
4コーナー | レプソル(Repsol) | スペインの石油企業 |
5コーナー | セアト(Seat) | スペイン・カタルーニャ州バルセロナの自動車企業 |
6コーナー | ウルト(Würth) | ドイツの自動車部品企業 |
7コーナー | ||
8コーナー | ||
9コーナー | カンプサ(Campsa) | かつて存在したスペインの石油企業。2021年現在はレプソルのブランドの1つ。 |
10コーナー | ラ・カイシャ(La Caixa) | バレンシアに本拠を持ちカタルーニャ州を基盤とする銀行 |
11コーナー | ||
12コーナー | バンク・サバデル(Banc Sabadell) | スペインの銀行 |
13コーナー | ヨーロッパカー(Europcar) | フランスのレンタカー企業 |
14コーナー | RACC(カタルーニャ王立自動車クラブ) | カタルーニャ州の自動車クラブで、日本のJAFに相当する |
15コーナー | ||
16コーナー | ニューホランド(New Holland) | アメリカ合衆国の農業機器・建設機器メーカー |
9コーナーのカンプサ(Campsa)を超えたあたりに、ニッサンシケインがある。これは日本の自動車メーカーである日産自動車が由来である。
コース形状の変遷(F1)
カタルーニャサーキットを使ってF1のレースをする場合のコース形状は変遷してきた。コース中盤のCampsaコーナー以降のいくつかのコーナーがしばしば修正された。
時期 | 形状 | 解説 |
1991年~1994年 | 画像1、画像2 | Campsaコーナーが緩い角度で、ニッサンシケインがあり、バックストレートが短い |
1995年~2003年 | 画像1、画像2 | Campsaコーナーがややキツイ角度になり、ニッサンシケインが廃止され、バックストレートが長くなった |
2004年~2006年 | 画像1、画像2 | バックストレートエンドのLa Caixaコーナーが小さい半径になった |
2007年~ | 画像1、画像2 | RACCシケインが追加された |
1994年5月1日にイモラサーキットでアイルトン・セナが事故を起こした(ニコ百記事あり)。この事故は1994年5月29日に本サーキットで行われたスペインGP(F1)にも影響を与えた。ニッサンシケインのあたりにタイヤバリアを置き、各マシンが低速で走行するように工夫した(画像)。また、1994年をもってニッサンシケインを廃止した。
2020年12月にカタルーニャサーキットは「バックストレートエンドのLa Caixaコーナーを改修し、F1開催時においても2003年以前の形状に近いコーナーにするつもりだ」と発表した(記事)。2021年1月11日には工事が始められた(記事)。
コース形状の変遷(MotoGP)
カタルーニャサーキットを使ってMotoGPのレースをする場合のコース形状は、次のように変遷してきた。
時期 | 形状 | コーナー数 | 解説 |
1992年~1994年 | 画像 | 14 | Campsaコーナーが緩い角度で、ニッサンシケインがあり、バックストレートが短い |
1995年~2015年 | 画像 | 13 | Campsaコーナーがややキツイ角度になり、ニッサンシケインが廃止され、バックストレートが長くなった |
2016年~2017年 | 画像 | 16 | バックストレートエンドのLa Caixaコーナーが小さい半径になり、RACCシケインを通るようになった |
2018年~2020年 | 画像 | 14 | RACCシケインが廃止された |
2021年 | 13 | 1995年~2015年のコース形状に戻る予定 |
1992年から1994年まではF1と同じくニッサンシケインを通るコース形状を採用していた(動画1、動画2、動画3)。1995年から、F1と同じように、ニッサンシケインを廃止した(動画)。
1995年~2015年のコース形状
10コーナー(La Caixa)が大きな半径のコーナーで、コーナリング速度が速く、ギアは2速を使っていた。この動画でも10コーナー(La Caixa)を2速で回っている。
ぐるっと「つ」の字に回るBanc Sabadellが11コーナーになる。
12コーナー(Europcar)と最終13コーナー(New Holland)が緩やかな角度の高速コーナーで、続くメインストレートが長く、最高速がよく伸びるレイアウトだった。2003年はここでドゥカティワークスのロリス・カピロッシが、ドゥカティに最大排気量クラスの初勝利をもたらしている。この年のドゥカティのマシンは直線番長だった。
しかしながら、直線で遅くコーナーで速いマシンにも台頭のチャンスがある。2015年はスズキワークスのアレイシ・エスパルガロとマーヴェリック・ヴィニャーレスが、予選でワンツーを決めた(動画)。この年のスズキのマシンは直線で遅いことに定評があった。
ホンダ(直線で伸びるマシンとされる)とヤマハ(コーナーで速いマシンとされる)の成績も拮抗しており、特定のメーカーに偏らないレイアウトと言えた。
2016年6月3日金曜日、Moto2クラスの練習走行中に12コーナー(Europcar)で事故が発生した(記事)。12コーナー(Europcar)の外側がアスファルト舗装だけでグラベル(砂)が存在しなかったのが事故の原因となった[2]。
2016年~2017年のコース形状
2016年6月3日の事故を受けて、即座にコースレイアウトが変更された。
2016年と2017年はF1と同じレイアウトでMotoGPが開催された。
10コーナー(La Caixa)は小さい半径のコーナーになり、低速のハードブレーキングコーナーになった。こちらがMotoGP公式サイトの使用ギア明示動画で、10コーナーを1速で回っている。上空からの写真を見ると10コーナーに2種類のコースがあることがよく分かる。
「へ」の字になる部分を11コーナーと数えるようになった。ぐるっと「つ」の字に回るBanc Sabadellが12コーナーになる。
そのあとに右・左・右とクネクネ切り返して曲がっていくRACCシケインがある。この切り返し連続区間はMotoGPライダーたちに不評であり、「リズムを取るのが難しい」「美しくない」「面白くない」「好きになれない」と散々な評価だった(記事)。見ている側からすると器用に切り返していく姿がかっこいいのだが(動画)、走る側としてはイマイチだった。
2018年~2020年のコース形状
2017年11月にカタルーニャサーキットからコース改修の発表があった(記事)。Europcarのコーナーの外側のグランドスタンドを破壊し、ランオフエリアを20m広げる。グランドスタンドはEuropcarのコーナーの外側から外れた場所に移す。こちらやこちらが工事の写真である。これにより、Europcarのコーナーの安全性が確保され、高速コーナーが2つ続くコース形状が復活した。
ただし、10コーナー(La Caixa)は小さい半径のコーナーのままであり、2016年~2017年と同じである。
2021年からのコース形状
先述のように、10コーナー(La Caixa)付近を改修して大きな半径のコーナーに戻すことが2020年12月に本サーキットから発表された(記事)。2021年1月11日には工事が始められた(記事)。
1995年以降コース形状の比較
1995年以降のMotoGPは、3種類のコース形状を使用している。その3種類を比較すると次のようになる。
時期 | 形状 | コーナー数 | La Caixaコーナー | RACCシケイン |
1995年~2015年 2021年~ |
画像 | 13 | 大きな半径になっており、ギア2速で回る中速コーナー | 存在しない。スピードを乗せていくことができる |
2016年~2017年 | 画像 | 16 | 小さな半径になっており、ギア1速で回る低速コーナー | 存在する。低速で走行して切り返しをする |
2018年~2020年 | 画像 | 14 | 存在しない。スピードを乗せていくことができる |
ピンク色に塗った部分は、コーナーリングマシン、つまり直列型エンジンを乗せたマシンに向く形状であることを示している。
水色に塗った部分は、直線番長マシン、つまりV型エンジンを載せたマシンに向く形状であることを示している。
コース紹介(MotoGP)
本項目では2018年~2020年のコースレイアウトについて紹介していく。
概要
コース全長は4627mで、2018年~2019年にMotoGPが開催された19ヶ所のサーキットの中で上から10番目である。コーナー数は14ヶ所で、2018年~2019年にMotoGPが開催された19ヶ所のサーキットの中で上から9番目である。
色んな所に起伏があるサーキットである。この画像やこの画像は起伏を表示していて分かりやすい。
タイヤの右側に大きな負担がかかるサーキットとして有名である。回り込みながらアクセルを開けてタイヤにパワーを掛け続ける3コーナー(Renault)の存在が大きく、レース後にタイヤの右側がボロボロになっていることが珍しくない。ブリヂストンがリアタイヤを持ち込む際、左右で硬さが2段階変わるタイヤを持ち込んでいた。他のサーキットなら「左がソフト、右がミディアム」といった程度で済むのだが、このカタルーニャサーキットでは「左がソフト、右がハード」というタイヤでないともたない。
こちらがMotoGP公式サイトの使用ギア明示動画である。5コーナー(Seat)と10コーナー(La Caixa)で1速ギアを使う。
主なパッシングポイントはメインストレートエンドの1コーナー(Elf)、4コーナー(Repsol)、5コーナー(Seat)、バックストレートエンドの10コーナー(La Caixa)あたりとなる。
路面の状態が悪い
F1のレースが毎年開催され、F1のテストが頻繁に行われるサーキットである。F1のハイパワーマシンによって路面が削られ、路面に轍(わだち)やバンプ(隆起)やギャップ(割れ目)がある。特にブレーキングポイントにそうした凹凸が多い。路面の凹凸に対応するサスペンションセッティングに取り組まなければならない。
MotoGP最大排気量クラスでは電子制御が根幹の技術になっている。この電子制御技術は凹凸がない完璧な路面を想定して作られていて、凹凸のある路面に弱い。
路面に凹凸があってフロントタイヤが接地を失い空転してしまうと、アンチウィリーが作動してバイクは自動的にエンジン出力をカットしてしまう。そして、加速力が落ちてしまう。
路面に凹凸があってリアタイヤが接地を失い空転してしまうと、トラクションコントロールが作動してバイクは自動的にエンジン出力をカットしてしまう。そして、加速力が落ちてしまう。
路面の凹凸があることがMotoGP最大排気量クラスのマシンにとって頭痛のタネとなる。
四輪への配慮のためコース脇にアスファルト路面が敷かれている
1997年のMotoGPの記録映像を見てみるとコース脇はグラベル(gravel 砂利道)ばかりである(動画)。2006年までだいたいその状態が維持されていた。
そこからどんどんコース脇がターマック(Tarmac アスファルトなどの舗装路面)になっていった。2007年にはEuropcarコーナーのコース脇がターマックに変更された(動画)。2008年には1コーナー(Elf)のコース脇がターマックに変更された(動画)。
このように路面をターマックに変更するのはグラベルを嫌がる四輪レース運営者への配慮である。グラベルがあってそこにコースオフしてしまうと四輪の車両が完全に止まってしまう(動画)。二輪なら車重が軽いのでグラベルに入ってもなんとかコースに復帰できるのだが、四輪は車重が重いのでグラベルに入ると車輪が空転したまま、二度とコースに戻れない。
それどころか、グラベルの上でスピンしてしまうと砂埃を巻き上げ、視界を遮り危険な状況になる。この動画やこの動画は2016年にレッドブルリンクで行われたF3の動画である。砂埃が巻き上がったので恐るべき事故になった(幸いにも3人のドライバーは軽傷で済んだ)。
このため、色んなサーキットで四輪の運営者が「グラベルはやめてくれ、ターマックにしてくれ」とサーキット側にお願いしている。鈴鹿サーキットにも「グラベルを減らしてくれ」と言っている。
ただやはり、二輪にとってはグラベルの方が圧倒的に安全性が高く、ターマックの方が危険である。2016年6月3日のルイス・サロムの事故も、ハイスピードのEuropcarコーナーで転倒し、ターマック路面の上を高速で滑り、その勢いが続いてしまったのが原因である。鈴鹿サーキットは鈴鹿8耐という二輪の祭典を抱えているので、グラベルを維持している。
既述の通り、2017年12月にEuropcarコーナーのコース脇がグラベルに戻った(動画)。
縁石の段差が大きい
F1が開催されるサーキットであるためか、本サーキットの縁石は他のサーキットの縁石よりも明らかに高い状態になっている。
コーナーを旋回するライダーがコーナーでインに近寄りすぎてからマシンを傾けたとき、肘が縁石に当たってしまうという。このため、イン側の縁石から少し離れた走行ラインを選択せねばならない。走行ラインの選択肢がやや狭いサーキットである。
また、縁石に乗り上げることも、少しやりづらいサーキットである。縁石を目一杯使ってコース幅を広く使う走法がやや難しい。
※この項の資料・・・記事1、記事2
灼熱のサーキット
ヨーロッパの中でも南の方に位置していて、そこで初夏の6月にレースを行うので、灼熱のサーキットになる。暑さがライダーの体力を奪い、タイヤをスリップさせ、エンジンを苦しめる。
詳しくは、猛暑(MotoGP)の記事を参照のこと。
メインストレート
最終コーナー(New Holland)脱出は、下り勾配である(画像1、画像2)。
ピットウォールが始まる付近からわずかに上っていき、ピットウォール終わりまで上り勾配が長く続く。
ピットウォール終わりから一気に下っていき、1コーナー(Elf)へ突入していく(画像1、画像2)。
下り坂のメインストレートに隣接するピットレーンも下り坂になっている(動画1、動画2)。
四輪のオンボード画像を見ても、ピットウォールが終わるあたりで下り勾配に変化することが分かる。
緩やかな角度で下り勾配の最終コーナー(New Holland)があり、直線が長く、車速が高まっている状態で下り勾配になる。これらの3つの条件のため、本サーキットでは最高速がとても伸びやすい。
1コーナー(Elf)~3コーナー(Renault)
下り勾配のままメインストレートエンドの1コーナー(Elf)へ突入し、ブレーキング合戦が展開される。
先述のように最高速が高まっている状態からブレーキングするため、かなりのハードブレーキングとなる。ところが、1~2コーナーはどちらも緩い角度のコーナーなので、車速を保って1コーナー(Elf)に進入したい。「ハードブレーキングが必要だが、ブレーキしすぎて車速を殺しすぎるのはダメ」という、難易度の高いブレーキングとなる。
1コーナー(Elf)と2コーナーはS字になっており、1コーナー(Elf)をアウトから無理矢理かぶせて2コーナーのインに入りこむことができる(動画)。このため、スタート直後の1~2コーナーで混乱が起きやすい。
1コーナー(Elf)でコースアウトしてもコース脇がアスファルト路面なので簡単に復帰できる(動画)。その際、競り合っていた他のライダーよりも遅い順位に落とさなければならない。そうしないと運営にペナルティーを科せられる。
3コーナー(Renault)は非常に長い。「永遠に続くと思えるくらいに長いカーブ」とダニ・ペドロサが表現している(記事)。
3コーナーの初めから4コーナー進入あたりまで長い間ずっと上り勾配である。上り勾配なのでアクセルをガンガン開けないと地球の重力に負けて車速が落ちてしまう。
回り込みながらアクセルを開けてタイヤにパワーを掛けていくので、タイヤの右側を強く攻撃する。この3コーナーにも路面の凹凸があるので、タイヤが動いて発熱して消耗が進んでしまう。
4コーナー(Repsol)~9コーナー(Campsa)
コースを横切る歩道橋をくぐって、4コーナー(Repsol)に突っ込んでいく。
4コーナー(Repsol)のあたりは平坦になる。コーナーを脱出すると下り勾配が始まる。
5コーナー(Seat)の進入から、下り勾配が一気に急になり、その下り勾配が長く続く。ブリヂストンが年々進化していたときはこの5コーナー(Seat)でのバンク角が年々深くなっていて、ヒジどころか肩を路面に当てかねない勢いで各ライダーがコーナリングしていた。
四輪のオンボード画像を見ても、テレビの映像を見ても、5コーナー(Seat)の急激な下り勾配が分かる。
5コーナー(Seat)は久々の左コーナーであり、冷え切ったタイヤ左側を使い転倒が多発する。
コースを横切る歩道橋をくぐって、「へ」の字の6コーナーを走り抜ける。歩道橋をくぐるあたりも下り勾配になっている(動画)。
7コーナー(Würth)が谷底で、ここから急な上り勾配が始まる。7~8コーナーは上り勾配に負けないようアクセルをグイッと開けて力強く切り返すS字である(動画)。
上り坂でアクセルを開けて切り返す場合、リアに荷重がかかりフロントの荷重が抜けやすい。そのためラインを少し外すとフロントが滑りやすい。ライダーは慎重にラインを通る必要がある。
9コーナー(Campsa)は先が見えないブラインドコーナーになっており、感覚でアクセルを開ける(動画)。難しいコーナーだが、ここの速さでバックストレートの伸びが決まってしまう。
バックストレート~10コーナー(La Caixa)
バックストレートは緩やかな下り勾配が長く続き、スピードが乗る。
バックストレートエンドの10コーナー(La Caixa)はハードブレーキングポイントであり、ブレーキレバーの荷重は8kgにもなる(動画)。8kgの物体を指1~3本で持つのと同じ作業になる。
バックストレートエンドの10コーナー(La Caixa)は転倒が多発する場所である。使用頻度が低いタイヤの左側を使うコーナーなので転倒しやすいし、この後の高速区間を考えるあまり焦ってしまい、急いだ気持ちでアクセルをガバッと開けることでリアタイヤが滑ってハイサイド転倒になりやすい。車体をかなり傾けた状態でアクセルを開けるので、焦ってアクセルを回すとリアタイヤが滑ってしまう。
10コーナー(La Caixa)には真っ赤に「Circuit de Barcelona」と塗装されている。
11コーナー~最終コーナー(New Holland)
12コーナー(Banc Sabadell)は「つ」の字の11コーナーで180度方向転換する。このコーナーも上り勾配で、地球の重力に逆らうためにアクセルを開けねばならない。
13コーナー(Europcar)は本サーキットで最も標高が高い場所である。下り勾配を勢い良く下っていき(動画1、動画2)、車速を伸ばしていく。
最終14コーナー(New Holland)は直角の高速コーナーで、ここも下り坂で勢いがつく。
2つの高速下りコーナーで車速を乗せ、メインストレートに戻っていく。
2009年最大排気量クラス決勝ではホルヘ・ロレンソとヴァレンティーノ・ロッシの激闘が繰り広げられた。最終ラップのEuropcarコーナーまでホルヘが先行しており勝負が決まったかと思われたが、ヴァレンティーノが最終コーナー(New Holland)において一世一代の見事な飛び込みを行い、上手くブレーキングして持ちこたえ、先頭に躍り出て、そのまま優勝した(動画1、動画2)。
シモンガッツポーズ事件
2009年の125ccクラス決勝で、トップを快走するフリアン・シモンが、ラスト1周となった瞬間に左手を挙げてガッツポーズして失速した。
周回数を1周間違えた例として必ず挙げられるレースである。
本人のコメントを総合すると、次のようになる。フリアンはチームスタッフのピットサインを見ずにサーキットのタイミングタワーを見て残り周回数を把握するタイプのライダーだった。カタルーニャサーキット以外のサーキットのタイミングタワーはどれも「先頭集団が残り2周になったらL2と表示、先頭集団が残り1周になったらL1と表示」というものだった。ところがカタルーニャサーキットのタイミングタワーだけが「先頭集団が残り2周になったらL1と表示、先頭集団が残り1周になったらL0と表示」と表示するものだった。
カタルーニャサーキットのタイミングタワーが「残り2周」という意味でL1を出したのを見て、フリアンは「L1だ、残り1周でこれがラストラップだ」と判断してしまった。
ちなみにフリアンはこの失敗にめげず、2009年シーズンの他のレースで好走を繰り返し、無事に125ccクラスチャンピオンを獲得できた。
なお2022年、motoGPクラスでアレイシ・エスパルガロが2位走行中に同じことをやらかし、5位まで落ちる事件が起こった。
※この項の資料・・・記事1、記事2
関連動画
コース学習用動画
関連リンク
- カタルーニャサーキット 公式ウェブサイト
- カタルーニャサーキット 公式Twitter スペイン語版
- カタルーニャサーキット 公式Twitter 英語版
- カタルーニャサーキット 公式Instagram
- カタルーニャサーキット 公式Facebook
- カタルーニャサーキット 公式Youtube
- カタルーニャサーキット 日本語版Wikipedia
- カタルーニャサーキット 英語版Wikipedia
- カタルーニャサーキット カタルーニャ語版Wikipedia
- カタルーニャサーキット スペイン語版Wikipedia
関連項目
脚注
- *余談ながら、ドルナがMotoGPの運営を担当する初年度の1992年はバーニー・エクレストンがドルナの相談役で、バーニーのコネがあるサーキットでレースを行うことを3回繰り返した。ハンガロリンク、マニクール、インテルラゴスは1992年シーズンだけの開催だが、この3つともF1の開催されていたサーキットで、バーニーが紹介したものである。バーニーがMotoGPから離れた1993年以降は、3つともMotoGPのカレンダーから消えた
- *この事故を詳しく書くと次のようになる。まず最初にライダーが転倒して、マシンからライダーが放り出された。空になったマシンが速い速度でアスファルトの上を滑っていき、エアフェンスに衝突して転がった。転がっているマシンのところにライダーが同じように速い速度で滑っていった。この記事に画像付きで解説されている。
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