概要
1931年7月11日生まれ、島根県出身。日本アニメーションを牽引してきた伝説のアニメーター。
東映動画アニメーター第一期生。高畑勲、宮崎駿の先輩であり、後に『太陽の王子 ホルスの大冒険』『ルパン三世』『パンダコパンダ』『未来少年コナン』『じゃりン子チエ』などを共に手がける。
現在は第一線を退いて、スタジオジブリや東映アニメーション研究所などで後進の指導に当たっている。
アニメーターまでの経歴
子供時代は山を超えて、機関車を一日中描き続けた。この頃から機械の仕組みを理解した非常に緻密な絵を描いていた。高校を卒業後、山口県の県庁に就職。その後上京し麻薬取締官事務所に勤務し、仕事の合間に風刺漫画の練習をしていた。しかし、体を壊し仕事を退職。病気を治した後、絵が描ける仕事を探して東映動画を訪れる。その後、アニメーションの試験を受け見事合格。森康二の下でアニメーションを学ぶことになった。
作風
『アニメーターとは演技者である』と公言し、動かすアニメーションにこだわりを持っている。
東映動画時代は魚が登場するカットを多く担当し、巨大な魚を泳ぐシーンを描くために自ら魚を飼って魚の泳ぎを研究した。迫力ある画面構成に勢いと重みのあるアニメーションが特徴であり、そのダイナミック&コミカルなアニメートは「大塚アクション」と呼ばれ、宮崎駿と組んだ『未来少年コナン』『ルパン三世 カリオストロの城』では、その能力を遺憾なく発揮している。
大塚康生とジープ
大塚康生は大のジープ好きとして知られる。あまりに好きすぎてジープの雑誌を実費で発刊してしまうほど。
また模型会社の社長と縁があり、ジープ型ラジコンカー『ワイルドウィリス』のデザインを手がけた。一時はアニメーターを廃業する決意をして、模型の会社に勤務したことがある。そのジープ熱は宮崎駿にも伝染し、二人で車を乗り回した。ルパン三世のモブシーンで宮崎駿や大塚康生がジープに乗っているシーンがある。入間市博物館で開催された「JEEPの機能美展」には、大塚所有のFIAT500が展示されていた。
アニメーションの指導
アニメーションの楽しさを教えることもモットーにしている。大雑把であっても生き生きとしたアニメーションの楽しさを知ってほしいと考え、精力的に活動している。イタリアへもアニメーションの指導を行ったことがある。東映動画では、直属の上司として新入社員・宮崎駿の指導育成に当った。
他にも指導を受けた人材(著名な人物)
田中達之
参加作品
- 白蛇伝(1958年) 動画
- 少年猿飛佐助(1959年) 原画
- 西遊記(1960年) 原画
- W3(1965年)OP原画
- 太陽の王子 ホルスの大冒険(1968年) 作画監督
- 長靴をはいた猫(1969年) 原画
- ムーミン(1969年) 作画監督
- ルパン三世 パイロットフィルム(1969年) 原画・アクションシーン作画監督
- ルパン三世 (TV第1シリーズ)(1971年) 作画監督
- パンダコパンダ(1972年) 作画監督
- パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻 (1973年) 作画監督、原画
- 侍ジャイアンツ(1973年) 作画監督
- ガンバの冒険(1975年) 原画
- 元祖天才バカボン(1975年)原画
- 未来少年コナン(1978年) 作画監督
- ルパン三世 ルパンVS複製人間(1978年) スーパーバイザー
- ルパン三世 カリオストロの城(1979年) 作画監督
- じゃりン子チエ(1981年) 作画監督
- ルパン三世 風魔一族の陰謀(1987年)監修
- NEMO/ニモ(1989年)ストーリーボード
- ルパン三世 ナポレオンの辞書を奪え(1991年)メカニック作画
- デジモンアドベンチャー02 デジモンハリケーン上陸!!/超絶進化!!黄金のデジメンタル(2000年)エンディングイラスト
- 無敵看板娘(2006年) エンディングアニメーション
- ルパン三世 霧のエリューシヴ(2007年) CMアイキャッチの作画監督・原画
関連動画
関連項目
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