銀河英雄伝説の戦闘 | |
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第八次イゼルローン要塞攻防戦 | |
基本情報 | |
時期 : 宇宙暦798年/帝国暦489年 4月~5月 | |
地点 : イゼルローン回廊・イゼルローン要塞周辺宙域 | |
結果 : 自由惑星同盟軍の勝利 | |
詳細情報 | |
交戦勢力 | |
自由惑星同盟軍 | ゴールデンバウム朝銀河帝国軍 |
総指揮官 | |
イゼルローン要塞司令官 ヤン・ウェンリー大将 同要塞司令官代理 アレックス・キャゼルヌ少将 |
ガイエスブルク派遣部隊 総司令官 カール・グスタフ・ケンプ大将 |
戦力 | |
イゼルローン要塞守備隊 イゼルローン要塞駐留艦隊 兵員総数200万人 混成艦隊(ヤン大将) 艦艇総数5500隻 |
ガイエスブルク要塞 要塞収容艦隊 艦艇総数16000隻 兵員総数200万人 (増援部隊(20000隻以上)) (ロイエンタール艦隊) (ミッターマイヤー艦隊) |
損害 | |
イゼルローン要塞の損傷 グエン、アラルコン両部隊壊滅による損失艦艇約5000隻 |
ガイエスブルク要塞の喪失 損失艦艇15000隻以上 損失兵員180万人以上 |
帝国暦時代 | |
前の戦闘 | 次の戦闘 |
イゼルローン回廊帝国寄り宙点における戦闘 | “神々の黄昏”作戦 第九次イゼルローン要塞攻防戦 |
第八次イゼルローン要塞攻防戦とは、「銀河英雄伝説」の戦闘の一つである。
概要
宇宙暦798年/帝国暦489年4月から5月にかけ、イゼルローン要塞攻略をはかったゴールデンバウム朝銀河帝国軍と、同要塞を守備する自由惑星同盟軍とのあいだに生起した戦闘。前々年にイゼルローン要塞が同盟軍に奪取されて以来、はじめて生起した帝国軍による攻略作戦である。
帝国軍は移動能力を付加したガイエスブルク要塞を作戦根拠地兼巨大砲台として使用し、当時要塞司令官ヤン・ウェンリー大将を欠いていた同盟軍に対して優勢を維持した。しかし急報を受けたヤン大将が同盟本国から増援部隊を率いて到着すると戦況は逆転し、帝国軍はガイエスブルク要塞と派遣艦隊の殆どを喪失、総司令官カール・グスタフ・ケンプ大将をも失う大敗を喫することとなった。
背景
作戦立案
もともとイゼルローン要塞は、帝国と同盟の実質的な唯一の国境部イゼルローン回廊をおさえる要塞として帝国軍が建造したものである。この強大無比の要塞を艦隊によって外部から制圧することは事実上不可能であり、長く帝国軍の橋頭堡としてありつづけたが、帝国暦487年(宇宙暦796年)の第七次イゼルローン要塞攻防戦で同盟軍ヤン・ウェンリー少将(当時)が奇策により奪取して以降、逆に同盟の国境を守る堅固な要塞と化すことになった。
ゆえに帝国軍が同盟に侵攻するにあたり、イゼルローンは避けて通ることのできない要衝であった。だが同時に、同盟軍の戦力はイゼルローン方面を除けば相次ぐ消耗によりほぼ払底しており、イゼルローンの攻略は事実上、全同盟領の制圧に直結するといえた。また、もし当時のイゼルローン要塞司令官ヤン・ウェンリー大将が失われることがあれば、同盟軍の人材面に対しても致命打となりえた。
かくなる戦略的状況下にあって、本戦闘の発生は、帝国暦489年(宇宙暦798年)初頭、帝国軍最高司令官(帝国宰相兼摂)公爵ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥に対し科学技術総監シャフト技術大将が要塞の移動によるイゼルローン攻略を献言し、採用されたことに起因する。
シャフト技術大将の提案の骨子は、通常の艦隊の遠征ではイゼルローン要塞攻略がまったく困難であることを認識し、イゼルローン要塞に匹敵する火力と装甲を持つ新戦力、すなわち要塞そのものをイゼルローン要塞の前面に設置するという点にあった。当然その場での要塞建設は不可能であるからして、イゼルローン要塞に対抗しうる既存の要塞としてガイエスブルク要塞を活用し、跳躍および通常航行用エンジンを設置してイゼルローン回廊へと直接送り込むという案を提示したのである。
司令部人事
本作戦は大規模かつ独立した作戦行動であるが、指揮官人事にあたり、ローエングラム元帥麾下の最上位指揮官であるウォルフガング・ミッターマイヤー、オスカー・フォン・ロイエンタール両上級大将は任用されていない。これは統帥本部総長代理パウル・フォン・オーベルシュタイン上級大将の進言によるもので、人事秩序を維持する観点から両上級大将の地位のさらなる突出を避けて大将級に功績を挙げさせ、また敗戦時にはもっとも有能な指揮官を失う危険を避ける意図があった。
こうして任用されることとなった大将級の指揮官から、司令官としてはカール・グスタフ・ケンプ大将、副司令官としてはナイトハルト・ミュラー大将が任命された。当時イゼルローン回廊方面の警備責任者でもあったケンプ大将の起用は、同年1月の遭遇戦(イゼルローン回廊帝国寄り宙点における戦闘)での彼の部下の敗戦に雪辱の機会を与えるものとなった。彼を補佐する副司令官ミュラー大将は、ローエングラム元帥麾下の大将級では最若年であり、ケンプ大将より席次が下の大将として選ばれている。
作戦への批判
本作戦に対しては、帝国内部から若干の批判の声が挙がった。行政府においては帝国宰相首席秘書官ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ伯爵令嬢が、リップシュタット戦役終結より間もない当時の銀河帝国では征服者としてよりも建設者としてのローエングラム元帥が必要とされており、現時点で同盟領へと侵攻する必然性がない、として明確に作戦に否定的だった。
帝国軍内でも、ミッターマイヤー、ロイエンタール両上級大将は今次作戦に批判的であった。これは自身が作戦指揮を任されなかったことが理由ではなく、シャフト大将への呆れが所以である。要塞の移動という新戦法を着想したことを理由としてイゼルローン攻略を唱えるシャフト大将の行為は本末が転倒したものであり、大義名分のない戦である、というのがミッターマイヤー上級大将の意見であった。ただし、ケンプ大将を総司令官に作戦準備が始まってからは、立場上、公に批判することはしなかった。
ガイエスブルク要塞の改造とワープ実験
前年のリップシュタット戦役で貴族連合軍が本拠とし、戦役終結後に放棄されていたガイエスブルク要塞の修復と航行能力付与のため、工兵6万4000名が動員されて作業に従事し、さらにケンプ大将の要請した2万5000人の増員も受け入れられる運びとなっていた。
提案にあたりシャフト技術大将は、約40兆トンという大質量のワープに必要なエンジン出力のみが解決すべき問題であり、要塞のワープそのものに技術的問題は無いと断言した。しかし、当のエンジン出力を確保するために設置される12基のワープ・エンジンにはきわめて高い精度での完全な同時作動が要求され、失敗時には要塞そのものを将兵ごと失う可能性すら考えられた。
ほかにも大質量ワープによる通常空間への影響や発生する時空震が懸念として存在し、これら不安要素を乗り越えてワープを成功させるため、複数回の小規模実験と考えうるかぎりの対策が実施された。3月半ばにはついに第一回のワープ・テストをおこなう運びとなり、ローエングラム元帥以下の指揮官・幕僚たちが見守るなか、ヴァルハラ星系外縁部へのワープは無事に成功をおさめる。
こうして3月17日、作戦実施が正式決定され、ガイエスブルク要塞は艦隊を収容して出征の途につく。
フェザーンの暗躍と同盟側の状況
作戦当時、フェザーン自治領主府の外交政策は、伝統的な勢力均衡策から帝国による同盟併呑策へとひそかに大転換を見せていた。帝国軍によるイゼルローン攻略作戦にあわせ同盟のさらなる弱体化を企図したフェザーンは、救国軍事会議のクーデターに見られるような同盟の政情不安への危惧を建前に同盟最大の戦力を指揮するヤン大将の叛意を示唆。フェザーン駐在同盟高等弁務官ヘンスローを通して、同盟政府に対しヤン大将を審問するよう「勧告」した。
これを受け、同盟トリューニヒト政権はヤン大将をイゼルローン要塞から首都ハイネセンへと召喚。国防委員長ネグロポンティを首席とし、法的根拠のない「査問会」を開催してヤン大将の審問にあたる。結果、ガイエスブルク要塞がイゼルローン回廊に出現した際のイゼルローン要塞には司令官がおらず、要塞事務監アレックス・キャゼルヌ少将が要塞司令官代理として最高指揮をとっていた。
両軍の投入兵力・司令部編成
銀河帝国軍
銀河帝国軍の戦力は、波長100オングストローム、出力7億4000万メガワットの強力な主砲を備えるガイエスブルク要塞が中核である。要塞の周囲にはワープ・エンジンと通常航行エンジンがそれぞれ12基、輪状にとりつけられ、戦略戦術両面での機動力を有するに至っていた。また、要塞内部に収容されて出征する兵力は艦艇にして16000隻、将兵200万人に達し、これら遠征部隊には、工兵部隊や総数5万名を越える装甲擲弾兵部隊なども含まれた。
司令部は総司令官カール・グスタフ・ケンプ大将、副司令官ナイトハルト・ミュラー大将のもと、参謀長としてフーセネガー中将、参謀オルラウ准将といった面々で構成された。ほかに分艦隊司令官として、アイヘンドルフ、パトリッケン両提督が配置されていた。
帝国軍増援部隊
戦闘終盤、ローエングラム元帥の命令により艦艇2万隻以上の増援が追加で送られた。ただしこの部隊は戦闘の帰趨には間に合わず、主戦域に到達する前に撤退している。指揮官はウォルフガング・ミッターマイヤー上級大将、オスカー・フォン・ロイエンタール上級大将の両名であり、艦隊を前後にわけ、前軍を前者が、後軍を後者が指揮する体制であった。
自由惑星同盟軍
自由惑星同盟軍の戦力は、宇宙でもっとも堅牢と評される四重複合装甲と出力9億2400万メガワットの要塞主砲“雷神の槌”を誇るイゼルローン要塞を中心として、同守備部隊および要塞駐留艦隊から成り、将兵の総数は約200万人。守備部隊には同盟軍最強の陸戦部隊として知られた“薔薇の騎士”連隊や空戦隊も含まれている。なお、要塞内には他に軍関係者を中心に300万人の民間人が居住していた。
司令部では上記した理由から要塞司令官ヤン・ウェンリー大将が不在だったが、帝国軍はこれを察知していなかった。要塞司令官代理として要塞事務監アレックス・キャゼルヌ少将が指揮をとっていたが、キャゼルヌ少将は先任将校ではあるものの戦闘指揮を専門としない後方職であり、実際には彼をいわば“比較的第一人者”として、ほぼ同格の高級士官たちが補佐する集団指導体制下にあった。
この指導グループは、参謀長ムライ少将、副参謀長フョードル・パトリチェフ准将、要塞防御指揮官ワルター・フォン・シェーンコップ少将、駐留艦隊を指揮する副司令官エドウィン・フィッシャー少将およびグエン・バン・ヒュー少将、ダスティ・アッテンボロー少将といった幕僚から構成された。くわえて前年ガイエスブルク要塞を本拠地として貴族連合軍を率いていた客員提督ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ中将待遇も、立場故に積極的には指揮に関わらないながらも司令部に身をおいていた。
同盟軍救援部隊
最終局面にあってヤン・ウェンリー大将指揮のもと到着した救援部隊は、同盟領内で警備・治安維持にあたっていた独立部隊を集成したものである(編成の経緯は後述)。ヤン大将自身は、ハイネセン召喚時にもちいたイゼルローン要塞駐留艦隊の巡航艦レダⅡ号をそのまま臨時旗艦とした。
救援部隊の総数は艦艇大小5500隻に達したが、その内情は4人の指揮官が率いる小部隊の混成であった。サンドル・アラルコン少将の2200隻、ライオネル・モートン少将の2040隻、マリネッティ准将の650隻、ザーニアル准将の610隻からなり、火力と装甲は一応有しているものの、混成であること自体を含め、質の面では不安要素があった。
戦闘経過
開戦まで
4月10日、ガイエスブルク要塞はイゼルローン回廊内にワープ・アウトする。300光秒の距離からワープ・アウトを観測した同盟軍哨戒グループ(指揮官J・ギブソン大佐、戦艦ヒスパニオラ以下16隻)の通報によって移動要塞による帝国軍大挙侵攻という事態を把握したイゼルローン要塞司令部では、機密情報の抹消態勢や民間人の退避準備といった最悪を想定した処置を実施するとともに、帝国軍来襲を後方へ急報し、来援を要請する。
事態を受けたキャゼルヌ少将以下のイゼルローン要塞司令部がさだめた基本戦略は、ヤン大将が増援部隊とともに要塞に帰還するまでの期間を4週間と予測し、そのあいだ防御に専念して帝国軍の攻勢に受動的に対応することを本旨とする持久策である。独創性に欠け、戦闘方針として消極的にすぎるきらいもあるものの、司令官不在の状況下ではほかにとりうる方策はなかった。
そしてなにより同盟軍戦略の絶対条件は、“魔術師”の令名をもって敵を恐れさせるヤン司令官が不在であることを厳に秘匿し、帝国軍にさとられないことにあった。イゼルローンの正面60万kmまでガイエスブルクを進出させた帝国軍総司令官ケンプ大将は、開戦にさきだち同盟軍に堂々たる挨拶の通信を送っているが、この情報秘匿の必要から、同盟軍司令部は返信をおこなわなかった。
主砲戦と降下戦
開戦の火蓋を切ったガイエスブルクの主砲射撃は、イゼルローンの四重複合装甲をたやすく貫通して内部に損害を生じせしめた。イゼルローン側からも主砲“雷神のハンマー”が応射され、同様にガイエスブルクの複合装甲を破り甚大な被害を与える。この開戦劈頭の要塞主砲戦は、両者がともに以後の主砲使用を自制する結果を呼んだ。応射時にイゼルローン要塞司令部が企図したとおり、要塞主砲により生じた被害と巨大な心理的衝撃は、その応酬が共倒れをもたらす可能性を両軍に危惧させたのである。
主砲使用を中断した帝国軍は、続いて歩兵部隊による要塞攻撃を実施した。要塞一帯の通信・索敵が電磁波と妨害電波のために極めて制限されている間隙を利用し、要塞表面へ部隊を降下させて破壊工作を企図したのである。帝国軍第849工兵大隊および第97装甲擲弾兵連隊の降下に対し、同盟軍では要塞防御指揮官シェーンコップ少将直卒のもと“薔薇の騎士”連隊を迎撃に投入。結局、1時間半にわたる激戦で大打撃を受けた帝国軍降下部隊は作戦を断念、撤退を余儀なくされる。
この降下作戦断念を最後に帝国軍は攻撃を中止し、同盟軍も捕虜から司令官不在が露見する可能性をおそれて同様の降下攻撃を行わなかった。しかし帝国軍にとって降下作戦の失敗は想定の範囲内であり、その後80時間にわたった攻撃の中断期間は、事前に予期された次期攻勢への準備にあてられていた。
帝国軍再攻勢の失敗
4月14日から翌15日にかけて実施された帝国軍の第二次攻勢は、再度の要塞主砲戦を陽動に艦隊と工兵隊を動かすものだった。ガイエスブルクの突然の主砲射撃に始まる再度の要塞主砲の応酬に同盟軍司令部の意識が誘導されているあいだにミュラー艦隊が出動してイゼルローンの後背至近に展開し、工兵隊のレーザー水爆により要塞の外壁に大きな開口部をうがつことに成功したのである。
さらにミュラー大将は、要塞内部に5万人の装甲擲弾兵を侵入させ一挙制圧すべく、戦闘艇ワルキューレ2000機を投入して重力圏内の制空権確保を試みる。迎え撃つ同盟軍スパルタニアン隊も集団戦法により頑強に抵抗したが、戦域全体での帝国軍の優勢は覆しがたかった。しかし完全な制空権確保が難しいと判断したミュラー大将は、かねて準備していた無人艦によるメイン・ポートの封鎖を実行に移そうとする。
対する同盟軍では、出動時機をつかめず要塞内に留まっていた駐留艦隊の指揮をメルカッツ客員提督がひきうけ、至近への要塞主砲射撃でミュラー艦隊が散開した隙に出撃に成功した。交戦を避け要塞表面に沿う進路をとった駐留艦隊に対し、ミュラー大将は正面攻撃を目して反対側からイゼルローンを回り込もうとした結果、要塞対空砲塔群の前面に艦隊をさらしてしまう。すぐさま後退が命じられたが、すでに駐留艦隊に後背を衝かれつつあり、ミュラー艦隊は対空砲塔と駐留艦隊の挟撃を受けることとなった。
同盟軍の包囲下で集中砲火を浴び、味方撃ちの危険からガイエスブルクからの主砲射撃による援護も不可能な状況であったが、ミュラー大将は陣頭指揮をとってよく艦隊の崩壊をふせぎ、救援の到来を待った。ガイエスブルクのケンプ大将も予備兵力であるアイヘンドルフ、パトリッケン両提督の分艦隊8000隻に出動を命じ、ミュラー大将は両分艦隊と呼応して包囲網を突破、かろうじて脱出に成功した。
両軍の戦況把握と増援派遣
いま一歩で要塞陥落に失敗したミュラー大将は、ケンプ大将の叱責をうけた。ミュラー大将は戦闘中に得た捕虜から「ヤン不在」の情報を得ており、困惑しつつも艦艇3000隻を展開してヤンの捕捉を試みたが、総司令官に独断で予備兵力を再配置したためにさらにケンプ大将の怒りを買うこととなった。結局、ミュラー大将は総司令官の命令を受け入れて索敵に出した戦力を戻すこととなる。
その総司令官ケンプ大将は、同盟軍に損害を与えつつも戦況が膠着したことで焦りを見せていた。本国への報告でも「わが軍、有利」という遠回しな表現を用いたため、本国のローエングラム元帥も苦戦を察し、ミッターマイヤー、ロイエンタール両上級大将が率いる2万隻を越える艦隊が増援に派遣されている。両将は「戦線をむやみに拡大するな」とのみ指示され、自由な判断が認められていた。
いっぽう同盟では、同盟首都星ハイネセンに帝国軍来襲の超光速通信が届いたことで査問会が急遽中止され、ヤン大将には改めてイゼルローン防衛と反撃の指揮をとるよう命令がくだされている。
増援派遣に際し、宇宙艦隊司令長官アレクサンドル・ビュコック大将は当時唯一の制式艦隊である第1艦隊14400隻の出師を求めたが、政軍双方から首都防衛の要を主張する反対論が生じた。もともとビュコック大将は軍内で孤立傾向にあり、統合作戦本部長クブルスリー大将が入院加療中だったこともあって、国防委員会は第1艦隊に首都防衛専任を命じる。それでも統合作戦本部は、独立部隊の混成によりかろうじて大小5500隻の戦力を捻出し、ヤン大将とともに出撃させることができた。
ヤン・ウェンリー来援
哨戒小集団から同盟軍増援の報を受けたケンプ大将は、あえて救援を察知させて駐留艦隊の出撃を誘導、反転攻撃によって罠と思わせ要塞に封じ、一転して救援部隊を撃破する、という、同盟軍の防御心理を活かした壮大な時間差各個撃破方針を提示した。しかし、同盟軍司令部では冗談まじりに意見を求められたユリアン・ミンツ曹長が帝国軍の動きからその方針を正確に洞察しており、要塞に封じこめられたように偽り帝国軍艦隊の後背を撃つ、という対応が画定されていた。
イゼルローンに接近したヤン大将は、圧倒的な帝国軍艦隊を前に駐留艦隊との暗黙裡の連係を期待し、後退して時間を稼ぐ策に出た。帝国軍を直卒するケンプ大将も敵情分析から縦深陣への誘引ではないと判断し、加速して同盟軍を射程に収めんとする。しかしヤン大将が陣形を狭い回廊の地勢を利用した円筒陣に変化させて帝国軍を包囲すると、メルカッツ客員提督の指揮する駐留艦隊が帝国軍後背天頂方向から攻撃を開始。ヤン大将はさらに円筒陣を漏斗状に収斂させ、挟撃体勢で帝国軍を一挙に追い込んだ。
圧倒的優位を占めた同盟軍の猛攻はケンプ、ミュラー両大将の尽力もむなしく帝国軍を圧倒し、殲滅戦の様相を呈した。ケンプ大将はなお突破を号したが、士気は低下し、帝国軍は抗戦不可能に陥りつつあった。しかしその状況にあって、ケンプ大将はガイエスブルクをイゼルローンに衝突させ破壊するという究極的な戦況打開策を着想する。彼は自軍に撤退命令を下し、ガイエスブルクへと退いた。
ガイエスブルク要塞の破壊
帝国軍艦隊が帰投したガイエスブルクは、通常航行エンジンを最大出力にしてイゼルローンへと前進を開始する。要塞内の要員のほとんどはミュラー大将率いる残存艦隊に分乗し、ケンプ大将以下、幕僚や操縦要員などわずか5万人が脱出準備を整えて内部に残っていた。
しかし、要塞を要塞に衝突させるという常軌を逸した発想は、すでにヤン大将の予測するところであった。同盟軍艦隊は、ガイエスブルクに装備された12基の通常航行エンジンのうちの1基に砲火を集中し、2回の斉射で破壊する。この結果、推力軸が狂ったガイエスブルクは、周囲の残存艦隊を巻き込みながらスピンしはじめたのである。最終的には、“雷神のハンマー”の斉射をうけたことが致命打となった。
ガイエスブルクの爆発に、帝国軍残存兵力の8割が巻き込まれた。残存する帝国軍艦隊はわずか800隻程度まで減少した。総司令官ケンプ大将はすでに要塞指令室で戦死しており、副司令官ミュラー大将も爆発の衝撃で肋骨4本骨折をはじめとする重傷を負った。彼は応急処置のみで旗艦の艦橋から懸命に指揮をつづけ、全面敗走する艦隊の秩序をかろうじて維持した。
追撃戦
同盟軍では、勝利にあたりヤン大将が深追いを固く禁じていたが、グエン少将とアラルコン少将の部隊あわせて5000隻余が執拗な追撃を行っていた。通信が錯綜する状況下で、敗走する帝国軍を追って急進していたのである。事態を受けて、駐留艦隊と合流したヤン大将も両部隊を連れ戻すべく急ぎ後を追った。
帝国軍の伏撃
敗走する帝国軍は、同盟軍の追撃を受けながらも、すでに戦域に接近していた増援部隊に遭遇し無事に収容された。敗走する残存艦隊を収容した増援部隊はさらに前進し、撤退前に追撃してくる同盟軍の先頭集団を急襲逆撃する体勢を整える。ミッターマイヤー艦隊の一部(カール・エドワルド・バイエルライン中将指揮)を後退中の残存艦隊と偽装し、同盟軍追撃部隊を誘引したのである。
ミッターマイヤー艦隊最精鋭は回廊天頂方向に潜み、追撃部隊の後背を襲撃した。前面のバイエルライン中将の艦隊も呼応して後退をやめ、同盟軍を挟撃する。追撃部隊は活路を求めて天底方向に逃れたが、すでにそれを待ち構えていたロイエンタール艦隊の攻撃によってたやすく壊乱し、両部隊は全滅。グエン、アラルコン両少将も乗艦を破壊されて戦死した。
直後、ヤン大将率いる1万隻を越える同盟軍艦隊が接近する。帝国軍の両将は戦線と補給線の限界からさらなる戦闘の意義はないと判断し、艦隊を1000隻単位に再編、ミッターマイヤー上級大将が先頭で秩序だった撤退を、ロイエンタール上級大将が最後尾で逆撃体勢を維持しての殿軍をそれぞれ指揮してすみやかに戦域を離脱した。同盟軍も追撃することなく、生存者を救出してイゼルローンへと帰還している。
結果と影響
銀河帝国
大敗による帝国軍の損失は、総司令官ケンプ大将の戦死やガイエスブルク要塞の喪失をはじめ、投入戦力のほとんどを失う悲惨なものとなった。帝都オーディンまで帰還できた艦艇はわずか700隻余り、動員された200万人の将兵のうち180万人以上が喪われた。重傷を負ったミュラー大将も、同年9月初頭までのあいだ入院を余儀なくされた。
苦戦を推察していたローエングラム元帥もこれほどの大敗までは予期しておらず激怒したが、最終的には寛大な処置を下した。戦死したケンプ大将は上級大将に昇進し、復命したミュラー大将にも静養後の現役復帰が命じられている。計画立案者であるシャフト大将も敗戦を問責されはしなかったが、収賄および公金横領、脱税、特別背任、軍事機密の漏洩といった罪状が発覚し、失脚・収監された。
この動きは、従来シャフト大将と水面下で通じていたフェザーン自治領が彼を切り捨てたことを意味していた。罪状の発覚もフェザーンから帝国司法省にリークがあった結果であり、この機に乗じ、帝国軍もシャフト閥に占められていた科学技術総監部そのものの人事を刷新できる結果となった。
自由惑星同盟
同盟軍は帝国軍の全面侵攻を撃退したものの、追撃戦において要塞駐留艦隊のうちグエン少将の部隊、増援部隊のうちアラルコン少将の部隊を指揮官ごと喪失し、少ない戦力をさらに減らす結果となった。とはいえ同盟軍の大勝利ではあり、イゼルローンの幹部全員に勲章の授与が決定されている。最高評議会では、査問会を主導したネグロポンティ国防委員長が辞任し、同じヨブ・トリューニヒト閥のウォルター・アイランズが後任となった。
なお、同盟軍は同年初頭のイゼルローン回廊帝国寄り宙点における戦闘ののち、回廊帝国寄りに哨戒衛星網を配備していたが、この戦いで帝国軍に破壊された。戦後も同盟軍の予算不足のため補充がままならず、小部隊による暫定的な哨戒で対処したまま、同年末の“神々の黄昏”作戦発動を迎えることとなる。
他媒体における描写
石黒監督版OVA
石黒監督版OVAでは、両要塞の表面が流体金属層、“雷神のハンマー”やイゼルローンの対空砲塔が流体金属上の浮遊砲台という設定となったことから、戦闘にもそれに応じたアレンジが加えられた。
要塞表面での陸戦は、陸戦部隊どうしの戦いという形式を保ったまま、流体金属上を滑空するイオノクラフトに乗り込んだ両軍部隊の戦いという様相を呈した。またミュラー艦隊の攻勢では、流体金属という設定の特質を活かした、引力による流体金属の厚みの変化や流体金属内への浮遊砲台の隠蔽が両軍の作戦に組み込まれ、この戦闘の大きな特徴となっている。
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石黒監督版OVAでは第31話「査問会」末から第32話「武器なき戦い」冒頭にかけて開戦直前、第33話「要塞対要塞」から第34話「帰還」にかけて本戦、第35話「決意と野心と」前半で追撃戦が描写された。
関連項目
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