言わずもがなとは、「わざわざ言う必要もない」という意味である。
などというように使う。この語が使われる文章はおおむね当然のこと、それこそ言う必要もないことを言っているので、初めてこの語に出会った人でもだいたい意味は分かる。分かるのだが、最初は少し引っかかるだろう。
声に出して読みづらいのである。
どこで区切ればいいのか。アクセントはどこか。
しかしこの言葉が口頭で使われることは滅多になく、たまに文書として見かける程度なので、ナレーターや俳優でもなければ日常生活で困ることはまずない。そのため多くの人が「意味は知っているが、読みはなんとなく」といった状態なのではないだろうか。 当記事ではこの語の構成・発音を、その歴史を追いつつ解明していきたい。
区切りはどこ?
まずは「言わずもがな」の区切りを考える。
「言わず」が「言わない」の意味であろうから、次の3パターンのいずれかと推測できる。
①言わず-もがな イ/ワ ̄ズ ̄モ\ガ_ナ (「食わず嫌い」と同じイントネーション)
②言わずも-がな イ/ワ ̄ズ\モ/ガ\ナ (「それでもよい」と同じイントネーション)
③言わずもが-な イ/ワ ̄ズ\モ_ガ_ナ (「カタツムリだ」と同じイントネーション)
憶測であるが、大抵の人は①か②かで迷うのではないだろうか。
そしてこう思う。
「『(も)がな』ってなんだ?」
単語の構成
さっそくだが、他所の辞典を引いてみよう。
いわず-もがな〔いはず‐〕 【言わずもがな】
[連語]《動詞「い(言)う」の未然形+打消しの助動詞「ず」の連用形+終助詞「もがな」》
どうやら「もがな」という助詞があるらしい。これは「〜であればいいなあ」という願望を表す終助詞である。
「言わず(言わない)」+「もがな(願望)」で「言わないことが望ましい」を意味する。
というわけで①が正解である。めでたしめでたし。
と、そうはいかない。
「もがな」は終助詞にしては長い。実はさらに分解することができる。
もが-な
終助詞「もが」に終助詞「な」が付いて一語化したもの。
「もが」なる語が存在していたようだ。昭和初期の若い女性が語尾に付けていそうである。わたしモガだモガ。
冗談はさておき、古い語である。上代(だいたい奈良時代のこと)まで使われており、やはり願望を表していた。中古(平安時代)に入るとより語調を強める「な」が付け加えられ、「もがな」の形が現れたようである。
つまり、もともとは「言わずもが」で「言わなくていい」という意味を成していたのである。
「言わずもが」の発音は衆目の一致するところだろう。「イ/ワ ̄ズ\モ_ガ」だ。
これに「な」を加えると③で示したように「イ/ワ ̄ズ\モ_ガ_ナ」となる。おそらくこれが最初期の発音であろうと思われる。
さて、ここから話はいっそうややこしくなる。
係助詞「も」の存在である。
平安時代における変化
「あれもこれも」といったとき、「も」は並列を意味する係助詞である。「雨など降るもをかし」(枕草子)などと記述されている通り、平安時代でも現代と同じ使われ方をしていた。
そして平安期の人々も「もがな」の区切りがよく分かっていなかったらしく、本来「もが(終助詞)+な(終助詞)」であるところを「も(係助詞)+がな(?)」と解してしまった。
なぜそんなことが分かるのかというと、なんと「もがな」から「も」を取り除き、「がな」のみを願望の意味で使い始めてしまったからである。「あっぱれ、よからうかたきがな(≒オラもっと強えヤツと戦いてぇ)」という平家物語の巴御前のセリフを思い出す人もいるだろうが、その語源がここにある。
区切りとしては②に該当するが、イントネーションについてはやや疑問が残る。というのも「がな」は終助詞であり、単体では意味を成さないため、アクセントは置かないのが自然であると考えられるからだ。
「(´・ω・`)知らんがな」を「シ/ラ\ン/ガ\ナ」とは読まないだろう。「シ/ラ\ン_ガ_ナ」である(もちろん「がな」の意味は全く異なるが)。
とはいえ、字面から「がな」を形容詞的にとらえて発音するのも無理からぬことではある(余談だが、「無理からぬ」という語は本来形容詞ではない「無理」を形容詞として活用した言葉である)。
「イ/ワ ̄ズ\モ/ガ\ナ」という発音は、「もが-な」が「も-がな」に変化したこの時期に生まれたものかもしれない。
結局どうなのよ
これまでの記述をまとめると、「言わずもがな」の構成と発音は以下のようになる。
(1)平安初期:言わ(動詞)+ず(助動詞)+もが(終助詞)+な(終助詞)……イ/ワ ̄ズ\モ_ガ_ナ
(2)平安後期:言わ(動詞)+ず(助動詞)+も(係助詞)+がな(終助詞)……イ/ワ ̄ズ\モ/ガ\ナ(?)
(3)現代:言わ(動詞)+ず(助動詞)+もがな(終助詞)……イ/ワ ̄ズ ̄モ\ガ_ナ
現代に限っていえば(3)になるのだろうが、歴史的に見ると様々な解釈が成し得る。
結局のところ、どれが正しいとははっきりいえないのである。
ここまで読ませといてそれかよって? そいつは言わずもがなだ。
関連動画
イントネーション②の例。
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