ひかり(列車)単語

ヒカリ

ひかりとは、国鉄等で使用されている列車名である。当記事では新幹線で使用される前にひかりの名称が使われていた日豊本線急行についてに扱うので新幹線の記述をおめの方はひかり(新幹線)を参照。

概要

ひかりという列車名は東海道新幹線で使用される前は九州準急急行として使われていた。

1958年時点での日豊本線の優等列車では本州への直通列車に運行されており、日豊本線から九州内で完結する初めての優等列車急行ひかりである。4月末に設定された時の運行区間は博多別府間であったが、一週間後には博多別府熊本間に運行区間を伸ばしている。

設定から三ヶ後の1958年3月には運行区間が門司港駅発着編成も連結する事になるが、急行ひかりは利用者増を狙って準急ひかりに格下げされている。また、それまで毎日運転であるのに臨時列車扱いだったひかり準急格下げを機に定期列車に昇格している。更に翌年には一部編成が宮崎駅経由西鹿児島駅発着になっている。ただし別府駅分割・併合していた為に別府大分間はひかりが続行運転される事態になっていた。

1960年には別府駅大分駅熊本駅博多駅を経由して一周して戻ってくる準急列車にもひかりの名称が与えられるようなる。ひかりは2往復の運転となるが、やはり行き先が違うのはややこしいという事で翌年には循環運転をする準急ひかり準急ひまわりに名称変更されている。1962年には準急ひかりは再び急行に格上げされているが、これは九州内発着の急行より立準急であったからという理由であるらしい。

そして1964年10月1日東海道新幹線開業で新幹線の名称にひかりが使われるようになったので、熊本駅発着編成は急行くさせんりに、西鹿児島駅発着編成は急行にちりんに変更されてしまい急行としてのひかり歴史に幕を下ろしている。九州列車として使用されていたのは僅か6年間であったが、新幹線ひかりの知名度が圧倒的に高い事もあり同時期の急行べて知名度は高い。また、後に日豊本線特急として使用されるようになるにちりんの名称の初出はこの時であった。

なお、戦前大日本帝国時代は朝鮮半島南端の釜山から満州の新・哈爾を結ぶ急行としてひかりの名称が使われていた。奇しくも、同じ区間にはのぞみという姉妹急行列車も存在していた。

急行ひかり廃止直前の運行形態

停車駅・両数

博多~小倉間









下りひかり 8
上りひかり 8
門司港~小倉間








下りひかり 2
上りひかり 2
小倉~別府間









下りひかり 10
上りひかり 10
別府~熊本・三角間


























下りひかり 5
上りひかり 5 3
別府~西鹿児島間


























西








鹿


西
鹿


下りひかり 8
上りひかり 8

列車名の由来

最も速い物質のひかり)から。

年表

1958年4月 博多小倉別府間に臨時急行ひかりが設定される。

1958年5月 運行区間を博多小倉別府熊本間に変更。

1958年8月 臨時急行ひかりは定期準急ひかりとなると共に運行区間を博多・門港~小倉別府熊本間に変更。

1959年4月 運行区間を博多・門港~小倉別府熊本・都城間に変更。

1959年9月 運行区間を博多・門港~小倉別府熊本・都経由西鹿児島間に変更。

1960年3月 別府大分熊本博多小倉別府大分間に準急ひかりが設定されひかりは2往復となる。

1961年10月 別府熊本小倉大分間の準急ひかり準急ひまわりに変更。

1962年10月 博多・門港~熊本・西鹿児島間の準急ひかり急行ひかりに格上げされる。

1964年3月 上りのみ熊本駅発から三角線発に延長される。

1964年10月 東海道新幹線開業のダイヤ正でひかりの名称を東海道新幹線列車名に譲った為、急行ひかり熊本駅発着編成を急行くさせんりに、西鹿児島駅発着編成を急行にちりんに分離したので急行ひかり止。

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ひかり(列車)

1 ななしのよっしん
2014/07/02(水) 20:43:41 ID: oH3z5L1Xpg
のことを最も速い「物質」というのは正しいのか?

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