やりがい搾取とは、労働に関する用語の1つである。
概要
定義
やりがい搾取とは、内発的動機付けによって労働を奨励しつつ、その労働への適切な金銭的報酬を永久に支払わない行為である。
内発的動機付けの定義については当該記事を参照していただきたいが、簡単にいうと「行為自体の面白さに気づかせて、その行為を推奨すること」となる。
例
業種に限らず、お客さんが喜ぶ顔を見たり感謝の言葉があれば嬉しいもの。
教育現場であれば日々の授業やイベントで子供の成長が見られるのもやりがいである。
- お金よりも大事なものがある。
- 理由はどうあれ、お金の話をするなんて意地汚い。その人が聞いたらどんな気持ちになると思う?
- 君の気持も分かるが人手不足だから耐えてくれ。君が辞めたら仲間やお客さんが困るだろう?
- 君の努力や苦労は決して無駄ではない、会社や客、社会のためになるものである。
- 君の努力や苦労のお陰で皆の安全や笑顔が守られている。(警察・消防・自衛隊など)
- 報酬が安くとも作品が世に出ることで人々の目に留まる、良い宣伝になる。(クリエイターなど)
- 資格者・技術者なんだからできて当たり前。
- 私たちの活動が結果的に子供たち・社会の為になるのだから、無給でなおかつ会費を支払わされ、有休を消費してでもPTAには参加するのが当たり前。拒否するのは大人として恥ずかしいこと。
…結果的に激務に対して(綺麗事やそれっぽい言い訳も含めて)適切な報酬を支払わない。権利を妨害し義務のないことを強要するなど、現場に苦労を押し付け安くこき使うことで、浮いたお金は雇用者や上層部のポケットの中へ支払われ続けたり、無駄な部分に予算を流用するなど、悪い意味で費用対効果抜群である。
善意や達成感を悪用し、また報酬の増額や辞職に罪悪感を抱かせるのも悪質な手口である。もちろん予算が十分にあっても現状・待遇の改善などしない、聞く耳など最初から持っていない場合がほとんどである。理由としては「老害」の項目が詳しい。
酷い場合は報酬すらなく、都合の良い労働力として用いた場合もある。東京五輪のボランティアなど。
(→ボランティア)
「昔からの伝統」「するのが当たり前」「これが当たり前」「犯罪ではない(※)」「しなくてはいけない」「誰も文句を言っていない」「逃げることは恥ずかしいこと」といった思い込み・錯覚もフルに活用してくるのでタチが悪い。
※ちなみに労働基準法違反は犯罪であるため、黙って従うだけであなたも悪党の仲間入りである。
やりがい搾取が発生しやすい職業その1 人への奉仕をする職業
保育士・教師・看護師・医師・介護士・営業職・小売業・飲食業のように「人への奉仕をする職業」に従事する人は、やりがい搾取の被害者になりやすい。
人への奉仕をする職業に従事すると、「人との付き合いをして人の性格をじっくりと把握する」という行動をとることになるが、そうした行動は非常に面白くてやりがいがある。人の性格は複雑であり、また十人十色という表現のように個人ごとに性格が大きく異なっているからである。
また、人への奉仕をする職業に従事すると、「人から面と向かって感謝の言葉を掛けられる」という経験をしがちであり、達成感・満足感に浸りやすく、やりがいを感じやすい。
「人への奉仕をする職業」のなかでも小売業・飲食業は、やりがい搾取を成功させやすい。小売業・飲食業は高校生や大学生といった学生アルバイトが多く、ピチピチの初々しい若者と一緒に働くという面白くて楽しい経験をすることが多く、仕事そのものに楽しみを見いだしやすい。
さらに、小売業・飲食業では、「店長に取り立ててやりがい搾取する」という手法を使うことができる。小売業・飲食業において、20代のうちに店長になり、人事権を行使して人を動かすという面白い仕事を与えられると、仕事の面白さに夢中になってしまい、やりがい搾取の犠牲になりやすい。学校において試験や学園祭が行われる季節になると学生アルバイトが少なくなりやすいのだが、そういうときに店長が長時間労働を強いられることになる。管理職なので残業代を支払われず、サービス残業という名の無償労働を大量に負担することになり、「店長なのに時給で換算すると学生アルバイトよりも給与が安い」ということになりがちである。
また「皆が働いているのに休む=悪いこと」といったイメージを植え付け、有給休暇を取得させない、取得しづらい雰囲気を作る手口もある。
やりがい搾取が発生しやすい職業その2 クリエイティブな職業
ウェブデザイナー・アニメーター・イラストレーター・美容師などのように「創造性を発揮するクリエイティブな職業」に従事する者は、やりがい搾取の被害者になりやすい。
創造性を発揮するクリエイティブな職業は非常に人気が高く、人々に憧れられており、どれだけ過酷な労働条件になっても希望者が殺到する。このため、そうした職業の業界には、やりがい搾取を駆使するブラック企業が多く出現しやすい。
創造性を発揮するクリエイティブな職業においてやりがい搾取をするときは「この仕事をすることで技能・技術が身につき、才能や能力が伸びていき、技術者として成長でき、スキルアップすることができ、この業界で生き抜いていくことができ、独立して自分の会社を起業することができ、自己実現することができ、夢を実現することができる」と労働者に吹き込むことが常である。
イラストレーターなど「安価・無償で発注したけど、(一応)世には出るから宣伝になる。これが理由で人気が出るかもしれない。一種の未来への投資だと思えば良い。悪い話じゃないだろう?」「君のレベルじゃ他にこの金額で仕事を発注してくれるトコないよ?」「条件を飲まないなら、もう次から発注しないから」と納得させる悪質な手口もある。おまけに細部に難癖付けて報酬を減額するなど手口に枚挙にいとまがない。
その他、特に後ろ盾なくフリーで仕事を受ける場合、需要や相場・不当な相手の手口を知らないと良いカモになってしまう。
人というのは様々なことに面白さを見いだすのだが、なかでも、「自分の有能さを実感すること」に面白さを感じる傾向が強い。このため、クリエイティブな職業に従事して自分の有能さを実感すると、仕事の面白さにヤミツキになってしまい、無償労働を易々と受け入れてしまうことがある。
労働基準法第24条を破りつつ、やりがい搾取を行う
やりがい搾取を行う企業経営者は、「我々は、従業員に対して、やりがいがあって満足感を得られる素晴らしい仕事に参加させてやっている」といったような心理に酔いしれていることが多い。
そして、やりがい搾取を行う企業経営者は、「我々は、従業員に対して、素晴らしい体験をする機会を提供してやっているのだから、それに対する料金を請求しても許される。遊園地が利用客に料金を請求するのと同じように、我々も従業員に『素晴らしい経験をするための料金』を請求してもよいのだ」といったような考えに染まっていることが多い。
そして、やりがい搾取を行う企業経営者は、「我々は、従業員に対して『給与を支払う負債』を抱えているが、それと同時に従業員に対して『素晴らしい経験をするための料金を請求する債権』を持っている。このため、負債と債権を相殺して、給与から料金を天引きして、従業員に対して少ない給与を渡す」と思考することが多い。
ちなみに、企業経営者が、従業員に対する給与支払いという負債と従業員に対する金銭債権を相殺して、金銭債権の分だけ少ない給与を支払うことは、労働基準法第24条第1項で禁止されている行為である。労働基準法第24条第1項では賃金全額払いの原則が定められており、「経営者が従業員に金銭債権を持っているとしても、いったんは経営者が給与を従業員に全額支払わねばならない」としている。労働基準法第24条第1項を破った企業経営者は、同法第120条第1項により30万円以下の罰金を科される。
やりがい搾取を得意とする団体
やりがい搾取を得意とする団体というと、カルト宗教団体やブラック企業である。
また、日本において政府や地方公共団体もやりがい搾取を得意としている。2020年東京オリンピックでは医師や案内人をボランティアでまかなったし、地震などの災害が起きるたびに政府や地方公共団体が災害ボランティアを組織している。
日本において公立学校の教員の待遇が極めて悪く、大量のサービス残業を課される教員が多いのだが、これも日本政府のやりがい搾取の典型例である。
やりがい搾取という言葉の由来
やりがい搾取という言葉を作り出したのは社会学者の本田由紀である。
社会学者の阿部真大が、好きなことを仕事にしていると長時間労働にのめり込んでいくことを自己実現系ワーカホリックと呼んだ[1]。それに対して本田由紀は「『自己実現系ワーカホリック』という言葉は、個人側の動機を強調しているように見えるため、不適切な面があるかもしれない。働かせる側の要因の重要性を言いあらわすために、ただしくは『〈やりがい〉の搾取』と呼ぶべきであろう」と述べ、やりがい搾取という言葉を提唱した[2]。
「日本型雇用における内発的動機付けによる労働奨励」とやりがい搾取の相違点
昭和時代の末期まで、日本の大企業のほとんどが日本型雇用と呼ばれるような雇用形態を維持していた。日本型雇用とは、年功主義を基礎とした人事制度である。
日本型雇用においては、内発的動機付けで労働を奨励するのが常であった[3]。そして、内発的動機付けで奨励された労働に対して即座に金銭的報酬を払わないことも多々見られた。
しかし、日本型雇用において、内発的動機付けで奨励された労働に対する金銭的報酬は、永久に支払われないわけではなく、長期にわたって後払いという形態で支払われていた[4]。「若いときに無償労働を繰り返した従業員に対して、即座に金銭的報酬を与えないが、遠い将来において管理職に登用して高額の管理職手当を与えたり、遠い将来において役員に登用して高額の役員報酬を与えたりする」というのが典型例である。
このため、日本型雇用における内発的動機付けによる労働奨励のことをやりがい搾取と呼ぶことは少ない。やりがい搾取とは、内発的動機付けによって労働を奨励しつつ、その労働への金銭的報酬を永久に支払わない行為のことだからである。
カルト宗教団体やブラック企業の無償労働強要
カルト宗教団体とブラック企業の3つの手法
構成員に対して大量の無償労働を強いる団体というと、カルト宗教団体とブラック企業が代表例である。
カルト宗教団体とブラック企業は、やりがい搾取と「負の扇情的動機付け」と罪悪感刺激という3つの手法を用いて、構成員に対して無償労働を課し、構成員に支払うべき人件費を節約して利益を絞り上げている。
「やりがい搾取」の単語記事の範疇からやや外れる記述になるが、本項目では3つの手法を簡単に紹介することとする。
やりがい搾取
カルト宗教団体やブラック企業は「働くことが修行になり、宗教的な能力が高まる」とか「働くことが学習になり、スキルアップにつながる」などと称して、構成員の「才能を伸ばすことができて、とても面白くてやりがいがある」という気持ちを刺激して、そうした上で無償労働を課すことを得意としている。
オウム真理教はうまかろう安かろう亭やオウムのお弁当屋さん
という副業を経営していて、そこで信者を無償かまたは極めて安い給与で働かせて多額の利益を得ていた。信者に対して「働くことが修行になる」と吹き込み、内発的動機付けをしていたので、典型的なやりがい搾取であった。
「負の扇情的動機付け」
カルト宗教団体やブラック企業は構成員に対して「君たち構成員の生命・身体・自由・財産をしっかり守っているのは我が団体だけである」と告げ、その上で「我が団体が倒産して滅んだら、君たち構成員は誰にも守られなくなり、君たち構成員の生命・身体・自由・財産が危険にさらされる」と不安を煽り、そして「君たち構成員は、無償労働をして我が団体が存続するように努力すべきである」と語って、構成員が無償労働に向かうように誘導することを得意としている。
これは、「負の外発的動機付け」に非常によく似た行為であり、「負の扇情的動機付け」と仮に呼ぶことができる。このことについては外発的動機付けの記事を参照のこと。
罪悪感刺激
カルト宗教団体やブラック企業は構成員に対して「君たち構成員は、我が団体に世話してもらっているのであり、感謝の心を持つべきだし、申し訳ないという気持ちを持つべきだ」と吹き込み、構成員に「こんなにも給与をもらって申し訳ない」「皆が働いているのに自分だけ休む・帰るなんて」という気持ちを起こさせ、無償労働・格安労働に向かわせることを得意としている。
これは罪悪感を刺激して、給与をもらうことを遠慮させる行為である。人の良心を利用し、人に「良心の呵責」を起こさせて、それで人の心を支配するという手法である。
やめるのは自由
いくら周囲や顧客への罪悪感を刺激されても、仕事を辞める自由がある点は覚えておきたい。
- 辞職に条件は必要ない。(条件を満たさなければ辞職できないのは違法)
- 人員が抜けたことに対する損害賠償や謝罪・土下座をする義務はない。
- 辞める場合、代わりの人間を連れてくる義務はない。
- 退職届を受け取らない、受理しないのは違法。(内容証明郵便等で送る手もある)
- 雇用契約書(労働契約書)をよく見たら上記も含め不利なことが書いてあった…
- 義務のないもの、労働基準法に違反する内容は署名捺印があろうが最初から無効である。
「残った仲間に申し訳ない」のではなく仲間も連れて辞職してしまえばいい。悪徳企業や悪徳組織を効率的に瓦解させることが可能である。
PTAはそもそも入る義務はなく入退会自由。強制加入・入らない理由として医師の診断書を提出させたり入らないことで不利益を与える、示唆するのは違法である。会費を自由に使えるなどおいしい立場の人間が多いため入退会自由の権利を教えていない。(→PTA)
逃げる・拒否すること=恥ずかしいことではなく、ヤバい相手から逃げるのは立派な緊急避難である。
「過労死・精神崩壊・自殺するまで薄給激務で働きました!」は全く美徳ではない。
関連商品
関連リンク
関連項目
脚注
- *2006年の『搾取される若者たち ―バイク便ライダーは見た! (集英社)』にてその表現を用いた。
- *『世界(岩波書店)2007年3月号』でこのことを述べた。その文章は2008年の『軋む社会(双風舎)』や2011年の『軋む社会(河出書房新社)』に掲載されている。
- *『虚妄の成果主義(日経BP社)高橋伸夫』4ページ
- *『日本型「成果主義」の可能性(東洋経済新報社)城繁幸』20ページ、180ページ
- 1
- 0pt