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アフガニスタン単語

アフガニスタン

アフガニスタン2001 アフガニスタンとは、アジアの中央に位置する 現代の魔窟民族国家である。

基本データ
正式名称 アフガニスタンイスラム共和
جمهوری اسلامی افغانستان
Jomhūrī-ye Eslāmī-ye Afgnestān
国歌 ソルーデ・メッリー
チューリップ
公用語 パシュトー、ダリー
首都 カーブル(Kabul)
面積 652,225k世界40位)
人口 2800万人(世界第38位)
通貨 アフガニ(AFN
国家アフガニスタン
それは全アフガニスタン人の誇り
平和の地 の地 その勇敢なる息子たち
ここは全ての民族の故郷である
バローチ人 ウズベク人 パシュトゥーン
ハザラ人 トルクメン人 タジク
そしてアラブ人 グジャル人 パミール人
ヌーリスタン人 ブラフイ人 キジルバシ人
アイマク人 ファルワン
青空太陽の如く この地永久に栄えん
アジアの中心としての思い 常に胸の中にあり続けん
らは唯一神に従う
ら唱える アッラーフアクバルは偉大なり)
ら唱える アッラーフアクバル
ら唱える アッラーフアクバル

国旗は縦にで三分割し、中央に章。は何年と続いた侵略・抑圧の歴史を表し、は長年の闘争で流された民の血を表し、自由平和農業イスラム教を表す。

概要

地理

 名のアフガニスタンとは「アフガン人(パシュトゥーン人)の土地」という意味のペルシア語漢字表記は富汗斯坦(中国では富汗)。土の四分の三を山岳地帯が占め、北東から南西およそ1,200km・南北幅およそ500kmにわたってヒンドゥークシュ山脈が横たわる。地は北部を形成するアムダリヤ周辺と、南西部。大きな河川沼に乏しく、高山からの解けが頼りとなる。降量も多いとはいえず、2008年には大干ばつに見舞われた。また、隣パキスタンと同様に地震が多い。

 ヒンドゥークシュとはペルシア語で「インド人殺し」を意味する。中国インド亜大陸を隔てる東のヒマラヤ・カラコルム山脈に対し、中央アジアインドを隔てる北のであるが、それでもカイバサランなどのを通じて、シルクロードインドを繋ぐ南北の交易路が築かれてきた。玄奘三蔵がインドへ入ったのも、現在バーミヤンからカブール~ジャララバード~カイバ~ペシャワール~イスラマバードへ向かうである。

経済

 長年の戦乱で工業の発達が遅れ、農業(※ニンジンの原産地。また、名産品としてザクロ)と牧畜(遊牧)が産業。その一方で、アヘンの原料となるケシ芥子)の栽培が、軍閥や反政府勢の資として近現代に広く行われ、生産量は全世界の9割を占めると言われる。現政府の撲滅政策にも関わらず、一向に減らないのが実情。
 言うまでもなく住居・道路・医療等のインフラが整っておらず、もとからの住民のみならず、戦乱を避けて外に逃れていた難民の帰についても大きな足かせとなっている。失業率は40以上。
 鉱物についてはいくらか有望ではないかと思われる事もある。古代はラピスラズリの産地で有名だった。鉱床・鉱床の存在も確認されている。2010年アメリカニューヨークタイムズは1兆ドル規模のレアアースの鉱床がアフガニスタンにあると報じた。

 内産業がズタズタのため、国家予算の9割を外からの支援に頼っている。2002年2012年東京アフガニスタン支援国会議が開催され、日本(議長)は2002年からの10年間で約33億ドル規模の支援を行ったこと、次の10年間も最大約30億ドル規模の支援を行うことを表明した。

アフガニスタンの民族

 この他にアラブ人インド系のヒンドゥー教徒、シーク教徒など。国家の人口は3000万人に満たないが、これでも冷戦時代にべれば1000万人以上増えている。実際には民族ごとに住み分けがされているため、「統一国家」の雰囲気はあまりい。
 民族の長はハーン(チンギス・ハーンのあのハーンと同じ意味)と呼ばれる。その下に部族の長が居り、マリク(中東方面の言葉で「王」、「長」などの意)と呼ばれる。また民族的な権者とは別に宗教導者も居り、ムッラーと呼ばれる。このように権構造も国家民族宗教バラバラになっており、国家YESと言っても民族がNOと言ったり、民族宗教がOKを出したのに国家NGを出すなど、かなりのカオスとなっている。

アフガニスタンに興亡した諸国

 有史以来、多くの民族がこの地域に侵入しを建てた。しかしひとたび建しても次から次へと異民族がやってくるため、出来ては滅び出来ては滅びを繰り返した。近代以降も変わらず、イギリスロシアソ連)、アメリカと近現代の大が侵入する。
 イギリス三度アフガン戦争を起こしたが、ことごとく苦戦した。一時は首都カブールを占領したもののその後すぐに英領インドカブール駐屯軍とその家族一般人約1万5千人が全滅し、生存者が一名という失態を演じた。
 ソ連は1979~1989年まで軍事介入をする。ソ連は最大で10万強の兵を投入したがソ連側の死傷者は9万人であり、うち戦死者は1万5千である。ソ連はかつてのベトナム戦争でのアメリカの教訓からヘリボーン作戦を実施するが、アメリカがムジャヒディーンにスティンガー地対空ミサイルを供与したため、苦戦することとなった。
 そしてアメリカ2001年からの戦闘でアフガン正規軍、NATO軍、アメリカ軍合わせて十万弱展開しているが、この数年は治安は回復していないどころか悪化してる地域もあり、国連職員やなき医師団などNPOやNGOなどの誘拐・殺人が起きているのが現状である。

支配民族・王 アフガニスタン支配の)時期
 メディア 紀元前600年頃~前550年頃
 アケメネスペルシア帝国 550年頃~前332
 アレクサンドロス大王帝国
  →セレウコスシリア
332年~前250年頃
 グレコ・バクトリア王 250年頃~前170年頃
 インドグリー諸王 170年頃~紀元100年頃
 サカ(スキタイ)王 100年頃~紀元50年頃
 インド・パルティア 1世紀頃
 クシャーナ 1世紀頃~3世紀頃
 クシャーン・シャー
  (クシャーノ・サーサーン朝
3世紀頃~5世紀頃
6世紀頃~7世紀頃
 エフタル 5世紀頃~6世紀頃
 ウマイアイスラム帝国 8世紀初め~750年頃
 アッバースイスラム帝国 750年頃~820年頃
 ターヒル 820年頃~870年頃
 サッファール 870年頃~900年頃
 サーマーン 900年頃~990年頃
 ガズナ 990年頃~1150年頃
 ゴール 1150年頃~1215
 モンゴル帝国 1220年頃~1350年頃
 ティムール帝国 1370年頃~1500年頃
 ガール帝国 1500年頃~1750年頃
 ドゥッラーニー
  (アフガニスタン) 
1747年~1819年
 バーラクザーイー
  (アフガニスタン首長→王) 
1826年~1973年
 アフガニスタン共和 1973年1978年
 アフガニスタン人民民主党政権 1978年1992年
 アフガニスタンイスラム国
  →北部同盟 
1992年1996年
 タリバン政権
  (アフガニスタンイスラム首長) 
1996年2001年
 アフガニスタンイスラム共和 2001年~(現在

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読み:アフガニスタン
初版作成日: 10/05/13 23:14 ◆ 最終更新日: 13/06/22 01:22
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アフガニスタンについて語るスレ

49 : ななしのなっしん :2016/08/03(水) 16:22:45 ID: kwr77ikNjw
アフガンは王政倒すべきじゃなかったろうな。王がいれば宗教暴走にも抑えが効くし。王の下で徐々に近代革するか、人民民主党政権の下で急速に近代化するか、そのどちらかしかアフガンが幸福になるかったのかもな。アフガンなんか群雄割拠の戦国時代だったんだから、それらをまとめて抑えられる強革志向を持った政府が必要だった。
50 : ななしのよっしん :2016/11/23(水) 12:41:04 ID: EDGnxyQEtL
そもそもアフガニスタン王制を倒したのは、欧クーデター工作だよな
結果、民主化失敗して戦国時代が起こって、タリバンが政権握ったら
今度はタリバンを滅ぼすために侵略して結果として永遠の泥沼って、ほんと世界地獄だわ
51 : ななしのよっしん :2017/02/03(金) 06:02:18 ID: gKaPiGDl2I
考えようによってはクルド人やパシュトゥーン人等々、アラブ人中心の中東情勢に圧迫されてた
少数からすれば今の戦国時代状態は民族自決のかつてないチャンスなんだよね

イランがクッソ邪魔だけど
52 : ななしのよっしん :2017/02/16(木) 16:25:47 ID: TlphlKaRLW
>>51
クルド人は自治政府を持ってるから、民族自決は半ば達成されてるともいえる。
外交、安全保障を獲得するのが悲願だろうけど、獲得したらそれはそれで、
自治政府を管轄に置いていると紛争になりかねんし、
内部の閥問題も顕在化してきそうで、現状維持を望むクルド人は少数ではないと思うな。

パシュトゥーン人は今現在も、古来よりのワーリ(部族の掟)だけが一の法律
この掟を破棄して、近代国家組みに加入するなんてことは、100%ないよ。
パキスタンアフガニスタン両政府も、部族地域には介入しない。
彼らは部族の掟を守るため、パキスタン政府からの開発援助も断り続けている。
53 : ななしのよっしん :2018/10/21(日) 15:27:44 ID: qqZuLR+ZsH
の飢えた子供には医療や教育を与えずに文化財のみにを注ぎ込むそんな西側の偽善にはうんざりだとタリバンは言ってたそうだな。
異教の遺産とは言え現地人には『お父さん石像』と親しまれていた像を今更破壊したのも貧困社会の注を集めさせる為なんだとさ。
でもその肝心のタリバンが麻薬売買や強姦略奪を働いてたんだから救い様がいと言うか。
大昔の繁栄していた頃のムスリムは異教徒(多教徒)であっても意味な虐殺はせず同時代の欧州では魔女狩り虐殺されまくってた同性愛者ですら闇に殺さなかったという。
結局宗教は人を救わないんだな。
どんな宗教観があろうと教育倫理インフラが壊れたら全てが廃墟と化す。
54 : ななしのよっしん :2018/10/21(日) 15:43:44 ID: sVw/QZgpC8
教育倫理インフラがあってもやけに自殺率の高い日本がそれをいうのもなあ

間違った宗教や信念は人を不幸にするとは思うけども信じるものがなければ幸福になれるのかと言うとはなはだ疑問
55 : ななしのよっしん :2018/10/21(日) 17:16:20 ID: 2L9o6NrbBo
明治維新後の日本はよくアフガンみたくならなかったよな。
個人レベルの殴り合いと罵詈雑言や結婚差別がある程度。
本当なら長と会津テロの応酬がエンドレスに続く紛争地帯になっててもおかしくかったのに。
紛争地帯になって欧露中の遊び場になる位ならば武士道を破壊してでも近代化を優先したって事なんだろうか?
アフガンが近代化するにしても今の日本みたいな武士道モドキと歴史的裏付けのいここ数十年で沸いた奇妙な諦観をごちゃ混ぜにした気持ち悪いエセ倫理がまかり通る自殺にしちゃ駄なんだと思う。
アフガン人の信心深さはその為にアッラーが与えたのだと思う。
テロの為にあるのではい。
56 : ななしのよっしん :2018/10/28(日) 18:04:03 ID: Wl5ziCdtC/
>>55
こんな言いぐさしてまで嬉々として日本貶める事をのたまうってどんなしているのか本気で気になる
57 : ななしのよっしん :2018/10/28(日) 20:04:08 ID: +Do+P9Jbnk
アフガニスタンとそこに住まうイスラーム教徒に対してはまったく余計なお世話で理解・狭量な発言と言わざるを得ないが、彼は別に日本そのものを貶めてるわけじゃなかろうに。
「今の日本マナーはあっても宗教・イデオロギー等に発する倫理を欠く社会)」と「武士階級(武人の倫理らしきもので武装した、階級の利益を最大化し続けた集団)の日本」を否定しているだけでしょ。ある意味戦前社会悪魔化している連中の合わせのようなもんだ
明治政府は、導者層が武士階級出身なのに、徴兵令において、武士倫理性そのものを根本からに否定する文面の布告を出したし、「今の日本」や「過去日本」を否定することが日本を否定することにはまったくならないだろう
それとは別に、アフガニスタンの人々に対する上から目線や彼らの宗教倫理が要請するところを勝手に決めつけていることは論外だが
58 : ななしのよっしん :2018/11/09(金) 21:50:20 ID: 4yGhVCtH30
タリバンが勢を拡大しつつあるようだ。
近いうちにアフガニスタンイスラム首長が復活するかもね
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