アレッサンドロ・デル・ピエロ(Alessandro Del Piero, 1974年11月9日 -)とは、イタリアのサッカー選手である。愛称はアレ、ピントゥリッキオ。
概要
テクニックやフリーキック、アイディアに優れる。ポジションはフォワード・攻撃的ミッドフィルダー。利き足は右足で、とくにゴール前左サイド45°でのプレイ・シュートを得意にしており、そのあたりはデル・ピエロゾーンと呼ばれる。ユヴェントスの歴代最多試合出場者、最多得点者である。
パドヴァ・カルチョのユース出身。1991年にパドヴァでプロとしてのキャリアをスタートさせ、1993年にはユヴェントスへ移籍。数々の栄光の傍、左膝十字靱帯断裂による選手生命の危機、カルチョ・スキャンダルによるチームのセリエB降格といった苦難も乗り越えるなど、2012年に退団するまでの19年間、ユヴェントスの象徴であり続けた。
代表には1995年にデビュー。2006年ドイツワールドカップでは優勝を経験。得点はイタリア代表歴代4位である。
親日家としても知られ、2012年7月21日に日本で行われた東日本大震災復興支援2012Jリーグスペシャルマッチにおいて、デル・ピエロ自ら参加を打診してゲストプレーヤーとして先発出場。華麗なボール捌きやスルーパスは健在で、後半25分にはミドルシュートによるゴールを決めるなど37歳とは思えないパフォーマンスを披露し、カシマスタジアムに詰めかけた多くの観客を沸かせた。後半途中に交代した後はシャワーも浴びずにインタビューに直行。去り際には日本国民へ向けて、不慣れな日本語で「ガンバッテ」とエールを送った。帰国前夜にはしゃぶしゃぶを堪能するなど(本人曰く「イタリアでは寿司や刺身くらいしか日本食が食べられないんだ」)、日本通ぶりも垣間見せた。
また、新日本プロレスのファンとしても有名である。好きな選手は「アントニオ猪木」「木村健吾」「藤波辰爾」「タイガーマスク」を挙げている。来日した際に「ワールドプロレスリング」の企画で行われた藤波辰爾との対談では
(そう言って、技のかけ方を教えようとした所)
と言いつつ、藤波の必殺技である「ドラゴンスリーパー」を、少年のような満面の笑顔で喰らっている。更に、対談終了後にタイガーマスクの、サイン入りマスクをプレゼントされると、嬉しすぎてそれを被ったまま空港に現れファンを驚かせた。※尚、マスク姿はユヴェントスの公式HPに掲載され全世界に配信されました。
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