秘匿された資質
令嬢の陰から
才媛の背後から
さあ姿を現せ
アローキャリー(Arrow Carry)とは、1999年生まれの日本の競走馬。鹿毛の牝馬。
北海道からやって来て桜花賞を13番人気で制し、池添謙一の初めてを奪った女。
概要
父*ラストタイクーン、母アロールーシー、母父*サンキリコという血統。
父は1986年のBCマイル、キングズスタンドSなど英米で短距離~マイルのGIを3勝。種牡馬としても欧州ではサトノクラウンの父Marjuやメイショウドトウの父Bigstoneを送り出し、オーストラリアではリーディングサイアーに輝くなど海外では活躍したが、リース種牡馬として供用された日本ではアローキャリーが唯一のGI馬で、期待されたほど結果を出せなかった。ただしキングカメハメハの母父として日本の血統図に名を残している。
母は同じ矢野牧場産・矢野オーナーの所有馬で5戦2勝。
母父はアメリカ産馬で、主にイギリスで走り8戦5勝、短距離~マイルの重賞を3勝。種牡馬としては地方で活躍した牝馬ケーエフネプチュンを出した程度の実績しかない。
1999年3月1日、静内町の矢野牧場で誕生。オーナーは矢野牧場の当時の代表・矢野秀春。種牡馬繋養牧場・アロースタッドを運営する株式会社ジェイエスの代表でもあった。
アローキャリーは父も母父も日本では目立った実績がなく、もちろん牝系も活躍馬のない超地味牝系だったので、セリに出しても売れないだろうと、生産者がそのまま自前で所有することになったという。
ピンクのメンコと黒いシャドーロールがトレードマークであった。
聖剣を求む勇者に第一の矢を
北の大地から運ばれた矢で
2歳となったアローキャリーは、2001年5月9日、札幌競馬場のダート1000mでデビューした。
……ん? 2歳馬が5月にデビュー? そもそも5月に札幌開催なんてあったっけ? と思った人は勘が良い。彼女のデビューは当時札幌競馬場でも開催されていた地方競馬のホッカイドウ競馬だった。こっちの方が勝ち上がりやすいだろうと、当時存続の危機にあったホッカイドウ競馬の支援も兼ねて、JRA移籍を前提に地方でデビューさせることにしたのだそうである。
デビュー戦を2着、2戦目で無事に勝ち上がると、札幌と旭川のオープンをともに3着。8月には札幌で中央開催なのに地方馬しかいない芝1000mの2歳500万下という今から見ると謎過ぎるレースを逃げ切り2勝目を挙げる(当時は夏の札幌開催に週1レースだけ「2歳500万下」が組まれていた。出走していたのは主にホッカイドウ競馬の地方馬)。旭川のマイル重賞・フローラルカップを1番人気でブービー13着に撃沈したあと、地方所属のまま札幌・芝1200mのすずらん賞(OP)で初めて中央馬と戦い、ここも逃げて3着に健闘する。
このあと予定通りJRAへ移籍。ダンツシアトルやイシノサンデーで知られる栗東・山内研二厩舎に転厩となった。
でもって迎えたJRA移籍初戦はなんといきなり阪神ジュベナイルフィリーズ(GI)。人気どころはすずらん賞の勝ち馬で続くファンタジーSも快勝してきたキタサンヒボタン、赤松賞を快勝したオースミコスモあたりで混戦ムード。出走馬の中でもレース経験は随一ながら、なんだかよくわからん経歴のアローキャリーは42.9倍の9番人気である。なおマイル実績は旭川でのブービー撃沈しかなかった模様。鞍上には短期免許で来日中のキーレン・ファロンを迎えた。
キタサンヒボタンらが好スタートを切る中、これまで同様に押してハナを切ったアローキャリー。そのまま自分のペースでの逃げに持ち込み、直線でも後続を引き連れて内ラチ沿いで粘ったが、最後に2週連続GI制覇中のオリビエ・ペリエに導かれた7番人気の青森産馬タムロチェリーに差し切られて惜しくも2着。
グリーングラス以来の中央GI制覇となった青森産馬と、ホッカイドウ競馬出身馬との超地味血統同士による2歳GIワンツー。馬連は25,350円ついた。
……現代ならどう考えてもこの後は桜花賞トライアルへ向けて休養だが、アローキャリーはなんと中1週で芝1200mのフェアリーステークス(GIII)にも参戦する。ここでは蛯名正義を鞍上に、4.1倍ながら1番人気に支持されたが、「外国産ずがば!」サーガノヴェルの前に4着に敗れた。
勇者よ桜を射貫け
明けて3歳、藤田伸二を迎えて2月のエルフィンステークス(OP)から始動。逃げたもののチャペルコンサートにハナ差差しきられて2着。
続いて3月のトライアル・アネモネステークス(OP)ではオリビエ・ペリエを鞍上に迎え、1番人気に支持されたが、なんと8着に撃沈してしまう。
阪神JFの2着で賞金は足りていたので、そのまま追加登録料を支払い桜花賞(GI)に向かったアローキャリー。しかしペリエは短期免許の期間が終わって帰国してしまい、鞍上が空いてしまった。トライアルで8着ということもあってか、なかなか鞍上が決まらないまま時は過ぎ……。
レース1週間前、お鉢が回ってきたのは、当時デビュー5年目の若手だった池添謙一だった。
なんとか最終追い切りには騎乗したものの、池添は彼女の出来がいいのかどうかもよくわからないまま迎えたレース本番。前走の惨敗もあり、アローキャリーは42.9倍の13番人気まで評価を落としていた。……いったい何の偶然か、阪神JFと同じオッズである。
レースが始まる。ともに前走トライアルを逃げて勝った同じ山内厩舎の3番人気サクセスビューティと、9番人気ヘルスウォールがともに大外8枠から並んでハナを主張。山内師から「サクセスビューティの後についていけ」という指示があったのもあり、7枠15番のアローキャリーは行きたがる馬を池添がなだめながら控え、内に入って前2頭を行かせながら3番手につけた。
そのまま最内を通って直線に入ると、外に持ち出して進路を確保。サクセスビューティが沈みヘルスウォールが抜け出したが、満を持して池添が追い出すと、鋭く反応したアローキャリーは力強く抜け出す。後方からブルーリッジリバーや1番人気シャイニンルビーらが猛然と追い込んできたが寄せ付けず、そのまま1と1/4馬身差をつけてゴール板へ飛び込んだ。
これが池添騎手の記念すべきGI初制覇。だからガッツポーズがキモいとか言うてやるな。矢野オーナーも矢野牧場も嬉しいGI初制覇。ラストタイクーン産駒のGI制覇も初。地方出身馬の桜花賞制覇はオグリローマン以来、ホッカイドウ競馬出身では初。追加登録制度を使用してのクラシック制覇は1999年皐月賞のテイエムオペラオー以来2頭目。2着に7番人気ブルーリッジリバーが突っ込んだため、馬連は阪神JFを上回る34,440円がついた。
「自分なりに(トリッキーな)旧(コースの)阪神1600メートルを勝つ乗り方はできたと思っていました。すると、ユタカさんから“上手に乗れていた”と褒めてもらえたんです。GIを勝ったうれしさもあったし、その言葉を聞いた瞬間、お酒が本当においしく感じられて、その晩はむちゃくちゃ酔っ払いました」
その後
かくして地方から見事に桜花賞で穴を開けたアローキャリーだが、桜花賞馬らしく、この後の競走生活に語ることはあまりない。距離適性を鑑みてオークスを回避し休養したが、四位洋文が騎乗した復帰戦のローズステークス(GII)はスタートからなぜか1頭だけ超大外を走ってしまい逃げられず、最下位に惨敗。
距離をマイル以下に戻したが以降も本来の逃げ戦法は鳴りを潜め、村本善之が騎乗したポートアイランドS(OP)は7着、池添が騎乗したスワンステークス(GII)は最後方からのレースになって8着。熊沢重文が騎乗したマイルチャンピオンシップ(GI)は単勝万馬券の最低人気で大差の最下位に沈み、このレースを最後に現役を引退した。通算16戦3勝。
2002年クラシック世代の牝馬といえば、「ファインモーションとそれ以外」という評価なのはまあ致し方ないところである。しかしファインモーション以外の世代GI牝馬を並べて見ると、
- 衰退した青森の馬産の切り札のはずが全然ダメだった*セクレト産駒の青森産馬タムロチェリー
- 父も母父も牝系も超地味、セリに出しても売れる見込みすらなかったアローキャリー
- 評価ダダ下がり中の父と売却されかけた母の投げやり配合で生まれたスマイルトゥモロー
と、いずれも全く期待されていなかった雑草血統の馬たちが当初の低評価を覆して世代GIの栄冠を掴み取った世代でもあった。そしてそんな彼女たちが、アイルランドからやって来た超良血のお嬢様にまとめて蹂躙されたところまで含めて、競馬のドラマと残酷さとが凝縮されていたような気もしないでもない。
ちなみにマル地(地方から中央に転厩した馬)の中央平地GI制覇は、アローキャリーの桜花賞と同年、2002年マイルCSのトウカイポイント(岩手出身)以降、2023年高松宮記念のファストフォースまで21年間現れなかった。[1]ファストフォースは中央デビューの出戻り組なので、地方デビューでの中央GI勝利は、世代順では彼女が現在も最後である(トウカイポイントは3歳上なので)。
引退後
引退後は故郷の矢野牧場で繁殖入りしたが、ダンスインザダークの仔を受胎していた2006年1月5日、心臓麻痺により、胎内の仔とともにわずか7歳で帰らぬ馬となった。
残された産駒は僅か2頭。初仔(父ブライアンズタイム)のアロープラネットが繁殖入りして8頭の仔を産み、一応2023年現在も2016年産のヤマタケフリーダム(牡)が園田で現役だが、牝馬の産駒も今のところ繁殖入りした様子がなく、牝系の血すら繋がるかどうかかなり危うい状況である。元々彼女以外に活躍馬のない超地味牝系だったので致し方なしと言われればそうなのかもしれないが……。
池添謙一はこの後、聖剣を振るって短距離界を統一し、わがまま魔女の箒を乗りこなし、夢の旅路で嫁を迎え、金細工師と三冠の頂きに上り詰めた。その道のりに最初の武器となる矢を授けたアローキャリーの名も、彼が活躍し続ける限り忘れられることはないだろう。
血統表
*ラストタイクーン 1983 黒鹿毛 |
*トライマイベスト 1975 鹿毛 |
Northern Dancer | Nearctic |
Natalma | |||
Sex Appeal | Buckpasser | ||
Best in Show | |||
Mill Princess 1977 鹿毛 |
Mill Reef | Never Bend | |
Milan Mill | |||
Irish Lass | Sayajirao | ||
Scollata | |||
アロールーシー 1991 鹿毛 FNo.21-a |
*サンキリコ 1985 黒鹿毛 |
*リィフォー | Lyphard |
Klaizia | |||
Nell's Briquette | Lanyon | ||
Double's Nell | |||
ソーミユール 1981 黒鹿毛 |
アローエクスプレス | *スパニッシュイクスプレス | |
ソーダストリーム | |||
マーキュリーアロー | *ミンシオ | ||
ストレートアロー |
クロス:Northern Dancer 3×5(15.63%)、Nearco 5×5(6.25%)
関連動画
関連リンク
関連項目
脚注
- *この間には、障害競走ではレッドキングダム(中央→岩手→中央)が2014年の中山大障害を勝っている。地方JpnIを勝った馬は、地方デビューではボンネビルレコードとニシケンモノノフ、中央→地方→中央の復帰組ではサマーウインドとゴルトブリッツがいる。
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