アンチック体とは、毛筆系の特徴を持つ太めの和字書体。現代では主に漫画のセリフにおける本文的な用例や、辞書の見出しでの用例が知られている。
ゴシック体の漢字と混植した組み合わせは「アンチゴチ」と呼称される。
概要
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漫画のページの例 |
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多くの場合意識されていないと思われるが、漫画のセリフにおいて主流な本文書体は、よくみると「仮名と漢字の書体(書風)が異なる」状態で用いられている。この本文書体の“仮名のほう”がアンチック体である。多くは明朝体の仮名をベースにした、筆系の雰囲気を持った書体である。名前の由来は(おそらく)antiqueから。
本文で人気のある和文書体「明朝体」は縦線が太く横線が細い特徴があり、仮名にも毛筆らしい独特の太さの変化があるものだが、アンチック体とはこうした変化を抑えて全体を太めにとり、より明瞭な可読性を確保したものである。こうした装飾性を持ちながら太さの変化が控えめという特徴は、英字書体では「スラブセリフ」に類される。
その「太めで太さの変化が抑え気味の毛筆系な仮名を有する」という条件を満たせばアンチック体に類される。仮名と整合性がある漢字のデザインが選定されがちで、従来の明朝体やゴシック体と混植したり、明朝体の横線も一緒に太くして総合的に設計された書体としたりと様々である。むしろ黎明期のアンチック体は、漢字も仮名と同じくして太い毛筆文字で構成されたものが開発されていたようである。
また上記の条件に則れば、テレビでつぶれにくいように設計された「テロップ用明朝体」の系列もアンチック体に連なる系譜とみることもできる。
書体というのは場面によって役割がわかれる。現代では、あまり主張せず平易な太さを持つ、明朝体や(細めの)ゴシック体などボディータイプと呼ばれる本文用書体、個性や緩急が強く目に引っかかるディスプレイタイプと呼ばれる強調・見出しやタイトルに使われる書体に大別される。しかしアンチック体は、その両方の用例がみられる。
用いられる理由は諸説ある。本文で人気の明朝体は縦と横の線幅の緩急で拾字疲れが少ないが、細い線の部分は場合によって目に留まらず潰れてしまったり、視覚的のみならず印刷の都合でさえ潰れてしまいがちだ。ゴシック体は線が均一で安定するが、そのために読み疲れしやすい。その書体の両面のメリットを持つアンチック体は、現代では、目につきやすさと読みやすさの両面が必要な場面に用いられるという向きがある。
漫画の場合でいうなら、まず印刷に用いられる紙やインクは安価な場合が多く、これによって滲みとか掠れが発生しやすいので、潰れの少ない太めなアンチック体(とゴシック体を混植した“アンチゴチ”)が選ばれた、という話が通説としてある。他にも、絵が画面の多くを占める漫画において視覚的に引けを取らないために太めかつ本文らしいアンチック体を使うとか、セリフのリズム感にアンチック体が合っていたから使う、というような感覚的な要因も考えられる。
辞書の場合はもう少しわかりやすく、単純に全面が明朝体活字で構成された本文の中で、同じく文字情報として目印を置く場合には太めの「アンチック体」が選ばれやすいということである。近年では太めのゴシック体をこの部分に採用する辞書もある。
歴史
黎明――活版印刷
出自としては見出し書体(ディスプレイタイプ)として企図されたらしき書体である。そうした違いや実際の用例などからも、特徴を同じくしながら両面の顔を持ち合わせた書体の一例なのである(こうした点はゴシック体を取り巻く環境の変遷とも共通するものがある。また近代では写植書体「ナール」などでも、同様に意図と用例の乖離現象が起きている)。
まだ多く書体の開発が進んでいなかった和文活版印刷の黎明においては、本文に明朝体や毛筆系の書体、見出しにゴシック体などの一部の特殊活字や、レタリングされた図案文字が用いられた。こと活字だけを用いたタイポグラフィでは、書体が細い書体か太い書体かの二分で区別されていた節がある。同一書体の中でのウェイトファミリー(同一の設計を共有しながら太さが変化する書体群)という概念はまだ無かった頃の話であり、この頃にゴシック体といえば、隷書に影響を受けた太字が主派であった。
そうした背景下での、見出しや強調用の書体の一つとして和文のアンチック体は開発された。大きさに対して太さのある字面を持つ、毛筆系の書体としてであり、最初期の例として1888年に刊行された「新撰讃美歌」の見出しにアンチックの字様がみえる。
初期のアンチック体の一部は、漢字についても毛筆系の太書体が開発されていたようで、1885年ごろの活版書体見本に「五號アンチック形」という名前でそれらの掲載がみえる。
今でこそ考えがたいかもしれないが、この黎明期のゴシック体は、漢字の設計は進んでいた一方で仮名のデザインが十全でなかった。そのため太さの印象が同じくらいで整合性を持ち、ゴシック体に合わせても違和感のないアンチック体がつくられ、その固有の漢字書体でない、既存のゴシック体漢字と混植で用いられたのである。これがのちに漫画で主流となる「アンチゴチ」混植の始まりであったと言われている。
なお、この混植の呼び名は、活字においてゴシック体がゴチック形と呼称されていた名残である(アンチックはなぜか呼称が変わらないまま現代まで続いているが)。
また、手作業で木を彫って印刷に用いる木版印刷のレタリングにおいては、一定の太さを確保する必要があったためか横太の明朝体のデザインが早期から生まれていた。
いずれにしても、あくまでも活字体の種類や印刷の制約による部分が大きく、そのほかの理由は副次的なものに過ぎなかった。広告の強調や辞書の見出しなどに用いられることはあったが、漫画的な表現など本文と見做される部分では(まだスタイルが完全には成立していなかったこともあり)通常の明朝体が主流であった。
活字期 主なアンチック体
戦後――写真植字以降
活字においてゴシック仮名活字はある程度開発が進んだ一方、一部のゴシック活字には引き続きアンチックが当てられていた。1948年の大日本印刷・主要活字見本帳には小級数のゴシック活字に当てられたアンチック体をみることができる。
写真植字という技術がある。光を受けた部分が変色する紙に対して文字が刷られたフィルムを当てて光を入れ、文字をフィルム写真の要領で焼き付けるという活字と異なる文字印刷の手法である。活字は一文字に一つの活字を要したため大変な量が組版に費やされ、あらゆる面でコストがかかるものであったが、写真植字はその手法のため、一つの文字盤から無尽蔵に文字を増やすことができ、大きさもレンズによって自在であった。
森澤信夫と石井茂吉という二人の技術者がこれを実用に導き、石井自らの手によるアンチック体を含む新しい種類の書体ラインナップを擁して、戦前には売り出しを開始したが、その普及は戦争を挟み、荒廃した日本の復興の中においてようやく広められた。石井のアンチック体は「小見出し」「中見出し」「大見出し」と用途別に異なる太さが用意され、ベンダーの写真植字機研究所からは同じく石井による「石井明朝」の各ウェイトとの混植が想定されていた。
金属活字から写植に変化する中で、漫画も変化を迎える。緩やかなものであり、正確な時期や初出などは確かなことが言い難いが、明朝体がセリフに用いられることが大半であったものが、1960年代前半ごろに写植を用いた「版下」が漫画印刷の上で完全に主流となると、(概要項で述べたような理由・背景を持ちながら)中見出しアンチックと石井ゴシックを組み合わせた「アンチゴチ」が漫画の主流として定着することとなったのである。ちょうどその頃、森澤によるモリサワ写真植字機製作株式会社でも「アンチックAN1」というアンチック体がリリースされている。
ほか、走査線の走るブラウン管テレビの画面などに最適化された「横太明朝体」の開発も行われたり、現代的設計思想によるリョービ「ナウ」書体が登場するなど、その設計の幅は広がりをみせた。
写植期 主なアンチック体
- 写研 中見出しアンチック(1935, 石井茂吉)
- 写研 石井横太明朝(1959, 石井茂吉)
- モリサワ アンチックAN1(1960年)
- モリサワ テレビ太明朝体TA1(1962年)
- リョービ ナウ(1984-, 水井正)
- 写研 ナカミンダ(1991-1997, 中村征宏)
現代――DTP以降
画面を通じて情報をやり取りするデジタル媒体の流通や、印刷業界におけるデジタル化の波は写真植字を衰耗させた。写真植字が主流であった頃には写研・中見出しアンチックが長らく主流であったが、写真植字がデジタル化によって衰耗して以降は多くのタイプファウンドリーによる多様な書体がそれぞれの都合に応じて用いられるようになった。
初期には主に、画面の表示性能から「太さを持った明朝体」が要されたため、先述のテロップ用書体と同様な向きでの開発が主となった。携帯端末用書体でいえばSHARP「SH明朝」などにその傾向がみられる。
表示性能の向上が進むと共に性能面からの開発要件は減ったものの、今度は極細書体に関する開発も進み、細いアンチック体などの試みも生まれた(藤田重信「筑紫アンティーク明朝」、笠島正敏「トニカアンチEL」など)。
また、可読性を重視する上で、ローコントラストさは再評価された。UDフォントという、より多くの人が読むための書体という概念がイワタによって生み出されて以降、横太な、アンチックに近いUD明朝体が多く開発されている。
デジタル期 主なアンチック体
- フォントワークス アンチックセザンヌ(2004)
- イワタアンチック体(2003)
- イワタUD明朝(2009)
- Gutenberg Labo GL-アンチック
- GN摂津築地
- F910新コミック体
- エヌフォー ComicStudio-PGA
- モリサワ カクミン(不明)
- モリサワ 黎ミン(2011)
- フォントワークス 筑紫アンティーク明朝(2015, 藤田重信)
アンチック体の一覧
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本節では明朝体の特徴を持ちながら縦・横の変化が抑えられた書体を「アンチック体」と定義、掲載する。
網羅したものではないが、出来るだけ多くを掲載する。
有料・企業
- 写研
- モリサワ
- リョービ
- タイプバンク
- フォントワークス
- ダイナコムウェア
- DFコミック W7(設計年・設計者不明)
- ニィス
- コミクス(設計年・設計者不明)
- イワタ
- モトヤ
- モトヤアンチック3(設計年・設計者不明)
- 日本リテラル
- セイビシオミ(設計年・設計者不明)
- 創英企画
- 創英プレゼンス TP(1993, 原田智子)
- 日本活字工業
無料
- F910 新コミック体
/ フォント910
- 源暎アンチック
/ おこねや(おたもん)
- しっぽりアンチック
/ フォントダス
- GL-アンチック
/ Gutenberg Labo
- GN摂津築地
/ 安井源七
- ほのかアンティーク角・丸
/ HONOKA Project
- やさしさアンチック
/ フォントな
- ZENアンチック
/ エイワン
書体以外の場面でのアンチック体
- モリサワ公認のフォント擬人化漫画「フォント男子!」では、主人公が「アンチックAN1」である。
- モリサワは「丸アンチック」という書体もリリースしている。これはアンチックAN1の骨格を基にしてはいるものの、書体の特徴はオールド系の丸ゴシックで、アンチックという名前は冠するがアンチック体には属していない。
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関連項目
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