イエス・キリストとは、紀元1世紀にパレスチナで宗教活動を行ったとされる、ナザレ(イスラエル北部)出身のユダヤ人男性である。
概要
いうまでもなくキリスト教における「キリスト」その人。「キリスト」とは救世主を意味する語で、つまり「イエス・キリスト」とは「キリスト(救世主)であるイエス」という意味の美称・尊称である。ギリシャ正教会ではイイスス・ハリストスと呼ばれる。このため、教会の名前も「ハリストス教会」という名称であることが多い。
キリスト教においては、信仰対象である唯一神とイエス・キリストは同一の存在であるとされる。よって、同宗教において神の子、神と同一の者として崇められる人物でもある。2012年現在でキリスト教徒は19~20億人(全宗教において最多)とされるため、世界で最も多くの人間から崇拝・崇敬されている人物であるとも言える。
死後、ペテロやパウロなどの弟子達やその流れを汲む者たちによって、彼の言行録が著され伝承された。これを後にまとめたものが「新約聖書」である。彼を神聖視する宗教「キリスト教」が誕生しこの新約聖書が聖典として伝えられたため、現在でもこの書物を通して彼の思想・行動・伝説などを知ることができる。例えば、分け隔てのない無償の愛(アガペー)を説いたことや、十字架での死と復活の伝承などがそれである。
彼、そして彼の死後に形成されたキリスト教の影響(後述)は数知れず、現在でも多くの国や地域、そして思想や芸術に及ぶ。とくに戒律よりも人を重んじる精神や隣人愛は、欧米を中心に道徳観の基盤となった。
伝承
大工ヨセフとマリアのもと、ローマ帝国の支配下にあったイスラエルのベツレヘムに生まれた。誕生日は記録に残っていないため不明。「クリスマスはイエス・キリストの誕生祭である」と聞いたことがある人も多いかと思うが、誕生日がいつか分からないので、とりあえず12月25日に祝っているだけのことである。
人物像
おそらく30歳ごろに洗礼者ヨハネから洗礼を受け、以来、当時のユダヤ教に対し改革的な運動をし始め、ペテロ(シモン)をはじめ多くの弟子と信者の信仰を得た。ちなみに30歳以前にどう過ごしていたのかは聖書には明記されていないため不明。だが父親が大工だったことや他人から「あの人は大工ではないか」と呼ばれる節があることなどから、おそらく大工だったのではないかと推測されることが多い。
おもに道徳的な指導、つまり説教をし、とくに当時社会的に低い位置にある人々(奴隷、娼婦、etc)の心を掴むのが得意だったようである。「(精神的に)貧しいものは幸いである。神の国は彼らのものである」といい、「敵を愛し、自分を迫害するもののために祈りなさい」と述べた他、「明日のことで思い悩むな」と語った。
彼はまたたいへん機転がきく人物であったようで、たとえばユダヤ教の一派であるファリサイ派に「この金貨は神のものか、それともカエサル(ローマ皇帝を指す語)のものとして納めるべきか」と問われた時のエピソードは有名である。当時のユダヤ人はローマに支配されていたので、単純に「神のもの」と答えた場合は権力に歯向かうものとして問題が生じる。逆に「カエサルのもの」と答えた場合でも権力に阿って信仰を曲げたとして宗教的指導者としての沽券が傷つく、つまり非常に答えにくい質問であった。これに対してイエスは、金貨の銘がローマ皇帝であったため「神のものは神のものに、カエサルのものはカエサルに返せ」と答えたとされる。
しばしば病人や奴隷、娼婦に対し他の人々と同等かそれ以上に扱い、そしてその多くを心身ともに救済したことから、弱者の味方として多くの信者を抱えたとされる。彼の思想は愛や相互の思いやりに根差したものが多かった。
死と復活
イエスはまた、その伝承から十字架と切っても切り離せない関係にある。十二弟子(使徒)の一人、イスカリオテのユダが銀貨30枚でイエスを裏切ったのが原因し、十字架に掛けられて処刑されたのは有名だろう。その結果イエスは十字架で「人々の罪を贖う」形でこの世を去るが、これが十字架に処刑具としてではなくイエスの贖罪という付加価値を与え、今日の十字架の印象を形成したのである。
特筆すべき点として、新約聖書に残されている弟子達が書き記した内容によれば、処刑されて数日経った後に復活を遂げたという。この復活の伝承を信じることこそがキリスト教における中心的な教義であり、伝道者パウロも布教の際そう宣伝した。
また余談だが、このイエス・キリストの復活を祝う日として「イースター」というお祭りがある。が、このいわゆる復活祭は日付が毎年変わることなどが関係してか、日本においてはクリスマスと比較して格段にマイナーである。
上記の内容は『キリスト教』の項の『歴史』の段にも詳しいため、そちらも参照のこと。
名前の意味
まず「イエス」だが、これは古代イスラエルにおいて、神とその子孫であるイスラエルの民に繋がる名である。ヘブライ語で発音するとヨシュアあるいはイェホシュア(Yehoshua)となり、アラム語ではそれが短縮されイェシュア(Yeshua)となる。これがギリシア語でイイススと音訳され、日本でイエスとなるわけである。本来は「神(ヤハウェ)は救いなり」を意味し、ヘブライ人の名前としてはごくありふれた名前であった。よって、他の「イエス」という名の者と区別するために、ナザレが出身地であったことから特に「ナザレのイエス」と呼ばれることもあった。
「キリスト」は冒頭に記載したように救世主を意味する語である。これは古代ギリシア語からの転用であり、正しくはクリストス(Khristos)と発音する。本来はヘブライ語でマシーアハ(mashiah)と言い、「聖油を注がれしもの」、すなわち神聖で特別な存在という意味であり、これが救い主と意訳されるのである。つまり、一種の称号である。
神は救い、救世主、というこれらの二語からなる名前であるから、イエス・キリストとは非常に宗教的色彩のある呼び名といえよう。「救世主であるイエス」、「聖油を注がれしイエス」を意味するこの「イエス・キリスト」いう名は、イエスをこの世の救い主と考える立場からの呼称である。
イエスに対する考え
- 『キリスト教』の項も参照
キリスト教においては教派によるが、神と同質あるいは受肉した神そのものとして扱われている。ユダヤ教においても、イエス・キリストの権威を認める教派がある。イスラム教では預言者の一人として教典に登場する。これらの詳細は下記を参照のこと。
イエスに対する考えや意見は古今東西異なるだろう。少なくとも当時のイスラエル、とりわけ彼がよく活動したガリラヤの周辺では、イエスは救世主(メシア)として多くの民に受け入れられていた。しかし一方で、ローマ皇帝や当時のイスラエル王であるヘロデ王らからすれば、「父なる神」以外を同じ人間であると見るイエス、および彼の思想や信者は危険因子であった。
キリスト教において
当然ながら宗派により異なる。
カトリック教会、正教会、イギリス国教会、ルーテル教会、そして改革派教会など、一般にキリスト教でイエス・キリストは以下のように解釈されている。
特に重要な「三位一体」についてだが、これは、イエス・キリストとは「父なる神」と「子(イエス本人)」と「聖霊」が一体である、という解釈である。つまりイエス・キリストは神であり神の子であり聖霊である、唯一の神ということ。
「神の子がイエスなのにイエスが神? それに神様って唯一じゃないの?」と思うこと必至であろうが、ようはイエスとは、神や人の枠組みを越えたすんごい何か、ということなのだろう。
三位一体を教義として採用していない宗派も少数ながらあるが、多数派からは異端視され、「もはやキリスト教とはいえない」と見なされることも稀ではない。
イスラム教において
イスラム教では「預言者イーサー」として母のマリア共々教典であるコーラン(クルアーン)に登場する。もっともイスラム教はムハンマドを最後にして最高の預言者とするため、イエスの立場はもちろん最高位ではなく、また上記の「神と一体である」という三位一体説は明確に否定される。
といっても、旧約聖書の『出エジプト』で知られる「モーセ」とほぼ同等の高位の扱いを受けているらしく、救世主(マスィーフ)として描かれている。
ユダヤ教において
ユダヤ教では基本的にはイエスは預言者・メシア・神としては認めていない。
とすれば、多くのユダヤ教徒にとってはイエスは「偽預言者」ということになるはずだが、ユダヤ教が布教に熱心な宗教ではないことから、現代のユダヤ教内部でイエスについてどう捉えられているのかの実際は非ユダヤ教徒にとってあまり明らかではない。
ユダヤ教の信徒数がキリスト教のそれと比較して格段に少数であることや、ユダヤ民族の国家であるイスラエルがアメリカの保守派勢力(キリスト教を重視する層が多い)のバックアップを受けていることなどのパワーバランスの関係上、現在のユダヤ教にとってキリスト教を刺激することが得策でないと言う事情もある。
ただ、初期のユダヤ教徒の一部が「浮気した女の言い訳の結果、神の子という扱いをされた不貞の子」とイエスのことを評していたとの記録は残っている。
一部にはイエスをメシアとして認める立場のユダヤ教徒も居るとされるが、キリスト教徒となったわけでなくユダヤ教徒でありつづけている以上、その場合でも教義上の何らかの差異が存在していると思われる。
後世への影響
イエスの思想は中世から現代のヨーロッパへ主に芸術や思想に大きく表れている。さらにはイエス・キリストへの信仰の有無に関わらず、例えば神道や仏教が多数派の日本においても、サブカルチャーなどへ少なからず影響を及ぼしている。
イエス・キリストの影響は歴史においても顕著であり、それは古代ローマ帝国に色濃く表れている。またキリスト教を国教とした東ローマ帝国や、神聖ローマ帝国をはじめとする西欧の国々、そして十字軍や宗教改革などの事件がその最たる例である。とくに中世ヨーロッパへのそれは甚大であり、ローマ教皇が絶大な権威を有するに至った。また騎士道精神や皇帝の戴冠式、フランスなどに見られる王権神授説も、イエス・キリストの権威によるところが大きい。
中世に教皇権が頂点を極めたため、しばしば近世以降は影響力の低下を想像されるが、大航海時代以降は、アメリカ大陸でも大きな影響力をもつようになる。また日本にも、イエズス会により戦国時代から幾らかの影響を及ぼした。
日本との関係
戦国時代、フランシスコ・ザビエルらによりキリスト教が日本に伝播した。ところが、イエス・キリストを神として日本に宣教しても、当の日本がご存知の通り「八百万の神」を信仰する風土であったから、人々はキリスト教の唯一神(=イエス・キリスト)についてもまた無数の神々の一員として解釈したとされる。
和風な概念で現すとイエス・キリストは「現人神」の一種とも取れるが、イエスが神と同一視されたのは彼の死後であるため「生きている人間を神として見なす」現人神とは微妙に異なる。むしろ死後の「神格化」に近いかもしれないが、キリスト教本来の立場ではイエス・キリストは「最初から神である」ため「神となった」「神とされた」とは見なされない。
日本におけるイエス・キリストの影響は、先述したように現代のサブカルチャーにも独特の形で表れている。RPGやカードゲームや漫画には長髪の男性として登場することがある。→『聖☆おにいさん』ローブのようなものを着ていて手に穴が開いた奇怪な人物というケースもある→『ドリフターズ』
またこれはキリスト教に対するものであるが、よく漫画やアニメなどでは十字架や騎士団がそのかっこよさから用いられることもある様子。他にも狂信的な神父や戦闘力の高いシスターさんなどが登場する場合もあるようだ。
→『HELLSING』『とある魔術の禁書目録』
関連項目
- キリスト教
- 新約聖書
- 豚に真珠
- なんぢらの中、罪なき者まづ石を擲て。
- 最後の晩餐
- エロイ・エロイ・ラマ・サバクタニ
- ドミネ・クオ・ヴァディス
- 聖書アラム語
- イスラム教
- 旧約聖書
- ローマ帝国
- エルサレム
- イスラエル
- パレスチナ
- ベセスダ
- イースター
- クリスマス
- 宗教
- 神
- 唯一神
- Y・H・V・H
- 三位一体
- 救世主
- 現人神
- 聖人
- 神の子
- 預言者
- 教祖
- 大工
- 割礼
- 聖遺物
- 聖杯
- ロンギヌスの槍
- マリア
- 聖母哀傷
- ヨハネ
- ラザロ
- キリスト=カエサル説
- アダムとアダム
- 遺体/聖なる遺体
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