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イベルメクチン(Ivermectin)とは、抗寄生虫薬である。先発医薬品名はストロメクトール®。
概要
イベルメクチンは、抗寄生虫薬・駆虫薬として利用されるマクロライド(16員環ラクトン)である。静岡県伊東市川奈の土壌から発見された、新種の放線菌Streptomyces avermitilisが産生するアベルメクチンの誘導体である。主に腸管糞線虫症や疥癬の治療に用いられる。
フランスでは、1993年に糞線虫症の治療薬として、2001年に疥癬の治療薬として承認された。日本では、1998年に希少疾病用医薬品の指定を受けている。2002年に輸入承認を取得し、萬有製薬株式会社(現在のMSD株式会社)が腸管糞線虫症の治療薬として販売を開始した。2006年からマルホ株式会社に販売を移管しており、同年に疥癬への適応追加が承認された。中南米やアフリカでは、糸状虫症の治療に用いられている。回虫症の治療、イヌやウシの毛包虫症の治療、イヌの犬糸状虫症の予防などにも利用される。
イベルメクチンは、無脊椎動物の神経細胞・筋細胞のグルタミン酸作動性Cl-チャネルに選択的に結合し、Cl-透過性を高めて過分極を生じさせ、麻痺させて死に至らしめる。このグルタミン酸作動性Cl-チャネルは、ヒトをはじめ哺乳類ではその存在が確認されていない。また、イベルメクチンはラットなどの哺乳類の血液脳関門を容易に通過できないことも判明している。
医薬品として上市されているストロメクトール®は、含有する成分の90%以上がイベルメクチンB1a、10%未満がイベルメクチンB1bである。体重1kgあたりイベルメクチンとして約200μgを、腸管糞線虫症の治療では2週間間隔で2回、疥癬の治療では1回のみ、それぞれ水とともに服用する。副作用として、めまい、悪心・嘔吐、疥癬患者の治療初期における一過性の掻痒の増悪などの報告がある。
腸管糞線虫症
腸管糞線虫症は、糞線虫(Strongyloides stercoralis)による感染症である。主に熱帯・亜熱帯地域で発生がみられ、日本では九州南部や沖縄県が浸淫地域とされる。世界には数千万人規模の感染者が存在すると考えられており、日本でも沖縄県の60歳以上の約25,000人が感染していると推定されている。
土壌から経皮的に侵入した幼虫が、小腸で成虫となり産卵する。孵化した幼虫の一部が、腸管粘膜や臀部・大腿部の皮膚から再侵入することで、生活環が維持される(自家感染)。発疹、かゆみ、腹痛、下痢などの症状を呈する。重症例では敗血症、肺炎、髄膜炎などを合併し、死に至ることもある。
かつて、腸管糞線虫症の治療にはチアベンダゾール(ミンテゾール®)が用いられたが、有効性が同等で安全性の高いイベルメクチンが販売開始されたことで、チアベンダゾールの医薬品としての製造販売は中止された。現在は、イベルメクチン内服による治療が行われる。海外ではアルベンダゾール(エスカゾール®)も治療に用いられるが、日本では適応外。
疥癬
疥癬(かいせん)は、ヒゼンダニ(疥癬虫)による感染症である。ヒゼンダニはメスが体長0.4mm程度、オスがその半分程度しかない、肉眼ではほぼ見えない小さな卵形のダニである。手や肘、腋窩、外陰部、足などの皮膚の角質層に、疥癬トンネルと呼ばれる横穴を掘って産卵する。感染経路はヒトとヒトが直接触れ合って感染する経路と、使用したベッドや衣類を介して間接的に感染する経路がある。病型は通常疥癬と角化型疥癬に大別され、通常疥癬では強いかゆみ、赤いぶつぶつ(丘疹・結節)がみられ、免疫能が低下した患者の多い角化型疥癬では灰色~黄白色の垢が厚く蓄積したような状態になる。
治療は、ヒゼンダニの駆除を目的とした、フェノトリン(スミスリン®)ローションやクロタミトン(オイラックス®)クリームの塗布、またはイベルメクチンの内服が行われる。かゆみに対しては、抗ヒスタミン薬で対応する。海外ではピレスロイド系駆虫薬のペルメトリンが治療に用いられているが、日本では医薬品としての承認を受けていない。なお、角化型疥癬に関連する爪疥癬に対しては、イベルメクチンが臨床的に無効だとする報告があるため、フェノトリンローションなどを用いて治療を行う。
糸状虫症
糸状虫症(河川盲目症、オンコセルカ症)は、河川で繁殖する昆虫ブユによって媒介される、回旋糸状虫(Onchocerca volvulus)による感染症である。中南米やアフリカに感染者が多く、約2,000万人が罹患しており、約100万人が失明ないし視覚障害をきたしている。これは、トラコーマに次いで2番目に多い失明原因となっている。症状はほかに皮下結節、皮膚炎、かゆみなどがある。
治療は、イベルメクチンの内服を行う。体重1kgあたりイベルメクチンとして150μgを、半年~1年間隔で内服する。回旋糸状虫のメスの成虫は死滅しないが、累積投与によって繁殖能力が低下する。ロア糸状虫にも感染している患者の場合、イベルメクチン投与によって重篤な脳症をきたすおそれがあるため、患者がロア糸状虫の流行している地域を訪れて感染していないかを投薬前に確認する必要がある。
新種の放線菌からのアベルメクチンの発見、およびそれをもとにしたイベルメクチンの開発によって、多くの糸状虫症患者が失明の危機から救われた。この功績が認められ、研究に携わったアイルランドのウィリアム・セシル・キャンベル氏と日本の大村智氏は、2015年にノーベル生理学・医学賞を共同受賞した。
COVID-19
COVID-19は、ベータコロナウイルス属のRNAウイルスSARS-CoV-2による感染症である。2019年に発生し、大規模かつ長期的なパンデミックを引き起こした。
イベルメクチンはCOVID-19の治療に有効の可能性があるとして治験が進められているが、興和株式会社の第III相臨床試験において有効性は認められなかった[1]。また、ランダム化比較試験(RCT)を対象としたメタ解析において、イベルメクチンによる治療は標準治療やプラセボと比較して軽症患者における全死亡率、入院期間、ウイルス消失時間を改善させず、COVID-19治療における有効な選択肢ではないとされている。
2022年10月現在、COVID-19治療薬として承認されている医薬品はレムデシビル(ベクルリー®)、カシリビマブ/イムデビマブ(ロナプリーブ®)、ソトロビマブ(ゼビュディ®)、モルヌピラビル(ラゲブリオ®)、ニルマトレルビル/リトナビル(パキロビッド®)などであり、イベルメクチンは承認されていない。
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関連項目
脚注
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