イラン航空655便撃墜事件とは、アメリカ海軍艦艇による民間旅客機の撃墜事件である。
概要
1988年7月3日にボトムズ海峡においてアメリカ海軍のイージス巡洋艦であるタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦の3番艦 CG-49 ヴィンセンスがイランの小型戦闘艇との戦闘中、接近するバンダレ・アッバース発ドバイ行きイラン航空655便(エアバスA300B2)をイラン空軍の保有するF-14戦闘機トムキャットと誤認し民間機を撃墜した事件。
この事件により655便の乗員・乗客計290名全員が死亡した。
2014年7月17日に発生した"マレーシア航空17便撃墜事件(ロシア製地対空ミサイルによる撃墜)"の犠牲者298名に抜かれるまで、”撃墜事件”による死者数最大の事件であった。
事件の背景
時代はイラン・イラク戦争末期であり、前年の1987年には米海軍のミサイルフリゲート スターク(FFG-31)がイラク空軍の戦闘機ミラージュF1に対艦ミサイル2発を誤射され全弾命中(1発目は不発)し1日近く炎上した末、海軍兵士37名が死亡、21名が負傷するという事件があり極度の緊張状態であった。
655便の離陸したバンダレ・アッバース空港は軍民共用空港であり連日F-14戦闘機などの軍用機が離発着し米海軍艦艇に対し挑発的な監視を行っていた。
事件の推移
イラン小型戦闘艇との戦闘
ヴィンセンスはサイズ(FFG-14)・エルマー・モンゴメリー(FF-1082)のフリゲート2隻を伴い商船護衛を行っていた。
当日早朝、商船がイラン海軍の小型戦闘艇13隻による追跡・威嚇を受けていたため、エルマー・モンゴメリーとその支援のためヴィンセンス艦載ヘリ1機(SH-60B シーホーク)を派遣した。
SH-60Bがイラン小型戦闘艇から対空射撃を受けたためヴィンセンス及びサイズも現場へ急行し上級司令部(揚陸艦コロラド)の許可のもとヴィンセンス、エルマー・モンゴメリー両艦は搭載する5インチ砲により小型戦闘艇に対し艦砲射撃を行った。
ヴィンセンスはイラン小型戦闘艇との戦闘中に艦首側主砲(51番砲)が故障し急遽艦尾側主砲(52番砲)の射界確保のため最大戦速で急速回頭を繰り返しCIC(戦闘指揮所)では固定されていないものが飛散するなどの大混乱が生じ、23回にも及ぶ機器の誤操作などを起こした。また、この行動中にヴィンセンスはイラン領海に侵入してしまいイラン軍から攻撃されても文句も言えない状態であった。
未確認航空機の出現
小型戦闘艇との戦闘中、ヴィンセンスのSPYレーダーはバンダレ・アッバース空港から離陸する655便(定刻より30分遅れて出発)をレーダーで捉えていた。655便は民間旅客機の識別信号(ATCトランスポンダ)を発していたが、ヴィンセンスは655便の直後に空港で待機していたイラン空軍F-14戦闘機のIFF(敵味方識別装置)信号を受信してしまい接近する航空機はF-14である可能性が浮上した。
フライトプランでこの時刻にバンダレ・アッバース空港を離陸する便を調べたものの655便は定刻より約30分遅延していたため該当するフライトプランが存在せず、655便が民間機であるか民間機に偽装した戦闘機であるか判断ができない状態に陥った。
ヴィンセンスは655便に対して軍用の緊急用周波数と民間の緊急用周波数を用いて警告を行ったが民間機である655便は軍用周波数を傍受できず、民間用周波数も傍受していなかったか、自機に向けた警告ではないと判断した可能性がある。(内容は針路、高度、対地速度のみによる警告で航空機の使用する対気速度でないばかりか便名、航空会社名なども含まれていなかった)
撃墜
ヴィンセンスの西方約300Kmの位置にイラン空軍の哨戒機P-3F オライオンが偵察を行っていたため艦首脳部は「戦闘艇の陽動、F-14戦闘機の対艦攻撃、P-3Fの偵察による共同作戦である」と判断した。
ヴィンセンスが655便に対し最後通告を行ったが上記の理由により655便は応答せず、CIC大混乱の中655便は加速・上昇をしていた。ヴィンセンスのレーダー員は極限状態下で加速・上昇している655便を加速・降下していると思い込み敵機急降下を報告、艦長は「接近中の航空機は攻撃態勢に入ったF-14戦闘機である」と判断した。
ヴィンセンスは目標の敵航空機に対しRIM-66G SM-2MR blockII(スタンダード・ミサイル2)2発を発射し、少なくとも1発が命中、655便を撃墜した。
その後
アメリカ政府はイラン領海に侵入した事実を公表せずヴィンセンス乗組員は帰国後、敵の脅威に対抗した英雄として迎えられた。
イラン政府は自国民間機が無通告で自国領に侵入したアメリカ海軍艦艇により公海上で撃墜された事実に対し激怒し当のアメリカを含む各国の報道陣を現場海域まで案内し収容された遺体も撮影させるなど猛反発した。
その後アメリカ政府は事実上自国軍の非を認め655便犠牲者に対する賠償金の支払いに同意した。
イラン航空ではテヘラン・ドバイ間の便に655便の名前を使い続けている。
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関連項目
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