イージス艦とは、巡洋艦、駆逐艦という軍艦の分類とは異なり、「イージスシステム」を搭載した艦艇に対する総称である。
搭載した艦の分類によっては「イージス巡洋艦」「イージス駆逐艦」と呼ばれることもある。
概要
イージスシステムは正式にはイージス武器システム(AWS:Aegis Weapon System Mk.7、システムの構成については後述)と呼ばれ、「ソ連のミサイルや爆撃機群による飽和攻撃からいかにして空母機動部隊を守るか」という問いに対して米海軍が出した解答である。
AWSはそれまで米海軍が運用していた艦載防空ミサイルシステム(TALOS、TERRIER、TARTAR)に対して、リアクションタイム(敵をレーダーで捕捉してから迎撃ミサイルを発射するまでの時間)の短縮、同時対処数の増加という面で大きく進歩させることに成功した。これによってAWS搭載艦は自艦のみならず他の船(本来防護すべき空母、揚陸艦等)にもエリア防空を提供できるようになり、ここに来てようやく米海軍は「艦隊の防空」を成立させることが可能になった。
実際にはAWSのみがイージス艦に搭載されることはなく、他の脅威(船舶、潜水艦)にも対処できるように艦砲や魚雷などの兵装をAWSに接続したACS(AEGIS Combat System:イージス戦闘システム)がイージス艦には搭載される。
AWSはコンピュータを基盤に据えたシステムなのでシステムを書き換えることで新しい任務の追加が可能になっており、実際一部のイージス艦にはBMD(弾道ミサイル防衛)任務が追加されている。
イージスシステムの誕生
イージス以前の艦隊防空
イージスシステム誕生のきっかけは太平洋戦争時まで遡る。
日本海軍との間の苛烈な空母機動部隊同士の海戦などを繰り広げた結果、アメリカ海軍はレーダー搭載ピケット艦+CIC(戦闘指揮所)の組み合せによる濃密な艦隊防空能力を手に入れていた。しかし戦争末期、日本陸海軍による艦隊に対する特攻攻撃において少なからず損害を受けることがあった。最後までパイロットが操縦する航空機はレーダー、対空火器をかいくぐり艦艇に損害を与えることが出来ることもあったのだ。これに対応すべくイギリス海軍は艦隊防空ミサイルの草分け「フェアリー・ストゥッジ」、アメリカ海軍は個艦防衛ミサイルの始祖「KAN リトル・ジョー」を開発。高速飛翔体をもって艦隊防空体制を整えるというものであったが、いずれも射程は10km程度で手動指令照準一致式誘導方式であり、窮余の一策の域を出なかった。
終戦後、航空機がジェット化され、ミサイルという高速かつ誘導能力をもつ攻撃手段が確立されるだけでなく、核兵器まで実用化されることとなるとアメリカ海軍は艦隊防空に不安を抱くことになる。
艦隊防空のための空母を中心とした輪形陣を作っても艦が集中していても核兵器によりすべてダメージを受けてしまう。かといって遠距離で航空機やミサイルを迎撃するためにレーダーピケット艦など遠くに配置しレーダー捜索エリアを広げてしまうと、お互いの艦との距離が開き対空火器による火力が足りなくなってしまう。ついでにWW2時代、レーダーなどの情報を人力で透明なアクリルボードにプロットするというCICでの防空指揮のやり方では高速で変化する状況に対応できないことは明らかだった。
イージスの開発[1]
アメリカ海軍は1950年代から防空ミサイルとして3Tミサイルシステム(タロスTALOS、テリアTERRIER、ターターTARTAR)を開発、運用していたが、将来予想される脅威にはとても対応できるものではないことを認識していた。
まず1958年から多機能高性能レーダーSPG-59を中核とする対空ミサイルシステム「タイフォン(TYPHON)戦闘システム」の開発を開始した。1963年からミサイル実験艦ノートン・サウンドに搭載して試験を開始したものの、満足のいく性能が得られず、1965年に計画が中止された。
続いて米海軍は1969年に原子力ミサイル巡洋艦カリフォルニア(CGN-36)の建造を開始した。新開発のターターDを中核として各種レーダーや武装を統合する計画だったがプロジェクトは大幅に遅延し、1974年の就役直前になっても試験・評価が完了しなかった。
これら2つの失敗例を踏まえて、イージス・システムの開発は時間をかけて段階的に行われている。まず1963年に近代的艦載ミサイルシステム、ASMS(Advanced Surface Missile System)計画が開始された。コンセプトや運用要求の策定を行い、1969年にASMSはAEGISと改称、1970年に「イージスの父」ウェイン E マイヤー大佐をプロジェクトマネージャーに据え、大佐の強力なリーダーシップのもとにシステムの開発が進められた。
1979年に1番艦の建造を開始、1983年にイージス搭載1番艦タイコンデロガ(CG-47)が就役した。大佐がプロジェクトマネージャーに就任してから13年が経過していた。
イージスの父、マイヤー提督
開発チームのリーダーだったマイヤー提督(2009年9月1日死去)はこのような先進的なイージスシステムの立案、開発、テスト、イージス艦の建造を主導し、そのシステム工学に対する高い見識、洞察力、プロジェクトマネージメント、官民共同によるチーム参加者全員に対する統率力、議会などに対する政治力などに卓越した能力を発揮したことにより「アメリカ海軍が生んだ最高の戦闘システムエンジニア」とも呼ばれた。
彼を称して「リッコーバー(提督)がいなくとも海軍は潜水艦に原子力を獲得したであろう。しかしながら、もしマイヤーがいなければ、艦隊にイージス艦はなかったであろう」と高く評価されており、「イージスの父」とも呼ばれている。
通算100隻目のイージスシステム搭載艦、アーレイ・バーク級駆逐艦DDG-108には提督の名前「Wayne E. Meyer」が冠された。
イージスシステム
AWS(AEGIS Weapon System)
イージス戦闘システム(ACS,AEGIS Combat System)の中核を成しており、対空戦闘を受け持つ。以下のシステムで構成されている。
- 多機能レーダー:目標の捜索、追尾、ミサイルの中間誘導を行うフェイズドアレイ・レーダー。従来はSPY-1レーダー系のみだったが今後は新型のSPY-6やその他の多機能レーダーが運用されてゆく予定。
- C&D(Command & Decision)System:戦闘の指揮管制
- WCS(Weapon Control System):スタンダードミサイル、航空機、20mm機銃(ファランクス)の管制
- VLS(Vertical Launching System)、スタンダードミサイルを含む各種ミサイルを搭載・発射(Mk.41)
- MFCS(Missile Fire Control System):Xバンド波を目標に照射してスタンダードミサイルのセミアクティブ誘導を行う。3~4基装備される。
- その他にADS(AEGIS Display System、CICに装備される指揮官用の表示装置)・ORTS(Operational Readiness Test System、AWSの状態評価、保守整備支援)・ACTS(AEGIS Combat Training System 訓練支援)
AWSは事前設定された条件に基づいてレーダーによって空域の全ての目標を捜索、探知、追尾し、目標の脅威評価・各目標への武器割り当て・武器のスケジューリングを行い、目標を攻撃する。スタンダードミサイルも発射後は追尾され中間誘導が行われる。MFCSは終末段階でのみ使用されるため、MFCSの専有時間は最小限に抑えられ、結果としてMFCSの装備数を超える迎撃ミサイルを同時に管制できるようになっている。
ACS(AEGIS Combat System)
ACSは対空戦闘用システムであるAWSを核として対水上目標(艦砲、ハープーン)、対水中目標(魚雷、VLS発射アスロック)の戦闘システムもC&Dで管制することにより、艦隊への各種脅威に対応する。米海軍のイージス艦であればTWCS(TOMAHAWK Weapon Control System)も接続され、陸上への精密攻撃能力が付加される。
イージス艦はリンク11/14を介して僚艦のNTDS(戦術情報システム)に脅威分析結果を送ることができるので、イージス・システムを持たない艦もその恩恵を受けられる。また、リンク4を使用してF-14の要撃管制を行なうこともできる。[2]
イージスシステムのバージョンとその拡張・発展
イージス艦は長期間にわたって大量に建造されているため、ベースラインと呼ばれる搭載システムのバージョンによって機能の違いがある。
タイコンデロガ級巡洋艦の1番艦から5番艦は「ベースライン0/ベースライン1」で、ミサイルランチャーはMk.41VLSではなく、2発撃つごとに装填する必要のあるMk.26ランチャーだった。この5隻は就役から20年あまりで退役している。ベースライン2以降はMk.41VLSが搭載されており、退役した船はない。[3]
ベースライン7では情報処理装置がCOTS(商用オフザシェルフ。専用のハードウェアを開発せず、民生品を利用する。)になり、システムのアップグレードが容易になった。一方、共同交戦能力(CEC:Cooperative Engagement Capability)が当初より付与された。
ベースライン8では既存ベースライン2などに対しての改修としてオープンアーキテクチャ化及びベースライン7相当の能力を付与される形となった。
最新のベースライン9では、これにあわせて従来まで改修によりBMD能力を付与していたものから、MMSPと呼ばれる新しいシグナル・プロセッサ導入、AN/SPY-1D(V)の導入、対空ミサイルとしてRIM-174 ERAM(スタンダードERAM、あるいはSM-6とも)の組み合わせによって、完全にシステムとしてBMD能力及び防空能力を両立したIAMD(Integrated Air and Missile Defense)能力を獲得。従来までBMD対応中の防空能力が不安視され、実際にBMD/防空任務を複数艦で分担していたが、これにより対空防御、弾道ミサイル防衛、巡航ミサイル防御において一隻によるすべての同時対応が可能になった。
さらにベースライン9系列では従来のイージスシステム導入艦に対するバックフィット(既存改修)を可能にした9A/9Cがある。
CEC(Cooperative Engagement Capability)
これは従来までの艦同士を結ぶ戦術データリンク(Link11/Link16)より、艦の見通し距離内という制限があるものの超高速・大容量のデータリンクを可能にするDDS、正確な位置を取り込む情報処理システムCEPにより成り立つもので、従来まで難しかった「イージス艦A、Bと早期警戒機が相互にレーダー取得情報をやり取りし、上空の早期警戒機のレーダー探知内に侵入した目標に対して、(1) Aが感知できない位置でもAEWのレーダー情報を元に攻撃できる。 (2)Bが無線封止状態・レーダー未発信状態でも攻撃できる」ということが可能になった。
海上自衛隊のイージス艦では、まや型護衛艦の2隻に搭載されている。[4]
イージス・アショア
各国のイージス艦
- アメリカ
- タイコンデロガ級
- 世界初のイージスシステム搭載ミサイル巡洋艦。ただし予算やらなにやらの都合上でスプルーアンス級駆逐艦の船体をベースに建造されたため、上部構造物が大きくトップヘビーな感がある。27隻(米海軍の巡洋艦としては最多)建造されたが、VLSを採用していない初期型5隻(ベースライン1搭載型)は既に退役している。他はベースライン2、3、4を搭載。4搭載型は5・フェーズ3相当へとアップデートされていたが、現在ベースライン2搭載艦はベースライン8へ、それ以外は9A(ただしBMD能力はなし)のバックフィット化による近代化改装が進められている。上部構造物の大きさからイージスシステムのプラットフォームとして優秀であり、防空能力や戦術情報処理能力はアーレイ・バーク級を凌ぐという指摘もある。
- アーレイ・バーク級
- イージスシステム搭載ミサイル駆逐艦(DDG)。アメリカ海軍駆逐艦として70隻あまりが建造されるという標準艦艇となった。日本および韓国のイージス艦のベースともなっている。ベースラインは4~7(建造時期によって異なる)。こちらも同様にベースライン9C(近代化改装に伴うバックフィット導入)、9D(新造艦導入)でベースライン9化が進められている。
船体は「フライト」と呼ばれるバージョンがあり、フライトIが基本型。装備を一部改良したのがフライトII、ヘリ搭載・運用能力を付加したのがフライトII-Aとなる。 - コンステレーション級
- イージスシステム搭載ミサイルフリゲート(FFG)。世界情勢(特に中国・人民解放海軍の増大)の変化に伴うLCSの減勢に伴って新造される。設計はイタリア・フィンカンティエーリ社で仏伊合同で整備されたFREMM型フリゲートをベースにした船体にイージスシステムはベースライン10を使用する。予定では10隻が建造される予定。
- 日本
- こんごう型
- アメリカ海軍以外に最初にイージスシステムを導入した艦で 4隻が建造された。司令部機能を持たせたため、ベースとなったアーレイ・バーク級より上部構造物が大型化。タイコンデロガ級に匹敵する大きさに。イージスシステムのベースラインは「ちょうかい」を除いてベースライン4(ベースラインJ1とも)、「ちょうかい」のみベースライン5である。就役後、「こんごう」「みょうこう」以下順次弾道ミサイル防衛(BMD)能力を付与する改修を実施。2010年に終了した。
- あたご型
- こんごう型よりさらに大型化した艦として2隻建造。フライト2-Aに準じているがタイコンデロガ級を超えるほどの大きさとなっている。こんごう型ではなかったヘリの運用能力(格納庫等)も付与された。ベースラインは最新の7.1J。弾道ミサイル追尾はできるが、迎撃任務には対応しておらず、平成24年度からBMD能力が追加される改修が決定し進行中。
- まや型
- あたご型より更に大型化した艦として開発。建造時からBMDに対応するとともに前述のCEC能力も備える。また、推進機関にガスタービンベースの電気推進を組み込み、新型対艦誘導弾の運用に対応するなど独自の機構も備える。2隻が就役。
- スペイン
- アルバロ・デ・バサン級
- アーレイ・バーク級をベースにしたこんごう型とは異なり、イージスシステムを搭載しつつも艦のレイアウトなどを見直し、一回り小さい船体にまとめたイージス艦。ヘリの運用能力もあるが、トップヘビーでもあるという指摘も受けている。6隻予定から1隻減らされた5隻が就役済み。ベースラインは7
- ノルウェー
- フリチョフ・ナンセン級
- アルバロ・デ・バサン級をベースにステルス形状を導入。あわせて簡略化したイージスシステムを搭載。乗員も少なく抑えられている。イージスシステム搭載しつつステルス形状を持ち合わせた形は独特。5隻が建造されたが1隻が事故で沈没した。
- オーストラリア
- ホバート級
- アルバロ・デ・バサン級の派生型。ベースラインは7.1a。2隻が就役、1隻が建造中。
- ハンター級
- 2018年6月に発表されたアンザック級フリゲートの後継艦。イージス戦闘システムを搭載するが従来のイージス艦が装備していたSPY-1系列ではなくオーストラリア企業であるCEAテクノロジーが開発した多機能レーダー「CEAR」を搭載する予定。2020年から10年かけて9隻を建造予定。
- 韓国
- 世宗大王級
- こんごう型、あたご型同様アーレイ・バーク級をベースに建造された。ただし韓国海軍の他艦艇とのバランスもあってか、日米のイージス艦に比べるとかなりの重武装となっている(つまり、1隻に数多くの任務を持たせるしかないということの裏返し)またその装備もかなり寄せ集め感が強く、一部の電子装備や兵装が欧州系のものや国産のミサイルなどで組み合わされている。ベースラインは7。
当初、3隻建造後追加で3隻の計6隻の建造を予定していたものの、後に計画変更。3隻のみで建造は終了することとなった。同型艦は2番艦「栗谷李珥」が2011年6月配備、3番艦「西厓柳成龍」が2012年8月に配備された。
関連動画
関連項目
脚注
- *「イージス・システム その発達と今後」山崎 眞 世界の艦船2016年9月号
- *「兵器最先端3 大洋艦隊」読売新聞社 1986 p.149
- *「知られざるイージス艦のすべて 新装版」 柿谷哲也 笠倉出版社 2019 pp.61-62
- *海自護衛艦「まや」進水 イージス艦7隻目、「共同交戦能力」初搭載 情報共有で屈指の防空能力 2018.7
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