エンジンブレーキ制御(MotoGP)とは、MotoGPにおいて「電子制御」と呼ばれる技術がもつ機能の1つである。
エンジンブレーキ
エンジンがリアタイヤを回す
まず、このgif動画を見ながら、エンジンがリアタイヤを回す機構をおさらいしよう。
ガソリンと空気を混ぜた混合気をシリンダー(気筒)の燃焼室に入れ、点火プラグ(スパークプラグ)で火花を起こして爆発させ、ピストンを直線方向に押す。ピストンはコンロッド(コネクティングロッド)が付いており、クランクシャフトを回転させる。
正回転クランクシャフトの場合、次のように力が伝達されていく。正回転のクランクシャフトがギアの力でメインシャフトを逆回転に回し、逆回転のメインシャフトがギアの力でドライブシャフトを正回転に回し、正回転のドライブシャフトがチェーンの力でリアタイヤを正回転に回す。
クランクシャフトがリアタイヤを止めようとする
ライダーがアクセルを閉じて、エンジンの燃焼室で爆発が起こらなくなったとする。
その場合、逆回転のメインシャフトや正回転のドライブシャフトや正回転のリアタイヤは、引き続き回り続けようとする。回り続けて、クランクシャフトを回そうとする。
ところが、クランクシャフトというものは、メインシャフトから力を入れて回そうとしても、抵抗が強くて簡単に回ってくれない。特に、4ストロークエンジンのクランクシャフトは、抵抗が強い。
クランクシャフトの抵抗力により、メインシャフトが惰性で回り続けようとする力にブレーキが掛かり、同時にドライブシャフトの動きにもブレーキが掛かり、さらにリアタイヤの動きにもブレーキがかかる。これがエンジンブレーキというものである。
ゆえに、エンジンブレーキを正確に表現すると「クランクシャフトブレーキ」ということになる。
エンジンブレーキを適切に使うと、ライダーにとっての武器となる
4ストロークエンジンのエンジンブレーキは強大なのだが、2つほど優秀な緩和手段がある。その緩和手段を上手く使い、エンジンブレーキを適切な強さにすれば、ライダーにとっての武器になる。
上手に制御されたエンジンブレーキは、リアブレーキの2倍の制動力を持つ(資料)。
リアブレーキと役割が重なる
エンジンブレーキというものはクランクシャフトの抵抗力を使ってリアタイヤの回転を落とすものであり、リアブレーキというのは後輪についているブレーキディスクを力強く挟んでリアタイヤの回転を落とすものである。
エンジンブレーキとリアブレーキは、やることが共通している。
エンジンブレーキの強弱の対比
エンジンブレーキが極めて強くかかるとリアタイヤがロックする
エンジンブレーキを全く緩和せず、エンジンブレーキが極めて強くかかると、リアタイヤの回転を完全に止めてしまう。タイヤの回転が完全に止まることを「タイヤがロックする(lock the tyre)」といい、極めて滑りやすい状態になる。
2018年タイGPの練習走行で、ホルヘ・ロレンソがこのように転倒した。これはマシンに問題が発生したのだが(記事)、「リアタイヤがロックして、思いっきり滑る」というものの典型的な動画と扱ってよいだろう。
エンジンブレーキが強くかかるとリアタイヤがスライドする
エンジンブレーキをすこし緩和して、エンジンブレーキが強くかかり、リアタイヤの回転数を大きく落とすと、リアタイヤがすこし滑り、フロントタイヤを支点としてマシンの方向がズルッと動く。
リアタイヤを滑らせて走ることをスライド走行という。スライド走行を目指すライダーは、強めのエンジンブレーキを好む、ということになる。
2002年マレーシアGPで、2種類のスライド走行のシーンが見られた。このシーンでは、74番の赤いマシンの加藤大治郎が最終コーナーでリアタイヤを滑らせており、少し滑らせすぎてブレーキングに苦労している。このシーンでは46番の黄色いゼッケンのヴァレンティーノ・ロッシが9コーナーでリアタイヤを滑らせており、滑りがちょうど良く、上手くコーナリングしている。
エンジンブレーキが弱いとリアタイヤがグリップする
エンジンブレーキを十分に緩和して、エンジンブレーキが弱くなり、リアタイヤの回転数があまり落ちないと、リアタイヤが滑らずにグリップする。
リアタイヤを路面に粘着させて走ることをグリップ走行という。グリップ走行を目指すライダーは、弱めのエンジンブレーキを好む、ということになる。
2002年マレーシアGPで、3番の赤いマシンに乗るマックス・ビアッジは、リアタイヤを滑らせず、グリップ走行をしていた(動画)。
2019年日本GPのこの動画を見てみよう。ツインリンクもてぎの90度コーナー(11コーナー)で、04番の赤いマシンに乗るアンドレア・ドヴィツィオーゾはエンジンブレーキが弱くてリアタイヤが滑らずグリップしている。21番のフランコ・モルビデリと12番のマーヴェリック・ヴィニャーレスはエンジンブレーキが強めでリアが滑っており、カウンターステア気味になっている。
まとめ
ここまでの記述を表にすると、次のようになる。
エンジンブレーキ緩和 | エンジンブレーキ | リアタイヤ | 動画 |
全く緩和されていない | エンジンブレーキが極めて強い | 回転が止まりロックする | 事故 |
少しだけ緩和する | エンジンブレーキが強い | 回転が落ちてスライドする | スライド走行 |
十分に緩和する | エンジンブレーキが弱い | 回転が落ちずグリップする | グリップ走行 |
エンジンブレーキの緩和手段
スリッパークラッチ(バックトルクリミッター)
1つは、機械的な方式で、スリッパークラッチ(バックトルクリミッター)というものである。
エンジンの燃焼室で爆発が起こってクランクシャフトがぐるっと回ってメインシャフト・ドライブシャフト・リアタイヤを回していくことを「正のトルク(positive torque)がかかっている」という。
エンジンの燃焼室で爆発が起こらず、クランクシャフトが止まろうとして、メインシャフト・ドライブシャフト・リアタイヤがクランクシャフトを回そうとすることを「負のトルク(negative torque)がかかっている」とか「バックトルクがかかっている」という。
負のトルク(バックトルク)が強大になるとズルッと動いて半クラ(半クラッチ)状態になり、力の伝達を弱める機構をスリッパークラッチ(バックトルクリミッター)という。
昔ながらの方法で、1970年代頃から作られている。
2010年から2018年までのMoto2クラスはホンダCBR600RRのエンジンをワンメイクで使っていた。このエンジンは、アクセルとスロットルバルブ(エンジンに混合気を送り込むための装置)が金属の線でつながっている古いタイプのもので、電子制御を取り入れにくかった。このため、エンジンブレーキ制御はスリッパークラッチ(バックトルクリミッター)だけで行っていた。
電子制御
1つは、電子的な方法で、MotoGP界隈で「電子制御」と呼ばれている技術である。つまり、エンジンの主軸の回転をコンピュータで制御する技術のことである。
アクセルがどれだけ開けられたかを電子信号にして送信し、スロットルバルブ近くのモーターを操作して、スロットルバルブを開けていくことをスロットル・バイ・ワイヤというのだが、その機構を持つバイクは電子制御を取り入れやすく、電子制御でエンジンブレーキを緩和しやすい。
2019年以降のMoto2クラスはトライアンフのStreet Tripleのエンジンをワンメイクで使っている。このマシンはスロットル・バイ・ワイヤなので、エンジンブレーキ制御を電子制御で行っている。
電子制御でエンジンブレーキを緩和する手順は、次のようなものである。ライダーがアクセルを閉じたとしても、その意に反して、スロットルバルブ近くのモーターに「少しだけ開きなさい」という電子信号を送りつけ、少しだけスロットルバルブを開ける。するとエンジン内部の燃焼室にガソリンと空気の混じった混合気が少しだけ入り、少しだけ爆発が起こり、少しだけクランクシャフトを回すことになる。クランクシャフトが少しだけ回転し、メインシャフト・ドライブシャフト・リアタイヤの激しい回転をほどほどに押さえ込む。
先ほどの表を少し変更した表は、次のようになる。
スロットルバルブ | クランクシャフト | メインシャフト・ドライブシャフト・リアタイヤ | エンジンブレーキ | リアタイヤ | 動画 |
全く開かない | 全く回らない | クランクシャフトにガッチリ止められる | エンジンブレーキが極めて強い | 回転が止まりロックする | 事故 |
少しだけ開く | 少しだけ回る | クランクシャフトに少しだけ止められる | エンジンブレーキが強い | 回転が落ちてスライドする | スライド走行 |
大目に開く | 大目に回る | クランクシャフトが同じように回り、付き合ってくれる。止まらずに済む | エンジンブレーキが弱い | 回転が落ちずグリップする | グリップ走行 |
マット・オクスリーのこの記事には、色のついた線で書かれたグラフがある。その中の⑥は、BUTTERFLIES OPENINGと書かれている赤い線で、スロットルバルブの開きっぷりを示している。ライダーがアクセルを完全に閉じたときも、0%を超える位置に線が描かれており、スロットルバルブがわずかに開けられていることを示している。
先述のように、リアブレーキと「電子制御のエンジンブレーキ制御」は、やることが被っている。そのため、リアブレーキのかかり具合も「電子制御のエンジンブレーキ制御」に影響を与える。ライダーがリアブレーキを掛けたら、その分を計算し、さらにスロットルバルブの開度を決める。ライダーのリアブレーキが強めなら、スロットルバルブをやや大目に開けてエンジンブレーキを弱くする。ライダーが何らかの要因でリアブレーキを掛けられなくなったら、スロットルバルブの開度を小さくしてエンジンブレーキを強めにする。
※この項の資料・・・マット・オクスリー記事、BOX REPSPL記事
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