『オアシスを求めて』とは、1985年NHK制作のSFドラマである。
放映日は1985(昭和60)年10月26日21:00。一回限りの放映であり、その後の再放送・VHS・LD・DVDなどの商品化は、要望が多いにも拘らず、今日まで一切なされていない。理由は一切明らかにされていない(権利関係によるものという説が有力)。放映当日も朝のニュース番組の1コーナーで番組の宣伝、撮影手法の解説などをしていた。
またNHKのサイトでも放映日・タイトル・出演者以外の、殆どの情報が無い。「幻のドラマ」である。
※NHKスペシャルで同タイトルの紀行番組も制作された(1993年)が、SFドラマのみの記述とする。
あらすじ
1969年7月21日。アメリカの『アポロ計画』、アポロ11号により人類は初めて地球以外の天体「月」へと到達する。
それからおよそ120年後。それまでの経済発展により、地球環境を回復不能なまでに疲弊させてしまった人類は、宇宙移民を本格的に推進させる。宇宙移民は1990年代には技術的に可能ではあったが、宇宙移民が推進されなかったのは、地球環境の悪化がそこまで押し迫ったものではなかったからだ。
日本もその例外ではなく、西暦2087年、中国に次いで人類9番目となるスペースコロニー『勝利号』を建設、完成させようとしていた。
技術者の織部路音(中井貴一)は、宇宙ステーションから最終チェックのため勝利号へ向かうシャトルの中で、奇妙なものを見る。宇宙空間に浮かぶ丸い「虹」。しかし仲間もパイロットも、誰も見ていないと言う。
同じ頃、織部の婚約者・倉石麗(田中美佐子)の勤務する病院では、通常の患者らとともに、勝利号移住申請のための健康診断を受ける人たちが長蛇の列を作っていた。しかしその人々の診断データは、余りにも健康を害した人間のものであった。患者や受診者の状況を見て地球環境がもはや絶望的であることを知った彼女は、織部の123歳になる曽祖父、織部高志(浜村淳)にも勝利号移住権獲得のための診断を受けるよう勧めるが、彼はこれを拒否する。
一方勝利号では、アメリカの500万人収容可能なコロニー『アイランド1』をレーダーから失探。「地球からの物資供給に頼らないですむポイントを見つけて移動した」「火星に移住した」「太陽系外へ出て行った」といった流言蜚語まで飛び出していた。
その影で織部は同僚・羽賀とともにコロニー基底部で異様な光景を目にする。真空のはずの空間に「氷の結晶」が飛んでいたのだ。真空区画への空気流入量に対する、メインコンピューター「R7」の報告データと手元の計測器は、バラバラの結果を示していた。「R7」を疑い始め、上司の黒川主任(北村総一郎)に詰め寄る織部。しかし「R7」を疑うことはこの世界では「許されざること」であった。織部は絶対に間違わない存在と自分自身の疑いの中で悩む。
地球では曽祖父の高志が、近所の子供達を集めて「勉強会」を開いていた。子供達の親の要請でもあった。子供達に「自分自身で考える」ことと「ロボットと人間の違い」を教えようとする高志。しかしそこに「委員会」が踏み込んでくる。そういった教育は「好ましくないもの」であるからだ。抗弁する高志と麗は「委員会」に捕縛されてしまう。
宇宙では、宇宙ステーションへ還るシャトルに乗り合わせた織部が、「虹」を見たポイントで「浮遊物」を発見する。
興味本位から探査する織部。しかしそれはポイントを移動したと思われていたアメリカのコロニー、『アイランド1』の残骸であった。勝利号へ向かう最中に見たあの「虹」は夢などではなく、崩壊する『アイランド1』の水蒸気によるものであった。
具体的な証拠をつかんだ日本政府の問い合わせに対し、米政府は「原因不明」としながらも、秘密裏に64時間前の事実を認める。日本政府の訓令により勝利号スタッフにも緘口令が布かれた。
『アイランド1』の事故を、日本政府はいままで本当に知らなかったのか?疑問をぶつける織部に黒川は「人類の未来のため、それでも宇宙に出てゆかねばならない。人類の今後を揺るがすこの大事件を、いまは公表できない。」と諭す。
地球で「委員会」(橋爪功・佐々木すみ江)の査問を受ける高志と麗。「法律に無い罪」で人を裁こうとする委員会を高志は一蹴し、帰ろうとする。しかしそれでも委員会は高志を裁こうとする。
高志の生物学博士としての過去に触れる委員会。高志は2030年代、生物学会の中心人物であり、優秀な人材からクローン人間『新人類』を作る国家プロジェクトの指導者であった。しかし当時の高志はこのプロジェクトを止める為、研究室を破壊していたのだった。
高志を「子供に疑いの心を植え付ける危険思想の持ち主」と断じた委員会は、高志を拘留する決定を下す。(つづく)
ドラマの背景
- 世界的な環境汚染
この時代の地球は恒常的に酸性雨が降り、人類、あるいは他の生命体にとっても生存する上で望ましくない環境へと変貌している。宇宙への移住は緊急課題であり、世界各国ともに宇宙殖民都市(スペースコロニー)の建設に邁進している。大規模なコロニー開発が可能な空域は宇宙でも限られており、その空域の占有権も関わってくる問題である。 - 地域紛争の激化
残り少ないエネルギー、食料、良好な居住環境を巡って地域紛争が起きている。これらの紛争も、地球における人類の居住を難しくさせている。 - 医療の発達により人類の平均寿命が120歳まで伸びている
人類は医療の発達で、2030年代(物語世界の約50年前)から、あらゆる病気を克服している。しかしながら寿命が延びているだけで、言い換えれば「死なないだけ」の話であり、「健康に暮らしている」わけではない。
環境汚染や飲食物の汚染、医薬品の副作用に悩まされている。主人公の婚約者の勤務する病院は、常時満員である。 - 安楽死の合法化
上記のような状況のため、この世界において安楽死はまったく日常の光景となっている。汚染による肉体の疲弊もそうだが、精神的な閉塞感からの決断も多いようだ。 - コンピューター・ロボットの発達
人間は独自に考えることを(完全ではないが)止めている。あらゆる問題の確認・対策法決定はコンピューターが行い、人間はそれに従う。また教育現場でもロボットの教員が子供達を指導している。それ以外に子供達に教育を施すことは禁じられている。 - 日本初のスペースコロニー(宇宙殖民都市)の名前が『勝利号』
通常の日本の宇宙開発プロジェクト(あるいは宇宙に関わらず、深海・海洋探査、原子力開発など)では漢字は用いられることは無い(ひらがなで「はやぶさ」「かぐや」「ちきゅう」「もんじゅ」などといった表記になる)。また、「勝利」というような用語も第二次大戦前ならともかく、二次大戦後の国家プロジェクトにおいて使用されることは考えにくい。日本自体が、あるいは世界全体が「全体主義化」している可能性がある。某宗教団体とのかかわりは不明。 - 三権分立の崩壊・自由民主主義の終焉
主人公の曽祖父が、近隣の子供達を集めて授業(ロボットと人間のちがいの解説、など)をするシーンがあるが、「非合法」「児童虐待」として令状なしに逮捕されている。
また、警察による取調べ、検察による起訴や、弁護人のいる裁判を経ないで「委員会」独自の判断で量刑が決定するなど、民主主義・自由主義社会の崩壊した状況をうかがわせる。 - 委員会
司法・立法・行政・憲法、あらゆる法律をを超越した存在として描かれている。「誰を」「どのような罪で」「どれだけの刑罰を与えるか」を判断する。その判断が法に反しても、委員会決定が最優先される。
委員会より上級の市民を裁く権限はない模様。 - 市民の「階級化」
逮捕・拘留された曽祖父を助けるべく、主人公が「委員会」メンバーに詰め寄るシーンがある。その際に「僕はAランク市民だ、君達の指図は受けない」と啖呵をきる。「委員会」がまったく反論できず、逆に主人公に対しおそるおそる下手に出ている。旧ソビエトの上級・下級共産党員、党員・非党員間における序列に近いものがある。
おそらく『勝利号』移住可能な市民も、こうした上級市民から大多数が選出されていると思われる。 - 皇室
皇室の存続については作中で一切語られていない。この時代の日本政府により廃絶されている可能性もありえるが、日本人の皇室に対する畏敬の念を考えれば、あえて廃絶する方法は反政府主義の台頭など、日本国の統治上好ましくない結果を生むことは想像に難く無い。戦前の超国家主義に利用された皇室同様、この時代の政体に、「偶像」として利用されていることも予想される。 - 日米関係
現在のアメリカ合衆国は、上記のような「全体主義国家」をまったく容認しないが、物語の中では米国のコロニー崩壊事故への日本政府からの問い合わせに、迅速に真実を明らかにしている。
日米関係は現在のまま悪化していないか、または米国の国際社会における発言力が低下している、あるいは米国も、どこかの国の影響下に置かれ、全体主義化した可能性がある。(東西冷戦の、自由主義陣営敗北の可能性も考えられる。) - 中国の台頭
日本より先行してスペースコロニー建設に成功している。ただし収容可能人員などのスペックデータは不明。 - 経済状況
産業構造の変化のせいもあるだろうが(人間が労働するのはスポーツ・芸能、あるいはサービス産業のみで、あとはロボットやコンピューターが行う)、完全失業率は20%を超えている。社会保障がどうなっているかは語られていないが、おそらく期待できない。
ただし『勝利号』移住者には完全雇用を喧伝しており、それに惹かれ移住を希望する者も多い。
主な出演者
制作スタッフ
関連項目
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