オールブラックス単語

162件
オールブラックス
6.5千文字の記事
  • 3
  • 0pt
掲示板へ

オールブラックスとは、

  1. ラグビーニュージーランド代表の称である。
  2. 2019年読売ジャイアンツ日本シリーズでの惨状。詳しくは「23-10」を参照のこと。
  3. 2020年読売ジャイアンツ日本シリーズでの惨状。詳しくは「26-4」を参照のこと。

(以下Wikipedia等から引用・参照)

概要

ラグビー世界的な強チームの1つであり、2023年現在世界の全ての別代表チームに勝ち越している。ラグビーニュージーランドであり、試合の前にニュージーランド先住民マオリ族の伝統的な出の踊り、ハカ(カマテ、カパオパンゴ)を行うことでも知られている。

「オールブラックス」という称の起は、1905年から1906年にかけてイギリス遠征を行ったニュージーランド代表チーム新聞などがそう呼んだことであり、当時のメンバーオリジナルズ(The Originals)と呼ばれる。その一人、ビリー・ウォーラスは、称はロンドン新聞が代表チームの戦いぶりを評して、全員バックスのように戦うと書きたてたことからオールバックスと呼ばれるようになり、それが変わってオールブラックスになったとしている。別の説によると、チームユニフォームの色は当時からが多く使われており、ブラックスは新聞の記事になる以前から使われていた称の一つだとしている。

1925年の遠征以後、代表のユニフォーム黒一色になり、一のアクセントとしてニュージーランド固有種のシルバー・ファーン(羊歯)の枝があしらわれることとなった。

ニュージーランドスポーツ界では、ギンシダをあしらったユニフォームを着ることやオールブラックスの一員に選ばれることが名誉とされているため、様々なスポーツの代表チームがそれにあやかった称で呼ばれている。

歴史

ラグビー王国の誕生

ニュージーランドへのラグビー伝来は医学者で政治家デビッド・モンロ(出身はスコットランドエジバラ)の息子であるC.J.モンロにより伝えられた説が有である。C.J.モンロは留学先のロンドンラグビーと出会い1860年代後半にニュージーランドへ伝えたとされている。1870年5月ネルソン・カレッジとネルソンクラブとの間でラグビーの試合が開催された。1882年にサザンラグビー協会(現オーストラリアニューサウスウェールズラグビー協会)がニュージーランド遠征を行い、1888年にイギリスチームニュージーランド遠征を行った。1892年にニュージーランドラグビーフットボール協会(NZRFU、現在ニュージーランドラグビー協会(NZRU))が設立され、1894年にニューサウスウェールズ州へ遠征。翌年にはニューサウスウェールズを招き初のホーム試合を開催。公式テストマッチは1904年にシドニーで開催されたオーストラリアとの試合になる。

1905年から1906年にかけ初の北半球遠征(ブリテン諸フランスアメリカ合衆国)を行った際、ボールを持つと縦横尽に走り回るニュージーランドチームに感銘を受けたイギリス新聞紙が“オールバックス(All Backs)”と表記したことや、単なる印字ミス、または全身尽くめのユニフォーム姿から“All Blacks”と呼ばれるようになったなど諸説あり、これらの説が今日ラグビーニュージーランド代表を“オールブラックス”と呼ぶ由縁とされている。この北半球遠征に帯同した正規メンバー25名と追加メンバー2名の計27名は“オリジナル・オールブラックス”と呼ばれ、伝説チームとして今日でもその栄は賞賛されている。この遠征成績は35戦34勝1負、うちテストマッチ5戦4勝1負。

1921年にラグビー南アフリカ代表がニュージーランド遠征を行い、1928年にはオールブラックスが南アフリカへ遠征。この遠征試合はともに引き分けとなった。1976年に当時人種隔離政策(アパルトヘイト)により社会から強い批判を受けていた南アフリカニュージーランドチーム派遣したことからアフリカ々がモントリオールオリンピックをボイコットするなど国際問題へ発展。1978年北半球遠征ではイングランドウェールズスコットランドアイルランドと対戦し全勝、グランドスラムを達成。

1987年ワールドカップ優勝ジョンカーワンとクレイグ・グリーンが6トライを上げトライ王にく。1991年ワールドカップでは準決勝でオーストラリアに敗れ3位に終わる。

低迷期

1992年以降チーム成績は低迷し、1995年ワールドカップでは優勝補から外れる。ラウリー・メインヘッドコーチ(当時)はベテランのグラハム・バショップジンザン・ブルックを復帰させる一方、新戦ジョナ・ロムーアンドリューマーティンズ、ジョシュ・クロンフェルドらを起用するなどチームの立て直しを図り、下評を覆し決勝戦まで進める。決勝戦は地元南アフリカと大会史上初となる延長戦に突入するも3点差で2位(準優勝)に終わる。メインズは辞任しヘッドコーチジョンハートが就任。

1996年からはオーストラリア南アフリカと共に南半球3か対抗戦のトライネイションズを開始し、2012年からはこれにアルゼンチンも加え、南半球4か対抗戦のザ・ラグビーチャンピオンシップとして開催している。

ハート就任以降もブレディスローカップオーストラリアに明け渡すなどチーム状況は変わらず、1998年から1999年の対オーストラリア戦は5戦1勝4敗と負け越す。1999年ワールドカップ優勝補に名を連ねるも準決勝でフランスに敗れ敗退。3位決定戦でも南アフリカに敗れ4位に終わる。ハートは辞任しヘッドコーチウェイン・スミスが就任。

スミス就任後の2000年2001年トライネイションズは2位に終わりブレディスローカップの奪回に失敗。スミス更迭され当時37歳のジョン・ミッチェルがヘッドコーチに就任。ミッチェルは若手選手を中心にチーム編成を行い2002年2003年トライネイションズを1位優勝)に導き、2003年には5季ぶりにブレディスローカップを奪回するなどチームは成長を見せ始めるも2003年ワールドカップ準決勝(対オーストラリア)で敗退、3位に終わる。ミッチェルは辞任しグラハム・ヘンリーヘッドコーチに就任。

王国の復活

2004年ヘンリーヘッドコーチに就任してから2006年までのテストマッチ成績は33勝4敗、2004年11月以降は27勝2敗と圧倒的な強さを取り戻す。2005年11月北半球遠征ではチーム史上27年ぶり2度グランドスラム(全勝)を達成。その初戦ウェールズ戦と続くアイルランド戦では先発メンバー全員入れ替えながらともに38点差で圧勝するなど、選手層の厚さも抜きん出ており、2007年ワールドカップ優勝大本命と衆が一致した。しかし同年10月6日に行われた準々決勝、対フランス戦(開催)で敗退。ニュージーランド内は深い悲しみに包まれた。

王国の君臨

2007年ワールドカップ後、ヘンリーヘッドコーチ続投には議論が巻き起こったが、結局続投が決定し、安定した強さを発揮し続けた。2007年と同じく優勝補の大本命とされた2011年ワールドカップでは、圧倒的な強さで決勝まで進み、決勝の対フランス戦では、接戦ではあるものの終始試合を優位に進めて、見事悲願の優勝を果たした。この大会中、オールブラックスは、同じポジションに実に3人もの怪人が出たにもかかわらず優勝を果たし、その層の厚さ、圧倒的な強さを明して見せた。2015年イングランド大会でもそのポテンシャルをいかんなく発揮して2連覇を達成。4年後の日本大会では準々決勝で同プール戦(日本アイルランドプールA、ニュージーランドプールB)で日本代表闘を繰り広げたアイルランド代表を寄せ付けず圧倒するラスボスムーブで3連覇をしていたが、準決勝でイングランドに敗れ、ワールドカップ3連覇とはならなかった。この敗戦は地元ニュージーランドではとてもショックが大きく、スポーツでは「世界の終わり」などと表現されるほどだった。

試練の王国

2019年ワールドカップの翌年、ザ・ラグビーチャンピオンシップアルゼンチンに初めて敗北する。2022年には、アイルランドに2連敗し史上ワーストタイ世界ランキング4位に転落。同年のザ・ラグビーチャンピオンシップは、3年連続で優勝するも南アフリカに勝ちきれず世界ランキング5位とワースト順位を更新。また、ホームでの試合でアルゼンチン戦でラインアウトを3回失敗やディフェンスの規が乱れ、歴史敗北を喫した。しかし、ダミアンマッケンジーの復帰、リーコ・イオアネの復調、ティレル・ロマックスウィルジョーダンなどの新戦も加わり、着実に勝ちを重ねた。

2023年フランス大会で4回優勝すべく、盤石の体制で挑む。ただしグループリーグ初戦のフランス戦をいきなり落とし、グループリーグ突破に向けて後がくなってしまう。しかし割と楽な組に入ったのが良かったのか悪かったのか、残り3試合は圧勝。特に残り試合で一番強いイタリアは格下とはいえ22年以降のテストマッチで好調を維持しており、ウェールズオーストラリア勝利し、W杯前の最後のテストマッチでも日本に快勝。ワールドカップでも好調を維持し開幕2連勝していたが、万が一にも負けたら後がないオールブラックスの集中は凄まじく付け入る隙すら与えなかった。そのままグループ2位で通過を決め、2大会ぶりの優勝すべく、まずは直前のテストマッチで連敗したアイルランドとの1回戦に挑む。

テストマッチでオールブラックスに通算成績で勝ち越している代表チームはなく、また年以上の対戦記録が残っているにも関わらず、一度としてオールブラックスに勝ったことがない代表チームも数多く存在し、代表としてオールブラックスに対し勝利したことがあるのはオーストラリア南アフリカフランスイングランドウェールズアイルランドアルゼンチンのみである。シックス・ネーションズに所属し、ラグビーにおいてイングランドと共に最古のテストマッチ経験のあるスコットランドですら勝てたことがいのである。

ワールドカップでの記録優勝が3回、準優勝1回、3位3回、4位1回。現在アディダス社およびAIG社、ニュージーランド航空スポンサー契約を結んでいる。2021年AIG社がスポンサー契約から撤退した後、フランスの建設資材大手のアルラッド・グループが新たなメインスポンサーとなった。

ラグビーワールドカップでの成績

ラグビーニュージーランド代表のラグビーワールドカップでの成績は以下の通り

なんと、ここまでの10大会すべてでベスト8以上を記録している。

対戦成績

2023年10月29日現在代表との対戦成績は以下の通り。

チーム 試合数 勝率(%)
アルゼンチン  37 34 2 1 91.89%
オーストラリア  177 124 45 8 70.06%
ブリティッシュアンド・アイリッシュライオンズ 41 30 7 4 73.17%
カナダ  6 6 0 0 100.00%
イングランド  43 33 8 2 76.74%
フィジー  7 7 0 0 100.00%
フランス  63 48 14 1 76.19%
ジョージア 1 1 0 0 100.00%
アイルランド  37 31 5 1 83.78%
イタリア  16 16 0 0 100.00%
日本  5 5 0 0 100.00%
ナミビア 3 3 0 0 100.00%
シフィック・アイランダー 1 1 0 0 100.00%
ポルトガル  1 1 0 0 100.00%
ルーマニア  2 2 0 0 100.00%
サモア  7 7 0 0 100.00%
スコットランド  32 30 0 2 93.75%
南アフリカ共和国  106 62 40 4 58.49%
トンガ  7 7 0 0 100.00%
ウルグアイ 1 1 0 0 100.00%
アメリカ合衆国  4 4 0 0 100.00%
ウェールズ  37 34 3 0 91.89%
世界選抜(World XV) 3 2 1 0 66.67%
Total 637 489 125 23 76.77% 

参考文献 “All Blacks Player Profiles, Match Details and Statistics” 2023年10月30日閲覧。

2023年時点でなんと勝率76化け物である・・・

ハカ(ウォークライ)

ハカHaka)は、ニュージーランドマオリ族民族舞踊

1905年のイギリス遠征の際にオールブラックスが戦いの踊りの要素を取り入れたものを初めて踊り、以後代表チームに受け継がれることとなる。一見、威嚇とも感じられるが、ニュージーランドチームが対戦を喜んで受け入れ、対戦を望んでくれたチームに対し敬意を表するという意味で演じられる。

2000年代に、従来のカ・マテに加えてカパ・オ・パンゴを新作。首切りジェスチャーが含まれるなど物騒に感じられるが、これも相手への威嚇ではなく、自らの命を掛けて戦うという意思表示でやっている模様。

有名選手

ニコニコ動画アップされている選手の動画を簡単に紹介していく。

身長196cm、体重119kgという大選手。FWの選手としても闘える体格を持ちながら100mを105というとんでもないスピードで駆け抜け、相手プレイヤーを粉砕する。暴走機関車」「飛ぶ巨」「ダンカーなどと呼ばれ恐れられていた。”人間やめました”

2007年に現役を引退ボディビルボクシングを始めるが、2012年移植した腎臓が機を停止。2015年11月18日、合併症により40歳の若さで亡くなった。

ボールのあるところマコウあり”と称されるほど、攻守すべての局面に現れるオープンサイドフランカー運動量、状況判断、スキル、すべてのが高い。ディフェンが非常に高く、時の判断によりトライを決める。2011年9月24日に行われたラグビーワールドカップ予選プール第3戦フランス戦でニュージーランド代表選手として初となる代表100キャップ記録した。ニュージーランド史上最高の選手とも言われ、衣軍を束ねるキャプテンとして活躍している。

世界最高のスタンドオフ」と名高い、衣軍の。決して大きくはない体格であるが、非常に高いラグビーセンスキック精度を武器に闘う。特にゴールキックの精度が非常に高い。「その軌はおかしい」と思わず口にしてしまうほど、とんでもない曲がり方キックをする。テストマッチにおいて世界最高の個人通算得点記録を持つ。

世界最高の”ペネトレーター”。パワースピードテクニックの三拍子がったCTBである。彼がボールを持つことは相手のディフェンラインが下がることを意味する。ドレッドヘアと太い腕の刺青が特徴。見た怖いっ気な表情をすることが2011年には日本トップリーグリコー)でプレーしていた。

関連動画

 

 

 

関連項目

【スポンサーリンク】

  • 3
  • 0pt
記事編集 編集履歴を閲覧

ニコニ広告で宣伝された記事

おから氏 (単) 記事と一緒に動画もおすすめ!
提供: W84
もっと見る

この記事の掲示板に最近描かれたお絵カキコ

お絵カキコがありません

この記事の掲示板に最近投稿されたピコカキコ

オールブラックス

20 ななしのよっしん
2020/05/28(木) 20:04:12 ID: J6ok4V6X44
一応アイルランドテストマッチ勝利してる。最近のことだから記載がないのは仕方ないところだけど。
👍
高評価
0
👎
低評価
0
21 ななしのよっしん
2020/11/20(金) 09:33:48 ID: 8emORxGV/H
東京ドームでもオールブラックスバカを披露してたな
👍
高評価
1
👎
低評価
0
22 ななしのよっしん
2020/11/26(木) 02:12:25 ID: gjblUYxeoV
この記事にもアップデートが必要なようですなぁ~
👍
高評価
1
👎
低評価
0
23 ななしのよっしん
2020/11/27(金) 17:10:03 ID: Oa2FTr02WV
まさか二年連続でオールブラックスが緊急来日してペイペイドームバカを披露するとはたまげたなぁ
👍
高評価
1
👎
低評価
0
24 ななしのよっしん
2021/11/12(金) 22:31:49 ID: tefRWfuaME
👍
高評価
0
👎
低評価
0
25 ななしのよっしん
2022/10/09(日) 22:27:36 ID: JuV4VO3qDA
どっかのチームのせいでホークスポストシーズン18連勝になったじゃないか。
勢いづくと止まらないんじゃないか。
👍
高評価
0
👎
低評価
0
26 ななしのよっしん
2023/06/16(金) 00:42:11 ID: 2b0xashNwl
オールブラックス

タイトル:オールブラックス

twitterで紹介する

27 ななしのよっしん
2023/09/11(月) 15:34:34 ID: 6bjUMxvGTK
ラグビーW杯プール戦でオールブラックス
負けるのは今回が初めてだったらしい…
👍
高評価
0
👎
低評価
0
28 ななしのよっしん
2023/09/23(土) 23:16:36 ID: F0UouEjTs9
リッチー・マコウダンカーターを中心に精鋭がってた2011-2015ピークだったと思うわ
あの頃は本当に無敵だったけどそれとべると今はどうしてもね
👍
高評価
1
👎
低評価
0
29 ななしのよっしん
2023/10/07(土) 13:22:45 ID: 6bjUMxvGTK
>>28
スタメンは最強だったし、リザーブにボーリックとかSBWがいるから、交代しても弱体化するどころか別の強みを活かして相手を圧倒してたからなぁ

スタメンは今でも一番強いと思うけど、リザーブまで含めたうえでスプリングボクスべると、ちょっと不安
👍
高評価
0
👎
低評価
0

ニコニコニューストピックス