カール・フォン・ゴールデンバウム(Karl von Goldenbaum)とは、「銀河英雄伝説」のキャラクターである。
カールの名
カールという名を持つゴールデンバウム王家の一員は、少なくとも3人いる。そしてその3人は、皇太子、ないしは少なくともそれに準ずる帝位継承権者であった。しかし、この3人はいずれも帝位につくことが出来ず、夭折に定評のあるルードヴィヒと並んで呪われた名前とみなされたという。
この記事では、その「凶運の名前の双璧」の一端、ゴールデンバウム王朝史における最大の陰謀によってその継承権を失った、おそらく一人目のカールについて記述する。
生誕
そのカールは、ゴールデンバウム王朝の第3代皇帝リヒャルト1世の子で第4代オトフリート1世の弟であるユリウス大公、の長男であるフランツ・オットー、のそのまた長男、のさらに長男、という、なにやらしっちゃかめっちゃかな皇族として生まれた。本来は皇帝の四世孫であり、祖父フランツ・オットーが立てる公爵か侯爵あたりの家の三代目になるはずの人間であったろう。古代日本でもギリギリ皇族(皇親)に入る程度の立場である。
それが、彼のまだ物心つくかつかないかという頃に一変する。
第4代オトフリート1世の子である第5代皇帝カスパーが、寵愛する美男子とともに失踪するという前代未聞の事態が発生したのである。しかも退位宣言を置いていく念の入れよう。そしてそのカスパーには弟などはいなかったらしく、130日の間困ったり迷ったりの挙句、叔父であるユリウス大公(御年76歳)が帝位についたのだった。この時点で、カールは新皇太子フランツ・オットー大公の長男直系の孫という、帝位を約束された身分となった。
もともとユリウスが帝位についたのは、皇太子となるフランツ・オットー大公(当時50代半ば)の聡明さに期待されていたからであった。つまりショート・リリーフだったのである。しかし、そのユリウスが延々と玉座に座り続けたことが悲劇を呼び起こしてしまう。まずフランツ・オットーの長男が早逝し、さらにフランツ・オットーまでもが74歳で父より先に死んでしまったのである。あとフランツ・オットーの次男もこの辺りで死んでるっぽい。
怪老ユリウス
こうして、カールは帝位継承権第一位の持ち主となり、皇太曾孫というどえらいややっこしい身分となった。ドイツ語とか英語じゃ皇太子だろうが皇太孫だろうが区別はないというのは有名な話だが、帝国公用語だからいいのだ。
そして問題はそのカールである。
彼が受け継ぐべき玉座に居座る老人は、彼が知るかぎりずっと老人であった。彼に記憶があるのはユリウス70代の頃以降であり、今やその皇帝は在位20年、96歳にもなって尚、昔と何ら変わるところを見せない矍鑠たる老人であった。彼が「こいつ何?森繁久彌?俺もじいちゃんみたいに皇帝になるまえに老衰で死ぬんじゃね?」という、オカルト気味な恐れをいだくのも無理からぬことであろう。子供のころ通った近所の駄菓子屋のババアが社会人になってもまだババアだった、みたいなもんである。
そういうわけで、彼は弑逆を決意した。
皇帝の寵姫を利用し、ユリウスの杯に毒を入れさせて暗殺したのである。ユリウスは死に、カールは喪主としてその「盛大だが心のこもらぬ葬儀」を率いた。ようやく皇帝になれる、と、そう思った。
失脚
しかし、彼は皇帝にはなれなかった。
彼は毒殺を実行させた寵姫を、ユリウスの死の際になにも出来なかったとして殉死させて処分したのだが、彼女はその寸前に器用にも腕輪の中に口紅で事の顛末を記して兄に形見として送ったのである。幸い誰も途中で確かめなかったらしく、それは近衛兵である兄に無事届いた。そしてその兄は、帝位継承権第二位を有するカールの従兄弟、ブローネ侯爵ジギスムントに注進に及んだのだった。
ジギスムントはこの情報を知ると欣喜雀躍し、カールを追い落として幽閉、自らジギスムント2世として帝位についた。そして失意のカールは流刑同然の身分のままで生き続け、彼が暗殺したユリウスより上の97歳で死んだ。
関連動画
関連項目
- 0
- 0pt