ギラヴァンツ北九州とは、福岡県北九州市をホームタウンとする、Jリーグに加盟するプロサッカークラブである。
概要
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前身は1947年に創部した三菱化成黒崎サッカー部。2001年に同クラブを母体としたニューウェーブ北九州を創設。2010年にJリーグに加盟し、ギラヴァンツ北九州に改称した。
北九州市の市花であるひまわりを意味する「Girasole」と、前進するという意味の「Avanzare」を組合せた造語である。「Girasole」は、本来「ジラソル」と発音するが、ここでは「ジラ」部分を「ギラ」と読み、太陽の輝きと躍動を想起させる強い語感とした。
エンブレムはひまわりの花びらと太陽をモチーフとし、中央には北九州市の「北」の文字が配置されている。クラブマスコットは、北九州市小倉南区の曽根干潟に飛来する「ズグロカモメ」をモチーフにした「ギラン」。
ホームスタジアムは2017年に完成したミクニワールドスタジアム北九州(北九州スタジアム)。略称はミニスタ。2016年以前は北九州市立本城陸上競技場を使用していた。
歴史
『三菱化成黒崎サッカークラブ』として1970年代に発足したチームが前身。元々北九州市は後にも先にも唯一本州以外で天皇杯制覇を成し遂げた八幡製鉄サッカー部の存在も有り、一部地域ではサッカーが盛んであったが鉄冷えに代表される重工業不振も有り、プロ化は夢と見られていたが2001にプロ化をめざし市民クラブとして運営母体がNPO法人の『北九州フットボールクラブ』を設立後、チーム名も『ニューウェーブ北九州』として新たに誕生した。
2001年より九州リーグでJFLを目指し、更にJリーグ入りを目指していたが、2004年まで低迷を続けていた。2005年には元サガン鳥栖監督の千疋美徳を監督に迎え、JFL昇格争いに加わったが、結局昇格することが出来ず、2006年に千疋をコーチに降格、2007年シーズンより元読売クラブ(現:東京ヴェルディ)監督の与那城ジョージが監督として指揮を執る。
2007年、再びJFL昇格争いを終盤まで演じ、九州リーグを制覇した後、全国地域リーグで2位となり、見事JFL昇格が決まった。
JFL昇格後、2008年にJリーグに準加盟。しかし、Jリーグ加盟に必要な『JFL4位以上』と『観客平均3000人』をクリアすることが出来ず、2008年はJFLリーグ年間5位でJリーグ加盟とは至らなかった。この年は福岡県サッカー選手権で見事に優勝し、福岡県代表として初めて天皇杯に進んだ。
2009年シーズン、前期では5位で終えたものの、後期になってJFLで上位争いを演じた。同じくJリーグ準加盟のガイナーレ鳥取らが調子を落とすと、北九州は勢いが増し、群馬県高崎市で行われた後期第16節、アルテ高崎戦で見事年間4位以上を確定させ、観客も平均3000人以上と軒並み伸びたことにより、同年12月、Jリーグへの加盟が決まった。福岡県のJリーグチームはアビスパ福岡以来2チーム目で、九州では5チーム目のJリーグクラブ誕生となった。J2昇格を機にチーム名を現在の「ギラヴァンツ北九州」に変更する。
2010年シーズンは大分トリニータがJ2リーグに降格するため、サガン鳥栖、アビスパ福岡、ロアッソ熊本と合わせ、5チームが『九州ダービー』を行うことになり、アビスパ福岡と『福岡県ダービー』を開催。しかし、この年はJリーグの壁にぶち当たり、シーズン僅か1勝に留まってしまう。シーズン33試合連続勝ち星無し、シーズン1勝は2003年にサガン鳥栖が作ったシーズン28試合連続勝ち星なし、シーズン3勝を抜いてJ2ワースト記録となった。アビスパがJ1復帰を果たしたため、当面福岡ダービーはお預けとなった。
2011年シーズン、この年の胸スポンサーはTOTOに決定。三浦泰年が監督に就任すると、J2開幕3戦目にして早々今期初勝利を決め、36戦連続勝ち星無しで不名誉な記録を止めた。それどころか2連勝し、シーズン序盤は『ギラヴァンツの下のチームが何チームもある』といった現象を起こした。更に躍進の波は止まらず、11月20日にはサガン鳥栖に勝利し、三浦監督が目標にしていた勝点『56』をクリアし、来シーズンに望みを繋ぐ成績となった。アビスパ福岡もJ2に降格し、来季からは福岡ダービーが実現する。
2012年シーズン、この年の胸スポンサーは安川電機に決定。同福岡県のアビスパがユニフォームスポンサー探しに苦労する中、順調な営業に見えるが前年の勝利給、反則金等その他諸々の費用が積み重なり債務超過に陥る等、決して順風満帆とは言えない運営を強いられているんだ!三浦監督は勝ち点82、70得点以上、55失点以内を目標に掲げ昇格圏も視野に入れた指揮を執る。
が、10位で迎えた9月28日、来季から導入される「クラブライセンス」の交付が発表され、北九州においてはJ1ライセンスが付与されなかったことにより、プレーオフ圏内(6位)に入っても来季の昇格は不可能となった。理由としては、本拠地の収容人数が1万5000人のJ1基準に満たないことなどが挙げられている。その後連敗し、掲げていた目標勝ち点の達成も不可能となってしまった。
2013年は三浦監督の退任(後、東京ヴェルディの監督に就任)、それに伴う主力選手の移籍でチーム力は大きくダウン。後任に柱谷幸一が監督に就任するも、3連勝以上が一度もないシーズンとなり、順位は16位へと降下。それでも上述した新スタジアムの建設着手が正式に表明されるなど、少しずつではあるがクラブとしての足場を固めつつあった。
2014年はJ1クラブから獲得した風間宏希、星原健太、大谷幸輝が主力として定着。けっして戦力的に恵まれているわけではなかったが、柱谷監督は堅守をベースにしたスタイルで選手の力を引き出し、エースの池元友樹はキャリアハイの16ゴールを記録。シーズンを通して上位をキープする。J1ライセンスが交付されていなかったため昇格プレーオフに進出できなかったが、クラブ最高成績となる5位でシーズンを終える。
2015年は小松塁が18ゴール、原一樹が13ゴールと2トップが揃ってゴールを量産するが、前年活躍したGK大谷が抜けた守備陣が不安定だったこともあって前年を下回る7位に終わる。
2016年は地元出身の元日本代表・本山雅志が加入するなど、監督・スタッフが「100点満点(の補強)。自分がやれる事は全てやれた」と豪語する充実した選手が揃った。念願のJ1ライセンスを取得しいよいよJ1昇格を見据えたシーズンになる・・・はずだった。蓋を開けてみると深刻な不振に陥り、第16節には最下位にまで転落する。守備の不安定さは相変わらずなうえに、攻撃陣も原が16ゴールと孤軍奮闘していたものの、小松がわずか4ゴールと大ブレーキ。特にアディショナルタイムでの失点が増加し、勝ち切れない試合が続きついにシーズン最下位が確定。J3降格が決定する。シーズン終了後、柱谷監督が退任。
2017年に新スタジアムが完成。1年でのJ2復帰を掲げたが、上位陣との直接対決に勝てなかったことが響いて9位、2018年はよもやのJ3最下位と落ちるところまで落ちてしまう。成績不振により、監督、コーチ陣が軒並み1シーズンで退任する事態となった。
2019年、清水エスパルス前監督の「昇格請負人」と呼ばれる小林伸二氏が就任。まずはクラブを建て直すことに言及し、選手のフィジカル強化などを図る。以降、勝ちの差一つで順位が入れ替わる怒涛の上位陣に食らいつき続け、第32節に2位以上が確定、J2復帰が決まる。翌33節、ガイナーレ鳥取相手に引き分けで終わったが、2位の藤枝が敗れたため、クラブ初タイトルとなるJ3リーグ優勝を果たす。シーズンを通して守備陣が安定しており、勝負所の後半戦では町野修斗や北川柊斗、髙橋大悟ら攻撃陣が活躍。前年の最下位チームが翌年に優勝するのはJリーグ史上初の快挙となった。
再びJ2に戻ってきた2020年、ディサロ燦シルヴァーノと町野の活躍もあって昇格1年目ながら第7節から9連勝・10戦無敗で第18節にクラブ初の首位に躍り出る大躍進を遂げる。しかし、9月下旬から停滞し失速、21節から9戦無勝となったことで昇格争いからは脱落。それでもディザロは得点ランク2位の18得点と奮闘し、クラブ最高タイ記録の5位でシーズンを終える。
このシーズンを最後に池元友樹が現役を引退。
2021年は危惧された通り、ディザロ、町野ら前年の躍進を支えた主力が軒並み引き抜かれることに。さらに開幕前に9年間に渡り、観客数を水増しして発表していたことが発覚。クラブのイメージダウンとなる。このような状況でチームはシーズン中4度最下位に転落するなど大きく低迷。最終節まで混戦模様の残留争いの中で踏ん張るが21位でシーズンを終え、史上初となる2度目のJ3リーグ降格が決定。降格決定の翌日、小林監督の監督退任およびスポーツダイレクター専任が発表される。
J3での出直しとなった2022年は前年まで小林前監督の下で3年間ヘッドコーチを務めた天野賢一が新監督に就任。1年でのJ2復帰を目標に掲げたものの、スタートから躓くと上位争いに一度も加われないまま13位に終わる。
2023年は元栃木SC監督の田坂和昭が監督に就任。第2節で初勝利を飾ったものの、第3節以降は11試合未勝利と苦戦。第9節以降はJFL降格圏から脱出ができないほど低迷する。断トツの最下位となってしまった9月に田坂監督を解任し、小林ダイレクターが監督に復帰。しかし、それでも低迷するチームを救うことはできず、残り3試合を残してJ3最下位が確定してしまう。結局JFLから昇格できるチームがなかったことでJFL降格は免れたが、責任を取って小林監督はダイレクター職と共に辞任。クラブを去ることになる。
2024年は前・鳥取監督の増本浩平が監督に就任。前年から所属選手の半数以上が入れ替わる陣容となった中、シーズン序盤は苦戦をしていたが、第13節から7試合負けなしで順位を上げ、前半戦は12位ながらJ2昇格PO圏の6位とわずか勝ち点3差につける。エースの永井龍が調子を上げた後半戦も安定した戦いぶりを見せ、終盤戦まで6位以内の争いを演じる。しかし守護神の田中悠也が骨折により長期離脱となった第30節以降は3連敗を喫するなど調子を落とし、第37節の時点で事実上PO進出の可能性は消滅。最終順位は6位のFC大阪と勝ち点わずか2差の7位となった。
クラブの特徴
サポーター
京都サンガF.C.とならび、フラッグが痛いサポーターとして有名。参考ページ
人口97万人のホームタウンを持つが、J参入からまだまだ日が浅く、お世辞にも本城はアクセス良好とは言えず収容人数もJ1基準に達していないためか、平均約3200人と中々サポーターが駆け付けない(残念なことに、2013年度のJ全40チーム中最低の数字である)。
しかし北九州銀行が都心小倉駅にて応援広告を出す等、認知度上昇に向けた取り組みは行われており、北九州内で試合が行われる際は熱く応援される。次の1勝を勝ちとることを信じて・・・!
スタジアム
2017年に完成したミクニワールドスタジアム北九州(正式名称は北九州スタジアム)は観客席とピッチの近さに定評があり、J1クラブのサポーターですら羨むレベルの臨場感が楽しめる優れたスタジアムである。
海辺に隣接された場所に作られたことも大きな特徴であり、MLB・サンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地、AT&Tパークを連想させる。バックスタンドには屋根があえて設置されておらず、スタンドから海を眺めることができる。プレー中のボールが海に飛び込む可能性もあるが、敢えて防球ネットを設置せず、ボールは試合の運営主催者に自ら回収させるとのこと。海からの近さ故に、バックスタンドコンコースには「魚つり禁止」の注意書きが設置されている。
主なタイトル
現在の所属選手
背番号 | Pos. | 国籍 | 選手名 | 生年月日 | 加入年 | 前所属 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
- | 監督 | 増本浩平 | 1982.7.11 | 2024 | ガイナーレ鳥取 監督 | 【新】 | |
1 | GK | 伊藤剛 | 1994.3.23 | 2024 | ヴェロスクロノス都農 | 【完】 | |
3 | DF | 伊東進之輔 | 2003.4.18 | 2024 | 福山シティ | 【復】 | |
4 | DF | 長谷川光基 | 1999.4.27 | 2022 | 順天堂大学 | ||
6 | MF | 藤原健介 | 2003.12.21 | 2024 | ジュビロ磐田 | 【レ】 | |
7 | MF | 平原隆暉 | 2003.5.1 | 2022 | 昌平高校 | ||
8 | MF | 若谷拓海 | 2001.4.1 | 2023 | 山梨学院大学 | ||
9 | FW | 平山駿 | 1998.10.6 | 2021 | 法政大学 | ||
10 | FW | 永井龍 | 1991.5.23 | 2024 | ファジアーノ岡山 | 【完】 | |
11 | MF | 喜山康平 | 1988.2.22 | 2024 | 松本山雅FC | 【完】 | |
13 | DF | 工藤孝太 | 2003.8.13 | 2024 | 藤枝MYFC | 【レ】 | |
14 | MF | 井澤春輝(C) | 1999.6.14 | 2021 | 鹿児島ユナイテッドFC | ||
15 | MF | 小林里駆 | 2001.8.2 | 2024 | 順天堂大学 | 【卒】 | |
16 | FW | 大森真吾 | 2001.2.9 | 2024 | 北海道コンサドーレ札幌 | 【レ】 | |
17 | MF | 岡野凜平 | 2000.9.15 | 2023 | 日本文理大学 | ||
18 | FW | 渡邉颯太 | 2002.3.1 | 2024 | 関西学院大学 | 【卒】 | |
19 | MF | 井野文太 | 2003.9.12 | 2022 | 昌平高校 | ||
20 | MF | 矢田旭 | 1991.4.2 | 2024 | 愛媛FC | 【完】 | |
21 | MF | 牛之濱拓 | 1992.7.14 | 2024 | ガイナーレ鳥取 | 【完】 | |
22 | DF | 山脇樺織 | 2000.12.17 | 2023 | 同志社大学 | ||
23 | DF | 坂本翔 | 2000.9.6 | 2023 | 東海大学 | ||
24 | DF | 前田紘基 | 1998.8.25 | 2021 | 東海学園大学 | ||
27 | GK | 田中悠也 | 2000.5.10 | 2019 | 市立船橋高校 | 【H】 | |
29 | FW | 高昇辰 | 2000.10.10 | 2023 | 日本文理大学 | ||
30 | FW | 高橋隆大 | 2004.10.30 | 2024 | 奈良クラブ | 【レ】 | |
31 | GK | 大谷幸輝 | 1989.4.8 | 2024 | 北海道コンサドーレ札幌 | 【レ】 | |
33 | DF | 乾貴哉 | 1996.5.12 | 2021 | 水戸ホーリーホック | ||
34 | MF | 高吉正真 | 2000.8.25 | 2023 | 桐蔭横浜大学 | ||
39 | GK | 谷口璃成 | 2003.6.7 | 2024 | レイラック滋賀FC | 【レ】 | |
40 | FW | 宮澤琉汰 | 2005.10.31 | 2024 | ギラヴァンツ北九州U-18 | 【昇】【H】 | |
41 | DF | 世良務 | 2006.4.17 | 2024 | ギラヴァンツ北九州U-15 | 【2】 | |
50 | DF | 杉山耕二 | 1998.4.19 | 2024 | ウェルスパ大分 | 【完】 |
※備考欄は【完】=完全移籍での加入、【レ】=レンタル移籍での加入、【復】=レンタル先からの復帰、【新】=新任の監督、【昇】=トップチーム昇格、【卒】=新卒での加入、【特】=特別指定選手、【2】=2種登録、【H】=ホームグロウン選手
過去に所属した主な選手
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歴代監督
国籍 | 監督名 | 在任期間 | 備考 |
---|---|---|---|
与那城ジョージ | 2007年~2010年 | ・九州リーグ優勝(2007年) ・JFL昇格(2007年) ・J2昇格(2009年) |
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三浦泰年 | 2011年~2012年 | ||
柱谷幸一 | 2013年~2016年 | J3降格(2016年) | |
原田武男 | 2017年 | ||
森下仁之 | 2018年~2018年6月 | ||
柱谷哲二 | 2018年6月~12月 | ||
小林伸二 | 2019年~2021年 | ・J3優勝&J2昇格(2019年) ・J3降格(2021年) |
|
天野賢一 | 2022年 | ||
田坂和昭 | 2023年~2023年9月 | ||
小林伸二 | 2023年9月~12月 | ||
増本浩平 | 2024年~ |
関連動画
関連リンク
関連項目
- Jリーグ - Jリーグチーム一覧
- J2リーグ(2010年 - 2016年、2020年 - 2021年)
- J3リーグ(2017年 - 2019年、2022年 - )
- JFL(2008年 - 2009年)
- 福岡県 - 北九州市
- 九州ダービー
- 関門海峡ダービー
- TOTO
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子記事
- なし
兄弟記事
- 大宮アルディージャ
- FC琉球
- カターレ富山
- FC岐阜
- ツエーゲン金沢
- ガイナーレ鳥取
- 松本山雅FC
- AC長野パルセイロ
- カマタマーレ讃岐
- Y.S.C.C.横浜
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- アスルクラロ沼津
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