コカコーラヨーヨーとは、コカ・コーラとのコラボレーションヨーヨーである。
本記事では、ラッセルによる第1期~第3期コカコーラヨーヨーを中心に、他社や復刻版についても併せて記述する。
ラッセル
ヨーヨーメーカーのRussell Promotionsが、コカ・コーラとのタイアップして販売していたヨーヨー。
展開は、1976・1979・1984年とほぼオリンピックイヤー毎。
オリンピックのライセンスを受けているのは80年のモスクワオリンピック(ボイコット時にどうしたのかは不明)と、84年のロサンゼルスオリンピックの時である。
当時の販売ルートは主に駄菓子屋で、店頭価格は300-500円ほど。これとは別に、コカコーラの王冠に当たりマークがあると、専用のヨーヨーホルダーや、特製のヨーヨーがもらえた。
後述のプロモーション方法が話題を生み、70年代の第2次ヨーヨーブームを巻き起こした。
機種
全機種、木製固定軸。
1976年版
1979年版
モスクワオリンピックのライセンスを受けており、裏面に五輪マークと日の丸が描かれている。
1984年版
ロサンゼルスオリンピックのライセンスを受けており、イーグル・サムが描かれている。
その前年、コカコーラ・スプライト・ファンタのロゴが印刷されたヨーヨーも販売されている。
プロモーション
当時、コカコーラと玩具を同時に扱っているのは駄菓子屋などの個人商店やスーパーだった。
ラッセルのプロモーターは、各商店を回り、子供達を集めてヨーヨーの技を披露する(いつ来るかは告知されないことが多く、運が悪いと会えないこともあった模様)。
ヨーヨーは子供達の間で話題となり、十分口コミで広まったところに、その商店で大会を開く。
競技種目は「犬の散歩(ウォーク・ザ・ドッグ)」や「輪投げ(ループ・ザ・ループ)」の耐久戦が主で、優勝者には、帽子やヨーヨーケース、特製ヨーヨーなどの豪華賞品がもらえた。
単体で買えるものの他に、コカコーラの王冠にある「当たり」マークを送るともらえる特製ヨーヨーもあった。
このプロモーターは基本的に外国人で、チャンピオンを名乗ってはいるが、その根拠は不明だった。
当時は全国大会も世界大会もなく、「チャンピオン」を公式に認定する場がなかったのである。
マツイ・ゲーミング・マシン
2005年頃、マツイ・ゲーミング・マシンが上記のコカコーラヨーヨーを復刻販売した。
デザインは当時とほぼ同じだが、軸周りが金属軸・プラスティックベアリングとなり、スリープ時間が増したために、とても使いやすくなった。
単品販売されたのは、1976年版「プロフェッショナル」を元にしたもの。
ほぼ同種のヨーヨーが、2005-2006年の復刻版コカコーラにおまけで付属。1976年版が2005年に、1979年版が2006年に復刻され、抽選や優勝者限定だった「バタフライ」「ギャラクシー」もシークレットで登場していた。
このように、当初は復刻版だったが、のちに色を変えたアレンジ版がリリースされる。
ラッセルシェイプ版は、エンボスでなくプリントであることもあいまって、さまざまな印刷のものが登場した。
中には、「ドクターペッパーのコカコーラヨーヨー」という、一見すると違和感のあるものも(ドクターペッパーの日本での販売は、現在コカ・コーライーストジャパンが担当している)。
これらのモデルは2009年頃を最後に一般販売を終了しているが、現在もコカ・コーラ関連のイベントで配布されていることがあり、ノベルティ用として生産が継続されている模様。
すなわち、「コカ・コーラのライセンスを取得したヨーヨー」ではなく、「コカ・コーラがノベルティとして発注したヨーヨー」という、ある意味正真正銘の「コカ・コーラヨーヨー」の立場を得たことになる。
2010年頃、完全新規造形のコカコーラヨーヨーが作られる。
大径ベアリング・ワイドバタフライと近年の競技ヨーヨーのスタンダードに準じているが、初心者向けであり、競技使用に耐えるものではない。
ボディカラーは淡い青緑色で、コカ・コーラのガラス瓶を思わせる。
ダンカン
「ダンカン・プロフェッショナル」の、コカコーラバージョン。
「プロフェッショナル」は、多種多様なタイアップ・ノベルティモデルが存在するが、その中にコカコーラも入っている。
FRESHTHINGS
→FRESHTHINGS
→サムシング・プルミエール
→FRESHTHINGS・タイプ0
世界チャンピオンの鈴木裕之が手がけるヨーヨーブランド・FRESHTHINGSも、タイアップモデルの一つとしてコカ・コーラヨーヨーを販売している。
機種は「サムシング・プルミエール」を引き戻し仕様にしたものと、「FRESHTHINGS・タイプ0」が存在する。
その後への影響
コカコーラヨーヨーブームは短期間で終わったが、「町にヨーヨーチャンピオンがやってきて、ヨーヨーの技を見せる」というイメージは強烈に残っており、その後の他社プロモーションにも影響を与えた。
ハイパーヨーヨー
ラッセル・ダンカンの「プロモーターのデモンストレーションで客を呼び、トリック解説やメンテナンス方法などを書籍で丁寧に行う」というスタイルを受け継いだ。
ただし、大量のプロモーターが各店舗を回る方式ではなく、メインプロモーターを1人起用し、テレビや雑誌で一気に宣伝する方式をとった。駄菓子屋に来たラッセルのプロモーターは、名前も知らない「外人」だったが、ハイパーヨーヨーのプロモーターは「中村名人」だと誰もが知っており、だからこそカリスマ性を持っていた。
その頃には交通網も発達したため、ヨーヨーの大会は地域毎に数カ所で行えばよいようになった。
地元の店舗は、販売と「トリック認定会」を担当する形になった。
「チャンピオン」の根拠が不明だったラッセルヨーヨーに対し、ハイパーヨーヨーのプロモーターは、世界大会や全国大会、またはプロのパフォーマーとして実績のある人物が選ばれている。
第1期の中村名人は(規定トリック部門だが)世界2位、第2期の長谷川貴彦は世界チャンピオン+ナショナルヨーヨーマスター。第3期プロモーターのうち、リュージ(ジョン・アンドウ)とタイガ(川田祐)は世界チャンピオン経験者で、残りもプロのジャグラーから選抜されている。
2010年代
2000年代は、バンダイが撤退し店舗販売のルートが絶たれたことで、ヨーヨーの販売は専門店によるネット通販が主流になっていった。
そのため、「ヨーヨーを売るためのデモンストレーション」という概念があまり意味をなさなくなり、デモンストレーターは、純粋に技を見せるための存在となった。
2010年頃になると、第3期ハイパーヨーヨーがちょっとした人気となり、その頃にヨーヨー専門店や輸入代理店も、店舗への卸しルートを確立させた。
すると、卸し先の店舗にヨーヨープレイヤーが出向き、デモンストレーションを行うことも増えてきた。
すなわち、ショッピングモールや家電量販店に「ヨーヨーチャンピオン」がやってきて、ヨーヨーを披露し、お店でヨーヨーを買ってもらうという、ラッセルヨーヨーのスタイルが復活した。
コカコーラヨーヨーを知るかつての子供達は大人になり、自分たちが子供を持つ年齢になっている。
彼らは思う。あの「チャンピオン」は、どうせ業者の回し者だろう。
その通り、彼らの多くは販売業者の社員である。
しかし、コカコーラヨーヨーの時とは明確に異なる部分がある。
彼らは正真正銘の全国チャンピオンや世界チャンピオンで、下手すると複数回受賞していて、あまつさえ複数人束になってやってくることである。
もう、外国からチャンピオンがやってくる必要はない。
コカコーラやハイパーヨーヨーをしていたかつての子供達は、本当に世界チャンピオンになり、ヨーヨーを作ったり売ったりして働くようになったのである。
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