ゴッドリーの恒等式とは、ワイン・ゴッドリー(Wynne Godley)という英国の経済学者が提唱したとされるマクロ経済における恒等式である。
現代貨幣理論(MMT)を支持する経済論者達の議論において、盛んに使用される。
概要
基本形
マクロ経済は国内民間部門、国内政府部門、海外部門から成り立っている。ある部門における収支の赤字は、他の部門における収支の黒字によって相殺される。従って、各部門の収支を合計するとゼロになる。
ゆえに、次の恒等式が成り立つ。
自国目線の表現に言い換える
国内民間収支とは自国民間部門の収支であり、国内政府収支は自国政府部門の収支である。このどちらも、自国が主語であり、自国目線の言葉である。
一方、海外収支とは「自国以外の全国家の収支」である。これは海外の国が主語であり、海外の国目線の言葉である。
海外収支を自国目線の言葉に直すと「国内資本収支」となる。
海外収支(自国以外の全国家の収支)が黒字になると、国内資本収支はそれと同額の黒字になり、経常収支はそれと絶対値が同じ赤字になる。
海外収支(自国以外の全国家の収支)が赤字になると、国内資本収支はそれと同額の赤字になり、経常収支はそれと絶対値が同じ黒字になる。
ゆえに、ゴッドリーの恒等式は、次のように言い換えることができる。
国内民間収支が10兆円黒字で、国内政府収支が1兆円黒字だと、その合計額が11兆円黒字なので、経常収支が11兆円黒字になる。
国内民間収支が10兆円黒字で、国内政府収支が1兆円赤字だと、その合計額が9兆円黒字なので、経常収支が9兆円黒字になる。
3部門収支の6パターン
国内民間部門収支と国内政府部門収支と経常収支のパターンは、6通りになる。
民間部門が黒字、政府部門が赤字、経常収支が赤字
アメリカ合衆国のドナルド・トランプ政権の2017年~2018年が、これに該当する(資料)。ドナルド・トランプ大統領は大量の国債を発行してインフラ整備を実行する積極財政を行った。
ドナルド・トランプ政権に限らず、1980年以降のアメリカ合衆国は、多くの期間でこの状態になっている。ロナルド・レーガン政権は大量の国債を発行して軍備拡張に励んだが、その時期は経常収支の赤字も拡大したため、双子の赤字と呼ばれた。
民間部門が赤字、政府部門が黒字、経常収支が赤字
アメリカ合衆国のビル・クリントン政権の1998年~2001年が、これに該当する。ビル・クリントン大統領は緊縮財政を推し進め、国債を発行せず税収だけで政府予算を組む均衡財政を行い、政府の財政黒字を達成した。このことは、ゴルディロックスとして米国の経済論者達にもてはやされた。
しかし、その政府財政黒字は、民間部門の赤字に支えられたものだった。民間部門の赤字が膨らんでバブル経済となり、2001年にITバブル崩壊となって不景気が訪れた。
民間部門が赤字、政府部門が赤字、経常収支が赤字
アメリカ合衆国のジョージ・ブッシュ(子)政権の2001年~2006年がこれに該当する。とくに2005年と2006年の民間部門の赤字は拡大しており、皆が負債を増やしてバブル経済となっていた。2007年にサブプライムローン問題が発生し、2008年にリーマンショックとなって大不況が到来した。
民間部門が赤字、政府部門が黒字、経常収支が黒字
1980年代末から1990年代初頭の日本が、これに該当する。1987年から特例国債の発行を減らし、政府の財政黒字を目指していったが、それと同時に民間部門が赤字となり、「銀行から借金して土地を買う」ということを無限に繰り返すバブル経済に突入していった。1990年から株価が急落し、大不況に突入していった。民間部門を赤字にするとロクなことにならない。
民間部門が黒字、政府部門が赤字、経常収支が黒字
民間部門が黒字、政府部門が黒字、経常収支が黒字
2013年以降のドイツがこの状態である。ドイツは統合通貨ユーロを採用しており、ドイツの輸出力に比べてユーロの通貨価値が異様に安く、極めて輸出しやすい状態が続いている。ドイツの経常収支は巨額の黒字である(資料)。政府を財政黒字にすると民間が財政赤字になるのが普通の状態だが、ドイツはあまりにも巨大な経常収支黒字なので、民間も黒字になっている。
ちなみに、EUと統合通貨ユーロはドイツの一人勝ちをもたらしており、南ヨーロッパ諸国が貧困となっていて、いつ崩壊してもおかしくない状態が続いている。
経常収支赤字と経常収支黒字
前項において、経常収支赤字や経常収支黒字という経済学用語を使った。
本項では、経常収支赤字になることを義務づけられている国や、経常収支黒字になる努力を重ねている国をごく簡単に紹介する。
経常収支赤字国
前項で6パターンを紹介したが、経常収支赤字の3パターンはいずれもアメリカ合衆国だった。
アメリカ合衆国は、世界中で基軸通貨として使われているアメリカ合衆国ドルを発行している。このため、アメリカ合衆国は、ドルを大量に発行して世界中から物品を輸入して、ドルを全世界にばらまくことを世界中から期待されている。
つまり、アメリカ合衆国は、恒常的な経常収支赤字国・輸入大国となることを世界中から求められているのである。実際に、その期待通りの経常収支になっている(資料)。
アメリカ合衆国が経常収支黒字国になってしまったら、世界各国はアメリカ合衆国にドルを吸い上げられてしまい、世界各国が持つドルの量が少なくなってしまう。
経常収支黒字国
アメリカ合衆国は恒常的な経常収支赤字国になるのに対し、アメリカ合衆国以外の全ての国は、経常収支黒字を目指すことが普通の姿となる。
アメリカ合衆国以外の各国が、輸出を減らして輸入過多になり、経常収支赤字となると、基軸通貨であるドルの準備が減っていき、そのうちドル建て国債を発行しなければならなくなる。アメリカ合衆国以外の各国にとって、ドル建て国債は、自国の通貨発行権を使って返済できない負債であり、財政破綻の可能性をもたらす危険な負債となる。
アメリカ合衆国以外の各国にとって、輸出を増やし、世界中から基軸通貨であるドルを受け取って、経常収支黒字となり、ドルの準備を増やす、というのが課題となる。
その課題をしっかりこなしているのが、日本である。日本は、1981年から2019年まで39年連続で経常収支黒字が続いており(資料)、ドルの準備が膨大である。日本政府の米国債保有の量は大変に多いのだが、これは、日本政府が大量のドルの準備を抱えていることを意味している。このため日本は、財政破綻をもたらす可能性がある「ドル建て日本国債」を発行する必要に迫られておらず、世界で最も財政が安定した国である。
ただし、あまりに巨額な経常収支黒字というのも、望ましくない。経常収支黒字は、輸出が輸入よりも多く、輸入が伸びていないということである。輸入が伸びていないということは、国内の消費が伸びておらず、国内がデフレ不景気になっていることを意味する。経常収支黒字の日本は、1997年から20年以上にわたってデフレ気味であり、2%のクリーピングインフレすら達成できておらず、少子化が進み、国家衰退の危機を迎えている。
水は人体に必要だが、水を飲みすぎると水中毒になって、体を壊してしまう。それと同じように、経常収支黒字はアメリカ合衆国以外の国家にとって必要だが、あまりに巨額な経常収支黒字は国内のデフレ不景気をもたらし、国家を壊してしまう。
関連商品
L・ランダル・レイのMMT入門本で、ゴッドリーの恒等式を使って論説するところが多い。 第1章、すなわち51~107ページの題名が『マクロ会計の基礎』で、ここでゴッドリーの恒等式を紹介している。59ページに恒等式が書かれ、96ページにはアメリカ合衆国の部門収支(対GDP比)の棒グラフが載っている。 第2章の151~153ページで、「ドルを欲しがる国がいるかぎりにおいて、アメリカ合衆国は経常収支赤字を持続できる」と論じている。 第4章の237ページで「日本の貯蓄率が高いのは、長年の政府赤字と経常収支黒字のおかげだ」と論じている。 第4章の247~249ページで、再び「ドルを欲しがる国がいるかぎりにおいて、アメリカ合衆国は経常収支赤字を持続できる」と論じている。 第7章の391~393ページで、ビル・クリントン政権から始まった民間赤字が大不況の原因の1つだ、などと論じている。 第7章の395~399ページで、アメリカ合衆国の経常収支赤字について語っている。 |
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115ページから118ページで、L・ランダル・レイの論説を紹介しつつ、ゴッドリーの恒等式を解説している。 116ページに、「日本における民間、一般政府、海外の部門ごとの収支バランスの対GDP比」を示したグラフを掲載している。 |
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関連項目
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