サール型コルベットとは、イスラエル海軍が運用している戦闘艦艇のシリーズである。
概要
1960年代から運用を開始し現在6タイプまでシリーズが続き2020年時点で3タイプ総計13隻が現役で運用される一方、中古で輸出された7隻が3か国で運用されている。
因みに『サール』とはヘブライ語で『嵐』を意味するがサール型の歴史はイスラエル国防軍の中でも立場が弱かったイスラエル海軍の『嵐』に匹敵する苦難と執念の歴史でもあった。
背景
イスラエル海軍が発足したのはイスラエル建国の1948年5月とされているが源流はイスラエル国防軍の原型である『ハガナー』の実動部隊『パルマッハ』の水上部隊にある。
発足当初は戦前に建造されたアメリカ沿岸警備隊の巡視船『ノースランド』と武装商船、僅かな小型艇だけだったが1950年代に入ってイギリスから第2次世界大戦時に建造して余剰になっていた駆逐艦2隻、護衛艦5隻を取得、更に第2次中東戦争の際にエジプト軍が運用していたイギリス製駆逐艦を鹵獲して水上艦戦力を強化していった。
しかしイスラエルの地勢上、兵員も予算も陸軍と空軍に重点的に配備せざるを得ず海軍も艦船よりは前述の『パルマッハ』からの流れを汲む陸戦隊中心の特殊作戦で成果を挙げていた反面、前述の水上艦艇は訓練不足が続いており、駆逐艦を鹵獲できたのは空軍戦闘機の支援があったからであった。
一方、対峙する中東諸国の内、エジプトはソビエト連邦(ソ連)から砲力で勝る『スコーリィ』級駆逐艦[1]を供与されており水上戦力的には厳しい状況が続いていた。
この状況を打開する為、イスラエル海軍は当時開発が各国で始められていた対艦ミサイルに注目し従来の魚雷艇の魚雷を対艦ミサイルに換えたミサイル艇、『サール』型の開発に着手することになるが国防省上層部からは『開発に失敗した場合は海軍を解散する』意向が示されていた。
更に開発中の1967年にはエジプト沿岸で挑発行為を行っていた駆逐艦『エイラート』[2]がソ連から供与された『183R』型ミサイル艇から発射された対艦ミサイル『P-15』で撃沈される自業自得な失態=『エイラート事件』を起こしており開発は加速された。
各型
1型/2型
開発が決定したものの西側陣営では初の艦種ということもある上、当時のイスラエルにおいて造船業は発展途上も良い処だった事から他国企業に協力を仰ぐことになり白羽の矢が立ったのは因縁深いドイツ(当時は西ドイツ)の『リュールセン社』とフランスの『CMN社』だった。
まず『リュールセン社』がドイツ連邦海軍向けに製造した『ヤグアル』型魚雷艇をベースにして開発する事になったが当時はドイツ製兵器をイスラエルに輸出できなかった為、船体を『CMN』社で建造する事になった。
一方で当初装備予定だった国産対地ミサイル『ルッツ(射程27㎞)』がマニュアル操作の有線式誘導だったことなどが災いして開発が遅延、これを受けて『サール1型』は以下の通りになった。
その後、製造メーカーと誘導方式を搭載艦がレーダー誘導で行う方式に変更して開発された『ガブリエルMk1(射程20㎞)』が戦力化されたことに伴い『サール2型』が設定され『1型』も以下の様な改装を受けた。
なお開発・建造は中東諸国の反発・妨害工作を警戒して非公表で行われたが建造中に第3次中東戦争が生起した事もあって建造元のフランスが引き渡しを拒否する可能性が高まった事から本型の最終艇『アッコ』と後述する3型1番艇『サール』は海上公試未完了の状態でイスラエルに回航+事後通告された。
3型
ミサイル艇とはいえコスパが合わない目標対処や前述の通り陸戦隊を使った特殊作戦を支援する際に40㎜機関砲では威力と射程が弱い事が開発段階で問題視されていた折、オートメラーラ76㎜砲の開発が完了した情報を得たイスラエル海軍は直ぐに2型の設計を変更、対潜装備と引き換えに艦首の主砲を変更して3型と改称した。
ところがこの頃になると『P-15』対艦ミサイルが『ガブリエルMk1』を上回る45㎞の射程を持つ事が判明したことに加えていよいよフランスから艦を受け取れない情勢が濃厚になってきた事からイスラエル海軍は以下の流れで引き取り済みの1隻に連なる5隻の3型を持ち帰った。
- ノルウェーの海上プラント建設メーカーの幹部を抱き込んでペーパーカンパニーを設立
- 建造中の5隻をペーパーカンパニーへ『北海油田用の警備艇』として転売、建造続行
- 学生グループに偽装した水兵部隊[3]をフランスへ送り込む
- 航行可能になった5隻をフランス政府に通知なしで纏めて件の部隊が出航させる
- 洋上でイスラエル商船から給油を受けて本国へ帰還
もはや犯罪としか言い様のない作戦をモサド抜きで実行したのである。
一方で前述の射程問題については以下の解決策で対応した。
4型
こうして10隻の『サール』型を得たイスラエル海軍だったが整備中に第3次中東戦争でエジプト・シナイ半島を占領したことで地中海だけでなく紅海にも海軍の展開需要が生じた。
しかしスエズ運河はエジプトの勢力圏=通過不能で『地中海⇒ジブラルタル海峡⇒南大西洋⇒喜望峰⇒紅海』へ『無寄港航行(洋上補給付)能力』が出来る4型10隻が整備されることになった。
設計は前回同様『リュールセン社』で実施されたが建造はようやく形になったイスラエル国内の造船所で実施され以下の艦容になった。
- 船体全長58m、基準排水量415t
- 機関は前型と同じだが最高速力が32㏏に低下した代わりに航続距離17㏏で4000海里に延伸
- 『ガブリエル』3連装発射機、76㎜砲、20㎜機関砲、12.7㎜機関銃各2基
- 後に76㎜両用砲の艦首側をファランクスに換装、『ハープーン』発射機を追加[5]
4型は2014年までに運用を終了したが3隻がチリ、2隻がスリランカへ中古売却された。
ウォリアー級
4型の南アフリカ仕様。
9隻が建造され1:2の比率でイスラエル、南アフリカで建造されたが建造中にアパルトヘイト絡みで武器輸出禁止の制裁を受けた事から原型の様に武装の強化は行われなかった。
2010年代に3隻が巡視船への艦種変更を経て2020年代に運用を終了した。
4.5型
4型の船体を3m延長=61mに大型化した改良型だが2つのサブタイプに分類される。
- アリヤ級(2隻)
船体後部にヘリコプター[6]格納庫を設置した索敵能力強化型
主兵装はガブリエル、ハープーン各4発と艦首にファランクス1基
船体延長+格納庫による重量増で最高速力が31ktに低下。 - ロマット級⇒ヘッツ級(8隻)
ヘリコプター運用能力を廃止した攻撃力重視型
当初は艦尾に76㎜砲復活、ガブリエル6発、ハープーン8発の対水上・対地重視の兵装だったが後に国産SAM『バラク1(射程12㎞)』32セルを追加して防空火力を強化した。
エンジンの構成は変わらないが新型エンジンを採用+ヘリコプター格納庫を省いた事から速力が32ktに戻った。
2000年代にアリヤ級2隻がメキシコ海軍へ売却されているがヘッツ級は2030年代まで運用される予定。
因みにこの頃、西側諸国で流行していた『水中翼船型ミサイル艇ブーム』に乗る形で『シムリット』級が開発されたが成績が芳しくなく3隻建造で終了となった。
5型
インガルス造船所を含むアメリカ企業の協力を得て1990年代から運用を開始したが従来型より多くの変更を実施した。
- 船体を85m、満載排水量を1200t以上まで大型化
- 機関は巡航用ディーゼル+高速航行用ガスタービンで構成する『CODOG』方式で最速は30㏏以上、17㏏で3500海里の航続距離
- 艦上構造物はステルス性重視
- Mk.32短魚雷発射管+ヘリコプター運用能力復活で対潜能力は向上するも火砲はファランクス1基だけ、対艦ミサイルはハープーン4連装2基、SAMは引き続きバラク1を使用も予定の64セルの半分=32セルに留まった。
この様な艦容になったのは『将来の新技術・装備採用を見越して従来よりも大型化する』方針になったためだが艦上構造物上部をアルミ合金製にしたにも係わらず重心が高くなった為、『ガブリエル』や76㎜砲を載せる予定を中止しなければいけなかったからであり予定の8隻を下回る3隻の配備になってしまった。
但し以下の性能向上がされている。
6型
2020年代から運用を開始した。
5型の反省と敵対勢力(ハマス、ヒズボラ、フーシ派)の長距離火力の脅威増大に伴い既存艦であるドイツ・『ブラウンシュヴァイク』級コルベットをベースに以下の変更を実施した。
- 5型を上回る全長90m、満載排水量1900t。
4.5型以来となるディーゼルのみの機関構成で最速26㏏ - 『バラク8』32セル+『アイアンドーム』20セル+76㎜砲復活で防空火力を強化
- ガブリエルMk5(射程200㎞程度)最大16発装備
- 原型では装備していなかった有人ヘリ格納庫+Mk.32で対潜攻撃能力保有
本型は4隻が配備される予定。
関連動画
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関連項目
脚注
- *イスラエルが保有するイギリス製駆逐艦は11.4㎝砲(射程19㎞弱)に対し『スコーリィ』級は13㎝砲(射程25㎞)だった
- *前述の『ノースランド』はこの艦名を名乗っていた時期があった
- *入国審査で注意されたが担当者がユダヤ系だったので見逃された
- *初期型でも75㎞の射程を持っていた
- *これに伴い『ガブリエル』の発射機を単発型+装備位置変更
- *艦載ヘリは空軍に所属
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