ザ・トップテン単語

ザトップテン

ザ・トップテンとは、1981年1986年日本テレビ系列で放送されたランキング形式の音楽番組である。

後身番組である「歌のトップテン」1986年1990年)も合わせて記載する。

概要

会は堺正章榊原郁恵。

元々日本テレビでは「NHK紅白歌合戦を毎週お茶の間に」というコンセプトキャスティング形式の生放送歌番組であるNTV紅白歌のベストテン1969年1981年)を月曜20時台に放送していた。1978年に放送が始まった「ザ・ベストテン」(TBSテレビ)の人気に刺を受ける形で、これをランキング形式の歌番組にリニューアルしたのが「ザ・トップテン」である。

紅白歌のベストテン」時代から行われていた渋谷公会堂を中心とした東京都内のコンサートホールからの生中継という形式を維持しながらも、「ベストテン」と同様に放送当日に会場へ来られないランクイン歌手バンドには全各地からの中継を繋げて歌ってもらうという形となった。
テレビスタジオからの非生放送というスタイルであった「ベストテン」とは違い、会場にハガキで応募した一般視聴者修学旅行コースの一つとして中高生の団体などが観覧する生放送ステージという側面も兼ねていたので、「舞台上に組まれた演劇・歌謡ショー的なセット」を軸にした演出を行い「ベストテン」との差別化を図っていた。

また、前番組の「紅白歌のベストテン」時代から同じ月曜生放送されていた「夜のヒットスタジオ」(フジテレビ)とのバッティングがあり[1]、番組人気が「夜ヒット」のほうが格上であったことやを所属事務所・出演者側の意向等で「トップテン」を辞退し「夜ヒット」の出演を優先させる傾向があった。このため「夜ヒット」が1985年水曜へ放送時間を移動させるまで出演者確保に苦労をしていた。

1986年堺正章榊原郁恵の会降と共に番組リニューアルが行われ「歌のトップテン」となった。
会者は徳光和夫石野真子1986年4月1987年3月)→和田アキ子島田紳助1987年4月1990年3月)と変遷。しかしこの過程で渋谷公会堂からの生放送中継スタイルからの撤退[2]1988年9月)、「ベストテン」「夜ヒット」ら従来の音楽番組に出演しないミュージシャンバンドの増加、アイドル歌謡や演歌といった旧来の歌謡曲の低迷が重なり、人気は低迷していった。

1990年3月に「歌のトップテン」は終了。これをもって日本テレビ月曜20時台の歌番組からも撤退することとなり、「紅白歌のベストテン」から約21年間続いたトップテンシリーズに幕を下ろした[3]1989年10月には「ザ・ベストテン」が、1990年10月には「夜のヒットスタジオSUPER」が終了し、テレビ業界は「歌番組の時代」に突入することとなる[4]

関連動画

関連項目

脚注

  1. *放送時間こそ月曜20時トップテン)と月曜22時夜ヒット)で裏被りはしていなかったが、生放送のためのリハーサル等の時間を含めるとほぼ全にスケジュールが被ってしまう形となっていた。
  2. *1988年3月に起こった渋谷公会堂からの生中継中にステージに上り乱入した統合失調症の男を取り押さえる騒動が生中継放送スタイルの撤退に大きく影したと言われる。
  3. *ちなみに「歌のトップテン」の後番組として始まった「所さんのまっかなテレビ」はわずか3ヶ打ち切りという大コケとなり、急遽つなぎ番組として特番からレギュラー番組に昇格し始まったのが現在も続く「世界まる見え!テレビ特捜部」である。
  4. *テレビの歌番組は「HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP」(フジテレビ)や「うたばん」(TBSテレビ)で新しい演出スタイルを開拓し再び勃するまで約4~5年間の時間を要することとなる。

【スポンサーリンク】

スマホ版URL:
https://dic.nicovideo.jp/t/a/%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%86%E3%83%B3

この記事の掲示板に最近描かれたお絵カキコ

お絵カキコがありません

この記事の掲示板に最近投稿されたピコカキコ

ピコカキコがありません

ザ・トップテン

まだ掲示板に書き込みがありません…以下のようなことを書き込んでもらえると嬉しいでーす!

  • 記事を編集した人の応援(応援されると喜びます)
  • 記事に追加して欲しい動画・商品・記述についての情報提供(具体的だと嬉しいです)
  • ザ・トップテンについての雑談(ダラダラとゆるい感じで)

書き込みを行うには、niconicoのアカウントが必要です!