シンボリクリスエスとは、1999年生まれの競走馬。G1に4勝もした名馬である。
名前が言いにくいので有名。言い間違えて「クリエンス」と言っちゃうと障害馬になっちゃうから注意。
概要
父Kris S. 母Tee Kay 母父Gold Meridianというアメリカ産馬。ただし母はシンボリ牧場社長の和田孝弘氏の持ち馬で、配合を考えたのも和田氏であった。父のクリスエスはロベルト系の名種牡馬。母は異系で、種牡馬になった時に幅広い配合が出来るようにと考えて生産されたらしい。
まぁ、その辺の事情が分からないファンたちは「なんでシンボリ牧場が外国産馬を走らせてるん?」「ルドルフの仔があんまり走らないからか?」などと言ってたな。シンボリインディも含めて。
シンボリと付き合いの深い藤沢和雄調教師の元に入り、デビュー戦を出遅れながら勝利。540kg近い巨漢馬であり、仕上がりはきっと遅いだろう藤沢厩舎だしと思っていたファンを驚かせた。
その後勝ちあぐねるが、3歳の山吹賞、青葉賞を連勝。出走資格を得て日本ダービーへ向かう。藤沢調教師はこの頃日本一の調教師の名を欲しい侭にしていたのだが、クラシックには縁が無く「この馬ならダービー勝てるんじゃね?」とこっそり思っていたらしい。
そこへ、青葉賞で乗っていた武豊騎手が一言「この馬、秋になったら強くなりますよ」
「秋かよ!」
その言葉どおり、ダービーではタニノギムレット(武騎手鞍上)に僅かに及ばず二着。そうか、あの言葉は「僕が勝つけど秋にはまた乗せてね」って意味だったんだな。乗せねーから。
秋は神戸新聞杯でノーリーズンに楽勝。しかし距離適正を考えて秋の天皇賞に向かう。この年は東京競馬場が改修工事のため中山開催であった。このレースの敵は古豪ナリタトップロード。ただしこの馬が中山競馬場を苦手としているのは周知の事実だった。実際、コーナーでもたもたしているトップロードを尻目に、あっさり抜け出して優勝。
中山2200mという変な開催だったジャパンカップでは日本総大将に推されるも、僅差で3着に敗れる。正直、馬場がもう少し良ければ勝っていただろう。有馬記念ではタップダンスシチーの大逃げにも動ぜず、物凄い脚で差し切って優勝。
あっという間にG1二勝。JCこそ惜しかったが、勝ったレースは正に予定通りな感じの優等生的な勝ち方で、全然血縁関係は無いのにシンボリルドルフのレースと重ねて見たファンも多かった。この年の年度代表馬にも選ばれ、テイエムオペラオー後の競馬を担う存在になる、と思われた。
だが、この頃から競馬人気は急速に冷え込み始めていた。既にオペラオーの頃からかなりその傾向があったのだが、この2002年にはより酷くなってきていた。もちろんシンボリクリスエスはのせいとだけは言えないが、彼は外国産馬で、ストーリー的にファンに訴えてくるバックボーンを持っていなかったこともあり、彼が勝ってもなんとなく盛り上がらなかったのである。まぁ、後から考えると、その年の秋天勝利は岡部騎手最後のG1制覇だったのだが。
そんなわけで、シンボリクリスエスは翌年、宝塚記念までお休みしていたのだが、誰も文句を言わなかった。その宝塚は全然らしさが出ず5着。勝ったのはヒシミラクル。そう。あの、ミラクルおじさんが二億円儲けたあのレースである。ちなみに一番人気はシンボリクリスエスで、おじさんが儲けたのは主にシンボリクリスエスが人気を背負って負けたからだと言って良い。
またお休みして秋の天皇賞。前年と違ってピカピカになった東京競馬場での開催であった。大外枠であったが、ローエングリンの糞逃げにも動ずることなくそつの無いレースで圧勝。秋天連覇は史上初だった。このレースの鞍上はオリビエ・ペリエ騎手。騎手まで外国人か~。ファンはなんとなく溜息を吐いたのだった。
そして去年の雪辱を狙ったジャパンカップ。だったのだが、ここはタップダンスシチーがなんだか鬼のように強かった。シンボリクリスエスは不良馬場でのめってしまい、大きく離される3着。
このレースの敗北に怒ったのか、藤沢調教師は引退レースの有馬記念を前に、シンボリクリスエスに珍しく強い調教を掛けたという。そうとは知らないファンは、その年の中山の馬場があまり良くなかった事もあり彼への評価を下げてしまう。
ところがレースは凄かった。物凄いハイペースを早めに上がって前をつつきまわし、4コーナー出口では先頭に並びかけ、追い出したらもう差が開きっぱなし。次代の王者ゼンノロブロイが画面に映らなくなるほどぶっちぎってレコードタイムでゴール。ファンは「そんなに強い馬だったんか!?」と今更気が付いたのであった。もっと早くこういう派手なレースをしていれば人気が出たろうに・・・。
ペリエ騎手は「自分の乗った馬の中でパントレセレブル(凱旋門賞馬)に匹敵するベストホースだ」と言い、この年も年度代表馬に選出された。有馬記念連覇は史上4頭目。名馬の証である。
いや、強いのは強いのだが、圧倒的な感じがせず、馬券的に軸にするにはやや頼りない馬であった、レース振りも面白くなく、出走レースも多くない。う~ん。大方のファンは「シンボリクリスエス?ああ、あの強かった名前が言いにくい馬ね」くらいに覚えているのではないだろうか。この馬とゼンノロブロイは藤沢厩舎の全盛期を担った名馬なんであるが、揃ってなんとなく印象に薄い。同時期にいたタニノギムレットとかヒシミラクルとかタップダンスシチーのほうがタレント性に優れていたとか言わない。その後出たディープインパクトが派手すぎるせいともいわない。
引退して種牡馬入りしたシンボリクリスエス。ノーザンダンサー系にもミスタープロスペクター系にも付け易いのが売りで、かなり期待されたのであるが、サクセスブロッケンがフェブラリーステークスに勝ったくらいでそれほどパッとしない(まぁ、サンデー系の奴らが異常過ぎるのだ)。2011年にはアルフレードが朝日杯フューチュリティステークスに勝って久しぶりにG1勝ち馬が出た。父に似て大きな形の良い馬であるので期待したい(父に似て不良馬場のスプリングステークスで沈没しているけど)。また、2013年にエピファネイアが菊花賞を制し、自身が勝つことの出来なかったクラシックレースを制した。後にジャパンカップにも勝ち、中長距離で第一線を張る事の出来る馬がようやく誕生した。ブルードメアサイアーとなっても優秀な仔は誕生し、日本ダービーと天皇賞秋を勝ったレイデオロ、歴史的な障害馬であるオジュウチョウサンなどを出している。
シンボリクリスエスは、おそらく実況でもっとも名前を言い間違えられた馬なんではないだろうか。
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関連項目
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https://dic.nicovideo.jp/t/a/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%9C%E3%83%AA%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%82%A8%E3%82%B9