ジャック・デリダ(1930~2004)とは、ポスト構造主義 / ポストモダンに属するフランスの哲学者である。
概要
アルジェリア生まれのユダヤ系フランス人。ルイ・アルチュセールの弟子でもあり、ミシェル・フーコーやジル・ドゥルーズといったポストモダンの哲学者の代表格の一人である。
デリダの思想とは他の現代思想の哲学者と同様、形而上学批判にある。その中でも彼が用いた主要な概念が「脱構築」であった。デリダはあくまでも、これまでの形而上学の主要な概念に代わる土台から新しい概念を導入するのではなく、土台はそのままにして、それを「ずらした」別の概念を導入することを目論んだ。つまり、求心的な発想から思考を自由に解放することこそデリダの思想の根本にあったのである。
そのためにデリダは、起源、真理、ロゴス、主体、現前といった形而上学を組み立ててきた概念に、差異、痕跡、差延、エクリチュール、戯れといった概念を対置する。そうすることで純粋なものや完全なものを実在とする思考法からずらそうとしたのである。たとえば現前の形而上学においては、主体が確固として存在し、そうした具体的でありありとしたものを基本に物事を考えていく。しかし、それに対しデリダの思想は、最初にあるものは確かなものや疑いのないようなものではなく、なにかの痕跡であるというのだ。これは、たとえば自分で思いついたようなことでも、これまでに見聞きしたことに影響されている、といったことを指す。
こうした最初に差異が痕跡として存在する、というのがデリダの「存在」観である。つまり確固としたものなど初めからないため、「ほんとうのもの」を回復しよう、回帰しようというこれまでの哲学の発想を批判していく。現前の形而上学の現前するものとその代理、例えば言葉がある対象の代理をしている、といった再―現前の発想も批判していく。
そして形而上学の核心にあるのは声の特権、つまり話すこととして、それに対しロラン・バルトのエクリチュール、つまり書かれたものを復権させて対置する。エクリチュール、つまり書かれたものは、書く人、書かれたもの、読む人、ほかの書かれたものといったものの間に差延、つまりずれを生じさせていくような、最初から差異によって成り立っているものである。よってエクリチュールとは差異を刻み込むことである、というのがデリダの主張である。
簡単にまとめると、デリダの思想は、同一性を批判し、差異を強調するものである。その結果民族主義から距離を持ちラディカルな民主主義を志向し、政治活動にも従事していったのである。
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